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七剣聖の指南役  作者: 黒浪
第二章 ふぞろいな日常
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第三十五話 偉大な勇者

 同時刻。


「よいしょ、っと……」


 城の裏手にひとりで荷車を運んだカイリは、そこにある食料庫の扉を開けて、大量の食料を運び込みはじめた。


「はぁ……。買い物、一緒にしたかったなぁ……」

 

 沈んだ声でボヤきつつも手際よく半分ほど運び終えたところで、


「手伝うわ」


 ふいに、背後から親しげに声を掛けられた。


「っ!」


 慌てて振り向くと、今ではもう見慣れた鎧姿の女騎士が、ひとり。


「アラナさんっ……」


 カイリはいつものようにすぐに気後れして、背中を丸めながら視線を泳がせる。


「手伝うだなんて、そんな……これは、わたしの仕事ですから……」

「気にしないで。わたし、いま暇だから。それにほら、ちょっとした筋トレにもなるし」


 明るく微笑みながらリンゴの詰まった大きな木箱を持ち上げてみせるアラナをみて、カイリはおずおずと頷いた。


「そ、それでは、お言葉に甘えさせて、いただきます……」


 それから数分ですべての食料を運び終えると、カイリは、アラナの前で深々と頭を下げた。


「とても……本当に、助かりました。この御恩は、いつか必ず……」


 思いつめた表情で、いまにも土下座しそうな勢いでいう魔族の少女をみて、アラナは苦笑する。


「大袈裟よ。このくらい何でもないわ。わたしたち、仲間でしょ?」

「なかま……?」


 相手の何気ないひと言に胸を衝かれたカイリはしかし、アラナの次の言葉でさっと表情を変えた。


「それにしても……、あなたひとりに力仕事を押し付けて自分はどこかへいってしまうなんて、やっぱり酷いひとだわ」


 怒った顔で城を見上げるアラナをみて、カイリは珍しく語気を強めた。


「ちっ、ちがいます! この仕事はわたしがひとりでやる、と自分から先生に言ったんです!」

「え、そうなの?」

「はい……。町で先生にご迷惑をおかけしてしまったので、せめてこれくらいは、と──」


 それから、カイリがネドの町であった出来事を手短に説明すると、アラナはすぐに怪訝な顔をした。


「試飲したジュースに、お酒が……?」


 カイリもすぐに、気まずそうに視線を落とす。


「それはたぶん、先生のついた()()だと、思います……」

「ええ……わたしもそう思うわ」

「本当は、あの時、わたしは悪い人達にクスリで眠らされて、何かの事件に巻き込まれたのだと思います。そして先生は、わたしが眠っているうちに事件を解決して、何事もなかったかのように振舞ってくれたのです……。たぶん、本当のことを言ったらわたしが傷つくと考えたのでしょう……」

「……」

「こんな、救いようもないほど愚かなわたしを、先生は危険を顧みず当然のように助けてくれました。そして、そのことでわたしに恩を着せようなどとは少しも考えていない……。先生は、とても……とても優しいひとです……。酷いひとなんかじゃありません」

「…………」


 返す言葉がなく視線を逸らせたアラナをみて、カイリはふたたび口を開いた。


「アラナさんは、先生のことが嫌いなのですか?」

「えっ。……いえ、嫌いというわけじゃないけど。ただ、ちょっと無責任でだらしないひとだとは、思うわ」

「そうですか。そうですよね……」


 カイリは、深く頷きながらいった。


「たしかに、先生はいい歳して定職にも就かず、甲斐性なしで、怠惰で、いつも腑抜けたアホ面をさらしてヘラヘラしてて…………カッコイイところなんてひとつもない、ダメなオトナの見本みたいに思われても仕方がありません」

「え、いや、わたしはそこまでは──」

「いいんです。それは、いいんです。先生には勇者の威厳も風格も全くなく、ちっともモテないだろうに性欲だけは人一倍あって、時どき、本当にキモチ悪くて……。まさに、この社会の最底辺と罵るべきクズ、生ゴミ、ウジ虫……。たまに、あのニヤけ面を思いきりぶん殴って腐りきった性根を叩き直してやろう、と……そんな衝動にかられても仕方のないことです」

「いやっ、だから、わたしはそこまではっ──」

「いえっ、いいんです! それはいいんです! 自分に正直になってください!」


 相手の妙な迫力に圧されて、アラナは言葉を失う。


「ただ、ここではそんなダメダメなゴミクズ人間のように思われても仕方のない先生ですが……、あの方には、べつの一面もあるのです」


 いって、カイリは、しばし迷うような素振りをみせた。


「べつの一面って……?」

 

 アラナが促すと、まもなく、カイリは意を決したような顔でふたたび口を開いた。


「アラナさん。すこし個人的な話をしてもいいですか?」

「え、ええ」


 アラナが頷くと、カイリはすぐに、驚くべきことを口にした。


「五年前の戦争で、わたしは……いいえ、アンヴァドールの魔族は皆、()()()()()()()()()()()()()()

