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七剣聖の指南役  作者: 黒浪
第三章 勇者の帰還
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第六十話 ゆうしゃさま

 最後の希望──名も知らぬ二人の少女にすがる人々が、彼女らの勝利を一心に願い、祈りを捧げつづける砦の、門前。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」

「さすがにちょっと、キツイ、わねぇ……」


 肩で息をするイルマの隣で、エロウラが土の地面に片膝をつき、苦しげに顔を歪める。


 その惨めな姿が意味するのは──彼女の体に、もはや宙に浮かぶだけの魔力も残されていないということ。

 自在に操っていた百本の剣も、すでにそのほとんどが地に落ち、いまは細身の長剣が一本だけ、ふらふらと頼りなく彼女の傍を漂っているのみだ。


 無理もない。

 昨夜から一睡もしていないうえに、何度も高出力で飛翔魔法を使い、さらにこの場で三千匹のオーク相手に戦ったのだ。

 人並み外れた膨大な魔力をもつエロウラでも、そこまで無茶をすればさすがに力尽きる。

 

 そしてそれは、イルマにしても同じである。

 彼女から魔力の供給を断たれた黒魔機人ゴーレムたちは、いまだ無傷のまま、地面にくずおれて活動を停止している。


(あと、一歩だというのに……っ)


 魔女の苦い視線の先で、ただ一匹生き残っている指揮官オークがゆっくりと、確信に満ちた笑みを浮かべた。


「ドウヤラ、限界ノヨウダナ」


 矢が尽きたのか、すでに城壁の兵からの援護もなくなり、背後の砦は重苦しい沈黙に支配されている。


「くっ……」


 イルマは、悔しげに唇を噛んだ。

 

 残りは、たかがオーク一匹。

 とはいっても、あの指揮官はその装備も実力も、他の雑魚とは桁違い。かつての魔王軍の将軍クラス、といっても過言ではない。

 これまでにも、イルマの黒魔機人ゴーレムとエロウラの剣が一度ならず攻撃を仕掛けたが、まともなダメージを与えることはできなかった。

 

 ここでイルマとエロウラが敗れれば、残された砦の兵たちではあの怪物にまったく歯が立たず、ベイエルの民の希望はすべて、その命とともに潰えることとなるだろう。


(そんなことになれば、ルーンダムドの魔女の名折れ……。敗けるわけにはいかない。絶対に)


 誇りと使命感で己を奮い立たせたイルマは、手にした黒刃のナイフを忌々しげに見下ろす。


(とはいえ、このナイフであのオークの堅固な鎧を貫き、急所に一撃加えることは難しい……。エロウラの長剣ならそれも可能だろうが、彼女にはもう己の剣を十全に操るだけの魔力が残っていない……)


 しかし、魔女は絶望しない。


(けれど万事休す、というわけじゃない。まだひとつ……手は残されている)


「オマエタチハ、ヨク戦ッタ」


 イルマの視線の先で、オークが戦斧を構えて悠然と歩き出した。


「敵ナガラ、アッパレ。セメテ最後ハ苦シメズニ逝カセテヤロウ……」


 その見た目に似合わず、一分の隙も無い身のこなしだ。


「……ざけんじゃ、ない、わよ……っ」


 ふいに、エロウラが、震える息とともに呟いた。

 次いで、彼女の最後の剣が一直線に飛び、オークの喉元を狙う。

 だが──。


「ヌルイ」


 もはや速度も威力もない剣はオークの戦斧にいとも容易く弾かれ、クルクルと力なく宙を舞った。

 それを見て、


(さすがですよ、エロウラさん)


 イルマが美しく微笑み、駆け出す。

 強大な敵へ向かって、真直ぐに。

 その迷いない後ろ姿を見つめて、エロウラも笑みを浮かべる。


「決めなさいよぉ……」


 オークは、小さなナイフを手に迫る魔女を睨んで、獣のように嗤った。


「捨テ身カ……来イッ!」


 両者が間合いに入る直前で、イルマがナイフを構えて、跳ぶ。

 狙いは、鎧に守られていないオークの唯一の急所であるくび

 彼女のナイフで致命傷を与えられる箇所は、そこしかない。


「はッ!」


 気合とともに鋭く一閃。

 だが、その一撃は、相手に完全に読み切られていた。

 ──ガギッ。 

 ナイフの細い刃は、戦斧の柄でガッチリと受けられ、弾かれ、その衝撃で魔女の軽い身体は宙に高く跳ね上げられる。


(──終ワリダ)


 無防備な体勢で落下してくる少女を一撃で両断しようと、オークが戦斧を大きく振りかぶった、その時。


「ッ!?」


 彼は、一筋の鈍い銀光をみた。

 その光の正体は、中空に跳ねあげられたイルマがそこで確実にキャッチした、エロウラの長剣。

 そう──()()()()狙いは、はじめからこの一瞬のみ。


(アンタなら、やれる!)

