権力
《side???》
綺麗な水が流れる、水の都市アクアリーフドームの奥深く。
通人至上主義教会は、新たな時代へ移行しようとしていた。
今まで老練な教皇によって一時代が築かれ。
しかし時代は、教皇の死によって終わり。
新たな教皇と人気を二分する聖女との間で対立が起き始めていた。
両者が、序列をはっきりさせる必要があると考えだしたからだ。
教皇は聖女ティアよりも年上と言っても、二十代で教皇に抜擢された男であり、実績や信頼などの功績が聖女ティアに劣っていた。
教皇の間で、一人思案を巡らせる。
「魔王の脅威。そんなものが本当に存在するのかわからぬ。何十年も魔王の脅威を受けていないのに、聖女をありがたく思う必要がどこにあると言うのだ」
コンコン
扉がノックされて一人の男が入ってきた。
「教皇様、失礼します」
「なんだ?」
「迷宮都市ゴルゴンへ、手の者を送りました」
「そうか、首尾はどうなっている?」
「腕はかなりの者たちを揃えました。ですが、それよりも通人至上主義教会が誇る、宝具を渡してありますので、腕以上の成果が果たせるかと」
教皇になった私が初めにおこなったことは大改革だった。
幹部を務めた老害たちを排除して、早々に引退していただいた。
もちろん、円満に退任してもらうために多くの手を回し、策謀を巡らせ。
だが、まだ年若い十二使徒と聖女ティアを排除することまではできなかった。
出来たのは、十二使徒から我の元へ忠誠を誓わせる者を数名得たことだけだった。
「ふん。失敗は許されぬぞ」
「わかっております。もしも、失敗したとしても全ての責任は教国の代表として赴いている聖女ティアが負うように手筈を整えています」
「全てがバレないなどあり得ない。ならば、最初から聖女ティアの犯行であるようにしておくことの方が、矛盾がなくなると言うことか?」
「それも聖女ティアが知らない間に、聖女ティアを慕う信者が勝手にしたこととすれば尻尾も出ません」
「ふふ、貴様もよく頭が回ることだ」
報告と手筈を整えた者。
彼こそが聖女ティアを裏切った十二使徒の一人だ。
「私も十二使徒の中で筆頭になりたいと思う者だと言うことです」
「もちろん、私が聖女ティアを配下に収めた暁には、貴様に十二使徒の筆頭に座ってもらうつもりだ」
「ありがとうございます!」
部屋を出ていく使徒を見送り、私は席を立った。
水の都市アクアリーフドームの全てを見渡せる教皇の間。
ここを手に入れるために、多くの犠牲と策略を重ねてきた。
「宗教は世界の頂点だ。世界中にいる信徒たちを使えば、裏から世界を支配することもできる。そうすれば魔王だなんだと、世界の脅威が現れても何も怖くない」
私は全てを手に入れる。
♢
ノーラが目覚め、ミリル、シーラス、ルビーが避難誘導から戻ってきたので、ボクらはノーラの屋敷へと移動した。
ノーラの部下たちは、爆発が起きた会場の整理と、来賓者たちへの対応に追われている。
「どうだ? ミリル?」
「体に異常はありません。ただ、魔力が極端に弱くなっています」
医療の知識のあるミリルが診断をしてくれて。
「シーラス?」
「ええ。魔導具のようね。しかも、かなり強力な力を感じるわ」
「魔導具?」
シーラスが魔導具を見定めてくれる。
ノーラの腕に嵌められた魔導具。それのせいでノーラの力は著しく制御され、動くことも困難な状態になっていた。
「ええ、これは禁忌の一種とされる暴食の腕輪ね」
シーラスの深い知識があったおかげで、ノーラに嵌められた腕輪を知ることができた。
「暴食の腕輪は、術者に強力な身体能力を与えるために開発された者だった。だけど、魔法陣の組み合わせが悪かったのか、作り主に悪意があったのか、術者の魔力を吸い尽くし、さらには生命力まで奪うとんでもない禁忌の腕輪と言われるようになったものね」
このまま暴食の腕輪を使い続ければ、ノーラが死ぬ?
「ノーラ」
「リューク?」
「ボクの言うとおりに呼吸を吸い込めるか?」
「何をしたらいいでありんす?」
ボクはノーラに魔力吸収の呼吸法を伝授した。
「これは! 先ほどよりも楽でありんす」
「魔力が枯渇しないように、常に魔力を吸収するように意識するんだ」
「わかりんした。大分楽になりんした。ありがとうございんした」
「お前は絶対にボクが殺させない!」
ボクがノーラの手を握っても、いつもの力強い反応は返ってこない。
魔力が維持できているので、死を耐えることはできたが、強靭な体までは取り戻せていないようだ。
暴食の腕輪の方が力が優っている。このままではノーラはいずれ……。
「普通であれば、目覚めることも難しい魔導具だったでしょうね。強靭な肉体と、膨大な魔力をもつノーラだからこそ目を覚ますことができた」
「どうすれば解除できる?」
「強引に解除すれば、暴食の腕輪はエネルギーを求めて、ノーラの生命力を食らい尽くすことでしょう。可能なのは、ノーラの腕を切り落とすか。もしくは」
「もしくは?」
「魔法陣を解明して破壊するしかないでしょうね」
腕を切り落として再生魔法を使うことはできる。
やってもいいが。
「ただ、強引に腕を切り落とした場合は、ノーラの強靭な体が戻るとは限らないわ。もしかしたら、ノーラの寿命が奪われたままになるかもしれない」
暴食に食われたノーラの強靭な生命力を取り戻さなければ、ノーラ自身の寿命が戻らない? シーラスの発言にボクは今できることを考える。
「バルニャン!」
「(^O^)/」
「なんとしてもノーラを生かせ。解析!」
「承知しました」
ボクはクッションとして漂っていたバルに解析を行わせる。
「ミリル、ノーラとヒナタ母の看病を頼めるか?」
「任せてください」
「ルビー。ノーラの部下たちを集めてくれ」
「わかったにゃ」
「シーラス。できるだけ暴食の腕輪に施された魔法陣の解析を頼む」
「任せて」
三人に指示を出して、ボクが歩き出そうとするとヒナタが前に立つ。
「わっ、私にできることはないですか?」
正直邪魔だと思ってしまうが、真剣な目で見つめられては邪魔とは言えない。
「ミリルと共にノーラの世話をしてやってくれるか?」
「任せてください!」
「頼む」
部屋を出たボクは、怒りを表した顔が窓に映っていた。
「主人様」
「クウ、ボクは久しぶりに心から怒っているんだ」
「……はい」
「必ず、報いは受けさせてやる。ボクの愛する者を傷つけたらどうなるのか?!」
「その時はお供します。例え地獄の底であろうと」
ボクは屋敷が揺れるほどの力で柱を殴りつけた。




