いざ、教国へ
教国に入るまでは、色々と準備が必要になる。その一つとして、巡礼者の服や荷馬車などをタシテ君が用意してくれた。
教国は、広く門戸を開いている。
帝国のように宣戦布告をしなければ、国境など身分を証明しなくても受け入れてくれ。
犯罪行為さえ起こさなければ誰でも滞在できる。
そして、今回の帝国から送られてきた宣戦布告書には、王国や皇国とは異なる内容が書かれていたことをタシテ君は知っていた。
聖女ティアを帝国へ差し出せば、帝国は教国に手を出さない。
それを教国側は受け入れるという。
そんな情報を掴んでいるタシテ君と共に、教国が聖女を帝国へ差し出す前に教国へ向かうことにした。
教国までの道のりはそれほど遠いものではない。
ネズール領の荒野を走って2日で到着する。
引くのは馬ではなく、騎竜と呼ばれる二足歩行するトカゲだ。
「これが騎竜か、初めてみるね」
「騎竜は暖かい地域にしかおりません。カリビアン領は暖かくはあるのですが、海辺が近いため冷たい風が多く、季節によっては寒い風も吹きます。ですが、ネズール領は荒野ばかりなので、ほとんどが暑いぐらいで、陽が沈むと寒さが襲ってきます。その間は騎竜たちも動けませんが、身を寄せ合って寝るのです」
ネズール領から教国に入る国境沿い。
そこでは、王国の一団が何やら揉めている光景に出くわす。
我々は巡礼者として、通すことを許されたが、揉めている王国の者たちは、武器と鎧で教国の門を預かる者に対して、強引に押し通ろうとしていた。
「あれは?」
「え〜と、我々のよく知る人物たちでした」
確認から戻ったタシテ君。ボクは荷馬車から顔を出して、誰が騒いでいるのかと視線を向ける。
「だからさっきから言っているじゃないか! 俺は王国の騎士ダン! 騎士爵の位もあるんだ。聖女ティア様とも友人で話があるんだ! 今回は教皇様から呼ばれていて」
ダンのデカい声がこちらにまで聞こえてきていた。
「ですから、こちらも先ほどから申し上げているではありませんか。現在は戦争の最中で、避難してくる者は受け入れますが、それ以外の武器を所持する方々は拒否させていただいていると。あなた方は剣をお持ちだ。お通しするわけにはいきません。通りたければ非武装になってお越しください」
絆の聖騎士が聖剣を手放して進めと言われて先ほどから揉めているようだ。
関わって面倒なことになりたくもない。ただ、ダンが誰とここに来ているのかは気になる。
そこで視線を彷徨わせれば、フリー、ハヤセ、それに引率としてムーノが同行していた。
なんとも頼りにならないメンツに、ボクとしてはますます関わり合いになりたくない。
「気にしないで行くことにしよう」
「はっ! リューク様がおしゃられるがままに」
ボクらは非武装であることが認められて、彼らにバレないように荷馬車を進める。
だが、ボクらが門を通り抜けようとしている最中で、教皇の使者がやってきていた。
「あれは教皇様の使者です」
「そうなの?」
「はい。迷宮都市ゴルゴンの事件で、教皇様は勇者としてダンのことを支持していたようです」
これまた面倒な組み合わせを作ってしまったものだ。
ボクらが進む荷馬車の横を騎竜に乗ったダンたちが通り過ぎていく。
フリーだけは、こちらに気づいたのか驚いた顔をして荷馬車を見た。
だが、クウが入り口の布で中が見えないように遮ったので、ナイスファインプレーだ。
四人はそのまま駆け抜けていった。
ボクらは彼らが到着した入り口から離れた場所へ荷馬車を進めて、水の都市アクアリーフドームに降り立つ。
「なんとか避けられましたね」
「面倒なことは極力避けたいからね」
今回のボクらは事前に連絡を入れていた。その相手は教国ではなく、聖女ティア自身だった。
「ようこそおいでくださいました。リューク様、エリーナ様」
ボクらを出迎えてくれた聖女ティアと十二使徒のミアとラビィが出迎えてくれる。
「ティア、わざわざ出迎えてくれたのか?」
「もちろんです。リューク様を出迎えるのは私自ら出向かなければ意味がありませんから!」
嬉々として、出迎えてくれる聖女ティアは、前にあった時よりも明るく、帝国に差し出されるという雰囲気ではない。
「リューク様にお聞きしたいことがあったのです」
「聞きたいこと?」
「はい! 此度の帝国へ移動する際に、私の護衛をしてくださると聞きました。それは本当ですか?」
ボクがタシテを見ると頷かれる。
そういう潜入の仕方ということだろう。
「ああ、間違いない」
「やはりそうなのですね! ならば、私は喜んで帝国へ向かいましょう」
「どういうことだ?」
「ずっと悩んでおりました。帝国に教国も反発して戦う方がいいのではないかと。ですが、リューク様が帝国に望まれるのであれば、喜んで私は帝国に参りましょう」
聖女ティアはボクを待っていたのだ。
帝国にいく理由をボクに求めた。
いや、聖女ティアを差し出すことで教国の被害は最小限で抑えられることは間違いない。だが、一人の人間を守るために力を注げる。
それが宗教というものだ。
「それでいいのか?」
ボクが視線を向ければ、十二使徒たちは顔を背けた。
これは聖女の望みであり、使徒の望みではない。
だけど、一人の人間が決断したことを後押ししようとしているのだろう。
「後悔はありません。いえ、後悔をなくしていただけますか?」
「えっ?」
聖女ティアはボクに一歩近づく。そして、誰にも聞こえない声で、ボクに口元を寄せた。
「お慕い申しております。あなたのためであれば、この命を捧げましょう。世界よりもあなたを私は選びます」
ボクは、また一人の女性の人生を背負わないといけないのか……。
「君に問おう。ボクは怠惰なんだ。君はボクの世話をしてくれるかい?」
「はい! 喜んで!」
なんの迷いもなく応える聖女ティアに、ボクはこれ以上否定することはできない。
その瞳に一切の迷いがなく命をかけてくれる彼女を拒否するボクはいない。




