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あくまで怠惰な悪役貴族   作者: イコ
第一章 
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遠い背中

《Sideダン》



 世界は広い……俺はマーシャル領の生活しか知らなかった。

 マーシャル領では戦うことが全てだった。

 強さだけが自分の証明だと思ってきた。


 だけど、俺は自分の力を示す戦いで負けた。

 負けたら死ぬ……父さんは領を守るために命をかけた。

 俺はまだ死んでいない。悔やむことが出来る。

 だから俺は自分を見つめ直すことにした。


 今回の敗北は、相手を見た目で判断して手加減しようとまで考えた。


 油断して、調子にのっていた。

 相手の力量も知らないで、自分のことばかりで……


「バカだったな」


 目標は変わっていない。強くなって剣帝杯で優勝する。

 そのために何をすればいいのか?バカな俺が思いついたのは、他の奴よりも早く起きて身体を動かすことだった。


 軽いランニングをして汗を流してから剣を振る。

 素振りから始めて、マーシャル流剣術の型を一つ一つ確かめるように型をなぞっていく。集中して身体を動かしていると頭がカラッポになって気持ちが良い。

 学校に来てからは、食事も好きなだけ食べられて身体もデカくなってきた。


 授業は、実技と魔法を中心にして強くなるための最短ルートを進んでいる。


 そんなある日、俺は奴の姿を見つけた。


 あの入学式の日から、目で追ってしまう奴。

 リューク・ヒュガロ・デスクストス公爵子息。


 俺が従う姫様、リンシャン・ソード・マーシャル公爵令嬢の敵であり、俺にとってはいつか倒さなければいけない相手。


 まだ、日も昇っていない朝方に奴がいることに違和感があり、俺は何か悪いことでも考えているんじゃないかと警戒して観察を続ける。


 だが、考えていたことが杞憂であったこと知る。


 奴は、軽く散歩を済ませると、少し広い場所に行って鍛錬を始めた。

 武器を使わない体術……一部の格闘家と呼ばれる冒険者が己の肉体のみで魔物を倒す術を持つというが、それを実戦で使う奴を初めて見た。


 デスクストスの動きは洗練されていて一切の無駄がない。


「綺麗だ」


 それが戦う型であることは見ていて分かる。

 分かるが、舞を舞っているように滑らかで、無駄がなく、鍛錬の熟練度が高いことがわかってしまう。


 目を奪われる……魅了される……圧倒される。


「勝てないはずだ」


 何も出来なかった自分。

 意識を奪われたことも、魔法が未熟なせいだと思っていた。


 だが、鍛錬に裏付けされた実力は、武を志す者であれば理解できる。


「奴は……見た目も、強さも、魔法も……」


 全てに妥協が見られない。


 自分はどうだっただろうか?