「えっ……」


 カイリは、遠い目で北の方角を眺めながら、言葉を続けた。


「アラナさんもご存じとは思いますが、あの当時、魔王ヴァロウグが先生に倒されると、魔王軍は総崩れとなってアンヴァドールはまもなく降伏、戦争は終結しました」

「ええ、そうね」

「ですが……、一部の人間の国々は、それでは収まらなかったのです。彼らは復讐のため、そして、もう二度と同じ悲劇を繰り返さぬため、アンヴァドールを……わたしたち魔族を滅亡させることを企てたのです」

「うそっ、そんな……!」


 アラナは、衝撃の事実に目を見開いた。

 それを見て、カイリは納得顔で頷く。


「やはり、ご存じなかったのですね……。マキシア王国はその企てに加わらなかったと聞いていますから、そうだと思いました」

「そんな恐ろしいことがあったなんて。でも……?」

「ええ。その企ては、あっけなく失敗したのです。あの時、アンヴァドールにはもう戦う力は残されていませんでしたから、人間たちがその気になれば魔族わたしたちを根絶やしにすることも容易だったのですが……」


 カイリは、次第に表情を険しくしつつも淡々と話し続けた。


「大軍を率いてアンヴァドールに攻め込んだ人間たちは、手始めにわたしたちゼーラ氏族を狙いました……。あの日、わたしたちは女子供までが武器をとって、岩だらけの荒野で敵と対峙しましたが、両軍の戦力差は圧倒的で、夜までにわたしたちが全滅することは確実でした……。慣れない剣を握った母が、泣きじゃくるわたしを抱いて、最後まで一緒だといってくれたのを覚えています……」

「なんてこと……っ」


 アラナは、湧きおこる怒りと羞恥のために、奥歯をきつく噛みしめた。

 

 無情な戦争にも、守るべき法はある。

 魔族とはいえ、兵士でもない女子供まで虐殺するなど言語道断だ。 

 同じ人間として、そのような正義にもとる非道なおこないが為されたことが許せなかった。


「ええ、ですが──」


 カイリはそこでふと、控えめだが誇らしげな笑みをみせた。


「その魔族の絶体絶命の危機に、先生が……勇者ロン・アルクワーズが駆けつけてくれたのです」

「……っ」

「あの当時、いまのわたしたちとほとんど齢も変わらない少年だった先生は、なぜか人間の側ではなく、わたしたち魔族の側に立って、迷わずこう叫びました。『戦争は終わった。まだ殺し足りないという奴がいるなら、この俺が相手になる!』と……」

「あのひとが、そんなことを……」

「はい。わたしは今でもあの時の先生の、正義と信念に満ちた力強い声と、真紅のマントをひるがえす輝かしい背中をはっきりと覚えています……」

「……っ」


 その時アラナは、花色の眼を細めたカイリの頬が、いつの間にか薄く桃色に染まっていることに気づき、驚いた。


(っ!? もしかして、この子は…………)

「人間たちは、魔王を倒した最強の勇者であり、戦争の英雄でもある先生に恩義を感じ、また、畏怖してもいたのでしょう……。彼らは、そこで先生に刃向かうことはしませんでした。そして結局、ひとりの魔族も殺すことなくアンヴァドールから去っていき、彼らの恐ろしい企ては失敗に終わったのです……」

「失敗して本当によかったと思うわ……。でも、そんな大事なことをなんで誰もわたしに教えてくれなかったのかしら……?」

「人間たちにとっては、その企ての始まりから終わりまで、恥ずべき歴史の汚点でしかないからでしょう」 


 カイリは、彼女にしては珍しく、かすかに嘲りを含んだ声音でいった。


「あの時、先生に助けられなかったら、わたしは……いいえ、アンヴァドールの魔族は誰ひとり、いまこうして生きてはいなかったでしょう……。もちろん、あの戦争でアンヴァドールは先生ひとりに敗北した、といっても過言ではないので、現在でも魔族の多くは勇者ロン・アルクワーズを恨み、憎んでいます……。ですが、少なくともわたしにとっては、先生は命の恩人であり、この世界の誰より尊敬する偉大な勇者なのです」

「……」

「あれほど強くて、気高く、慈愛に満ちたひとは、アンヴァドールにもいはしません。アラナさんには、そのことを知っていて欲しいのです……」


 カイリは、やさしく微笑みながらいった。

 が、その直後、突然はっとしたように目を見開き、慌てた様子で口に手をあてる。


「ああっ、す、すみません! わたし、野蛮で下賎な魔族の分際で、アラナさんにとても偉そうな口をきいてしまって!」

「何いってるの。全然、そんなことないわよ──」

「いえっ、ダメですダメです! ああ、わたしったら、もう……!」


 いきなり焦りまくって、抱えた頭をぶんぶん振ったカイリは、いつもの卑屈すぎる態度に戻って、アラナを上目遣いに見つめた。


「あ、あのっ……わたし、まだやらなければいけないことがあるので、申し訳ありませんが、これで失礼いたします!」

「あ、ちょっとっ!」

 

 引き留める暇もあらばこそ、カイリは何度も頭を下げてからくるりと背を向け、どこかへと走り去ってしまった。


「…………」


 色んな意味で置いてけぼりにされたように感じたアラナは、


「偉大な勇者、か。わかってるわよ、わたしだって……」


 妙なさびしさを感じ、そのさびしさの意味もわからぬまま、ひとりとぼとぼと歩き出した。


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