第五十八話 対決
瞬間──広間に満ちたのは、全身に刃を突きつけられたかのような、張りつめた沈黙。
数秒後、それを破ってロンが口を開いた。
「やはり。お前の狙いはこの俺か、サーレイ・レガ・イグニア」
(えっ……)
アラナには、ふたりの男の言葉のどちらも、上手く理解することができなかった。
(魔族はここで、マキシア騎士団ではなく、先生を待ち受けていた……。そして先生も、そのことを知っていたの……?)
「ほう……」
サーレイは、余裕を崩さずに椅子から身を乗り出した。
「気づいていたか。いつからだ?」
「はじめから、違和感はあった」
話しながら、ロンはゆっくりと歩き出す。
「イグニア氏族だけでマキシアを落とせる、と本気で考えているとはさすがに思えなかったし、お前たちがまず真先にこの町を攻めたのも、不可解だった……」
五年ぶりにまみえる強者──みずからが倒すべき敵へ向かって、真直ぐに。
「だが、この町に着いて、お前の目的がわかった。お前が用意した戦力は、この国と正面からやり合うには到底足りないが、ひとりの男を殺すには十分だ。お前がアラナを人質に取ったと知って、俺の考えは確信に変わった」
サーレイの真の目的は、マキシア王国の滅亡などではなく、ロン・アルクワーズの首を取ること──最強の魔王ヴァロウグを倒した元勇者をみずからの手で殺し、己の強さを証明することなのだ。
すべての魔族の仇敵であるロンの首を祖国へ持ち帰れば、サーレイはたちまち民衆から英雄視され、その荒ぶる熱狂を武器に一気に五大氏族を束ねる長──新たな魔王の座に納まることも夢ではない。
この馬鹿げた企てはただただ、彼のその邪な野望ひとつのために為されたのだ。
「ふむ。それを知ってなお、ここへやってきたということは、」
サーレイは、十字架の少女を横目でみながら、冷笑した。
「貴様にはそれほど大事か、この娘が」
「ああ」
元勇者は、頷いた。
「アラナは……この世界の未来だ。守るために、俺はこの命を懸ける」
「……っ」
アラナは、泣きながらわずかに口を開いたが、そこから何かの言葉が出てくることはなかった。
彼女の体には、もはやロンに声をかけるだけの力さえ残されてはいなかった。
「アラナを放せ」
十字架の真横まで来ると、ロンは足を止めた。
ただ、もうアラナのことを見てはいなかった。
憐れな姿の彼女を、これ以上辱めたくなかったからだ。
「お前の思惑どおり俺はここへ来た。人質はもう必要ないだろう」
「……」
イグニアの若き族長は、両手を組み合わせて宙を仰ぎ、しばし考える素振りをみせたあと、ふたたびロンを見た。
そして、その端正な顔に酷薄な笑みを浮かべた。
「断る。この娘が人間《貴様ら》の未来だというのなら、是非ともここで殺しておくべきだ」
いって、蛇女に向かって目配せすると、すぐさまアラナへの地獄の責めが再開される。
「っきゃぁぁぁああああアアアアアアッ!!!」
少女の体に残った僅かな命とともに吐き出される、断末魔の悲鳴。
彼女の死へのカウントダウンは、もはや片手の指で事足りる。
「──ッ!」
ほぼ同時、ついに怒りを爆発させたロンは、何らの予備動作なく、真横に跳んだ。
狙いは、はなからサーレイではない。
床を蹴る音すら置き去りにして腰の剣を抜き、恐ろしい指でアラナを責める蛇女に肉薄する。
ロンの全速力に、相手はまったく反応できない。
(消えろ──)
蛇女に恐怖の片鱗すら抱かせぬまま、ロンはアラナを責める彼女の腕めがけて剣を一閃させ────、
「おそい」
嘲りの呟きとともに、両者の間に黄金の影が飛び込んだ。
──ガギンッ!
ロンの渾身の一撃は、刹那よりはやく眼前に立ち塞がったサーレイの剣に、いとも容易く防がれる。
(──武器召喚!)
しかし、この瞬間にロンを驚愕させたのは、もちろんそれではない。
「貴様より疾い者など存在しない、とでも思っていたか」
冷ややかにいって、サーレイがその凄まじい膂力で強引に剣を振り抜くと、ロンは勢いよく後方へ吹っ飛び、石壁に強く叩きつけられた。
「ぐっ……」
「やらせぬさ」
アラナの死の寸前にふたたび蛇女の手を止めさせたサーレイは、ロンを見つめるその眼に侮蔑の色をにじませた。
「貴様がカリダを先に狙うことなど自明だ。それでも、貴様がこの私より疾く動けたなら防ぎようはなかったが……結果は、このとおりだ」
「………」
ロンは、受けたダメージを悟られぬようすぐに剣を構えたが、咄嗟に次の手を打つことができない。
はじめから油断など欠片もないつもりだったが、それでも見誤っていた。
サーレイ・レガ・イグニアは、想像していたよりはるかに、強い──。
「過ちも一度は赦す。だが、次また同じことをすれば、その時こそこの娘を殺すぞ」
「……っ」
口惜しげに顔を歪めたまま動けぬロンをみて、サーレイは無情に言い放った。
「さあ、剣を捨てろ、ロン・アルクワーズ」




