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七剣聖の指南役  作者: 黒浪
第三章 勇者の帰還
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第六十四話 ふしぎな生き物

(これが、ワタシの最期か……)


 刀を構えたキヤは、全身全霊を懸けて、その一瞬を待ち受ける。


(しかし、悔いはない)


 そう、己に言い聞かせる。

 視線の先で、魔族の男が両腕を大きく広げて、跳躍の構えをとった。

 両手に埋め込まれた十本の刃が、猛る殺気を蓄えている。


(どう足掻いても、ワタシは、勝てない)


 人造人間ホムンクルスの少女は、これまでの戦闘で相手の実力を正確に把握している。

 バーネロ・デリ・イグニアの剣技は、キヤのそれを凌駕している。

 それは間違いない。

 彼女がここで実力のすべてを出しきっても、まず勝利することは出来ない。


(けれど──)


 相討ちなら、あるいは可能かもしれない。

 相手を倒すには至らなくとも、戦闘不能に追い込むことくらいなら。


(それでいい。ワタシは、ここで己に与えられた役割を全うして、死ぬ。それでいいんだ)


 何度も、何度も、己に言い聞かせる。


(マスターのため、ワタシは、ここで……)


 ふいに、胸の奥に熱いモノが生まれ、よくこねたパン種のようにみるみる膨らんだ。

 人造人間ホムンクルスの少女には、それが何なのかわからなかった。


(なんだ……?)


 そのとても熱い何かは、やがて喉元までこみ上げてきて、ついには眼底に達し、そこで液体に変化して、両眼から溢れ出てきた。


(まさか)


 少女は、その生理現象について学習していた。


(泣いているのか……このワタシが)


 頬を伝って落ちた涙が、乾いた石畳を濡らしていく。

 胸が苦しくなり、呼吸も不規則になっていく。

 滲んでいく視界の中で、魔族の男がわずかに目をすがめるのがみえた。


 まずい。

 思考が、精神が乱れる。集中できない。

 このままでは、相討ちさえ──。


(──死にたくない)


 暗い場所でひとり泣きじゃくる何者かが、そう叫ぶ。


(死にたくない……っ!)


 やめろ。黙れ。

 この身を捧げる、と誓ったはずだ。

 

(マスターと、みんなと……もっと一緒にいたいっ)

(あの城で、ずっと、いつまでも……っ)


 理解できるが、それは分不相応な望みだ。

 ワタシはおぞましき禁忌の造物、人造人間ホムンクルス

 定めた主のため己が身を犠牲に出来ぬのなら、存在価値など微塵もない。

 戦場ここで死ぬのが、己の運命さだめだ。


(わかってる……わかってるけど……っ)

(知ってしまった……)

(何よりも、己の命よりも大切だと思えるひとの傍にいられる幸せを)

(そのひとに、やさしく微笑みかけてもらえる悦びを)


 ぎゅっと引き結んだ唇が震えだし、次第に刀の柄を握る手にも力が入らなくなっていく。

 だめだだめだだめだ。

 このままじゃ、何もできず犬死にだ。

 せめてあの魔族と相討ちになり、少しでもマスターの役に立って、死ぬのだ。

 いまのワタシに求められているのは、そ──


「《《いくぞ》》」


 わざわざ宣言してから、男が跳んだ。

 それでも、キヤの反応は遅れた。


(しまった! せめてっ……せめて一太刀!)


 居合の構えをとったまま脚をさらに開き、露わな胸が地面につきそうなほど極端な前傾姿勢をとる。

 

 この時──キヤが選択した技は、居合術『瞬月』。

 ロンが彼女に授けた、最速にして最強の技である。

 しかし、その最速は己の一切の守りを捨てるがゆえ。

 二の太刀はなく、外すことはすなわち敗北と死を意味する。


(マスター。ワタシに、力を……!)


 一拍遅れて、キヤも跳んだ。

 こぼれた最後の涙が地面に落ちる前に、両者は間合いに入った。

 少女の脳裏に、己の身体が瞬時に斬り刻まれる生々しいイメージが浮かぶ。


(そうだ。相手の剣のほうが疾い。ワタシは、斬られる。けれど、絶命する前になんとしてもこの刃を届かせてみせるっ!)


