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七剣聖の指南役  作者: 黒浪
第三章 勇者の帰還
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第六十六話 神の御業

 ぴっ、と右手の人差し指を立ててみせたエルフをみて、ルギラもさすがに怒りにかられた。


(指一本で、わたしを倒すと……! この、イグニア四天王《灼禍》のルギラをっ!)


「…………いいわ」


 剣を下げたまま相手を睨みつけ、低く呟いた。

 戦って、戦い抜いて、死んでやる。

 イグニア最強の女として、命乞いの醜態など晒しはしない。


「そうですか。それは──」


 エルフがまだ言い終わらぬうちに。その油断が、隙が消えぬうちに。

 ルギラは、何の予備動作もなく、弾かれるように跳んだ。

 足裏で魔力を爆発させての超加速。初見の相手は対応できないはず。


 先手必勝──敵が戦闘態勢を取る前に、一瞬で勝負を決める。

 最速最短の刺突で喉と頚椎を同時に貫き、それで終わりだ。

 そう、これで──


「よかったですわ」


 声は、()()()()()()()()


「っ!?!!」


 寸前まで視界に捉えていたはずのエルフの姿は、跡形もなく。


「魔族とはいえ、無抵抗な者をなぶるのは、愉しくありませんから」

「ぐぅうっ」


 着地の瞬間、ルギラは左足のみで急制動をかける。


(想像より疾いっ! けれど、相手の油断はまだ消えていない!)


 右足を後方へ大きく伸ばし、ぐるんと体をひねって、振り向きざまに──、

 

(なっ……!)


 ルギラの刹那の思考も行動も、すべて読み切ったといわんばかりに、エルフの指がそっと、彼女の剣の切先に触れていた。


 そして、次の瞬間。

 ルギラの剣が丸ごと()()し、鋼色の冷えた液体となってバシャリ、と地面に落ちた。


(………は?)

 

 やむを得ぬこととはいえ、ルギラはその現象を理解できず、思考を停止させてしまう。


「魔法ではありませんのよ。ただ、わたくしが()()()()()を、わたくしの魔力が()()()()()、ということなのですわ」

「……」


 まさか。

 そんなことができるのは、神だけだ。

 人の身でそれを為せるなら、その者はもう現人神。

 この女は己を神だと、そういっているのか。


「ありえない……そんなこと」

「そう思ってしまうのも、無理からぬことですわね」


 女は、すこし残念そうに柳眉を寄せた。


「それで……貴女に出来ることがまだおありかしら?」

「…………」


 ルギラは、もう動けない。

 残された手段など、何もない。

 せめて誇り高く戦い抜いて死のうと、そう誓ったが、非情な現実はそれすら許さなかった。

 彼女にはもう、何もない──。


「……そうですのね。では、終わりにさせていただきますわ」


 いうと、エルフはおもむろに伸ばした人差し指を天に向け……それをただ、ゆっくりと振り下ろした。

 すると。


「……ぁ」


 エルフが指した直線上に存在したあらゆる物が、()()()()()


 丘を覆う無数の草花、地を這う蟻、空を舞う蝶、吹き抜ける風、大地、そして──ルギラの肉体。


「ご、ぶ」


 イグニア最強の女剣士は、鮮血を噴き出すふたつの肉塊と化して、倒れた。

 恐怖も、悲哀も、悔悟もない、あまりにも無機質な敗北だった。

 しかし、死ではなかった。


「おっと」


 ルギラが絶命する寸前に、エルフがそばに寄って、真っ二つになっていた肉体を瞬時に()()()()()()

 まるで、幼子が粘土遊びでもするかのように、いとも容易く。

 これもきっと、彼女がいつでも、何度でも起こせる魔力の奇跡なのだろう。


「あの男に貴女方を殺すな、と言われていたのを忘れていましたわ」

「…………」


 死の淵から蘇っても、ルギラには何の感動もなかった。 

 彼女の中にあるのは、もはや虚無だけだった。


 己のすべてを否定された。

 信じていた強さには、何の価値も意味もなかった。自分は、紛れもない弱者。

 たとえ今日を生き延びたとしても、この先もこの世界で生きていける気がしなかった。


 エルフの指のひと振りで、ルギラの戦士としての魂は破壊し尽くされていた。


「ですので……今日のところはこのまま見逃して差し上げますわ。ただ──」


 艶美に笑うエルフの右手に、ふいに碧い焔が宿った。


「あとで余計なことを喋られても困りますので……少々記憶を灼き潰して、ここであったことをすべて忘れていただきますわ」

「……っ!」


 にわかに恐怖に歪んだルギラの顔に、焔の手が容赦なく近づけられる。


「や、め……っ」

「酷く痛むと思いますが、ご安心を。もしも死んだら、また生き返らせて差し上げますから」


 直後、乾いた風の吹く草原に、ルギラの絶叫が響き渡った。


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