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七剣聖の指南役  作者: 黒浪
第三章 勇者の帰還
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第五十五話 強者たち

 城の一階の大ホール。

 ロンがひとりで階段を駆けあがっていくのを見届けたオリガは、目の前にたつ魔族の男に皮肉っぽい視線を向けた。


「アイツをえらくアッサリ通したじゃねェか。テメェらの仕事は、ここでオレらを止めるコトじゃなかったのかよ?」

「そうではない」


 武人然とした壮年の魔族は、大地の底から響くような、おそろしく低い声で応えた。

 鳶色の鋭い眼。よく日焼けした角ばった顔。身体は四天王の中でも群を抜いて大きく、小柄なトロルほどもある。

 分厚い筋肉のうえにさらに超重量の鎧兜を身に着けた男は、けして落とせぬ鉄壁の城塞を思わせる。


わしらの役目は、ここでお主らを止め、あの男だけを上へいかせること。あの男とサーレイ様との一騎打ちに邪魔が入らぬようにな」

「……チッ」


 オリガは舌打ちして、向こうで他の四天王と対峙している人造人間ホムンクルスの少女に目をやった。


「アイツの言ったとおり、やっぱ罠だったってワケか」

「否定はせぬ。お主らはここでこのまま大人しくしておれ。さすれば、余計な怪我をせずにすむ」

「ハッ! 寝言は寝ていえよ、オッサン。こちとら一騎打ちなんかに付き合う義理はねェ。サッサとテメェらをブッ倒して、上にいるサーレイってクソ野郎を全員で袋叩きしてやンよッ!」


 オリガが威勢よくいうと、男はしばし困惑気味に目を細めた。


「……獣人の娘よ。お主はまさか、この儂と戦って勝つつもりでいるのか?」

「たりめーだッ! テメェみてェな見かけ倒しのデクの坊に、このオレが負けるはずがねェ」

「なんと、救いがたき蛮勇。かつてお主ら獣人はみな、儂ら魔族の奴隷であったことを知らぬのか?」

「知ってンよッ! その後、反乱を起こした獣人オレらがテメェらをボコした歴史もなッ!」

「たしかに……当時の魔族は獣人の数の力に敗れはしたが、個の実力ではいまも儂らはお主らの遥か上にいる」

「へェ……ンじゃいまココで確かめてみよーぜ?」

「むう……仕方あるまい。弱き者を斬るのは性に合わんが」


 男は苦い顔でいいつつ、背負っていた巨大な槍斧ハルバードを手にして、身構えた。

 全身の筋肉に力と熱が充満し、おそろしく高密度の赤い闘気がゆらめきたつ。


「獣人の娘よ。死合う前に名を聞いておこう」

「オリガ・ロロだ。よォく覚えとけ。いずれこの世界の覇者となる女の名だからなッ!」

「……そうか。儂は、ドロガ・ゼグ・イグニアだ」

「ハッ、ザコの名前なんか興味ねェよッ! ホラ、サッサとかかって来いや」

「この儂を、雑魚と呼ぶか。その浅慮、驕慢……やはり救いがたい」

「ゴチャゴチャうっせェなッ! 来ねェならコッチからいくぞッ、オラァアアッ!」


 叫ぶなり、オリガは全力で跳躍。

 空中で剣を大きく振りかぶり、正面から相手に叩きつけた──。






「……ふう」


 四天王のひとり、ヴィオ・レガ・イグニアは、ドロガと獣人の少女の戦闘がはじまったのを横目でみると、物憂げに息を吐いた。

 年齢は、二十代半ば。四天王ではもっとも若輩のこの青年は、族長サーレイの実兄でもある。

 弟より色素の薄い金髪を丁寧に撫でつけ、洗練された意匠の甲冑を身につけたヴィオは、腰の剣の柄に片手をおき、紳士然とした態度で佇んでいる。

 

「我々も、そろそろはじめましょう──と、言いたいところですが、その前にひとつ、よろしいですか?」


 青年は、眼前にたつカイリを見つめて、はっきりと侮蔑を含む声音で問う。


「我々と同じ魔族である貴女が、どうして人間の側につくのですか?」


 すると。


「黙れ凡骨」


 カイリは、普段の卑屈すぎる彼女からは想像もつかない、傲岸不遜な態度で吐き棄てる。

 片手を腰にあてて豊かな胸を張り、細い顎をくいとあげて、地を這う虫でも見るような眼で、完全に相手を見下している。


 けして、虚勢を張っているわけでも、恐怖のあまり錯乱したわけでもなく、これが彼女の本来の姿。

 同族を相手にしている時の平常運転である。


「貴様ごとき蚊虻ぶんぼうに対等な口をきかれるのは我慢がならん。いますぐその場で膝をつき、我に慈悲を請え。さすれば、その命だけは助けてやる」

「……っ」

 

 予想外すぎる返答に一瞬戸惑ったヴィオはしかし、すぐに余裕を取り戻して、苦笑する。


「ゼーラ氏族とお見受けしましたが、随分と不躾な物言いですね……。私は、ヴィオ・レガ・イグニア。族長サーレイは、私の血を分けた弟です。貴女こそ、己の立場を弁えたほうがいい」

「ふっ、弟より劣る兄か」


 カイリは口を歪めて嘲笑する。


「生来の器量の差は仕方なしとしても、己が誇りを捨てて実弟の配下に甘んじるとは……野卑滑稽やひこっけいも極まれりだな」

「……否定はしませんよ」


 ヴィオは、笑みを崩さずにいった。


「私は、自分が魔王となる器ではないことを自覚しています。だからこそ、その大望を弟に託した。しかし……」


 いいつつ、優雅な身のこなしで細身の長剣を腰の鞘から引き抜く。


「こと剣の才については、弟に劣りはしません。何を隠そう、イグニア最強と謳われるサーレイに剣を教えたのは、この私。そして、現在でも彼の稽古の相手を務められるのは、この私をおいて他にいないのです」

「ほう。つまり、貴様もイグニア最強の剣の使い手だと申すか……面白い。すこしは愉しめるかもしれん。いまここで我が飢えを多少なりとも癒すことが出来れば、いずれ手駒に加えることを考えてやらんでもないぞ」


 にわかに機嫌をよくしたカイリは、冗談のようなサイズの大剣で石の床をコン、コン、と軽く叩いてみせた。


「……あくまで、私の上にいるつもりですか。仕方ありません。色々とお聞きしたいことはありますが、まずは貴女のその高慢を打ち砕いて、床に這いつくばらせるのが先のようだ」

「よし、その度胸は買ってやる。不敬も、いまは赦す」


 いいつつ、身構えもせず片手で手招きしてみせる。


「来い。我が刃をその身に受けられることを生涯の誉れとなせよ?」

「くっ……! 貴女は、どこまでもっ!」


 ついに堪忍袋の緒が切れたか、それまでの余裕を失ったヴィオは、その端正な顔を怒りに歪めながら、カイリに斬りかかった。


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