帝国潜入 6
《sideタシテ・パーク・ネズール》
リューク様と分かれた私とナターシャは、草として潜んでいた帝国兵十名と共に帝都へ向かった
今回の帝国侵略を止める役目をリューク様より授かったからだ。
すでにこの戦いは無意味になっている。
帝王カウサルの目的は叶わない。
魔王討伐も、王国への侵略も、そして帝国の平定すら危うい。
「皆さん帝都ないの調査をお願いします」
帝都に入った瞬間から、人の気配がしない。
前に来た時はあんなにも賑わっていたのに。
「失礼」
私たちはシド宰相へ面会を求めて、帝王の宮殿へ訪れた。
本来であれば、帝王カウサルの家族や文官たちがいるはずの帝都は、静かな空間へと様変わりしていた。
「ようこそおいでくださいました。ネズール様」
私の前で片膝をついて礼を尽くす帝国宰相シド殿。
「おやめ下さい。シド叔父上」
帝国宰相シドはネズール家が、いやデスクトスト公爵家によって命じられて帝国へ侵入した我が父の弟にあたる人物だ。
「何、君はネズール家を継いだのだろう。ならば、私の役目は君に従うことだ」
「それは……、ですが、叔父上はすでに帝国で地位を確立されました。ネズールを切り離すこともできるはずです」
「……」
どこか父に似た顔をしたシド叔父貴は、髪をオールバックに固めて、ちょび髭が生えた顔は虚な目をしている。
前回帝都にいたときには、会うことが叶わなかった。
その必要もないと判断していた。
私たちの動向を察知して、逃がしてくれたのはシド叔父上だった。
「そうか」
膝を折っていたシド叔父上は立ち上がって、バルコニーへ向かっていく。
夕日に照らされたバルコニーは、革靴の音が石畳の宮殿で音を反響させる。
「タシテ・パーク・ネズール君」
「はい」
「君はこの国をどう思う」
「帝国のことですか?」
「そうだ。元々小国家郡として数多くの種族が自分たちの主張を掲げて、それぞれの国を作り上げていた」
シド叔父上は遠くを見つめる。
長い年月をかけて、平定した大地を憂いておられるのか?
「様々な種族が入り乱れていたんだ。通人、亞人、精霊、巨人、人の形をした者をたちを食べる魔族も存在した。人の生命エネルギーを糧にする者たちもいた」
「ヴァンパイア族のことですか?」
「博識だね」
シド叔父上は宮殿から帝都全土を見下ろす。
「他にもグール族や、ゴースト族など多くのバケモノたちが存在していた。では、彼らはどこから来たのか?」
「どこから? 元々ここに住んで生まれたのではないのですか?」
「通人族も同じだよ。いつの間にか生まれていつの間にか生息していた。だけど、彼らは違う。通人族を食事として登場した彼らは、魔王によって作り出された存在なんだ。魔王と《天王》。二人の王がこの世界に生命を誕生させたといわれいる」
魔王と天王? 天王という言葉は聞いたことがない。
天使族の話題もアンガス殿に聞くまでは知らなかった。
リューク様がアンガス殿から聞いた話を、ミニミニバルニャンによって伝えてくれるまで、存在も知らなかった。
歴史が、どこかに消失してしまっているような違和感を感じる。
「通人族や亜人を作った天王。魔物や魔族を作った魔王。二人の王は世界に産み落とされて生命を作る母となり父となった」
「どうしてシド叔父上がそんなことを知っておられるのですか?!」
次第に不安を感じる。
シド叔父上に会うのは初めてだ。
だけど、父から聞いていたシド叔父上はネズール家始まって以来の強さを持ち、頭も切れる人だといわれていた。
見た目は平凡ながら、最強であったと……。
それはプラウド・ヒュガロ・デスクストス公爵様も認めるほどに。
「……ずっと、戦場に身を投じて多くの命を奪い。帝国という国を作るために大地をかけずり回った。それは生きているという実感があり、真実を解明するために走り回る日々は幸せだったと言える」
「何を! 何をいわれているのですか?! シド叔父上!」
「タシテ様〜、何か〜おかしいです〜」
それまで黙って聞いていたはずのナターシャが私の袖を掴んだ。
「王国は魔王の眷属たちが多く存在しており、それを継ぐ大罪と呼ばれる力を持つ者が生まれる。では天王はどんな力を持っていたのか? それは聖なる武器と呼ばれるダンジョンの鍵だ。二人の王はダンジョンというボードゲームを使って遊んでいた。それは何度何度も同じゲームを繰り返し遊ぶ子供のような」
シド叔父上の背中に真っ白な羽が生える。
まるで、リューク様から伝え聞いた天使族の特徴を持っているように感じる。
「勇者や、天使、超人、そう呼ばれる者たちは皆、天王様の配下なのだよ」
「なるほどなるほどメェ〜」
背後から、拍手と共にヤギの顔をした男の声が響く。
だが、振り向いた先にいる人物の体は女性のような胸を持ちながら、男性のような筋肉質で、どっちの性別を表しているのかわからない存在だった。
私はナターシャを庇いながら、両者の合間にいる自分たちに舌打ちをした。
そして、危害を加えられないようにジリジリと距離をとって、両者に道を譲ってこの場を離れる算段を考え始める。
「どうやらここに来たのは正解でしたメェ〜。天王は、天使族が滅んだように見せて魔王様を欺いていたんですメェ〜」
「魔王の配下か?」
「うむ。《邪淫》バホット……と申しますメェ〜」
「なっ! 貴様がバホットだと!」
今まで虚な目をしていたシド叔父上が初めて憎々しい相手を見るような憎悪に満ちた目を向ける。
「おやおや、そんな顔をされては興奮してしまいますメェ〜。天使族は随分と可愛がってあげましたメェ〜」
「通人族と混じり合い、汚名を晴らすために泥水を啜った我らが悲願達成してくれようぞ! 貴様が! 貴様がキーロに入れ知恵をしなければ、こんなことにはならなかったんだ!」
「おやおや、体を乗っ取られておりますメェ〜。人格が二人の人物で混じり合って、現世と過去が混同しておりますメェ〜。ちなみにあなたのお名前はなんと申すのですかメェ〜?」
私はシド叔父上だと思っていた天使族? の者を見る。
「私の名前はシドに間違いない! 力を貸し与えた者《雷天人》ルガーである!」
「ほう! あなたが天使族最強と言われたルガー殿でしたかメェ〜。それはそれはおバカの大将様だったとは、楽に滅ぼせそうですメェ〜。ただ厄介なのは天王の力で通人に乗り移るなど、まるでゴーストのような所業ですメぇ〜。気持ち悪い気持ち悪いですメェ〜」
「貴様らが! 貴様らが卑怯な手を使ったのだろうが!!!」
それまで星が見え始めていた空が雷雲に覆われた雷鳴が響く。
さらに、雷雲から天使族が続々と降り注ぐ。
それはかつてこの地に住んでいた帝都の民であるとタシテは理解した。
その者たちに見覚えがある顔が存在したからだ。
「あれはムーノ・アレシダス様」
アレシダス王家の次男であり、エリーナ様の兄君にあらせられるムーノ様に天使の羽が生えて空を飛んでいた。
「我が軍勢をもって魔王軍を叩き潰してくれる!」
「いいでねぇ〜面白いメェ〜。また美味しくいただくとしますメェ〜。今度は魂が残らないように全てを喰らってあげますメェ〜」
私はとんでもない場所に来てしまっていた。




