第四十三話 勇者の剣は今いずこ
ロンがほとんど悲鳴に近い声をあげた時──、
「やめろォォォオオッ!!!」
最後のソレだけは阻止せん、とオリガがたまらずドアを蹴り開け、部屋に飛び込んだ。
「テメェら、いい加減にッ────、にぃぃぃい!?」
しかし──、オリガがそこで目にしたのは、彼女の淫らな想像とはまるで違い、明るい窓際のテーブルで向かい合い、熱心にボードゲームに興じるロンとイルマの姿。
「でゅ、十二騎城、だと……ッ!」
二人が美しい象牙の駒を並べている六角形の盤を見つめて、オリガは言葉を失う。
十二騎城……それぞれ能力の異なる十二人の騎士(駒)を駆使して互いの城を攻め合う対戦型のボードゲームで、この大陸では千年以上の歴史を持つ。
ルールを覚えるのは簡単だがとても戦略的で奥が深く、現代でも種族、老若男女を問わず人気のゲームである。
「で、でも……ジュッポジュッポ、ってすげェヤラシイ音させてた──」
納得できないオリガは、その直後、イルマが左手にバナナ形の大きな棒付きキャンディーを握っていることに気づいて、唖然とする。
「あ、アメを舐めてただけ、だとッ……!」
「そうですが……ナニと勘違いしたのですか?」
眉を寄せたイルマは、愛らしい舌を出してキャンディーの丸い先端をチロチロと舐めてみせる。
「……まっ、紛らわしいコトしてンじゃねェッ! この絶壁デカ尻眼鏡ッ!」
オリガが勝手に逆上して暴言を吐くと、イルマもピキッとこめかみを引きつらせた。
そして、
「我が僕たちよ、ここへ」
即座に、二体の軽装黒魔機人をこの場に召喚する。
「今は真剣勝負の最中。彼女たちは邪魔です。排除しなさい」
主の命令を受けた黒魔機人たちはただちに、俊敏に動き、すぐさまオリガと、まだ部屋の外にいるキヤとウィナを捕らえた。
「な、なンだテメェッ! は、はなせっ、コラッ!」
「待て! ワタシは邪魔などしていな──うわっ」
「あー、つかまっちゃったー♪ どこ連れていかれるのかなー?」
黒魔機人たちは、三人の少女を軽々と肩に抱えて通路を疾走していき、あっという間にいずこかへと姿を消す。
「……さ、勝負の続きを。といっても、あとは貴方が敗北を宣言するだけですが」
テーブルの向こうですまし顔でいうイルマをみて、ロンは長々とため息をついた。
「イルマ……、いつまでこんなことを続けるつもりだ?」
「こんなこと、とは?」
「とぼけるな。君はいつになったら剣の鍛錬をはじめるんだ、と聞いている」
ロンの厳しい視線を、魔女はさらりと受け流す。
「この十二騎城で貴方が私に勝ったら、といったはずです」
「それは、正直無理だ。君は強すぎる。俺は、たぶん死ぬまで君に勝てない。それはわかる」
「諦めてはいけません。いつかそのような奇跡が起きる可能性も、ゼロではありませんよ」
「イルマ……これは真面目な話だ。俺は、君を《剣聖》にするためにここにいる。だが、君にその気がなければどうにもならない」
「その気はありますよ」
いうと、イルマはおもむろに立ちあがり、テーブルに身を乗り出した。
「私は、いずれ《剣聖》になります。そして、そのためにここでやるべきことは、ただひとつ。貴方の剣を視ることです。くだらぬ鍛錬などせずとも、全力を出した貴方の剣技をただこの眼で視るだけで、私はその技の理を全て解し、己の物とすることができます。それが、ルーンダムドでも至高の天才といわれたこの私の異能、唯一無二の能力なのです。……この話をするのもこれで二度目ですよ」
「…………」
表情を硬くしたまま何も答えぬロンを見下ろして、少女はその冷眼を細めた。
「ですが、何故か貴方はそれを許可してはくれません。何度頼んでも、私の挑戦を受けてはくれない。理由を聞いても、それすら教えてくれない」
「イルマ……」
「本気で私を強くするつもりがあるのなら、貴方の──伝説の勇者の剣を見せてください。私が望むのは、それだけです」
ピシャリというと、魔女はくるりと背を向け、そのまま足早に部屋を出て行ってしまった。
「…………勇者の剣、か」
またため息をついたロンは、テーブルの盤上、自軍の仲間を全員倒され、ただ独り残った哀れな聖剣士をじっと見つめ、
「そんなものはもう、どこにもないんだよ、イルマ……」
ぽつりと、自嘲気味に呟いた。




