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七剣聖の指南役  作者: 黒浪
第三章 勇者の帰還
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第六十三話 真の魔王

 数分前──。

 ホールのもう一方の端で繰り広げられる魔族同士の対決も、そろそろ決着がつこうとしていた。


「まったく、口ほどにも無いっ!」


 怒りにかられたヴィオの長剣が容赦なく、少女の急所のみを狙って息つく間もなく振り下ろされる。

 その剣技は流麗にして苛烈、さらに一撃一撃が必殺の威力を持っている。


「…………」


 カイリは、ひたすら防御に徹している。

 右手に握る重厚長大な剣を扱いにくい盾として、相手の猛攻をどうにか凌ぎつづける。

 

 両者の疾さが、まるで違うのだ。

 ヴィオは、アルム合金の甲冑を身に着けてなお、薄布のドレス姿のカイリより数段疾い。

 剣閃も、足捌きも、その鋭さは弟のサーレイに比肩しうる。


「貴女は、この私を倒すどころか、一太刀浴びせることさえ出来はしないっ!」

「ふむ……」

 

 圧され続ける少女は、よろめいて後退りしながら、奇妙な呟きを漏らした。


「狙いがわかったぞ」

「……ッ」


 この一方的な状況でもなお、落ち着き払って薄い笑みすら浮かべる少女をみて、ヴィオはますます逆上する。


(くっ……つくづく癇に障る! この娘の余裕は、一体どこから来る? 何か、切り札でも隠し持っているのか……?)


 用心深い男はわずかに間合いを広げ、束の間、相手をつぶさに観察した。

 そして──気づいた。


「っ!」


 少女は、彼を()()()()()()()

 しばらく前から彼女が興味深げに見守っているのは、ホールの向う端でドロガと死闘を繰り広げるオリガの姿。

 獣人の少女が、相手の武器──槍斧ハルバードの柄の一点に何度も精確に刃を打ちつけているのをみて、カイリは感心したように頷く。


「なかなかやるものだ。相手は……どうやら気づいていないな。勝敗は、みえた。加勢の必要はなさそうだ」

「そん、な……っ」

 

 この瞬間、ヴィオの戦士としてのプライドは、粉々に砕け散った。


 磨き抜いた剣技で終始相手を圧倒してきたと思い込んでいたのに、現実はまるで逆。

 

 相手がまだ本気になっていない、手を抜いている、などという次元ではない。

 眼前の少女にとって、もはやこれは勝負ですらなく、ヴィオはすでに敵とすら認識されていないのだ。


 それほどまでに、両者の実力が隔絶している。

 ふたりの、剣士として在る世界が、あまりにも違う。


「気は済んだか」


 ふいに、少女と眼が合った。


「っ!?」


 ヴィオは心の臓を鷲掴みにされたような恐怖を感じ、咄嗟にその場から跳び退く。

 カイリは、その花色の瞳をやや昏くして、かぶりを振った。


「斬るのは、やめた。いまの貴様にはその価値も無い」


 つまらなそうにいうと、大剣を逆手に持ち、ズンッ! と石床に深く突き立てた。


「勿体ないことだ……」


 丸腰になった彼女は、そのままゆっくりと男へ近づいていく。

 顔面蒼白のヴィオは、剣を正面に構えたまま同じ歩みで後退っていき、まもなく、壁際に追い詰められた。


「稀なる剣才の持主ではあるが、その才に溺れ、技に酔い、肉体の鍛錬を怠った……。ゆえに貴様の剣は、軽い。あまりにも」

「う……くぅっ!」


 少女の正鵠を射た指摘がヴィオの怒りをかきたて、それが彼にふたたび闘志を与えた。

 魂の宿らぬものであっても、闘志は闘志だ。


(相手は丸腰だ……いまなら、勝てる!)


 脚を大きく開いて踏ん張り、重心を落とす。半身になって胸の前で剣を水平に構え、冷えた殺気のすべてを込めた切先を、相手の顔へと向ける。

 

 彼のもっとも得意とする、克皇こくこうの構えである。


(卑怯と罵られても構わない。この娘だけは、ここで殺す──ッ!)


