明け方
ボクの朝は早い。
ダンジョンの中であろうとモーニングルーティンを欠かすつもりはなく、普段の生活を変えるつもりがないからだ。
愛しい天使の寝顔がないことが一番悲しいが、今は仕方ない。
まだ、三人が寝ている姿を見て天幕の外へ出る。
ダンジョン中を散歩するのも乙なものだ。
朝は魔物も寝ているのか静かな山の空気が心地良い。
「ふん」
最近はバルが身体を動かして鍛錬をしている間に、自分の意識を覚醒させている。
魔法の鍛錬を同時進行で行うためだ。
無属性魔法のサーチを習得してからは応用が楽しい。
寮にいる人数や性別まで判別するために、マークをつけるような設定を作ってみた。
敵か味方の判断もできるようにした。
敵は赤色。
味方は青色。
どっちか判断できない警戒が必要な相手は黄色。
相手の魔力性質や敵意によって反応するように設定している。
イメージはダンジョンゲームのあれだな。
敵であれば発動しながら、オートスリープアローが飛んでいく。
近接はバルに身体を動かしてもらう。
三つの魔法を同時に発動していると魔力消費が激しい。
そのため魔力を調整してコントロールする技術を訓練中というわけだ。
不意に武器を持った黄色信号がサーチにかかり、バルが撃退行動を取る。
「くっ!さすがだな」
剣を持ち、攻撃を仕掛けてきたのはリンシャンだった。
鞘に収められていると言っても撲殺は出来ると思うが……ボクは意識を覚醒させて身体へと意識を戻した。
「なんのつもりだ?本当に殺されたいのか?ここは学園でも、成績ランキングでもないんだぞ。ダンジョンでお前を殺せば証拠も残らない」
ボクは魔力による圧力をかけてリンシャンを威嚇する。
「……それが本来のお前か?」
「はっ?」
「気配を消して、ずっとお前が起きてからの行動を見ていた。ダンジョン内の散策をして、激しい肉体の鍛錬、それをしながらの魔法発動……凄い技術だった」
彼女の表情を見れば、敵意というよりも戸惑いと不安……そんな感情が見てとれた。
「ハァ~、何がしたいんだ」
「私と戦え」
「また、それか……お前は本当に戦うことしかできないのか?」
「……私がバカなことはもうわかった!」
ボクが呆れて声をかければ、リンシャンの顔は今までのような思い詰めたような顔ではなく。どこか清々しい顔をしている。
今までとは違うように感じる表情に、戸惑いを感じる。
「デスクストス公爵家が我が家にとって、敵なのは変わらない。
だけど、お前が私の敵なのかどうかは……私にはわからない」
語り出したリンシャンは、ボクから視線を逸らす。
「ずっと私はお前を敵視してきた……だけど、ダンは言ったんだ。誰かに聞いた話を信じるんじゃなく、自分で見たことを信じろって」
ここ最近の態度はダンのせいか……闘技場の後か?ハァ~めんどうなことを。
「一度だけだ。模擬戦として戦ってやる」
「本当か!!!」
「但し、金輪際ボクに対して戦いたいと言ってこないことが条件だ」
「ありがとう!」
悩むかと思ったが、即答でお礼を言われた。
お礼を言われることも想定外だったので拍子抜けしてしまう。
本当に今までの正義感を振りかざした話を聞かないリンシャンでは無いようだ。
「何をかけての戦いだ?」
「何も……私は、戦って刃を交えることで相手の心と会話が出来ると思っている。お前と戦うことで分かることがあると信じているんだ」
「そうか。戦闘バカだな」
ボクは意識を半分覚醒させた状態でバルを起動する。
属性魔法を使えば、簡単に勝ててしまう。だけど、それじゃ納得しないだろう。
「いくぞ」
正攻法で剣を振るうリンシャン。
身を躱して腕を取る。
しかし、リンシャンは大きく飛び退いて距離を取る。
「やらせるか」
リンシャンの動きには型があり、一連の動作を覚えてしまえばバルの敵ではない。
バルは相手の動きをデータとして理解して予測を立てる。
その予測は戦闘を重ねる毎に確率を上げていく。
「くっ!」
リンシャンはボクに一撃も当てることができない。
バルにはリンシャンの動きが全て見えている。
「ハァハァハァ」
息を切らせるリンシャン、そろそろ終わりにしよう。
ボクはバルに指示を出してリンシャンを倒させる。
「ぐうっ! まだだ」
目の前でボクに押し倒される。
それでも抵抗してボクの腕を引っ張って一緒に倒れた。
ボクも腕を掴まれて、倒れた瞬間に二人の身体が重なりあって唇を奪ってしまう。
「んん」
目を見開き驚いた表情を見せるリンシャン。
「戦いは終わりだ。もういいだろ」
ボクはリンシャンから離れて、バルから意識を取り戻す。
リンシャンのおでこにデコピンを食らわせる。
「ハゥッ!」
「ボクの勝ちだ。金輪際、ボクに戦いを挑むなよ。ハァ~、シャワー浴びてこよ」
リンシャンは、しばらく立ち上がれない様子だった。
言葉が出ないほど悔しかったのだろう。
今は放置した。
予定外の出来事はあったけど、いつものルーティンに戻ったボクは朝食の準備をして、彼女たちの分も用意したところでもう一度眠りについた。




