精神世界
ボクはバルに包まれて気持ち良い眠りの底へと落ちていく。あ〜やっとボクは怠惰を手に入れたんだ。
誰にも邪魔されない。
誰からも起こされない。
最高だ。
やっぱり何もしないで、寝ているのが一番だな。
もう、ダンによって処刑されることはないのだから、寝ていても大丈夫なんだ。
ダンは随分と変わったな。ボクと一緒にノーラを助けてくれるなんて思いもしなかった。
《くくく、なぁ〜怠惰は最高だろ?》
「うん。やっぱり怠惰は最高だね」
バルニャンの上で気持ちよく寝ていると、隣にいるクマが話しかけてくる。こいつも怠惰に過ごしていた。
誰もいなければ、本当に怠惰で話すのも億劫だけど。
誰かがいると話をしないといけないような気がするのは、やっぱりボクが人間だからなのかな?
《そうだぜ。人間なんてやめちまえよ。魔王は楽だぜ。寿命もなければ、誰からも邪魔されることもない。ただ、寝ているだけで時間が流れていくんだ。最高に怠惰だろ。それによ、もう誰とも会わなくてもいいんだぜ。誰とも話をしなくていいんだ。誰かといるって、面倒だろ? 怠惰は最高だ》
それまで気持ちよさそうに寝ていたくせに、饒舌に話をするクマがウザい。
「そうだな。だけど、なんでだろうな? お前の言葉は反吐が出るほど聞きたくないって思うんだ。ボクは何も考えたくないのに、お前はうるさいな」
《おっと、それはすまないな。このまま怠惰に過ごしていてくれれば俺はそれでいいさ。それにしても、何も食べていないのに、どうしてお前はそんなにも元気なんだ?》
「何を言っているんだ。ボクはずっと食べているじゃないか?」
口なんて動かさなくても、口の中に甘いケーキや紅茶の味がする。
あぁ〜、これはボクの記憶にあるカリンが作ってくれたケーキだ。それにシロップが入れてくれたお茶だ。
おや、今度はクウが入れてくれたお茶の味もするね。
ミリルやルビーはなかなかお茶を淹れるのは成長しなかったな。
二人とも掃除が得意で、ミリルは整理整頓。
ルビーは細かいところまで気が利いた掃除が得意だった。
最初はメイドとしてダメだった二人も、年数を重ねて次第に仕事を覚えて、立派なメイドになっていったなぁ〜。
ああ、そういえばココロと食べた団子はお茶にあったな。
そのお茶を淹れてくれたのはユヅキか? ユヅキが入れるお茶はいい香りがして、茶葉を皇国からカスミが取り寄せてくれていたなぁ〜。
ミソラと温泉で食べたかき氷も美味しかったな。
《おっ、おい! なんでどんどん元気になっていくんだ?》
エリーナは、王女様だけどボクと同じで怠惰に引きこもりが趣味だって、アンナが教えてくれたね。
クロマは、そんな二人を見ているのが面白いんだってさ。
ノーラやシーラスは知識を蓄えるのが好きなんだ。
最初は何も知らなかったノーラが、どんどん吸収していくのは見ているのは面白かったな。
忠犬はっちゃんがあんなところで活用できるなんてね。
それに、シーラスはリベラと同じぐらい魔法狂いだ。リベラはアカリと実験を繰り返しているみたいだけど、シーラスも実験に加えてあげたら、ますます手がつけられなくなるんじゃないかな?
最近は海洋学にもアカリは手を出しているみたいだね。
シェルフがアカリに質問されてタジタジになっていた。
《おっ、おい? 本当にどこから? うん? なんだその腕輪は? そんな物ここに来た時にはつけてなかったぞ?》
ボクに近づこうとしたクマを赤い髪をポニーテールにした美少女が払いのける。
「リューク、いつまでも怠惰にしているのは構わないが。怠惰に過ごすなら私の側でしてくれないか? そうしなければお前を甘やかしてやれないだろ?」
「リンシャン? どうして君がいるんだい?」
「そうですよ。リューク。私の料理も起きてくれないと食べさせてあげられません」
「主様、お茶を淹れますので、どうぞ起きてください」
リンシャン、カリン、シロップ。
三人がボクに起きろという。
「リューク様!」
「リュークにゃ!」
「起きるでありんす」
「ダーリン、起きてや」
「リューク様、一緒に研究しましょう」
「リューク、わっ、私も起きてくれたら、何をしてもいいぞ」
「一緒に寝たいから、私の隣で寝て」
「膝枕しましょうか?」
「わっ、私を布団に」
「お膝に乗ります」
「なんなら海の中ででも」
「もうリュークは仕方ないですね」
「全てはリューク様だから許されるのです」
「間違いないです! リューク様最高!!」
ミリル、ルビー、ノーラ、アカリ、リベラ、シーラス、ココロ、ユヅキ、カスミ、ミソラ、シェルフ、エリーナ、アンナ、クロマ。
「ご主人様、皆さんがお待ちです」
「ああ、そろそろ起きよう。怠惰はもう少し先になりそうだ」
クウの手に導かれるように、ボクは体を起こそうとする。
《ちょっ、ちょっと待てよ! なんでだよ。お前は怠惰になりたいんだろ? ここにいれば怠惰になれるんだぞ! このまま怠惰に過ごしていれば、お前は怠惰の魔王として覚醒するんだ。すでに憤怒の魔王、傲慢の魔王が誕生した。第三の魔王として、お前が!》
ボクの体を掴んで離さないクマを、バルニャンが払いのける。
「黙れ! マスターは貴様に降るようなお方ではない! 貴様など暴食と遊んで入ればいい」
「なっ!」
小さなリスが現れる。
リスは、クマへ噛みつき出した。
《くっ! こんな小物が!》
だが、リスは一匹では終わらない。
どんどんどんどん数を増やしてクマに襲いかかる。
《大罪の呪いを大罪によって抑えるというのか?! しかし、貴様は二つの大罪を体に宿すことになる。この決着がついた時、どうなるのかわからぬからな!》
クマはリスに飲まれて姿が見えなくなる。
それでも気配が消えないところを見れば、死んではいないようだ。
ボクはもう振り返らない。
全ては、家族のために。
妻たちの元へ帰ろう。




