第二十八話 協定
対照的に、イルマは胸の前で白い手を合わせて、嘲笑った。
「ガド商会は、今でこそ合法の広域ギルドという体裁をとっていますが、元をただせば無辜の民の虐殺や略奪で財をなした犯罪者集団。実力さえあればどんな人材でも登用するというギルドの性格から、貴方のような存在でも居心地が良いかもしれませんが……勘違いしてはいけませんよ?」
「……」
「商会の根本にあるものは、何も変わっていない。一度腐りきったものは、永遠にそのままです。清く美しく生まれ変わることなどあり得ない。まっとうな者は商会になどけして近づきません。あそこにいるのはこの世界の落伍者、忌み嫌われ差別されて当然の、愚劣で邪悪な者達だけなのですから」
「…………見た目に似合わず、」
低く呟いたエロウラの全身から、ふいに、禍々しい黒紅色の闘気が立ち昇る。
「なかなか可愛くないこと言うわね」
「おや、気に障りましたか?」
余裕たっぷりにいうイルマは、
「でも事実で、──ッ!?」
直後、己の首筋に短剣の緩く湾曲する刃が突きつけられていることに気づいて、そのまま硬直した。
(武器召喚!? 自分の周囲以外にも呼び出せるのかっ)
サキュバスの魔力で空中に固定されていた刃がするりと滑り、魔女の白絹の肌から細く鮮血が流れる。
(しかも、この私に攻撃の気配を一切悟らせなかった。この淫魔、想像以上に────強い!)
絶体絶命の魔女を見つめて、エロウラは酷薄な笑みを浮かべる。
「ここでアンタを殺したらちょぉっと面倒なコトになりそうだしぃ……、そうねぇ、全裸で土下座しながらアタシの足を舐めたら、今回は特別に許してあげるわぁ」
「……」
しかし、イルマは微動だにせぬままニィと口の端を吊り上げる。
「私を殺したら、貴方も死にますよ」
「は……?」
思わず眉を寄せた瞬間──、サキュバスの剥きだしの背に黒刃が突きつけられた。
「っ!?」
驚愕したエロウラの背後には、音も無く彼女に近づいた一体の軽装黒魔機人。
前腕を変形させた黒い剣の切先を、いつでもサキュバスの心臓を貫ける位置に固定している。
エロウラは後ろを振り向くことなく、即座に状況を理解した。
(そうかっ。アタシがこの部屋に来る以前に黒魔機人を召喚し、死角となるドアの背後に潜ませていた……!)
(けれど、イルマは黒魔機人への命令となる言葉は一度も口にしていない)
(ということは、彼女は思念だけで黒魔機人を操る能力を持っているか、さもなければ、彼女の黒魔機人は完全自律思考が可能だということ……)
(いずれにしても、そこらの魔女にできる芸当じゃない。コイツ……思った以上に厄介ね)
重苦しく張りつめた空気の中で、やがて、ふたりの少女は同時に息を吐いた。
「アンタ……なかなかやるわねぇ」
「貴方も」
イルマが頷くと、彼女の黒魔機人はさっと剣を下げて、一歩退いた。
「私達が本気でやり合えばおそらくどちらも無事では済まない、ということが確認できました。というわけで、休戦しましょう。互いの思惑がどこにあるにせよ、いま私達がここで争って得られるものなど、何もない」
「そうねぇ。アンタがここでロンちゃんに手を出さないと誓うなら、それでいいわよぉ。……あっ、もちろんカレを殺さないって意味で、アッチのほうはバッチリOKよぉ♡ カレ、スゴくイイモノ持ってるから、アンタも興味津々でしょぉ?」
サキュバスの言葉の意味を理解した瞬間、イルマは目を見開いて頬を染めた。
「ど、どちらにも興味ありませんっ! ……私は、ロン・アルクワーズを殺せ、という命令は受けていませんし、ここで彼を殺す個人的動機もない。ここで生活している間は、彼に危害を加えることはないと約束しましょう」
「そ。じゃいいわ。アタシもロンちゃんを手にかけるのは、もうしばらく待ってあげるぅ」
本気かどうかわからぬ軽薄な口調でいった直後、イルマの首筋に当てられていた短剣が、出現した時と同じように一瞬で、音も無く虚空へと溶け消えた。
「ま、どのみち、アンタとはいつかガチで殺し合うことになるような気がするけど……それまでは、仲良くこのおままごとを愉しみましょ?」
「そうですね……その日が来るまでは」
ふたりがまた同時に微笑むと、一触即発の空気はようやく消えて、イルマはテーブルから魔導書を取り、エロウラは黒魔機人を横目で睨みながら素早く部屋を出ていった。




