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七剣聖の指南役  作者: 黒浪
第三章 勇者の帰還
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第五十八話 対決

 瞬間──広間に満ちたのは、全身に刃を突きつけられたかのような、張りつめた沈黙。

 数秒後、それを破ってロンが口を開いた。


()()()。お前の狙いはこの俺か、サーレイ・レガ・イグニア」

(えっ……)


 アラナには、ふたりの男の言葉のどちらも、上手く理解することができなかった。


(魔族はここで、マキシア騎士団ではなく、先生を待ち受けていた……。そして先生も、そのことを知っていたの……?)

「ほう……」


 サーレイは、余裕を崩さずに椅子から身を乗り出した。


「気づいていたか。いつからだ?」

「はじめから、違和感はあった」


 話しながら、ロンはゆっくりと歩き出す。


イグニア氏族(お前たち)だけでマキシア(この国)を落とせる、と本気で考えているとはさすがに思えなかったし、お前たちがまず真先にこの町を攻めたのも、不可解だった……」


 五年ぶりにまみえる強者──みずからが倒すべき敵へ向かって、真直ぐに。


「だが、この町に着いて、お前の目的がわかった。お前が用意した戦力は、この国と正面からやり合うには到底足りないが、()()()()()()()()には十分だ。お前がアラナを人質に取ったと知って、俺の考えは確信に変わった」


 サーレイの真の目的は、マキシア王国の滅亡などではなく、ロン・アルクワーズの首を取ること──最強の魔王ヴァロウグを倒した元勇者をみずからの手で殺し、己の強さを証明することなのだ。


 すべての魔族の仇敵であるロンの首を祖国へ持ち帰れば、サーレイはたちまち民衆から英雄視され、その荒ぶる熱狂を武器に一気に五大氏族を束ねる長──新たな魔王の座に納まることも夢ではない。


 この馬鹿げた企てはただただ、彼のその邪な野望ひとつのために為されたのだ。


「ふむ。それを知ってなお、ここへやってきたということは、」


 サーレイは、十字架の少女を横目でみながら、冷笑した。


「貴様にはそれほど大事か、この娘が」

「ああ」


 元勇者は、頷いた。


「アラナは……この世界の未来だ。守るために、俺はこの命を懸ける」

「……っ」


 アラナは、泣きながらわずかに口を開いたが、そこから何かの言葉が出てくることはなかった。

 彼女の体には、もはやロンに声をかけるだけの力さえ残されてはいなかった。


「アラナを放せ」


 十字架の真横まで来ると、ロンは足を止めた。

 ただ、もうアラナのことを見てはいなかった。

 憐れな姿の彼女を、これ以上辱めたくなかったからだ。


「お前の思惑どおり俺はここへ来た。人質はもう必要ないだろう」

「……」


 イグニアの若き族長は、両手を組み合わせて宙を仰ぎ、しばし考える素振りをみせたあと、ふたたびロンを見た。

 そして、その端正な顔に酷薄な笑みを浮かべた。


「断る。この娘が人間《貴様ら》の未来だというのなら、是非ともここで殺しておくべきだ」


 いって、蛇女ラミアに向かって目配せすると、すぐさまアラナへの地獄の責めが再開される。


「っきゃぁぁぁああああアアアアアアッ!!!」


 少女の体に残った僅かな命とともに吐き出される、断末魔の悲鳴。

 彼女の死へのカウントダウンは、もはや片手の指で事足りる。


「──ッ!」


 ほぼ同時、ついに怒りを爆発させたロンは、何らの予備動作なく、()()()跳んだ。

 狙いは、はなからサーレイではない。

 床を蹴る音すら置き去りにして腰の剣を抜き、恐ろしい指でアラナを責める蛇女ラミアに肉薄する。

 ロンの全速力に、相手はまったく反応できない。


(消えろ──)


 蛇女ラミアに恐怖の片鱗すら抱かせぬまま、ロンはアラナを責める彼女の腕めがけて剣を一閃させ────、


「おそい」


 嘲りの呟きとともに、両者の間に黄金の影が飛び込んだ。

 ──ガギンッ! 

 ロンの渾身の一撃は、刹那よりはやく眼前に立ち塞がったサーレイの剣に、いとも容易く防がれる。


(──武器召喚!)


 しかし、この瞬間にロンを驚愕させたのは、もちろんそれではない。


「貴様より疾い者など存在しない、とでも思っていたか」


 冷ややかにいって、サーレイがその凄まじい膂力で強引に剣を振り抜くと、ロンは勢いよく後方へ吹っ飛び、石壁に強く叩きつけられた。


「ぐっ……」

「やらせぬさ」


 アラナの死の寸前にふたたび蛇女ラミアの手を止めさせたサーレイは、ロンを見つめるその眼に侮蔑の色をにじませた。


「貴様がカリダを先に狙うことなど自明だ。それでも、貴様がこの私より疾く動けたなら防ぎようはなかったが……結果は、このとおりだ」

「………」

 

 ロンは、受けたダメージを悟られぬようすぐに剣を構えたが、咄嗟に次の手を打つことができない。

 はじめから油断など欠片もないつもりだったが、それでも見誤っていた。

 

 サーレイ・レガ・イグニアは、想像していたよりはるかに、強い──。


「過ちも一度は赦す。だが、次また同じことをすれば、その時こそこの娘を殺すぞ」

「……っ」


 口惜しげに顔を歪めたまま動けぬロンをみて、サーレイは無情に言い放った。


「さあ、()()()()()、ロン・アルクワーズ」


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