戦う意味
《Sideリンシャン・ソード・マーシャル》
初ダンジョンへ挑戦。
それは私にとって学園に来た目的の一つだった。
マーシャル領にはレベル7以上のダンジョンが二つ存在する。
《迷いの森》と言われる強力な魔物が住まう森ダンジョン。
《魔王の住処》と言われる広大な荒野と砂漠が広がるダンジョン。
二つのダンジョンから年に数回、魔物の行軍と言われる魔物が溢れ出す。
いつか、ダンジョンを攻略して平和なマーシャル領を取り戻すこと。
それが私の目標だ。
ダンは、共に背中を預け合う戦友として信頼している。
学園でもダンのような背中を預け合える戦友と出会えたら、ダンジョン攻略を協力してもらえるかもしれない。
本日のダンジョンへの挑戦は、私自身の挑戦であり、楽しみであり、緊張もあった。
だが、いざ挑戦が始まれば……
「なっ、なんだこれは?」
目の前で行われていることが信じられなかった。
クッションに寝転んで戦う気のない男。
その男のクッションから伸びるロープを腰に巻いて従う女。
男に言われるままに走り回る女。
魔物に襲われることもなく、ただただ眠る魔物を倒すだけの作業。
これが、ダンジョン攻略?こんな戦いが訓練になるはずがない!
「おい!」
「うん?何?」
「これのどこがダンジョン攻略だ?」
「だから、何が?」
「戦闘が無いじゃないか!!!」
私の発言に呆れた様子を見せる奴は、視線を逸らして話をする気を失う。
「…………」
「無視するな!」
「もう、うるさいなぁ~何が不満なの?」
いい加減我慢の限界だ。
ずっと三人の行動を見ていた。
だが、こんなものがダンジョン攻略であっていいはずがない。
「全部だ!どうして、お前はクッションに乗って寝ているんだ!?
どうしてミリルがお前を運んでいるんだ!
どうして魔物が戦わずに寝ているんだ?!
これじゃ戦闘の訓練にならないだろ!ハァハァハァ」
気持ちを抑えきれなくて、まくし立てるように言葉が出る。
「ミリル、説明できる?」
「はい!お任せください!」
奴は説明がめんどうで、ミリルに丸投げした。
「リューク様がクッションに乗って寝ているのは、集中するためです!
私が運んでいるのは、リューク様が動かなくても移動できるようにするためです!
モンスターが寝ているのは、リューク様が魔法を発動してくれているからです!
ダンジョンは危険なところなので、戦闘が苦手な私は弓で魔物を倒せるので、簡単にレベルが上がります!以上です」
頭が痛い。
どうして、こいつらは男の言うことに納得出来る?
どうして頭を撫でてほしいと媚びを売れる?
「だから、それがおかしいだろ!ダンジョンは危険なところなんだ!!
助け合うことで絆を高め合ってチーム力を向上させるんだろうが!
これでは寝ているモンスターを殺すだけの作業でしかないだろ!」
私の怒りに対して、男は呆れた顔をする。
「ハァ~、それの何が悪いの?」
何が悪いと聞かれて、私は考える。
ダンジョンは危険だ。
危険がない状態でダンジョンを探索出来ることは……それは……悪く……ないのか?
「わっ……悪くは……ない。だが、こんな戦い方……」
考えれば考えるほど悪くはない。
悪くはないが、納得出来ない。
「違う!私は……」
「魔物は討伐しなくちゃいけない相手なんだよね?
それを簡単に倒すことができれば、倒す人も、魔石を待っている人も喜ぶじゃないの?いい加減どっちが不謹慎なことを言っているのかわかってくれないかな?」
不謹慎?私が間違っている……のか?