(この剣なら、斬れる!)


「オノ、レ──」


 オークの驚愕と後悔は、魔女が己のすべてを乗せて振り下ろした刃に到底追いつくことはできず──、

 ザブシュッ!

 分厚い鎧ごと首から脇腹までを袈裟斬りにされたオークは、そのまま、どうと仰向けに倒れた。

 

 見事の一言。

 それはふたりの少女の、互いの強さへの信頼が生んだ、完璧な一撃だった。


「…………ふう」


 オークの絶命を確認したイルマは、深く息を吐いてからくるりと振り向き……エロウラに不遜な笑みを向けた。


「この手で敵軍の将を討ち取りました……。つまり、()()()()()()、ですね」

「…………。はっ? なんの勝負よ?」


 エロウラは、地面にうずくまったまま、眉を寄せる。


「貢献度ですよ。この勝利により大きな貢献をしたのはどちらか、という話です」

「いやそんな勝負してないけどぉっ! てゆーか、倒した敵の数はアタシのほうが多いしっ、なんなら最後のヤツを殺ったのもアタシの剣だしぃっ!?」

「いやはや……これほど明白な敗北を認められぬとは、見苦しいことこの上ない」

「どっちがよぉっ!」


 やれやれ、と首を振ったイルマは、


「ま。愚か者との不毛な議論はこれくらいにして……」


 勝手に話を切りあげると、おもむろにサキュバスに背を向けた。

 そして、ベイエルの町の方角へ、ふらつく足取りでとぼとぼと歩き出す。


「ちょっとっ、どこ行く気?」

「決まっているでしょう……。ロン・アルクワーズを、援けにいくのです……」


 疲れきった声で応える魔女を見つめて、エロウラはため息をついた。


「いまのアンタじゃいっても何の援けにもならないわよ。そもそも、その足で間に合うとも思えないし」

「それでも……っ」

「信じなさいよ」


 いつもとはちがう、サキュバスのあたたかく包み込むような声音に、イルマは思わず振り向いた。


「ちょっとは、あの子たちを信じてやりなさい。あの子たちは弱いけど、アンタが思うほど弱くはないわ。だから、だいじょうぶ。あの子たちは、ちゃんと勝つわ」

「…………」


 思わぬ言葉にちいさな胸を衝かれて、イルマがその場で固まっていると。


 ギ、ギギ、ギギギギイ…………


 それまで固く閉ざされていた城門の扉がゆっくりと開いて、その奥から守備隊の兵士と、ベイエルの町民たちがぞろぞろ出てきた。


「すごい……。これを、本当にたったふたりで……」

「この目で見ても、信じられない。まさに、奇跡だ」

「この偉大な勝利は、王国の歴史に深く刻まれ、永遠に語り継がれるにちがいないぞ……」


 次々に感動を口にした大人たちはそれでも、ふたりの少女には近づかず、遠巻きに見つめるばかり。

 全員がふたりに深く感謝しているものの、素性のわからぬ彼女らをまだ恐れてもいるのだろう。


 しかし、そんな臆病で疑い深い大人たちのことなど、お構いなく。


「ゆうしゃさまぁっ!」


 笑顔の子供たちが大勢跳ねるように駆けてきて、エロウラとイルマを取り囲んだ。


「ゆっ、勇者ぁっ!?」


 エロウラは、仰け反りながら慌てて立ちあがり、無邪気な子供たちを恐ろしい魔物でも見るような眼で見下ろす。


「あ、アンタたち、何いって──」

「ゆうしゃさま、ありがとーっ!」


 そしてはじまる、真心込めた感謝の大合唱。


「勇者さま、わたしたちをお救いくださり、本当にありがとうございます……」


 面倒見の良さそうな年長の少女が深々と頭を下げると、普段のふてぶてしさはどこへやら、エロウラはすっかり弱りきった顔で喚く。


「ちょ、ちょっと待ちなさいよっ! よく見なさい! アタシは、サキュバスなのよっ!? コワいコワーいモンスターなの! このアタシが勇者なんかに見える!?」 


 追い詰められた小動物のように歯を剥きだし、挑みかかるように問うと、


『うんっ!!!』


 子供たちは全員そろって、はじけるような満面の笑みを返した。

 

 あたり一帯で山となっているオークの死体も、それらが放つむせかえるような死臭も、子供たちにはまったく気にならないようだ。

 いま、彼らに見えているのは、物語だけで知っていたこの世界の偉大な守護者──これから《《新たな伝説となるであろう》》真の勇者たちの姿のみ。


「はぁあぁぁ……?」


 見知らぬ街で迷子になった者のように、すっかり途方に暮れた顔でおろおろ視線をさ迷わせるサキュバスをみて、


「……ぷっ」


 イルマは思わず吹き出し、子供たちに負けぬくらい朗らかな笑みを浮かべた。


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