またいつか
この一年間の商人としての苦労話をモースキーから聞いた。
王国の品々を持ち込んだモースキーは、フィルのツテを使って帝国で商売を始めた。
最初こそ商売は上手くいっていたのだが、帝国が平定される頃には随分と商売が厳しくなった。
その原因として、度重なる戦争が続いたことで、作物の育ちが悪くなり、食料不足が原因となった。
日々食べる物にも困る始末で、商売どころではなくなってしまったそうだ。
「ですので、私たちも日々の食料を確保するので精一杯で」
「なるほど。義父殿が困っているのは仕方ないな」
ボクはマジックバックの一つをモースキーに渡した。
「これは?!」
「一年分の食料だ。どれだけの期間の食料が必要になるのかわからないからな。ボク自身、遭難した場合や帰れなくなる場合を想定して、カリンに持たされたんだ」
「いけません! それはリューク様のために用意されたのです。六人分の食料が一年分など使えません」
「違う」
「えっ?」
「食料一年分は、千人分の食料が入っている」
「なっ!」
「カリンは心配性でな。いったいどれだけボクは帰れないと思っているんだろう」
モースキーはボクの言葉に固まって思考を巡らせる。
『今のは嘘や! 商人をしていると、人の嘘に敏感になる。リューク様がついた嘘は、カリン様が心配性ということやろう。多分、これはリューク様自身が何年もかけて集めたものやろう。一年分の食料を千人分というとったが、いったいこの方はどうしてこれだけの量の食料を集めようと思ったのか? それも時間停止ができるマジックパッグなど、手に入れるためには法外な値段がする。そんな物を簡単にワシに渡そうとしている。頭がおかしくなりそうや』
思考するモースキーの顔を眺めながら、クウに入れてもらったお茶を楽しむ。
ボクはこの食料を入れたマジックバッグをあと二つ有している。
これはゲームの知識だが、帝国と王国の戦争が起きたとき、何も帝国が侵略を目的にするためだけに始めたわけじゃないことを知ってる。
帝国は戦争しなければ維持できなかったのだ。民の選定を行って、初めて生き残る者を決められる。
「……いったい。あなたは何を見据えてるんや?」
「別にボクの目的は、いつも一つだけだよ」
「その目的とは教えていただけますやろか?」
「簡単だよ。平和な世の中で怠惰に昼寝することだよ」
「へっ! 昼寝?」
「そうそう。だから、平和な世の中が必要なんだよ、ボクには」
あ〜やっぱりどれだけ動き回ってもボクとしては、バルの上で寝ていたい。
カリンが作ってくれる料理を食べて、シロップやリンシャンがいっぱい甘やかしてくれて、エリーナやココロが共に寝て。アカリやミリルが好きに仕事をして養ってくれるのがいいね。
そんなのんびりとした日々を送るために、随分と遠くまできたものだ。
「ハァ〜……。リューク様は本気なのでしょうね。気が抜けましたわ。食料ありがとうございます。大切に使わせてもらいます」
「ああ、モースキーに任せるよ」
「これからはどうなさるのですか?」
「決まっているじゃないか、タシテ君の婚約者であるナターシャを救出に行く」
「イシュタロスナイツ第五位ジュリア・リリス・マグガルド・イシュタロスを討たれるのでしょうか?」
モースキーにしては珍しく不安そうな顔を見せる。
「どうしてだい?」
「帝国の中で、彼の方が一番お優しい将軍だからです。他の方々は一癖も二癖もあり、ジュリア様は知謀に優れ、将軍としての才もある。何よりも帝王としての才覚も……」
「うーん、ボクは面倒なことは嫌うんだ」
「そう……でしたな。聞かんかったことにしてください」
モースキーは深々とボクに向かって頭を下げた。
「モースキー・マイドはリューク様に賭けました。少年だった方が青年になり、今もワシを救ってくださっておられる。全てはリューク様の意向に従います」
「苦労をかけるね」
「何を言われますやら? 今のワシは皇国の呪縛から離れ、帝国の地で幸せに暮らしてるんですわ。文句などありはしません。そん代わりアカリのことをお願いします」
「ああ、それは任せてくれ! アカリに何かあれば、ボクは全てを投げ出して駆けつける」
「ありがとうございます」
ボクらは一宿一飯の恩を受けたモースキーの家を後にする。
最後にモースキーの妻がボクを抱きしめた。
母を知らないボクを、母と同い年ぐらいの人が抱きしめる。
「ごめんなさいね。あの人は秘密の多い人……。そんな人に会いにきたと聞いたとき、私はあの人が連れて行かれてしまうんじゃないかと胸が締め付けられるほどの思いをしたの。だけど、あなたの瞳はとても慈愛に満ちていて、あの人を大切に思っていてくれた。感謝するわ」
モースキー・マイドはしっかりと愛されている。
彼が幸せに生きられる世界に戻さないとね。
「ボクはそんなたいそうな人間じゃないよ。面倒なことが嫌いな、ただの友人さ」
「ふふ、とても美しくカッコいいお客様。帝国が落ち着いたらまた遊びにきて頂戴。その時には帝国の料理を、腕によりをかけてご馳走するわ」
「それはとても楽しみだ」
ボクはほんの少しだけ、彼女と話をして離れた。
荷馬車に乗り込むボクらにモースキーは馬を提供してくれた。
「こんなことしかできなくてすいません」
「いいや。助かったよ。クマが引く荷馬車など奇妙で仕方なかったからね」
「はは、それは違いありませんな」
モースキーと握手を交わして、ボクらはイナーカを離れた。
荷馬車を引く任務から解放されたクマは、ボクの中に戻って眠りについた。
「さて、ジュリアに会いに行こうか? 彼女は元気かな?」
ボクは馬が引く荷馬車に乗り込んで、アンナに膝枕をしてもらうことにした。




