帝国潜入 3
《sideタシテ・パーク・ネズール》
リューク様にお許しを得たので、陽動をリューク様に任せて帝国領内へ潜入しました。
帝国陣営は戦場となった乱戦のせいで、戦いよって傷ついた兵士が次から次へと運ばれてきます。
壮絶な現場になって、その先に彼女がいる。
「重症者は〜! 奥のベッドへ〜! 軽傷の方は〜外でお待ちくださ〜い」
彼女の声が聞こえてきて、私は逸る気持ちを抑えながら、救護所へ向かいます。
「ナターシャ!」
彼女の姿が見えて、名を呼ぶと彼女は驚いた顔をして、次にクシャっと顔を歪めて涙を浮かべました。
ですが、その顔を見せたのは一瞬だけです。
一雫の涙を流した後に、彼女は顔を引き締め直しました。
「皆さ〜ん。順番に治療をしていきますので、大人しくしていてくださ〜い!」
そう言ってナターシャが私の腕の中へ飛び込んできました。
「タシテ様〜。会いたかったです〜!」
私の胸に飛び込んできたナターシャは、回復術師が着るローブを身に纏い。
ところどころ血が付着して染まっていた。
そんな私たちのやりとりに救護室に運ばれてきていた兵士たち、そして護衛を務める兵士たちまで驚いた顔を見せている。
これはマズイでしょうか?
「タシテ様、リューク様が陽動に成功したため、帝国と皇国の争いを止めることに成功いたしました」
耳の良い兎獣人のクウ殿に耳打ちされて状況を把握する。
「リューク様がおられるのですか〜?」
「ああ、あの方がこの戦争を止めてくださいます」
「ふふふ、昔からタシテ様はリューク様一筋ですからね〜」
「そうですか? まぁ〜調べれば調べるほど面白い方であり、お仕えしていてこれほど臣下を満足させてくれる王はいないでしょうね」
「リューク様は王になるなんて嫌がるでしょうねぇ〜。それで? これからどうするのですか〜?」
私が提示した作戦を超えてくるのがリューク様です。
いつまでも叶いませんね。
「ナターシャにしてほしいことがあるのです」
「私にですか〜?」
「はい。私の属性魔法と、リューク様の奥方であるクロマ殿の魔法によって」
私はナターシャに作戦内容を伝えました。
ナターシャは驚いた顔をして、自分にできるのか不安そうにしていました。
「リューク様はおっしゃられていました。ナターシャにしかできないだろうって」
「ふふふふ〜。リューク様にですか〜? そこまで認められたなら〜、やるしかないですねぇ〜」
私の影響なのか、ナターシャもリューク様に心酔しているところがあります。
我々ネズールにおいて、現在の子供達はリューク様が主であると認識する刷り込みをしているからでしょうね。
「それではいきましょうか?」
「良いのかい? 怪我人たちは」
「はい。ここには私以外にも優秀な救護班がおられますので、ここよりも大事なことをしにいくので問題ありません」
「わかった行こう」
「はい〜」
我々はナターシャを連れ出して、走り出そうとしたところで帝国兵に囲まれる。
「おいっ! ちょっと待てよ。俺たちの天使様をどこに連れていく気だ!」
「そうだ! 今まで天使様がいてくれたから俺たちは頑張ってこれたんだ! お前みたいな見たこともないやつに奪われるぐらいならいっそ俺が!」
「いや、俺が!」
騒ぎ出す怪我人たちに私は深々とため息を吐きます。
リューク様ならば、回復魔法をかけた上でスリープ魔法で眠らせてしまうのでしょうね。
ですが、私にできることは一つだけです。
「どうか、《夢》を見てくださいね!」
私が作り出したドリームによって、己が夢みる世界へと誘っていく。
「皆さん幸せそうな顔をしています〜。タシテ様の属性魔法は〜、相変わらず素敵ですね〜」
「そうかい? まぁ幻覚を見せているだけなんだけどね。さぁ、行こう。リューク様にご負担をかけないために」
「はいです〜」
私たちは帝国兵たちが見下ろせる場所へと移動して、未だに皇国兵を追いかけようとしている帝国兵が目に留まる。
ここが丁度良い。
「初めてくれ」
「はい〜」
「魔法を発動します。拡声器オン」
「《夢》よ。膨らめ」
巨大なナターシャが空へと映し出されました。
帝国兵や皇国兵にも見えていることでしょう。
「皆さ〜ん! 戦いをやめてくださ〜い! 救護兵のナターシャで〜す! この戦いは〜。互いに痛みを感ずる戦いです〜。長く続けて怪我をする人がいっぱい出てしまいます〜。そうなったら私が悲しいです〜!!! 命を大事にしてくださ〜い! 逃げる相手を追って怪我するなんて! 命がもったいないです〜!」
巨大なナターシャの声が拡声魔法で広がって、帝国兵や皇国兵全員に行き届く。
逃げようとしていた皇国兵は逃走に成功して、帝国兵たちはナターシャの存在に唖然としている。
だが、次第に声が上がり始める。
「我らが守護天使様がやめろというのだ。武器をおけ!」
「戦うのをやめろ!」
これまで好戦的だった帝国兵がナターシャのいうことを聞いたのだ。
ナターシャが潜入して、帝国兵たちの心を掴んだからこそ起きた奇跡だ。
リューク様はそれを見越していたのだろうか?
ここまでリューク様とナターシャにお膳立てしていただいたのです。
あとは私の仕事ですね。
私はナターシャの護衛をクウ殿とクロマ殿に頼んで、戦場を翔けた。
仮面の三人と睨み合う帝国将軍たち。
その間に割り込んでいく。
「あいやまたれよ!」
「なっ! 君はどこかで?」
ジュリア殿は私の顔を覚えていないようですが、アレシダス王立学園では同じクラスだったのですがね。
「我が名はタシテ・パーク・ネズール。イシュタロスナイツ第五位ジュリア・リリス・マグガルド・イシュタロス様にお渡ししたい書状があります!」
「私に?」
「どうやらボクの出番は終わりのようだな。なら、ボクは皇国に向かうとしよう」
「おい! 待て! 貴様は何者なのだ?」
「ジュリア将軍。いずれまた必ず会うことを約束するよ」
そう言ってリューク様はエリーナ様とアンナ様を両手に抱き上げて、飛び上がりました。
そのまま皇国陣地へ向かって行かれたので、クーガ皇王は任せても良いでしょう。
「貴様のせいで逃げられたのだ。先ほどのナターシャの暴挙に続き。つまらない内容ならここで斬り捨てるぞ」
「構いません。どうか」
「わかった。読もう」
「ジュリア様!」
「ソレイユ、良いのだ。相手が名乗りを上げて、礼を尽くした。しかも己が命をかけての進言だ。受けねば将の恥だ」
「わかりました。ですが」
副官を務めるソレイユ様が剣を抜いて私の首に当てる。
「逃げられないようには致します」
「ああ。それでは読むとしよう」
私が差し出した内容を読んで、ジュリア様の顔が見る見ると青ざめていく。
「これは誠のことか?」
「嘘偽りございません」
「何が書かれているのですか?」
「一晩、吟味させてくれ。それまで、その男は監視付きで天幕を与えよ。そして、ナターシャとその護衛を務めているメイドたちも同じく天幕へ」
「天幕を態々罪人に使うのですか?」
「罪人ではなく、客人として頼む」
「それほどの?」
それ以上ジュリア将軍は語ることなく、去っていった。
私はソレイユ副官の計らいで、ナターシャたちと同じ天幕で客人として出迎えられることになった。




