王国陣営 終
《sideユーシュン・ジルク・ボーク・アレシダス》
ディアスボラとガッツに道を切り開いてもらって、テスタを安全な場所で寝かせることができた。
ここからは朕の仕事である。
「帝国の兵たちよ! 貴殿らの指揮官は我々の手で抹殺された。貴殿らを縛る者はもういない!」
私の声は拡大されて、戦いを続ける帝国兵へと届けられる。
だが、指揮官を倒した程度で終わるほど、乱戦は簡単に声が届くとは思っていない。
「貴殿らが帝国に敗北して戦わされていることはわかっている。人質を取られて苦しんでいるのもいるだろう。だが、聞いてほしい」
朕はアレシダス王国が誇る魔力量と、お家芸とも言える《氷》の属性魔法を展開する。
戦う者たちの足を氷で縛り、さらに帝国と王国の間に銀世界を作って国境に巨大な氷の壁を作りだす。
かなりの魔力を消費して、めまいがする。
だが、テスタが行ってくれた所業に比べれば大したことはない。
「貴殿らが腹を減らしているなら、王国は食事を用意して受け入れよう。貴殿らの家族が帝国に捕まっているなら助ける手伝いをさせてもらおう。それでも戦うというならば、我々は全力で貴殿らの命を奪わなければならない。我々にも貴殿らにも無駄な血を流すことになる。ここから死ぬ命は無駄でしかない」
私の訴えが通じるのかどうかはわからない。
半信半疑で疑いの目を向けてくる帝国兵たち。
そこへ、バドゥ・グフ・アクージが現れる。
「どうやら王国は勝てそうじゃねぇか」
「アクージ侯爵! なんの用だ?」
朕はアクージ家と良好な関係を築けているとは言えない。
デスクストス家を通して、話し合いを行う程度でアクージ家とアレシダス王家ほ関係は、ほとんど交流を持ってこなかった。
こちらから働きかけるのは、常に行事の際だけで面と向かうことがないため、アクージ家は常な警戒の対象として見てしまう。
「そんなにビビるなよ。王家の人間なんだ。あんたの方が立場は上だろ? くく、まぁどうでもいいけどな。だが、今回はあんたに協力してやるよ」
「何を?」
アクージが《雲》の属性魔法を発動すると、それまでいなかった五十万人の帝国兵が姿を見せる。
「なっ!」
「俺は人を別の世界に収容していただけだ。そのせいで、他のことは何もできなくなっていたけどな。あとはあんたの仕事だろ? うちの大将はあんな言動だが、優しいのか、これも全て計算なのかわかりづらい人なんだよ」
アクージ侯爵が立ち去っていく。
帝国兵五十万人の命が失われずに帰ってきた。
これも全てテスタの策なら、感謝しかない。
「帝国の兵よ、見よ! 王国は多くの命を生かそうとした。そして、新たに現れた帝国兵よ! 聞くがいい!! 朕はアレシダス王国の王ユーシュン・ジルク・ボーク・アレシダスである」
我はアクージが出現させてくれた兵たちにも声をかける。
「王国は無闇に帝国の者たちを殺すつもりはない。それが、魔族であろうと巨人であろうと受け入れるつもりだ。貴殿らは長きにわたり戦争をしていたことで疲労が溜まっていることだろう。王国は貴殿らを受け入れる。戦争はもう終わりにしよう!」
朕は帝国兵たちに頭を下げた。
一人の巨人が近づいてくる。
「あんたが王ということはあんたを倒せば!」
巨人は持っていた武器を振り下ろそうとするが、他の年老いた巨人によって止められる。
「やめろ! お前は俺たちが生き残る手段を断つつもりか!」
「だけど、こいつを倒せば帝王様が土地をくれるって」
「それは本当にもらえるのか? いや、もらえたとして帝王の手下として生き残るつもりなのか? お前は後ろを見ても同じことが言えるのか?」
そう言われて巨人が後ろを振り返る。
そこには王国の兵も、帝国の兵も疲れ切った顔をして、朕の言葉に耳を傾けていた。
氷など、力を入れればすぐに破壊できる程度でしか、足を止めていない。
帝国兵と呼ばれながらも、帝国人として生まれた者は少なく、それぞれの種族で、それぞれの土地で生きてきた者たちだ。
それを無理やり集められて、戦いを強いられた。
自分たちを導いてくれる長を失い、判断基準を見失った者たちばかりは迷っていたのだ。
「俺は……」
「貴殿らにもう一つ教えたいことがある。今より数日前に帝国北西部で巨大な爆発が起きた。それは帝国の一部を吹き飛ばすほどの災害を生んだと思われる。現在の帝国は未曾有の危機に瀕している。それでも帝国に力があるとは思えない。我の言葉が信じれないのであれば、生き残って戦っていた者たちに聞くがいい」
朕の言葉に戸惑うように、一人また一人とアクージが呼び出した帝国兵たちが仲間に問い掛ければ、朕がいった言葉が正しいことが伝えられていく。
「アレシダスの王よ。本当に我々を救ってくれるのか? そして、我らの仲間を救ってくれるか?」
巨人たちとは違う声が響く。
「そなたたちの生活は保証しよう。だが、家族や仲間を救うことは時間がかかることだ。絶対に救えるとは言えない。だが、力を貸すことは約束させて欲しい」
白い髪に赤い目をもった褐色の肌をした美女が前にでる。
「あたいは、魔族だ。本当にあたいでも受け入れてくれるのかい?」
魔族と言われて、巨人族や他の帝国兵たちも蔑んだ瞳を向ける。
仲間からも忌み嫌われる存在でありながら、名乗り出た勇気を賞賛したい。
「もちろんだ。私はアレシダス王国の王として、魔族を受け入れることをここに宣言する」
「そうかい。なら、あたいは従うよ。あんたいい男だしね。あたいはサキュバスの血を四分の一だけ引いているんだ。あんたが望むなら、あたいが昇天させてあげるよ。何、四分の一だから、死ぬまで絞りはしないよ」
放たれる色香に惑わされそうになるが、朕は全身に冷気の魔法を使って熱を下げた。
「ふふ、冗談だよ。でも、あたいが欲しいならいつでも歓迎だよ。みんな! あたいはアレシダス王国に亡命する! あたいたちは導く者はいない。なら、その判断は自分たちでするべきだろ!」
魔族の女が発した言葉に、帝国兵たちは一人、また一人と武器を投げ捨て、降伏を表すように白旗を掲げていく。
テスタ・ヒュガロ・デスクストスがお膳立てした、その全てを使って、朕は戦争を止めることができたのだ。
「なんだいあれ!」
安心したと同時に、帝都の方に黒い雲が集まり、光が降り注ぐ。
そこからは白き羽が生えた者たちが降り立ってくる。
それは奇跡を見ているような光景だった。
「世界の終わりかい?」
「いいや。あれは天使族だ」
それは巨人族の老人が発した言葉だった。
「巨人族はかつて天使族によって虐げられてきた伝説が残されている。そう、天使族は世界最強の戦闘民族だ!」
巨人の言葉に朕はただ言葉を失って、空を見上げることしかできなかった。




