ヒロインたちの会話 1
《Sideリンシャン・ソード・マーシャル》
散々、ミーティングをひっかき回した張本人は真っ先に会議場から出て行った。
深々と息を吐いて、残された二人を見る。
「ちょっと話をしたい。いいか?」
扉の向こうにダンの姿が見えたが、今はダンを待たせても話をしておきたい。
「はっ、はい。なんですか?」
「なんにゃ?」
二人は私の言葉に従って、立ち上がるのをやめて席に着く。
「二人に聞いておきたい。どうしてあんな男のことを気にしているんだ?」
二人の態度は明らかにデスクストスに対して配慮している。
もしも、あの男に弱みでも握られているのであれば、マーシャル公爵家の力を使ってでも助ける覚悟はある。
私の言葉に二人は顔を見合わせる。
「でっ、では私から……リューク様は私の恩人なんです」
「デスクストスが恩人?!」
デスクストスと言えば悪名であり、恩人という言葉が似合うような家はない。
騙されたとか、脅されているならまだしも、恩人とはあまりにも意外な言葉で、大きな声を出してしまう。
「はっ、はい。リューク様は、私がいた孤児院を救ってくれたんです」
頬を染めて語り出した内容に我が耳を疑う。
孤児院を救うデスクストス公爵家?無償でご飯を与える?何か毒の実験?もしくは人身売買のカモフラージュ?信じられない言葉に脳が追いつかない。
「ご本人は、当たり前のことをしているので、気にもされていないようでした。その態度が素晴らしいのです。
私にとって救世主以外の何者でもありません。
凄いことをしてくれたのに……忘れてしまうほど当たり前に人を救ってしまう。弟の命も救ってくれた。
リューク様が居なければ、私はここにいません。
だから、私はリューク様のために全てを捧げるんです」
デスクストスのことを話すミリルは陶酔しているように、話が止まらなくなり《狂信者》という言葉が浮かんでくる。
瞳は輝いているのに、焦点が合っていない。
恍惚とした表情に赤みかかった顔は、本心からデスクストスのことを慕っているのが伝わってくる。
意外すぎる感情をぶつけられてしまい、どう対処すればいいのかわからなくなる。
もしかして洗脳でもされているのか?そんなことを疑いたくなる。
私は救いを求めるように、ルビーへ視線を移した。
まさか彼女も……そんな不安そうな瞳をしていたのだろう。
「私は……あいつが強いからにゃ」
「はっ?」
ルビーは端的な言葉でデスクストスを評価した。
確かにダンとの勝負で勝利した。
冒険者は強さこそが自分を証明する物差しだと私は思っている。
だが学園には、リュークよりも強い者は大勢いるだろう。
ルビー自身も強い。
対戦をしたことは無いが、戦っても勝てるかどうかわからない。
そんなルビーがデスクストスを強いと断言した。
私は疑うような視線を向けてしまう。
「信じてないにゃ?それは別にいいにゃ。
でも、あいつが学園で一番強いにゃ。それは間違いないにゃ。私は強い奴が好きにゃ。私の家族も強い者が好きにゃ。デスクストスは差別をしにゃいにゃ。だから、私はあいつの側にいるにゃ」
二人から説明を聞いても全く理解できない。
「恩人?強者?差別?」
あまりにも自分の頭の中にいるリューク・ヒュガロ・デスクストスの人物像と一致しない発言に混乱が生まれる。
デスクストス公爵家は、王国の宰相として歴史は王国誕生にまで遡る。
初代国王と親友だった初代デスクストスが、王の妹を妻にもらったことで、親戚関係が始まっている。
歴史は進み、デスクストス家が様々な家系と婚姻を結んだことで、王家との血縁は薄まっているが、それでも王家に次ぐ高貴な家系であることは間違いない。
だが、最近のデスクストス公爵家は、悪評しか聞かないのだ。
曰く、獣人を雇っているのは建前で奴隷として人身売買をしている。
曰く、王都に権力を集中させて、貴族達を集めて悪巧みをしている。
曰く、王国の金貨を集めて商売を裏で操作している。
他にもたくさんの悪評があり、事件の裏にはデスクストス公爵家の影が存在していると言う。
兄上は同級生であるテスタの調査のために親交を深め、父上は軍務の合間にデスクストス公爵家の悪事を暴くための調査を続けている。
私は……同級生であり、デスクストス公爵家の第二子息であるリューク・ヒュガロ・デスクストスを調査するつもりだった。
事前に調べた奴の情報は……変人。
男性なのに美容に興味を持ち。
貴族のくせに自分で食事を作り。
婚約者と遊びほうけるばかり。
それが調査結果であり、私が知り得たリューク・ヒュガロ・デスクストスだった。
ミリルが言った慈善事業をしたことなどありはしない。
ルビーが言うように鍛錬をしている様子もない。
では、実際に見たリューク・ヒュガロ・デスクストスはどのような人物なのか?
見た目は、噂通りで男のくせに小綺麗にしていて、軟弱な印象だった。
入学式でも、授業中でも、こうしてチームを組んでも女性を侍らせている。
婚約者ではない女性と遊びほうけるばかりの女好き。
貴族らしくない男。
挑まれた決闘を断った。
ただただ誇りのない貴族……印象はやっぱり最悪だった。
でも……鍛錬した様子もないのに、ダンには勝利した。
噂通りの見た目と態度……しかし、知らない強さ。
総じて私が出した結論は……
「理解できない……最初から、奴は……奴の一族は悪だ。
理解出来ない以上、得体のしれない者であることに変わりは無い。
監視をやめることはないな」
二人に礼を述べて、解散を口にした私は廊下に出てダンと合流する。
「待たせたな」
「いや、全然大丈夫だぜ。奴がいないのによかったのか?」
ダンはデスクストスが出て行くのを見ている。
「問題ない。私は彼女たちと話したかったんだ。奴は私以外のメンバーには慕われていたぞ」
「……そうか」
「うん?驚かないのか?私には理解出来んな」
いつもならダンも私と同じく文句を言うところなのに、ダンは何も言わず困った顔をしていた。
「ダンジョンに入れば奴のことを理解できるかもしれない。人は危機に直面したとき本性を現すからな。魔物と対峙すれば奴の本性が見えるかもしれん。監視は続けるつもりだ」
私は入学してから、ずっとデスクストスのことばかり考えている。
理解できない行動が多いことに答えが出ないからだ……ダンジョンで奴を見極める!