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七剣聖の指南役  作者: 黒浪
第三章 勇者の帰還
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第五十九話 魔王の器

 さすがのロンも、相手が口にした言葉に戸惑いを覚えた。


「……お前の望みは、この俺との真っ向勝負じゃなかったのか?」

「くだらん。そんなものに寸毫の興味もない」


 サーレイは、何の気負いもなく、平静にいった。おそらく本心だろう。


「私が求めるのは完璧な勝利。それだけだ。それを手にするために使えるものは、すべて使う」

「丸腰の俺を斬っても、お前の強さの証明にはならないぞ」

「だからどうした。ここで私の為すべきは、ただひとつ。()()()()()()()()()()()、祖国へ持ち帰ることだけだ。それさえ果たせば、アンヴァドールの民はこの私を、ヴァロウグをも超える最強の魔王と認めるだろう」


 目的のためには、手段を選ばない。

 徹底した合理のためには、己の尊厳や矜持など捨てて惜しくもないというわけか。

 個の絶対的な強さこそを至高の徳と考える魔族には珍しいタイプだ。

 厄介極まりない。


「お前がじつは腰抜けの大法螺吹きだという真実は、この場に葬り去るわけだな。ハリボテの王となるために」


 ロンが吐き棄てると、サーレイはそれに余裕の笑みを返した。


「勘違いするな。私は、貴様より強い。ただそれを証明することに興味がない、というだけだ。完璧な勝利を得るため、不確定要素はすべて排除する」


 いって、サーレイは蛇女ラミアに目をやった。

 彼女は頷き、その邪悪な魔力を宿す指先をまたアラナの肌に近づける。


「もう一度だけいう。剣を捨てろ、ロン・アルクワーズ」

「…………」


 ここでロンが剣を捨てたところで、アラナが助かるはずもない。

 ロンが死んだ後もアラナを生かしておくメリットが、サーレイにはない。

 だが、それがわかっていても、サーレイとカリダを同時に倒す方法がない以上、ロンはこうするしかなかった。


 ──カララン。


 ロンの手を離れた剣が、石床に落ちて乾いた音をたてた。


(だめ……、そんなの……っ)


 それを目にしたアラナは、やはり何も言えぬまま、大粒の涙を流す。


(たたかって……わたしのことは、もういいから……)


 人質わたしさえいなければ、先生は戦える。

 全力で戦えば、先生が負けるはずがない。

 だって先生は、史上最強の、伝説の勇者なのだから──。


 いま、アラナの体に己の舌を噛み切るだけの力が残っていれば、彼女は躊躇わず自死を選択しただろう。

 だが、幸か不幸か、瀕死の彼女にはもはやそれだけの力も残されてはいなかった。

 

「そう。それが人間だ」


 紅い魔力を帯びた長剣を手にしたサーレイは、僅かの隙もみせずロンに近づいていく。


「常に、一時の己の感情に負け、明らかに不合理な選択を取る……」


 間合いに入った男は、刃の切先をロンの喉元に突きつけた。

 ロンはまったく動じず、相手の赫眼を睨みながら口を開いた。


「俺の知る魔王は、この地上の誰よりも冷酷で、残忍だった。それは間違いない。だが……あいつは、《《けして卑劣ではなかった》》」

「……」


 サーレイの刃が、ほんのわずか揺れた。

 この瞬間、イグニアの若き族長はロンの前ではじめて動揺をみせた。


「ヴァロウグは、いついかなる時も全力で、真正面から敵とぶつかり、そして……勝利した。姦計や謀略に手を染めたことなど、一度もなかった。だからこそ、五大氏族の長たちはヴァロウグこそが最強だと認め、その配下となったんだ」


 ロンはそこで口の端を吊り上げ、ぐいと顎をあげて相手を見下した。


「サーレイ。お前は、ヴァロウグの足元にも及ばない。お前は、魔王の器じゃないんだよ。完璧な勝利? 笑わせるな。いつの時代も、小賢しい策を弄するのは三下の腰抜けだけだ。いいか、お前は──」


 ──ドムッ。

 言い終わらぬうちに、鋭い前蹴りがロンの腹にめりこんだ。


「っが、は……っ」


 呻いて、たまらずその場にくずおれたロンの側頭部に、今度は強烈な回し蹴りが炸裂する。

 そのまま十メートルほど吹っ飛んで床に転がったロンは、二度血を吐いたあと、また嗤った。


「やはり、この程度……。ヴァロウグだったら──」


 刹那に距離を詰めたサーレイの右脚が、ロンの胸を蹴りあげる。

 ボギッ。肋骨が二本ほど折れた感触とともにふたたび宙を飛び、ロンは背後の壁に叩きつけられた。


「ぐっ、く……」

「ほら、どうした。()()()()で死にはしないだろう。もっと減らず口を叩いてみせろ」


 よろよろと立ちあがり、血塗れの口に不敵な笑みを浮かべたロンに。

 ドゴッゴガッガギッズドッ。

 魔族が全力で放つ拳と蹴りが容赦なく、雨あられと打ち込まれる。


(もう、やめて……っ)


 みるみるボロ雑巾のようになっていくロンをみて、アラナは本物の痛みを覚えた。

 蛇女ラミアの指に責められていた時より何倍も苦しい、生き地獄。真の絶望だ。


「ア、ラナ……」


 攻撃が止んだわずかな間に、ロンは顔をあげ、十字架の少女に向けて精一杯の笑み

を浮かべてみせた。


「だいじょうぶ……、だいじょうぶだ──」


 おだやかに、やさしく呟いたその顔を、直後、サーレイの鉄拳が打ち抜いた。


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