 バーネロの十本の刃が少女の肉体を確実に捉えた、その瞬間──。

 

「はぁぁあああっ!!!」


 キヤは、抜き放った刀をそのまま掬い上げるように、振り抜いた。

 鋼色の月が地上で耀き、周囲に大量の鮮血が撒き散らされた。






(………………えっ)


 刀を振り抜いた姿勢のまま固まったキヤの傍らに、上体を逆袈裟に斬られたバーネロが静かに倒れ伏す。


(なんで…………?)

「あーあ。敗けちまった」


 石畳の上で仰向けになった男は、青空をぼんやり見上げて、呟いた。

 傷は深いが、急所は外れている。あとで適切な処置をすれば死に至ることはないだろう。

 しかし、いまのキヤにとって、そんなことはどうでもよかった。


「バーネロ、オマエ……ッ!」


 ようやく我に返った彼女は、それでもひどく狼狽しながら男を見下ろした。


「なぜっ……なぜだ!」


 紙一重の勝負ではあった。

 それでも、バーネロの剣はキヤのそれより確実に疾かった。

 取り乱し、普段の冷静さを欠いていた彼女には、相討ちすら難しかったはずだ。

 

 それなのに、終わってみれば何故か斬られたのはバーネロのほうで、キヤはいまも無傷のままここに立っている。

 考えられる答えは、ひとつしかない。


「なぜ……()()()()()!」


 涙声で怒鳴った少女を見つめて、バーネロは面倒臭そうに、のろのろいった。


「止めちゃいねえよ。お前の剣のほうが疾かった。それだけだ」

「嘘をつくな!」


 少女の黒い眼から、ふたたび涙が溢れだした。

 己がなぜまた泣きだしたのか、キヤにはわからなかった。


「オマエのほうがっ……ぜったいっ…」

「うるせえな」


 男の間延びした声に怒気がこもった。


「ゴチャゴチャぬかしてねえで、さっさとトドメさせ。俺は魔族だ。この程度の傷じゃくたばんねえぞ」

「……」


 少女は、曖昧に首を振った。


「オマエを殺さない……マスターが殺すなといった。それに……いまはワタシは、オマエを殺したくない」

「あぁあ?」


 男が不愉快そうに顔をしかめたので、キヤは怯んだ。

 人造人間ホムンクルスの少女には、目の前にいる男のことがまるで理解できなかった。

 

 なぜ、この男はみずから敗北を選んだのだろう。

 まさか、ワタシを殺したくなかった?

 いや、そんなはずはない。あり得ない。

 では、一体なぜ……?


「お前、舐めてんのか?」


 バーネロは、器用に顔の左半分だけ引っ張りあげるように歪めて、凄んだ。


「…………」


 怖ろしい男だ。

 見た目も、言動も、野蛮で狂気に満ちていて、間違っても一緒にいたいなどとは思えぬ男だ。

 それでも──。

 なぜか、この時、キヤにはバーネロが、はじめて出遭った日のロンに重なってみえた。


(あの夜のマスターも、ワタシにはまるで理解できない行動をとった。この男も、同じだ。ワタシが出遭った()()()たちは皆、ワタシの理解が及ばぬ行動をとる……)


 これほど理解が難しいのは、やはりキヤが女で、相手が男であるからかもしれない。

 男という生き物は、時どき、本当に不思議だ。


「お前……ッ、ぐっ、クソ……!」


 おもむろに起き上がろうとした男は、すぐに痛みに顔を歪め、また地面にのびた。


「ブッタ斬ってやりてえが、いまは、無理だな……」

「バーネロ」


 キヤは、手の甲でゴシゴシと涙を拭ったあと、居ずまいを正した。


「ワタシにはオマエのことが理解できないから、どんな言葉をかければいいのかわからない。ただ……これだけは、言わせてくれ」

「あ?」


 少女は、泣き腫らした顔にかすかに笑みのようなものを浮かべて、呟いた。


「ありがとう」

「……ケッ、意味わかんねえ。ヤル気がねえならサッサとどこへでもいきやがれ」


 男はそう吐き棄てて、つまらなそうにそっぽを向いた。


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