 見た目は……髪は短く切りそろえているがボサボサ。

 母さんがいないから洗濯もろくに出来ていないヨレた服。


 強くなるための方法も、マーシャル剣術と魔法だけ……そのはずの魔法も全然理解できていない。


「はは、負ける要素ばっかりじゃねぇか」


 今なら分かる。

 リュークの奴は貴族の坊ちゃんだ。

 だけど、メチャクチャ努力している。

 本来レベルが上がれば身体能力が向上して、レベルが低い奴には負けない。

 だけど、レベル差を覆すほどの鍛錬によって己を鍛えているんだ。

 見た目の所作が綺麗なのも、体術の鍛錬も、魔法の理解力も、勉強も俺より上。

 俺よりも遙か遠い先のところにいる。


「くく、メチャクチャ遠い背中じゃねぇか。遠すぎてまったく見えねぇよ」


 高い高い壁であり、それでもマーシャル家のために倒さなければならない。


「おもしれぇじゃねぇか!絶対に越えてやるよ。今のままじゃダメだ。魔法も、戦闘も、勉強も負けてるなら全部やってやる!」


 デカい目標を手に入れて様々なことに目を向けるようになった。

 そうすることで俺は知ることになる。


 世界は広い……手始めに始めた体術は、メチャクチャ難しかった。

 リュークを真似るように身体を動かしても、リュークのように綺麗に身体を動かすことが出来ない。

 荒々しく力に任せた攻撃の方が自分に向いている。

 リュークとは同じに出来ない。でも、真似たことは無駄じゃない。

 自分に合った戦い方を理解できた。


 魔法の勉強を始めて自分が弱すぎることを知った。

 リュークが本気で魔法を使っていれば、自分などすぐに負けていた。

 魔法に対抗するためには魔法耐性を向上させなければならない

 そうしなければ魔力の高いリュークの属性魔法を防ぐことが出来ない。

 属性魔法も、今までは肉体強化をブーストさせることしかしてこなかった。

 もっと使い方の工夫が必要で、応用するために魔法を勉強しないと通用しない。


 知らないことが多すぎて、自分が本当にバカで田舎者だったことを学園の授業を聞くほどに思い知らされる。


「ダン、最近は勉学にも身を入れているようだな。お前にしては珍しいじゃないか?」


 俺と同じく、実技と魔法の授業を多くとった姫様に声をかけられる。


「ああ、俺は強くなりたい」

「うん?強くなりたいのに勉学をするのか?」

「そうだ。身体を強くすることも、魔法をたくさん覚えるのも大事だとは思う。

 だけど、それを使うための頭がなければ結局奴には勝てない」

「奴?デスクストスか……またランキング戦に挑戦するのか?」


 姫様が心配そうな顔をする。

 ああ、分かっていたんだ。

 姫様も、俺じゃリュークに勝てないって……


「まだ、やらねぇ。今のままじゃ勝てねぇからな。

 だけど、明日の俺は今日よりも強くなる。

 一歩一歩、進んで奴に追いつく。必ず、俺が奴を倒すんだ」


 俺の言葉にリンシャンは心配そうな顔を止めて、誇らしい顔をしてくれる。


「ガンバレ!私も負けないぞ」

「ああ、姫様にもランキング戦を挑むからな。マーシャル領からの続きだ」

「いつでも受けてやる。待っているぞ」


 姫様は、俺よりも魔法への理解がある。

 属性魔法の応用も使えて、魔力も俺よりも多い。


 戦闘をすれば負けないまでも、まだ確実に勝てるとは言えない。


「本当に世界は広いな。強い奴がいっぱい居るじゃねぇか」


 実技講義は様々な戦闘の技術を教えるだけでなく、戦闘に役立つ戦術や戦略を勉強する。実戦的な講義では、冒険者ルビーと模擬戦を行った。


「お前じゃ私に勝てないにゃ」

「絶対倒してやるよ!」


 短剣を使うルビーの動きについて行けなくて、何度挑戦しても一度も勝てない。

 騎士とばかり訓練をしてきた俺は奇襲に弱い。変則的な動きについていけない。

 魔物と戦っているときは必死で自分がどんな動きをしていたのか理解していなかった。



 魔法講義は、座学以外にも実戦的な訓練も多くあった。

 攻撃魔法の講習で、王女様と模擬戦をした。


「肉体強化は素晴らしいですが、それ以外が全て拙いですね」


 王女様の属性魔法である【氷】を防ぐこともできなくて、あっさりと負けちまった。


 無属性魔法の魔法障壁を作ってもすぐに砕け散る。

 魔力コントロールが下手な上に、根本的な魔力量が全然勝てない。


 実技も、魔法も、女子に全く歯が立たない。


 リューク・ヒュガロ・デスクストスは、女子達よりも遙かに強い。


 遠い背中を思い出して、俺は今日も立ち上がる。


「絶対に追いついてお前を倒してやる」


 騎士になることが学園での目標だが、越えたい背中を越えるのも今の俺の目標だ。


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