「……」
黙り込んだリンシャンに二人も気まずそうな顔をする。
「ハァ~、気に入らないなら今日はもう解散にしよう。本番の課外授業じゃないんだ。リーダーがやる気ないなら仕方ないね」
「まっ、待ってくれ。私が……悪かった。続けよう。まだ時間はある」
突然、男がやめると言い出した。
男のことは気に入らない。
この状況も納得はできない。
だが、戦闘が得意ではないミリルはこの方法なら簡単にレベルが上がって強くなれる。しかし、もしも睡眠が効果の無い魔物が現われればどうする?私が警戒しなくてはいけない。
私はルビーと共に寝ている魔物を殺して警戒を行うことにした。
予定していた時間に達して、ダンジョン攻略は終了する。
学園へ魔石を提出して完了した。でも、やっぱり私は納得できない。
「リューク・ヒュガロ・デスクストス」
「なに?」
私は男の名を呼んだ。
「私と成績ランキング戦をしてほしい」
「ハァ~、ダンのときのこと忘れたの?殺すよ」
「……」
今の私ではリューク・ヒュガロ・デスクストスには勝てない。
今日の戦いも奴がいたから、あれほど安全に戦えたことはわかっている。
それでも私がこれまでしてきたことを否定されたくない。
「そんな真剣な目で見られてもな……ハァー、めんどうだな。ルビー」
「はいにゃ!」
「お前が相手をしてやれ。代理人って奴だ」
「まかせるにゃ!」
「まっ、待て!それでは戦う意味が」
私が手を伸ばす。代理人では戦う意味を伝えることが出来ない。
「何?意味?ボクには戦うことに意味なんてないよね?君には意味じゃなくて、目的があるんでしょ?君が勝ったら、魔法を使わないで魔物と戦闘をしろとでも?わざわざ危険なことを強いるの?」
「そっ、それは……」
他の二人に視線を向ける。
「前にも言ったけど、力だけで決めようとする野蛮な奴は殺すよ。
君はそれでもボクと、どっちの意見が合っているか決める戦いをするんでしょ?
ボクは代理人を立てた。彼女が負ければ、君の言うことを聞くかもね」
ルビーに勝てば、デスクストスが言うことを聞く?それならば……
「……わかった。ルビー、頼めるか?」
「わかったにゃ。ランキング戦をリンシャンに挑むにゃ!」
「承諾する」
私たちは闘技場へ向かった。
ルビーに負ければ私のランキングは落ちてしまう。
これは私にとって戦う意味を示すために必要な戦いだ。
「絶対に負けない」
闘技場でルビーと向かい合う。
「それでは成績ランキング戦を始めます」
闘技場の受付をしていたシーラス先生が審判をしてくれた。
「ルビー、お前にも聞いておきたいことがある」
「何にゃ?」
「お前は冒険者だろ?どうしてあの男の戦い方を認める?」
同じく戦う者として、ルビーは私と同じだと思っていた。
だが、ダンジョンで行った対応は私とは違っていた。
「はっ、本当にお前はバカなのかにゃ?」
「なにっ!」
「冒険者は、戦うことが目的じゃないにゃ」
「なんだと?モンスターと戦っているんじゃないのか?」
私は縋るような思いで問いかけていた。
「そこが考え方の違いにゃ。私たちは、生きるために仕事としているにゃ。
魔物を狩るのも、魔物の素材や魔石が必要だから集めるためにゃ。
安全に魔物を狩れて、ダンジョンの素材を集められるなら、これほど嬉しいことはないにゃ。仲間が傷つかないで仕事が出来ることは幸せなことにゃ」
奴と似たような答えに私は目を閉じる。
「……答えは決着の後に出す」
「いいにゃ。相手してやるにゃ」
迷いはある……ただ、戦いの中に答えはある。
「それでは成績18位ルビーの申し出により、成績4位リンシャン・ソード・マーシャルとのランキング戦を開始する」
シーラス先生の合図で二人は距離を取る。
「開始!!」
先に動いたのはルビーだ。身軽な身体はクラス一の速度を誇る。
「ふんにゃ」
「舐めるな!」
死角を狙って視界から消えるルビーの動き。
もしも、実技試験でダンと戦っている姿を見ていなければ対応出来なかった。
知らなければ不意打ちでやられてしまっていた。
授業で見ていた彼女の動きがあるから予測が出来る。
「無理にゃ」
だが、私の予測を超える速度で動くルビー。
互いに肉体強化をかけているはずなのに、元々もっているポテンシャルが違い過ぎる。
「ぐっ!シールド」
猛攻に耐えきれなくて、私は属性魔法を発動する。
全方位はカバーできないが、背部は《盾》が守ってくれる。
「甘いにゃ《風》よ! 吹くにゃ!」
突風が横から吹き付け体勢を保つことができない。
「スキありにゃ」
「まだだ!」
私は身を小さくして《盾》で自身を守る。
「だから、甘いにゃ」
それは屈んだ私よりも下から聞こえてきた。
視線がルビーと重なり、私の顎を蹴り上げられる。
脳が揺れて……
「終わりにゃ」
ルビーに押されて私は倒れた。
「勝者ルビー!これにより個人成績ランキングを変動します」
シーラス先生の決着の声が遠くから聞こえて、私は意識を失った。




