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あくまで怠惰な悪役貴族   作者: イコ
第六章

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 王国剣帝杯 11

 試合を終えたコロッセウムは、戦士たちの闘争など感じさせない静けさがあり、石で作られた床はボクが履いている革靴の音が響く。

 

 ダンが行ったクソ長い試合のせいで、随分と遅くなってしまった。


 夕食の誘いに乗ってきた相手を出迎えるため、ボクはオリガから昼間に訪れた個室のレストランを借りた。


 ーーーコンコン


 扉を叩く者がいて、シロップが扉を開いて招き入れる。


 ボクは来訪者から背中を向けるように窓際に立って外を眺めた。

 闘技場は見えないが、いくつかの観客席が窓の向こうに映し出される。


 夜になって雨が降り始めた。


「お招き頂き参上した」


 ボクはガラス越しに来訪者を見て振り返る。


 白い仮面をつけた女性は薄桃色髪をオールバックに白い軍服を着て、腰にはレイピアを差している。

 それは彼女によく似合った礼服ということなのだろう。


 胸元には勲章のような物も付けられていた。


「こんな時間になってしまって申し訳ない」


 互いに仮面をつけた状態で向き合う。


「初めて顔を合わせる。イシュタロスナイツ第五位ジュリア・リリス・マグガルド・イシュタロスである」

「SSSランク冒険者バルだ。今はカリビアン伯爵の夫として、世話になっている」


 互いの立場を名乗り合い握手を求める。


 握手をしたところで、互いに我慢ができなくて笑い合った。


「くくくくあははは」

「あははは」


 互いに笑って仮面を外した。


「久しぶりだな。リューク」

「ジュリもな」

「おいおい、私はジュリアだぞ」

「ジュリと呼ぶ王国人がいないなら、もうジュリと呼ぶのはボクだけだ」

「身勝手なやつだ」

「食事を用意したんだ。一緒に食べよう」

「ああ、招かれよう」


 向かい合って座れば、学園で食事をしていた時のことを思い出す。


「まずは、乾杯だ」

「ああ、乾杯」


 互いにグラスを持ち上げて乾杯を口にする。


 ワインを飲み干すと、シロップが給仕をしてくれて、食事が運ばれてくる。


「君と二人で食事をするのは本当に久しぶりだね」

「一年半前は、こういうシーンが当たり前だったはずだ」

「ああ、あの時は互いに正体を伝えることなく、何も気にしなくてよかった」


 一年前のことが、数年前にも思えるほど懐かしく、二人で食事をしたアレシダス王立学園時代を思い出す。

 そして、今の姿こそが互いの立場であり、別々の道を進んでいることを知らしめている。


 食事を終え、ボクは食後の温かい飲み物が運ばれてきたテーブルに肘をついた。


「単刀直入に言おう。ボクの元へ来る気はないかい?」

「なら、私からも提案だ。私の物になれ。リューク」


 互いに同じ言葉を口にする。

 だが、意味は全く異なる。


 ボクは、ボクという個人の元へ。

 だが、ジュリはボクを帝国に来いという意味で使う。


「それはできない」

「なぜだ? お前も私を欲しているのだろう? お前が帝国に来てくれれば私は喜んでお前の物となろう」


 ジュリは自らを差し出すことでボクを帝国に誘う。


 帝国のイシュタロスナイツが、ダンに寝返るシナリオは存在しない。


 最強の敵として立ちはだかるのか、戦わないまま帝国か、王国が滅びるだけだ。


「とても魅力的なお誘いだね」

「そうだろ。私はこれまで男性と付き合ったことはない。お前が最初で最後の男だ」


 ジュリは自らの価値を売りに、ボクを帝国へ誘う。


「君がボクの元へ来て帝国を裏切るつもりは?」

「ない」


 ボクの質問に対して、ジュリはハッキリと裏切りの意思がないことを告げてくる。


「そう」

「お前にしては珍しい。私を負かしたお前は、もっと自信に溢れ策略にも長けていた。だが、今のお前に奇抜さは感じない。このような場を設けて策略もない。ただの凡人が考えそうなことだ。私を裏切らせ情報を聞こうと思ったか? 貴様を差し出すことで私が情報を漏らすと? 断じてない!」


