第五十五話 強者たち
城の一階の大ホール。
ロンがひとりで階段を駆けあがっていくのを見届けたオリガは、目の前にたつ魔族の男に皮肉っぽい視線を向けた。
「アイツをえらくアッサリ通したじゃねェか。テメェらの仕事は、ここでオレらを止めるコトじゃなかったのかよ?」
「そうではない」
武人然とした壮年の魔族は、大地の底から響くような、おそろしく低い声で応えた。
鳶色の鋭い眼。よく日焼けした角ばった顔。身体は四天王の中でも群を抜いて大きく、小柄なトロルほどもある。
分厚い筋肉のうえにさらに超重量の鎧兜を身に着けた男は、けして落とせぬ鉄壁の城塞を思わせる。
「儂らの役目は、ここでお主らを止め、あの男だけを上へいかせること。あの男とサーレイ様との一騎打ちに邪魔が入らぬようにな」
「……チッ」
オリガは舌打ちして、向こうで他の四天王と対峙している人造人間の少女に目をやった。
「アイツの言ったとおり、やっぱ罠だったってワケか」
「否定はせぬ。お主らはここでこのまま大人しくしておれ。さすれば、余計な怪我をせずにすむ」
「ハッ! 寝言は寝ていえよ、オッサン。こちとら一騎打ちなんかに付き合う義理はねェ。サッサとテメェらをブッ倒して、上にいるサーレイってクソ野郎を全員で袋叩きしてやンよッ!」
オリガが威勢よくいうと、男はしばし困惑気味に目を細めた。
「……獣人の娘よ。お主はまさか、この儂と戦って勝つつもりでいるのか?」
「たりめーだッ! テメェみてェな見かけ倒しのデクの坊に、このオレが負けるはずがねェ」
「なんと、救いがたき蛮勇。かつてお主ら獣人はみな、儂ら魔族の奴隷であったことを知らぬのか?」
「知ってンよッ! その後、反乱を起こした獣人がテメェらをボコした歴史もなッ!」
「たしかに……当時の魔族は獣人の数の力に敗れはしたが、個の実力ではいまも儂らはお主らの遥か上にいる」
「へェ……ンじゃいまココで確かめてみよーぜ?」
「むう……仕方あるまい。弱き者を斬るのは性に合わんが」
男は苦い顔でいいつつ、背負っていた巨大な槍斧を手にして、身構えた。
全身の筋肉に力と熱が充満し、おそろしく高密度の赤い闘気がゆらめきたつ。
「獣人の娘よ。死合う前に名を聞いておこう」
「オリガ・ロロだ。よォく覚えとけ。いずれこの世界の覇者となる女の名だからなッ!」
「……そうか。儂は、ドロガ・ゼグ・イグニアだ」
「ハッ、ザコの名前なんか興味ねェよッ! ホラ、サッサとかかって来いや」
「この儂を、雑魚と呼ぶか。その浅慮、驕慢……やはり救いがたい」
「ゴチャゴチャうっせェなッ! 来ねェならコッチからいくぞッ、オラァアアッ!」
叫ぶなり、オリガは全力で跳躍。
空中で剣を大きく振りかぶり、正面から相手に叩きつけた──。
「……ふう」
四天王のひとり、ヴィオ・レガ・イグニアは、ドロガと獣人の少女の戦闘がはじまったのを横目でみると、物憂げに息を吐いた。
年齢は、二十代半ば。四天王ではもっとも若輩のこの青年は、族長サーレイの実兄でもある。
弟より色素の薄い金髪を丁寧に撫でつけ、洗練された意匠の甲冑を身につけたヴィオは、腰の剣の柄に片手をおき、紳士然とした態度で佇んでいる。
「我々も、そろそろはじめましょう──と、言いたいところですが、その前にひとつ、よろしいですか?」
青年は、眼前にたつカイリを見つめて、はっきりと侮蔑を含む声音で問う。
「我々と同じ魔族である貴女が、どうして人間の側につくのですか?」
すると。
「黙れ凡骨」
カイリは、普段の卑屈すぎる彼女からは想像もつかない、傲岸不遜な態度で吐き棄てる。
片手を腰にあてて豊かな胸を張り、細い顎をくいとあげて、地を這う虫でも見るような眼で、完全に相手を見下している。
けして、虚勢を張っているわけでも、恐怖のあまり錯乱したわけでもなく、これが彼女の本来の姿。
同族を相手にしている時の平常運転である。
「貴様ごとき蚊虻に対等な口をきかれるのは我慢がならん。いますぐその場で膝をつき、我に慈悲を請え。さすれば、その命だけは助けてやる」
「……っ」
予想外すぎる返答に一瞬戸惑ったヴィオはしかし、すぐに余裕を取り戻して、苦笑する。
「ゼーラ氏族とお見受けしましたが、随分と不躾な物言いですね……。私は、ヴィオ・レガ・イグニア。族長サーレイは、私の血を分けた弟です。貴女こそ、己の立場を弁えたほうがいい」
「ふっ、弟より劣る兄か」
カイリは口を歪めて嘲笑する。
「生来の器量の差は仕方なしとしても、己が誇りを捨てて実弟の配下に甘んじるとは……野卑滑稽も極まれりだな」
「……否定はしませんよ」
ヴィオは、笑みを崩さずにいった。
「私は、自分が魔王となる器ではないことを自覚しています。だからこそ、その大望を弟に託した。しかし……」
いいつつ、優雅な身のこなしで細身の長剣を腰の鞘から引き抜く。
「こと剣の才については、弟に劣りはしません。何を隠そう、イグニア最強と謳われるサーレイに剣を教えたのは、この私。そして、現在でも彼の稽古の相手を務められるのは、この私をおいて他にいないのです」
「ほう。つまり、貴様もイグニア最強の剣の使い手だと申すか……面白い。すこしは愉しめるかもしれん。いまここで我が飢えを多少なりとも癒すことが出来れば、いずれ手駒に加えることを考えてやらんでもないぞ」
にわかに機嫌をよくしたカイリは、冗談のようなサイズの大剣で石の床をコン、コン、と軽く叩いてみせた。
「……あくまで、私の上にいるつもりですか。仕方ありません。色々とお聞きしたいことはありますが、まずは貴女のその高慢を打ち砕いて、床に這いつくばらせるのが先のようだ」
「よし、その度胸は買ってやる。不敬も、いまは赦す」
いいつつ、身構えもせず片手で手招きしてみせる。
「来い。我が刃をその身に受けられることを生涯の誉れとなせよ?」
「くっ……! 貴女は、どこまでもっ!」
ついに堪忍袋の緒が切れたか、それまでの余裕を失ったヴィオは、その端正な顔を怒りに歪めながら、カイリに斬りかかった。




