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七剣聖の指南役  作者: 黒浪
第二章 ふぞろいな日常
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第二十三話 脱げ

 城から少しはなれた、森の中をはしる獣道。


「あの、その……本当に剣術を教えてくれるのですよね?」


 不自然に距離をとったまま後ろをついてくるアラナを振り返って、ロンは眉を寄せる。


「そうだけど?」

「でも……どうしてこんな、人目に付かない、悲鳴をあげても誰にも聞こえないような場所に来る必要が……?」


 警戒と、かすかな恐怖の色をにじませる少女をみて、ロンは肩をすくめた。


「君に本物の剣を学ばせるには、ここが最適だと思ったからだ」

「ここが……?」

「アラナ。君はこれまで、あの城の中庭のような、よく整地された広大な空間でしか剣を振るったことがないだろう」

「ええ、それは、まあ……」


 当惑する少女をみて、ロンは言葉を続ける。


「だが、実際の戦闘は、たとえばこの森のように、野生の木々が密生していて動きづらく、足場も悪い場所で発生することも多々ある。このような場所で戦う時でも本来の実力が発揮できなければ、身につけた剣は本物とはいえない」

「なるほどっ、たしかに」


 少女は、感心したような顔で大きく頷いた。


(うん。やっぱり、アラナはいいなあ……)


 ロンは、()()()()()()とはちがって、どこまでも素直で純真な美少女を見つめて、やわらかく微笑む。


「納得してもらったところで、さっそくはじめようか。アラナ、まずは()()()()()()()


 ロンが至極真面目にいうと、


「えっ、えぇえっ!?」


 少女は反射的に鎧の胸当てを腕で覆いながら、仰け反った。


「ちょっ、ちょっと待ってくださいっ! なんでそうなるのですかっ!」

「え?」

「たったいま、剣術を教えるといったじゃないですか! わ、わたしはっ、先生と()()()()()()をするつもりなどありませんっ! エロウラやキヤとはちがいますっ! いくらあなたが伝説の勇者だからといって、女がみんな喜んで操を捧げると思ったら大間違いですっ! ああもうっ、感心して損しました! わたしと二人きりになったのは、結局それが目的だったんですね!」


 頬を染めながら喚く少女をみて、ロンは慌てて両手を振る。


「ちがうちがうっ! 勘違いするな! 鎧を脱いでもらうのには、ちゃんとした理由があるんだ」

「……ちゃんとした理由?」


 なおも疑い深そうにいうアラナをみて、ロンは頷く。


「君に《天聖騎士剣術エクエスアーツ》を忘れてもらうためだよ」

「……? よくわかりません。どうして己の剣を忘れる必要が?」

「アラナ、よく聞いてくれ。君が習得した《天聖騎士剣術エクエスアーツ》は、確かに素晴らしい剣術だ。マキシアの長い歴史によって磨き抜かれた剣技は、完璧に洗練されていて、まさに非の打ちどころがない。だが……、その完璧に洗練されている、という部分が致命的な欠点にもなり得るんだ」

「どういうことですか?」

「一対多の長時間に及ぶ戦闘を想定した《天聖騎士剣術エクエスアーツ》は、あらゆる場面でもっとも無駄のない動きを選択し続けることで、連続する技の徹底した省力化と高速化を実現している。しかしそれは、言い換えれば常に教本どおりの()()()()を選択することしかできない、ということでもある」

「……」

「もっとも無駄のない動き──最適解というのは、当然ながら、あらゆる場面で常に一つしかない。そして、()()()()()()()()()()()()()ということが事前にわかっていれば、次の動きを読むことはじつに容易い。……わかるかい? これが、《天聖騎士剣術エクエスアーツ》の、最大にして唯一の欠点。君の剣術は、()()()()()()()()()()()()()()()んだ」

「っ!」


 愕然とする少女を見据えたまま、ロンは言葉を続ける。


「戦う相手がモンスターであれば、この欠点は問題にならない。相手がこちらの動きを読んでくる、なんてことはないからね。だが、相手が自分と同等以上の実力者であった場合、この欠点は致命的となる。《天聖騎士剣術エクエスアーツ》を極めた君は、《天聖騎士剣術エクエスアーツ》を極めたがゆえに敗北することになるんだ」

「だから、わたしに己の剣を捨てろ、と……」

「そうだ。君が《剣聖》になるためには、どうしてもそれが必要なんだ。騎士の鎧を脱ぐことは、そのきっかけづくりだよ」

 

 いまのアラナに必要なモノ──それは、戦闘における思考の柔軟性と独創性だ。

 マキシア騎士の象徴ともいうべき重い鎧を脱げば、型に囚われない自由な発想と動きを身につけられる、とロンは考えたのだ。


「……」


 しばし険しい表情で足元を見つめていたアラナは、やがて、意を決したように顔をあげ、頷いた。


「わかりました。鎧を脱ぎます。ただ……」


 少女はそこでふたたび視線を逸らせて、口ごもる。


「その……下に着ているシャツの生地が、薄くて……」

「あっ、もしかして肌が透けちゃう?」

「いえ、透けることはないのですが、その……胸の、ふ、ふたつ……、浮き出てしまう、というか……」

「あっ」


 少女の言わんとすることを理解したロンは、


「それは心配しないで。ほら、俺はこうしてるから」


 すぐに両眼を閉じて、腕を広げてみせた。


「なるほど。オリガにみせたのと同じ能力を使うのですね」

「そうだ。視覚を失った状態でも、俺は君より強いからね」

「はっきり言いますね……」


 悔しげに呟いたアラナは、ふと、何かを思いついたように眉をあげて、笑った。


「では、こうしませんか? わたしが先生から一本取れたら、先生はわたしのお願いを何でもひとつ聞いてください」

「ああ、いいよ」


 ロンは余裕たっぷりに答える。


「でもそのかわり、俺が一本取ったら、俺の願いをひとつ聞いてもらうからな」

「えっ……」

「そうじゃないと、フェアじゃないだろ?」

「……それはダメ、です」


 アラナは、困ったような顔で上目遣いしながら首を横に振った。


「ダメって、何でだよ?」

「だって、先生は絶対わたしにエッチなお願いをするじゃないですか」

「はぁっ!? そんなことしないよっ!」

「信じられませんっ! わたしは、先生がウィナやオリガに()()()()()()させてるところをこの眼で見てるんですからっ!」

「いやだからあれは誤解だってっ!」


 ロンは、必死に己の潔白を主張する。


「君にエロいお願いなんてしない! というか他の誰かにもしない! 絶対しないから!」

「本当ですか? 胸をちょっと触らせるだけ、とか、チラリと見せるだけ、とかもダメですよ?」

「わかってるって! ちょっとは信用しろよっ!」


 情けない声で訴えるロンをしばらくジト目で睨んでいたアラナは、やがて、ため息をつき、


「わかりました。先生を、信じます」


 いかにも不承不承という調子でいった。


「では、鎧を脱ぐのでもう目を開けてはダメですよ」

「わかった」


 まもなく、白銀の鎧を脱いで、薄いシャツとスパッツのみの姿となったアラナは、己の豊かな胸を見下ろして少し恥ずかしそうにしながら、いった。


「……脱ぎました」

「よし、じゃあいつでも来い。全力でな」


 ロンが片手でひょいひょいと手招きすると、アラナは気を取り直し、ぶわり、と全身に清冽な闘気を纏わせた。

 そのまま腰の剣を引き抜き、


「──いきます」


 呟いて、跳躍。

 森の獣や鳥たちが物珍しそうに見守る中、二人の真剣勝負がはじまった。


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