帝国潜入 2
《sideダン》
教国の聖騎士として上手く潜入することができた。
ハヤセからはいつもの俺らしく振る舞えばいいと言われている。
ただ、王国の民であることや仲間の話は、極力するなと言われている。
何よりリュークの指揮下で潜入するとか、ちょっとワクワクして楽しいじゃないか。
「えっ? リュークたちが脱出した?」
ハヤセから聞かされたのは、明け方前にリュークたちが帝都を脱出したという内容だった。
「そうっす。リューク様にはリューク様の目的があるっす」
「おいおい! 俺たちと同じく帝王、もしくはイシュタロスナイツである将軍を倒すんじゃないのかよ?」
「シッ! 誰に聞かれているのわからないっす」
「あっ、すまん。だが」
「さっきも言ったっす。リューク様にはリューク様の考えがあるっす。ただ、ダンには手紙を渡して欲しいと言われたっす」
「手紙?」
俺はリュークが書いたという手紙を開く。
そこには、短い文章が書かれていた。
「ハヤセと聖女ティアを死んでも守れ! お前の役目だ。おいおい、これだけかよ?」
「そうっす。何か不満があるっすか?」
「いや、不満っていうか……。いや、むしろわかりやすくていい。俺は元々誰かを守る時の方が力を発揮できる」
「そうっす。それにリューク様なら、帝国と戦争になることも予見して、何か仕込んでいたのかもしれないっす」
さすがにそんなやついないだろ。
「おいおい、流石にそれは無理があるだろう。いくらリュークでも未来を知れるなんてありえねぇよ」
「そうっすかね? 私はリューク様ならと、思っているっす。それよりもリューク様のオーダーが、私と聖女ティア様の護衛なら、死んでも守って欲しいっす」
「わかってるよ! 絶対に二人は俺が守り切る」
リュークに頼られたと思えば嬉しいじゃねぇか。
ハヤセがいうように、リュークは先を見通す知識を持っているやつだ。
未来に起きる戦争がわかっていなくても、今の俺に何をして欲しいかはわかっているなら。
俺はそれに応えるだけだ。
「それで? 聖女ティア様は何してるんだ?」
「ああ、なんでも帝国の街並みを見たいと言って申請を出していたっす」
「街並み? ここは敵国だぞ。物好きだな」
「まぁ聖女様にも考えがあるっす」
「まぁ、俺たちとは住む世界が違うってことか。まぁいいさ」
聖女ティア様の申請はあっさりと受理された。
帝都の街を護衛する名目で俺とハヤセ、ムーノとフリー、ミカと教国の聖騎士が交代で、街に出る際は護衛を務めることになった。
「今日はどちらに行かれるっすか?」
「帝国の外縁部よ」
「またっすか?」
帝国の外縁部と言われる門の近くは、帝国でも位が低く、まともな食事も与えられていない。治療も受けることができない。
そんな衛生環境も悪い場所で寝泊まりをしなければいけないのだ。
どうしてそんな場所に行くのか?
「私は迷宮都市ゴルゴンで、スラム街を見たことがあるのです」
「迷宮都市ゴルゴン?」
確かにスラム街はあった。
「はい。迷宮都市ゴルゴンでは明確な階級制度がなされていました。ですが、数年前にそれが改善されたことがあったそうです」
「改善された?」
聖女ティアと共に俺も迷宮都市ゴルゴンで大火災後の復興作業を手伝った。
その際に聖女ティアが、大勢を治療して回っていたのは知っている。
だが、それよりも前に治療を行なった者がいるなんて聞いたこともない。
「ふふふ、心当たりがありませんか?」
「全然知らないな」
「ダン様がアレシダス王立学園に通われている時ですよ」
「えっ! そうなのか?」
「はい。ダン様が二年時で修学旅行に行かれている際に、スラム街は《聖人で魔王様》によって救われたそうです」
「《聖人で魔王?》 意味がわからないぞ」
俺の言葉に、聖女ティア様が笑う。
「リューク様です」
「えっ?」
「リューク様が、スラム街の人々を救って、仕事ができない人々の怪我を治し、孤児として食べ物もない子供たちを救い出しました」
俺はリュークがそんなことをしていたなんて聞いたこともない。
ハヤセを見るが、ハヤセも顔を横に振る。
「それは本当なんですか?」
「ええ、アンナ様やクウさんが教えてくれました。ですから、帝国も同じなのではないかと考えました。今まで多くの戦いによって傷つき無理やりにここに連れてこられた人たちがいる。その方々は食事も満足にできず、怪我をしても治してもらえない。私はそんな人たちをリューク様のように救いたい。リューク様と同じく四肢の復元はできなくても、怪我を治し、衛生管理を伝えて、私が持ち込んだ食料で救えるなら」
聖女ティアの言葉に、俺は誇らしい気持ちになった。
迷宮都市ゴルゴンでは、俺は絆の聖剣を授かった。
数日間、リュークはチームリーダーなのにダンジョン攻略に現れなかった。
その間にスラム街を救う仕事をしていたんだ。
俺は何年も経って、今更知ったことが本当に誇らしい。
リュークは学園にいる時から、凄いやつだったが、それは学生という枠組みを超えていたんだ。
「よし! 俺も頑張ります。聖女様を守り、帝都で困っている人がいれば救います」
「はい。よろしくお願いします。一緒に頑張りましょう」
「私も微力ながら協力するっす」
「ハヤセさんもよろしくお願いしますね」
俺たちは理由もなく護衛をするのではなく、リュークがしていたようにと、心から人助けをするんだという気持ちで取り組んだ。
最初は怪訝そうに見ていた帝国の人々も、聖女ティアの優しさと暖かさに触れていくようになり、率先して掃除を手伝い、互いに助け合うようになって、環境の改善に取り組むようになった。
次第に聖女ティアは帝国の民に認められるようになっていった。




