正義は勝利が必要
《シナリオ分岐点》
アレシダス王立学園に入学したダンは入学式で大いびきで眠るキモデブガマガエルに嫌悪感を持つ。
世話になっているマーシャル家の敵であることを知り、ヒロインたち女性徒に対してイヤらしい視線やセクハラ的な言葉をかけるリュークにランキング戦を挑む。
ランキング戦が開始されると、戦闘方法の説明が始まり、属性魔法を使った必殺技で勝利を収める。
リュークから恨みを買って三年間狙われることになるが、戦闘のたびに強い敵を連れてくるリュークを倒す事でダンは強くなり、ヒロインたちの好感度を上げる。
手始めとして、リュークに勝利したダンの元へ王女エリーナが労いの言葉をかけに来る。
「あなたの強さを見せていただきました。今後もあなたの活躍を楽しみにしていますね」
そう言って微笑む美しい王女に、ダンも満更ではない態度を取り、リンシャンを嫉妬させるシーンがある。
しかし、エリーナはすでにリュークの勝利と功績を称えた。
世界線はすでに矛盾が生じ始めていた。
♢
《Sideリンシャン・ソード・マーシャル》
私の名はリンシャン・ソード・マーシャル。
幼い頃から、父や兄、それ以外にも素晴らしい騎士たちの戦う姿を見て育ってきた。
それはカッコよく誇らしい背中であった。
弱きを助け、魔物や違法者たちを倒す。
正義と言う誇りに溢れた強さを皆が見せてくれた。
先ほどの戦いには、誇りなど微塵も感じられなかった。
リューク・ヒュガロ・デスクストスは、悪意を持ってダンを殺そうとした。
魔物のような所業を平然と行う相手。
闘技場から少し離れたベンチで、ダンは寝ている。
そう、ただ寝ているだけだ。外傷は何もない。
無事に帰ってきてくれて本当によかった。
もしも、ダンを失っていたら……考えるだけで胸が締め付けられる。
こんな気持ちになることなど一度もなかった。
マーシャル領で魔物と戦っていた頃。
鍛錬も怠らず、背中を預け合って一緒に戦ってきた。
そんなダンが王都でヌクヌクと育ったお坊ちゃまに負けることなど考えもしなかった。
ダンが倒すと宣言したが、明らかに力量差がある。
このまま成長無く挑んでも勝利はありえない。
「はっ!ここは?」
「やっと目を覚ましたか……一先ずはよかった」
「……姫様」
私の顔を見て、ダンも負けたことを理解したようだ。
「……先生が、ケガはないと言っていたぞ」
「……俺は負けたのか?あんな弱そうな貴族に……」
呆然とするダンの姿に、私は少しばかり安心してしまう。
ケガもなければ、瞳に曇りもない。
負けたことで心が折れることを危惧していたが、大丈夫なようだ。
「相手を見た目で判断して、油断したな」
ダンは確かに負けた。
負けたが、だからと言って強さの評価を下げたわけじゃない。
ダンの強さは心の強さにある。
共に訓練を重ね。
魔物と戦い。
鍛え上げてきた者としてダンは精神も肉体も弱いとは思っていない。
「クソッ!」
ベンチを叩くダンの気持ちが私には理解できる。
まさか、あんな軟弱な者に負けるなど……悔しさが分かるが故に何も声をかけられないでいた。
「まだ帰られていなかったのですか?」
エリーナ・シルディ・ボーク・アレシダス第一王女殿下。
首席合格を果たすほど優秀な方であり、現代の聖女ではないかと噂されている。
「王国の若き太陽におかれましては」
王国の貴族としての挨拶を言葉にして、礼を尽くすために顔の前で腕を組む。
「そういうのはやめましょう。ここは学園内です。
先生方も言われておりましたが、ここでの上下関係は貴族の位は関係ありません。同級生として、友人として過ごすことにしましょう」
成績で優劣を決める学園では、エリーナの方が上ではあるが、堅苦しい挨拶を嫌ったのだろう。
私は彼女の配慮を汲んで立ち上がる。
「ご配慮頂きありがとうございます」
私は最低限の礼儀をもって接しようとするが……
「リンシャン、私とあなたの仲よ。堅苦しい挨拶はやめて、それにこれからの学園生活では仲良くしましょう」
「ええ、エリーナ。ありがとう」
彼女とは幼い頃からの古い友人なのだ。
堅苦しい挨拶がない方が私も助かる。
「あなた……リンシャンの騎士ですね。確か、ダンさん。どうぞ立ち上がってください」
「平民ですので、どうぞダンとお呼びください」
未だに膝を着くダンに対してエリーナが声をかけて立ち上がらせる。
「先ほどの戦いは驚きでした。
まだ、あなたは力を出し切れなかったように見えました。次の戦いはあなたの強さを見させてもらえることを期待していますね」
分かる者には分かるのだ。
ダンは力を出すこともできないで負けた。
つまり、力さえ発揮できていれば、もう少し戦えたはずなんだ。
「必ず」
ダンは多くを語ることはなく、エリーナの言葉にただ頭を下げるだけだった。
エリーナと別れて、ベンチに腰を下ろす。
「ダン、実際はどうなのだ?デスクストスは?」
リンシャンも武を志す者として、デスクストスの動きが鍛錬されたモノであることは理解できる。
攻める際にダンと呼吸を合わすことで、何もさせず、スキを見つけては攻撃をしかけていたようにも見えた。
それは達人のような動きであり、恐ろしくも美しさすら感じられた。
「正直に言えば、何が起きたのかわからなかった」
「はっ?お前がか?」
武において、私と同程度の力を持つダンが、デスクストスに何をされたのかわからないということは私が戦っても対処できないかもしれない。
「ああ、開始の合図と共に、俺は肉体強化の魔法を発動したんだ」
ダンの魔法は私と同じく、肉体強化はマーシャル領内でも最速に近い。
それを越えるのは兄か父だけだ。
「だが、奴は俺が魔法を使うスキをついて攻撃を仕掛けてきた」
ふむ、開始前に魔法を発動させていたということだろうか、ならば卑怯ではあるが……
「油断していたとは言え、魔法を使う時間は一瞬だ。
その一瞬で距離を詰められ、引き離すことも出来ない状態が続いた」
それは見ていても分かる様子だった。
「強引に引き離そうとして大ぶりになった。
出来たスキに頭突きをされて視界を失った。
あとは……見ての通り寝かされて終わっていた」
戦闘を思い出しながら自己分析をするダン。
「戦闘に卑怯なところがあったんだろ。
奴は開始前から何かしらの魔法を使っていたんだろうな」
「それは……ない……と思う。完全に俺の油断だ」
私は慰めるつもりでかけた言葉が、意外にもダンから反対されてしまう。
「なに?」
「奴は、魔法を唱えていない。
例え、開始前から使っていたとしても、俺だって肉体強化は一瞬でかけたんだ。かけたのに引き離せなかった」
ダンは知らない……奴は卑怯者なんだ。
意識を失ったダンを殺そうとした。
「どうかしたのか?」
「お前が言うならそうなんだろう……今日は帰ろう」
あのときのことを思い出したら、気持ちがざわついて落ち着かなくなってしまった。
私は立ち上がって寮へ向かって歩き出した。
「本当になんだよ」
ダンは急に態度を変えた私へ不満そうな声を出す。
私はデスクストスの悪意を思い出して、必ずダンと強くなる決意を胸に、身も心も引き締めていた。