 無防備な相手が間合いに入った瞬間──、ダンッ! と炸裂音にも似た音を残して床を蹴り、豪速の刺突を繰り出す。

 剣の刃そのものが伸長したかと錯覚させるほどの烈閃。

 ヴィオ・レガ・イグニアが絶対の自信をもつ必殺剣だ。

 

(しかし、これは躱すだろう。防具を持たぬ以上躱すしかなく、それを可能とする技量も彼女は備えている。それをわかった上での、二段構え)


 相手の絶対的自信をみれば、派手に跳躍して躱すとは考えにくい。

 おそらく、上体を捻るだけで紙一重の回避をするはず。

 その時、否応なく重心がぶれて生まれる僅かな隙を────


 ヴィオの思考は、そこで停止した。


「っ!?」


 カイリは、彼の渾身の刺突を、躱さなかった。

 ただ、前に伸ばした左手で、迫る剣の刃をはっしと掴み、止めてみせた。

 少女の掌の皮が浅く裂け、そこから細く血が流れたが、それだけだった。


「ばかな……」


 ヴィオは、己がどこか遠くでぼんやりそう呟くのを聞いた。


「軽い……軽すぎる」


 吐き棄てたカイリは、掴んだ剣をぐいと引き、よろめきながら倒れてきた男の額に、

 ──ゴズゥンッ!

 あたりを揺るがすほどの、恐ろしく重い()()()を喰らわせた。


 それで、勝敗は決した。


「あ……が……っ」


 剣を手放し、糸の切れた人形の如く膝から崩れ落ちた男を見下ろしながら、カイリは口を開いた。


「膂力。肉体の強度の差だ。同じ魔族でも、鍛え方ひとつでこうまで差がつく」


 いいつつ、豊かな胸を持ちあげるようにして腕を組む。


「まずは、力。そこに技を纏わせる。この順序は絶対だ。剣を振るう肉体に強さを求めず、ただただ技の洗練、その華麗さのみに拘泥した貴様の剣は軽く、脆く、醜悪ですらある」

「無益な説教は、よしてください……。さあ、はやくトドメを」


 ヴィオは項垂れたまま虚ろな声でいい、その首を前に差し出した。


「殺さぬ」


 少女は、低く呟いた。


「貴様は弱いが、宿す剣才は本物であるとみた。逸材ではある。いまより正しく鍛え抜けば、あるいは我の右、いや左腕くらいにはなるやもしれぬ」

「……?」


 ヴィオはぼんやりと顔をあげ、眉を寄せた。


「本気ですか? この私が貴女の麾下に入ると、本気でそう考えているのですか?」

「それが道理だ」


 カイリは、自信に満ちた声音でいった。


「先ほど貴様は訊いたな。何故、我が人間の側についているのか、と」

「ええ……」

「貴様は勘違いしている。我は、人間の側についているのではない。我はただ、勇者ロン・アルクワーズに従っているだけだ」

「……そのふたつに違いがありますか?」


 男の問いに、少女は頷いてみせた。


「大いにある。我が奴に従っているのは、奴がこの世界の誰よりも強いからだ。我は、奴のもつ絶対的強さに従っている。それが、絶対的力のみを信じ、崇める我ら魔族の道理であるからだ」

「つまり、貴女は魔族《我々》を裏切っているわけではない、と?」

「当然だ」

「……っ」


 ヴィオは、答えた少女の瞳の奥に、揺るぎない鋼の意志と底知れぬ強欲が蠢いているのを見た。

 

「覚えておけ。我は、いずれロン・アルクワーズをも超える……そして、その時こそ、我はアンヴァドールの魔王として起つ!」


 カイリが昂然と宣言した時、ヴィオには小柄な彼女が後光の差す峻岳の如く見えた。


「…………っ」


 己よりひと回り近く年下の少女が放つ、神々しいまでの威厳、気迫、闘気。

 それらがいま、ヴィオを圧倒し、彼の魔族としての本能を目覚めさせた。


(ああ、そうだ……。このお方こそ、私がずっと求めてきた、アンヴァドールの救世主……真に魔王となるべきお方にちがいない)

 

 そう確信を得た時、男の両眼から、ぽろぽろと涙がこぼれた。


(このお方の側にお仕えしたい……このお方に己のすべてを捧げたい……)


 感涙にむせびながら、男はすがるように口を開いた。


「お名前を……貴女様のお名前を、どうか……っ」

「カイリ・ラム・ゼーラだ」

「カイリ、さま……」


 ヴィオは、一生の宝物を手に入れた少年のようにそっと、愛おしそうに呟いた。


「ヴィオよ、精進せよ。いずれ貴様が真に強き男と成りおおせたならば、その時こそ、貴様のすべてを我が物としてやる」

「あぁ……っ」


 魂の感動に打ち震えるヴィオは、まだ満足に動かぬ身体で必死に片膝をつき、臣下の礼をとった。


「かならず……! このヴィオめは、必ずや貴女様のご期待に応えてみせます!」

「よし」


 カイリが頷き、血の滴る左手を差し出すと、男は震えながらそれに接吻し、恍惚とした表情で少女の血を舐め、飲み下した。


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