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七剣聖の指南役  作者: 黒浪
第三章 勇者の帰還
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第五十六話 気になるんだもん

「シャッシャッシャアッ! やっぱ愉しいなあっ! ホンモノの命の獲り合いってヤツはよおっ!」


 十指のすべてに刃渡り三十センチほどの刃を()()()()()痩身の男は、そのすべてでキヤに斬りかかりながら、奇声をあげる。

 

 鮮やかなグリーンとイエローで染め分けた、トゲトゲの髪。瞳孔の開ききった、ギョロギョロの双眸。耳鼻口に無数に打ち込まれた獣骨のピアス。

 

 四天王バーネロ・デリ・イグニアは、なぜか上半身裸で、肋骨の浮いた貧相な胸を晒しているところがいかにも「戦闘狂」という感じがして、キヤはすっかり閉口してしまう。


「オラオラどうしたあっ! そのご立派な剣は飾りかあ? かかって来いよおっ!」


 しかし、キヤは相手の挑発には乗らず、ひたすら逃げの一手。高速のバックステップで相手の間合いから必死に逃れ続ける。


「まさか、仲間が助けに来んのを待ってんのかあ? シャシャシャッ無理無理ッ! アイツらもすぐに向こうでお陀仏だ。お前と同じようになあっ!」

「……」


 仲間たちの援護など期待してはいないが、たしかにこのままホールで逃げ回っていては彼らの気を散らしてしまうかもしれない──。


 そう考えたキヤは、まもなく開いたままだったドアから城の前庭へと飛び出した。


「だーからっ、逃げんなってっ!」


 バーネロもすぐさま彼女を追ってきて、一分の隙もない猛攻を浴びせ続ける。


(だめだ、このままでは……っ)


 艶やかな黒髪を振り乱してギリギリの回避を続けるキヤは、苦々しげに口を歪めた。


(やはり…………、()()()()()()()()()っ!)


 愛らしい天使の石像に囲まれた大きな噴水のそばにたどり着いた時、キヤは、ついに辛抱できなくなって口を開いた。


「バーネロ、だったか。オマエにひとつ、訊きたいことがある」

「んーっ? なんだあっ? お前を見逃す条件が知りてえってんなら、そんなもんねえぞおっ!」


 バーネロは、夏休み初日の子供のような満点の笑顔で、快活に答える。

 

「いや、そうじゃない」


 キヤは、噴水の周囲を逃げ回りながら、男の恐ろしい両手に目をやった。


「ワタシが知りたいのは……、オマエが普段、()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということだ」

「…………。ん?」


 バーネロは、丸い目をぱちくりさせると、


「あ、コレか?」


 ふいにその場で立ちどまり、自分の両手をしげしげと見つめた。


「やっぱ、気になるか?」

「ああ。とてもな」


 キヤも足を止めて、大きく頷く。

 それをみて、男はひょいと肩をすくめた。


「そうだな……まあ、どうしても知りてえっていうなら、教えてやるよ」


 そよ風で舞い散る噴水の飛沫(しぶき)で肌を濡らしながら、男は穏やかに語りだす。


「よく見てろ。肉だったらな、こうやって、この刃で皿の上で切ってから……こう刺して……こう食うんだよ」


 両手の刃で皿の肉を器用に切り、それを刃先で刺して口に運ぶ真似をしてみせる。


「野菜とか果物も、だいたいこれでいけるな。麺類だってほら、こうやって刃の背を上手く使えば、ちゃんと切らずに食えるんだぜ?」


 バーネロが旨そうに麺をすする姿をみたキヤは、納得顔で頷いた。


「なるほど、上手いものだな。しかし、スープはそうはいくまい」

「スープな。スープはまあ……こうするしかねえ」


 男は首を曲げて、スープ皿にじかに顔を突っ込んで犬のようにペロペロ舐める真似をしてみせる。

 それを見て、キヤは眉を寄せた。


「それは、すこし難儀だな……。汁物だけでも部下に食べさせてもらうわけにはいかないのか?」

「馬鹿いうな。あいつらだって、上司おれに毎日三食付き合わされたら、たまったもんじゃねえだろ。あいつらにだって家族がいて、生活もあるんだ。ウチ、土日は基本休みにしてるしよ」


