帝国陣営 4
《side ドロメア・マグガルド・イシュタロス》
胃痛の痛みがキリキリとして腹を押さえてしまう。
「酒だ! 酒を持て〜!!!」
本陣天幕に響く兄上の声に私は息を吐く。
まさか、イシュタロスナイツとして初めての仕事が王国との戦争の指揮を務めることになるなど、胃が痛む思いがする。
キリキリと朝から疼く胃の痛みに嫌な予感が止まらない。
妹であるジュリアは良く戦場の空気に耐えられるものだ。
文官志望であった私は、シド殿の助力で聖なる武器を所持することは出来て、イシュタロスナイツになることができた。
だが、私は自分で将軍としての器がないことが実感でした。これほどの大任を任されるなど胃が痛む。
「ドロメア! お前も一緒に飲まぬか?!」
二メートルを超える体躯は父上に似て豪快で、巨人族としての血が我が兄上に剛力を授けておられる。
「いえ、私は胃が痛いのでやめておきます」
「お前は相変わらず顔色が悪いやつだな。そんなことでは戦場で生き残れぬぞ!」
「はは、私は臆病者なので、十分に注意します」
我が兄ながら豪快で快活なところは好感が持てる方です。武人としての実力も高く。
将軍として帝国でも慕われておられるので、今回も兄上についていけば問題はないでしょう。
「うん? あれはなんでしょうか?」
王国との国境沿いは、堅く門が閉じられていて、数日かけても突破が難しくありました。
そんな帝国の軍勢が陣を構える前線が見えないほどの霧が立ち込め、百万の軍勢は半分ほど見えなくなりました。
百万の軍勢と国境が見渡せる丘の上に本陣を構えていたので、距離があり何が起きているのかわかりません。
「兄上」
「ああ、何かあるな」
霧の中から歓声が上がる。
もしかしたら、国境を突破できたのか?
「おい、誰か向かわせろ!」
「兄上、我々がいかなくても?」
「いい。父上のお考えとしては、百万の軍勢が消耗されてもいいと言われいた。突破できて軍勢が王国に雪崩れこめるなら御の字だ。それがダメでも、王国の兵を消耗させてくれればいい」
兄上は冷静で冷酷な人だ。
命に対して優劣をつけておられる。
「ふん、酒だ。百万の軍勢が全て一瞬で消えることなどないだろう」
本当にそうだろうか? 何かがおかしい。
この霧はどこから? 元々発生するものだったのだろうか? シド先生、私はどうすれば良いでしょうか?
「どこにいく?」
「兄上。私も将軍です。自分の考えで動きます」
「ふん、好きにしろ」
私は胸騒ぎがして、どうしても前線を見に行く気持ちを止められなかった。
「あれはなんですか?」
馬を走らせて到着した前線で私が見たのは、忽然と消えた百万の軍勢でした。
「なっ! どうして!」
「おっ? まだ一人残ってんじゃねえか、伝令役か運がいいな。だが、お前に忠告しておく。これ以上近づけば巻き込まれるぞ」
「おっ、お前は誰だ!」
「あん? めんどくせいな! 俺様の名前はバドゥ・グフ・アクージ様だ。お前が帝国の兵士なら残念だな。百万の軍勢は俺様が貰い受ける。相手にしたのが、あいつだったことが最悪だと思え。天才が努力するんだ。それがどれだけ怖いのかお前たちは知らない」
「待て! 我が名はイシュタロスナイツ第六位、ドロメア・マグガルド・イシュタロスである! 貴様が王国の貴族である以上、ここで見逃すことはできぬ」
私が聖なる武器として授かったのは弓です。
聖弓クロウに魔力を流していく。
「ほう、将軍クラスかよ。一回目は絶対に将軍クラスは出てこないって踏んでいたんだがな。勘がいい将軍もいたものだ」
「なんなんだ! お前は!」
「俺か? 俺様は《雲のバドゥ》。俺様が生み出した水蒸気の中では全てのモノが出し入れ自由な迷宮の中に閉じ込められる。お前は入り込みすぎたんだ」
私自身も気づいていた。
もうここは奴のテリトリーだ。
だが、聖なる武器の所持者であり、帝国の将軍として、王国の将軍を見逃すことはできない。
「聖弓クロウよ! 私の胃痛をプレゼントしてあげますよ! どれほどの苦労を私にもたらしたとしても構いません。どうか、私の道を切り開いてください!」
胃痛が酷くなる。
聖なる武器を選択する際に、《あなたの力はなんですか?》と問われました。
私の答えは一つだけです。
「私の力は苦労して、苦労して、その苦労が報われる瞬間が一番の力だと。だから私の力はクロウ。胃痛が強くなって強くなって痛みに苦労するほどに威力を増していくのです!」
私の聖弓クロウから放たれた力は、《雲のバドゥ》が作り出した霧を吹き飛ばす。
「ほう、やるじゃねぇか! だが、お前が晴らしたのは半分だ。そして、お前が晴らした先にいるのは俺よりもヤベー奴だぞ」
そう言ってバドゥが霧の中へ消えていく。
百万の軍勢は、半分の五十万が姿を表して帝国領へ戻ってきた。
私はやったのです! 胃痛が消えて、喜びも束の間。
私は膝を折っていた。
「あっ、あなたは?」
私の心臓に突き刺さる剣は、なんの変哲もない。
鉄の剣。
こんなもので私が……。
「我が名は王国の指揮を預かるテスタ・ヒュガロ・デスクストスである。イシュタロスナイツ、ドロメア・マグガルド・イシュタロスよ。貴様は五十万の民を自らの命を持って救ったのだ。誇るがいい」
切り捨てられる自らの体を見ながら私は事切れた。




