いざ、ベルーガ辺境伯領へ
ボクらは三日ほどマーシャル領でお世話になった。
その最中で一度だけ、リンシャンの母君であるイレイザ様と二人きりになる瞬間があった。
それは不思議な時間であり、リンシャンやルビー、シロップまでボクの側から離れて、一人になる時間が出来上がる。
誰もいなくなったボクの元へイレイザ様が現れた。
「バル君、ごめんなさいね。こうでもしなければ、二人きりでゆっくりと話ができないと思ったの」
「属性魔法というわけですね」
「ええ。種明かしはしないわよ」
「構いません。ただ、レベルをカンストしている彼女たちを遠ざけることができるのは正直驚きました」
「ふふふ、女には秘密がつきものなのよ」
マーシャル家がガッツやダンの世代になっても、家が潰れないでいられた理由が少しわかったような気がする。
「それで二人きりになって何を話すんですか?」
「その前に一つお願いがあるのだけどいいかしら?」
「なんでしょうか?」
「仮面を外してもらえないかしら? 私はあなたの素顔を知らないの。一度も会ったことないからね」
「それは」
「あなたがリューク君であることは、知っています」
どこまで知っているのかわからないが、どうやら隠す意味がないようだ。
マーシャル様は気づいていないのに、このお義母さんは謎すぎる。
だが、今は彼女に対して逆らう必要がない気がした。ボクは仮面を外した。僕の顔を見たイレイザ様は、片膝をついた。
「どうされたのですか?」
「ありがとうございます。ふふ、とても美しい顔をされているのですね。眼福だわ」
視線だけを向けていたイレイザ様は、頭も下げて礼を尽くした。
「お初にお目にかかります。リューク様」
「どういうことかな? どうしてリンシャンの母君がボクに膝を折るの?」
「我が実家はあなた様を全面的にバックアップすると決めました」
「実家?」
ボクは小柄なリンシャン母君の姿に友人の姿が重なる。
「私はネズール家の出身であります」
「なるほどね。タシテ君の叔母上様ということか。それで? 何かお話しがあるんですか?」
「何も、ただリューク様が望むがままに」
「ふふ、そういうことか」
ボクは仮面を付け直した。
「ありがとう。バル君」
「はい。お義母様」
「ふふ、あなたがマーシャル家の関係者になってくれて、心から感謝しているのよ。どこか歪なこの世界で異彩を放つあなたの存在は、王国にとって希望になると思っているのです」
義理の母と婿。
ボクらは互いの関係を守るように元の生活に戻る。
「どうか、あの子を、リンをよろしくお願いいたします」
「必ず、守ることを約束します」
「ふふ、あなたの言葉ほど頼りになるものはありませんね。それとこれは甥からの伝言でございます」
手紙をボクに渡したお義母様が部屋から出ると、人の気配が戻ってくる。
「主様。そろそろ準備ができました」
扉を開いたシロップ。廊下にはお義母様の姿は消えていた。
「ああ、ありがとう。そろそろ行こうか」
ボクはシロップが用意してくれた馬車へと乗り込む。ルビーは先に乗り込んでおり、リンシャンは家族との別れを惜しんでいた。
ボクは、イレイザ様に一度だけ目配せすると、お辞儀をされる。
「どうかしたのかにゃ?」
「いや、マーシャル家は安泰だと思っただけだよ」
「そうにゃ。騎士団も強いのにゃ」
「ああ、そうだな」
ボクはタシテ君の手紙を読み始める。内容としては、ベルーガ辺境伯領に不穏な気配ありというものだった。
「ふ〜ん。まぁ、大規模なイベントだからね。うん? ダンにエリーナも来るのか。楽しみだね」
ダンは参加すると思っていたけど、他にも数名が来ることが書かれている。
「貴族派ではない不穏の動きということは、他国ってことかな? うむ。また厄介なことにならなければいいんだけど」
「待たせたな」
ボクが手紙を読み終えるころには、リンシャンが馬車へと乗り込んできた。
馬車の外にはマーシャルご夫妻に、バッドたち傭兵団だった者たちが敬礼をして、ボクらを見送っている。
「別にゆっくりでも大丈夫だよ。急ぎの旅じゃないからね」
「ふふ、そろそろ剣帝杯が始まってしまうだろ」
「そうなのかな?」
ボクはシロップを見る。
「ここからは先は行ったことがございません。数名の騎士が先導してくれるそうです」
「だって、迷わないから大丈夫だと思うよ」
「ふふ、相変わらずリュークはマイペースだな」
「それがリュークにゃ」
ボクは手紙を読むために、ルビーに膝枕をしてもらっていた体を起こして、外へ視線を向ける。
「ベルーガ辺境伯領はどんなところなんだろうな?」
「皇国と王国の両方の文化が混じり合った都市だと聞いているぞ」
「リンシャンも行ったことないの?」
「ああ、隣の領だが、興味がなかったからな」
「君らしいね」
ボクらは向かうべきベルーガ辺境伯の話をしながら馬車の中で話をした。
ふと、リンシャンは母上がネズール家の者であることを知っているのか疑問に思った。
だが、知っていようといまいと関係ないように思えた。
リンシャンは家族を愛している。
そして、母上やタシテ君はボクを裏切らない。
ボクも彼らを信じることにして、思考をやめた。
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《sideイレイザ》
走り去る馬車を見送って私は大きく息を吐いた。
これからを託さなければならない申し訳なさと、彼らならやってくれると言う期待が半分半分でもどかしい。
「私の《排斥》が通じない子がいるなんてね。二人きりになって初めてわかるわ。仮面の下に潜む膨大な魔力と恐ろしい強さ」
「おい、イレイザ。どうかしたのか?」
何も気付いていない夫に声をかけられる。
「ふふふ、なんでもないのよ。リンが幸せそうだから良かったと言っただけよ」
「ははは、そうだな。バルは、我が出会った中で最強の冒険者だ。リンシャンは本当に男を見る目があるな」
「ええ、私の子ですもの」
これから先は若者たちに託すしかない。
私はこの地で、世界が崩壊するのを少しでも遅らせる手伝いをするだけ。
「ねぇ、あなた」
「うん? どうかしたのか?」
「世界が終わるその日まで、一緒に生きてくださいね」
「本当にどうしたんだ? 当たり前だろ?」
「ふふふ、ええ。私は最後まであなたと共に生きることを誓いましたから」
リンは私に似て旦那様に全てを捧げるのでしょうね。
私もこの人に、私の全能力を捧げます。
リューク様、どうかリンをお願いします。
私は消えていく馬車に向かって、もう一度頭を下げた。