 サッパリした顔でいう男を見つめて、キヤは眩しそうに目を細めた。


「そうか……。オマエは、部下想いの良い上司なのだな」

「ばっ!? そっ、そんなんじゃねえよ! こんくらいフツーだ、フツー!」


 バーネロが焦ったような顔でわめくと、人造人間ホムンクルスの少女はふいに寂しげに視線を落とした。


「それが普通か。では、やはりワタシのいた研究所ところは普通ではなかった、ということだな……」

「……?」


 男が怪訝な顔をすると、少女はまた顔をあげ、今度はやや躊躇いがちに口を開いた。


「じつは、もうひとつ、訊きたいことがあるのだが……」

「あんだよ?」

「その、トイレは、どうしてるんだ?」

「あー、それはなあ──」


 それからしばらくの間、ふたりは小鳥たちが時どき水を飲みにくる噴水のそばで、奇妙にのどかな会話を続けた。

 そして、数分後──。


「そうか、わかった。疑問はすべて解消した。礼を言う」


 キヤが姿勢を正して頭を下げると、バーネロはニヤリと笑って腕を大きく広げた。


「へっ、やっとかよ! んじゃ、そろそろ続きをやろうぜっ!」

「ああ……だが、あと少しだけ待ってくれ」


 少女はいうと、いきなりその場でセクシーなメイド服を脱ぎはじめた。

 

「っ!? なっ、何してやがんだっ!」

「見てわからないか? 服を脱いでいる」

「いや馬鹿かっ! なんで服を脱いでんだって訊いてんだっ! 言っとくが、この俺に色仕掛けなんか通用しねえぞっ!」

「そんなことは考えていない」


 上をすべて脱いだあと、少女は迷わず下も脱いでゆく。


「イグニア四天王、バーネロ・デリ・イグニア。オマエは、強い。この服を傷つけずにお前を倒すことは困難だ。だから脱ぐ」

「はあっ!? 意味がわかんねえっ!」


 黒いレースのショーツまで下ろしながら、少女はどこか誇らしげに呟く。


「この服はな、マスターがはじめてワタシに与えてくれたモノで、とても大事な品なんだ……。だから、間違っても傷などつけるわけにはいかない」

「っ!? ……お前がずっと逃げてばっかだったのは、そのせいかよ」

「そうだ」


 ついに全裸になったキヤは、脱いだ服をきちんと畳んで、靴と一緒に噴水のそばのベンチに並べて置いた。


「これで、よし……。待たせたな。さあやろう」


 一糸纏わぬ姿を恥ずかしげもなく晒しながら、キヤは鞘に納めた一本の刀のみを手にして、男を見つめる。


「…………」


 バーネロは、その黒眼に清冽せいれつな覚悟を宿した少女をしばらくじっと見つめたあと、口を開いた。


「俺からもひとつ、訊いていいか?」

「なんだ」

「お前のいうマスターってのは、ロン・アルクワーズのことか?」

「そうだ」

「あいつは、そんなにイイ男なのか? お前にそうまでさせるくらいに」

「……」


 すこし考える素振りをしたあと、少女は答えた。


「世間的にみて、あまりイイ男とはいえないかもしれないな。マスターには定職も財産もなく、容姿もとりたてて優れているとはいえないからな」

「じゃあ、なんで──」


 言いかけた男を遮って、キヤはハッキリといった。


「ただ、これだけはいえる。マスターは、ワタシのすべてだ。そして、ワタシのすべては、マスターのためにある。マスターのためなら、出来ぬことなど何もない」

「…………っ」


 しばし衝撃に固まっていたバーネロは、まもなく、その奇怪な童顔に感情の読めない悪魔染みた笑みを浮かべた。


「そうか、わかった……。あいつはイイ男で、お前はイイ女だ」


 いいつつ、両手の刃を擦り合わせて、耳障りな音を立てる。


「そして俺は……そんなお前をこの手でバラバラに斬り刻んで、その肉をあいつに食わせてやるっ!」

「やってみるがいい。ワタシも、もう逃げはしない」


 落ち着いて答えたキヤは、脚を大きく前後に開いて刀を後ろへ引き──居合の構えをとった。


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