一変
クーガはボクの前に出て頭を下げた。
「リュークの兄貴。その申し出は受けることはできねぇ」
「どうしてだ?」
「もう、命のやり取りが始まったからだ。皇国に犠牲者が出た。それにあんな理不尽な要求を呑めるわけがねぇだろ!」
ボクとクーガの間に沈黙が流れる。
皇国陣営の将軍たちも黙ってボクを見つめていた。
その態度はクーガと共に死ぬ覚悟をしている者たちの目だ。
「ふぅ、なるほど。ならば、俺がお前たち全員の相手をすると言ってもか?」
「なっ! 帝国の肩を持つのか!」
「先ほども言っただろ。停戦しろ。肩を持つつもりもないが、これ以上の無駄な犠牲を出しても意味はない」
「意味ならあるさ!」
「ほう」
「俺たち皇国の武士は気高い存在だ。そんな俺たちは舐められたら終わりだ」
「前にも言っていたな」
皇国人は舐められることを嫌う。
それは、ボクを狙っていたメイ皇女やハク皇子も同じだった。
「バカバカしい。そんなもののために命を張るな」
「リュークの兄貴はバカだと言うかもしれないが、俺たちは本気だ。たとえ兄貴を敵にしても止められないと思ってくれ」
「いいだろう」
「兄貴! なら」
「今からボクはお前たちの敵だ」
「なっ! 漢気に説得させるとこだろ!」
ボクはある魔法を唱えて空へと舞い上がる。
仮面をつけ直す。
天幕を飛び出したボクは、両手にエリーナとアンナを抱きしめて、空へと舞い上がる。
急いでクーガが白虎に乗り込んで、ボクの後を追って空へ飛び上がった。
クーガと将軍たち四名を除いて、全ての兵士にオートスリープを発動する。
「なっ何をするつもりだよ! その莫大な魔力をいったい!」
「これを振り下ろせば、皇国は全滅する。貴様らのような名誉やプライドだけで生きているような者は死ねばいい。そんなことのために家族を泣かせるなら生きている価値すらない」
ボクは腕を振り下ろした。
皇国兵三万人の胸や頭にボクが生み出した魔法が降り注ぐ。貫かれた者たちは次々と倒れていく。
「さて、皇王クーガに問う。たった数分で貴様の兵は全て倒れた。これでもまだ戦うのか? それともボク一人に降伏するのか?」
「なっ、舐めるなよ! リューク! いくらあんたが兄貴でもやっていいことと悪いことがある! 三万だぞ! 三万の人間を大量虐殺して許されると思っているのか?!」
怒りと悲しみに瞳を揺らすクーガ。
ボクは地上へ降り立って、将軍たちを見る。
先ほどまではクーガと同じように強い意志を示していた者たちが、瞳を震わせて戸惑いと後悔を表す。
そして、不安による瞳をクーガに向けていた。
「うむ。これは命を覚悟せねばなるまいな」
唯一動けたのは、一番歳を召した者だった。
クーガは怒りこそぶつけてくるが、かかってくる気配はない。自分が敗北したときのことを考えているのだろう。
ボクの領域に踏み入れるレベルにないクーガでは相手にならない。
「あなたがこの場で一番強いようだ。お名前を聞いても?」
「異邦の方よ、失礼仕る。ワシは白虎の老子モウコと申す者じゃ。あのバカたれの師に辺り、昔は白虎の守護者をしとった。少し前までは五大老とも呼ばれておったが、今はしがないジジイの一人じゃ。生い先短いワシが死んでも問題はない」
その瞳には後悔も怒りも戸惑いもない。映るのは覚悟だけだ。
「先を示すのに、犠牲は必要じゃろう」
この場で一番強い者が死ぬ。
それはクーガたちに降伏を促すのに一番最適な方法だ。
三万人の兵士を失っても、戦意を失わぬ皇王が最後によりどころとしているのは、両親のような自分の師と呼べる頼れる存在なのかもしれない。
「いいのか?」
「かまわぬ。最後に武人として死ねるならば本望」
「いいだろう」
ボクはバルニャンから降りて、体にバルを取り込んだ。意識はある。だが、戦いはバルに任せる。
「いくぞ」
「いつでも」
片手をあげて構える老人にバルニャンは容赦なく攻撃を開始する。
最初こそ老人が余裕そうに見えたが、バルニャンは戦いながら相手の動きを学習する。
「くっ!」
「老子!」
クーガが驚きの声を上げる。
老子ならば、ボクに対して攻撃を加え、倒すことができると思っていたのかもしれないな。
老子の強さはジュリアと同じぐらい。
つまりはイシュタロスナイツクラス。
確かに強い。
もしも、ボクが限界突破をとっていなかったら危なかったかもしれない。
だが、イシュタロスナイツクラスで、聖なる武器を持たぬ者に負けることはない。
「グハッ!」
老子の右腕がボクの手刀によって切り裂かれ、肩から飛んでいく。
「モウコ師匠!」
クーガが白虎と共に割り込もうとするが……遅い。
ボクの手刀がモウコの胸を貫こうとして……。
天を割るような爆発が、帝国領土から舞い上がる。
「なっ!」
それはボクの手刀を止めるのに十分な衝撃をもたらした。地震となって全員の動きを止めさせる。
「なんだあれは!」
爆発は火柱となって、雲を全て吹き飛ばしていく。
帝国全土を荒野にするほどの力を秘めている火柱にボクは焦りを覚えた。
「あれはもしかして!」
ボクは自分で思い立った現象の答えに辿り着く。
「魔高炉を破壊したのか?!」
ボクの叫びに全員の動きが止まり、次に起きる二次災害を思って、ボクは飛び上がった。
「クーガ! 皇国兵をまとめろ! 戦争どころではない!」
「なっ、何を言ってんだよ! 皇国兵はあんたが!」
「誰も死んでない。寝ているだけだ!」
「えっ?」
「老子。あなたの覚悟には悪いが、事情が変わった」
ボクは老子の腕を再生させて元に戻す。
「おお! 腕が!」
「ボクは帝国領土に戻る。クーガ、お前は国を守りたいなら、帝国を相手にするな。敵は帝国じゃない!」
「どういうことだ?」
「来るぞ! 魔王が!」
ボクはそれ以上は時間がないと判断して、ジュリアの下へ向かうことにした。