 そう言って、ジュリは剣を抜き放ってボクへ突きを放った。

 一切の迷いがない突きはボクの心臓に向かって真っ直ぐに突き出される。


 ボクは微動だにしないまま、甘んじて受け入れる。


 ジュリの剣がボクの胸に刺さる瞬間、シロップが剣を弾いた。


「なるほど、面白いメイドを雇っていると思ったが、リュークの懐刀というわけか」

「いいや、妻だよ」

「はっ?」

「彼女はボクをずっと守ってくれていた最愛の一人だ」

「お前は、女性とのデートに妻を連れてきたのか?」

「君が、ボクの物になれる女性なのか、判断してもらわないといけないからね」


 ジュリは剣を納めるかと思ったが、シロップと激しく撃ち合いを始める。

 剣だけの力量は互いに互角。

 激しく部屋の中を飛び回って撃ち合う二人に、ボクは温かい飲み物をゆっくりと味わう。


 シロップがボクの横に着地した。

 

「申し訳ありません。リューク様」

「ありがとう、シロップ」


 傷ついたシロップが膝を折り、ボクは席を立ってジュリを迎える。


「お前を力でねじ伏せて、帝国に連れて帰る」


 戦闘モードに入ったジュリは強かった。

 シロップを圧倒している。

 傷ついたシロップに回復魔法をかけて、ジュリを見る。


「君にできるかい?」

「舐めているのか? イシュタロスナイツは、名や権力で選ばれるとでも?」

「いいや、戦略、戦術、戦闘術、全てにおいて認められた者しか称号は得られないはずだ」

「わかっているなら」

「それでも君にできるのか?」


 ボクはジュリを見る。

 ジュリはレイピアを構えて、ボクへ向けた。


「動けなくして連れて行く」


 ジュリの覚悟にボクは拳を握った。


「はっ!」


 一直線に向かってくる雷鳴の如き一撃は王国に住まう誰よりも速く鋭い。


「それでも」

「なっ!」


 ボクはレイピアを避けて、ジュリの懐に入って顔面の前で寸止めをする。


「なんのつもりだ?!」

「君にできるのか?」


 最初は覚悟を問う物だとジュリは思っていたようだが、ボクは違う。


「くっ! ブースト! 聖なる武器よ」


 肉体強化に、何かしらの聖なる武器を発動した。

 ダンが絆の聖剣から不屈の力を借りるように、ジュリにも何かしらの恩恵が施される。


「本気で行くぞ」


 先ほどとは比較にならない速度でジュリが音を超えて現れる。

 現れた後に音が鳴り、シロップとの戦いが手加減していたことがわかった。


 それでも、ボクは彼女の動きに合わせて、全て彼女の顔面に寸止めを決める。


「ハァハァハァ」

「君にはできない」


 膝をおり、激しく息を切らせるジュリ。

 力を使った代償に相当体力を消耗したのだろう。


「どうして! どうしてそこまでの力量を持っている! 知能だけだと思っていた。確かに肉体は鍛えられていたが、ここまでなんて……また私は負けるのか?」


 悲痛な表情を見せるジュリ。

 これまで帝国で強者として生きてきたのだろう。


 その自信を全て打ち砕く。


 仲の良い友人として、戦友として思ってきた相手と優劣がつく。


「問おう、ジュリ。ボクの物にならないか?」


 できればジュリの意思でボクの物になって欲しい。


「……無理だ。私が欲しいなら、強引に私を攫え。そして、帝国を討ち果たして全てを手に入れろ。それ以外に私がお前に従うことはない。私は!」


 ジュリという女性は強く信念を持ち、帝国を心から思っているのだろう。


 ボクは拳を解いた。


「そうか、残念だ」


 ジュリから離れて、ボクは席につく。


「殺さないのか?」


 項垂れ、膝を負ったジュリが泣きそうな顔でボクを見上げる。


「殺さなければ、私はもっと強くなってお前の敵として現れる。このような失態は二度と犯さない! それでも」

「構わない。何度でも会いに来い。その度にジュリの相手をしてやる」


 ボクの言葉にジュリは、立ち上がり部屋を去っていく。


 扉をシロップが開き、去っていくジュリは振り返った。


「帝国の魔物使いを探せ」


 敗北者から告げられる情報は、ジュリなりの決別のケジメだったのだろう。

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