第二十二話 修行開始
城の中庭。
「よぉーし、全員集まったな。じゃあ、今日からいよいよ、本格的な剣術修行をはじめます」
ロンが目の前で横一列に並んだ少女たちを眺めながらいうと、
「ちょっといいですか?」
イルマが、列の端に立つキヤを睨みながら口を開いた。
「どうして、彼女がここにいるのですか?」
「どうしてって、キヤも君たちと一緒に修行するからだよ」
ロンが当然のようにいうと、キヤも頷く。
「ワタシはすでに強いが、現在よりさらに強くなる必要がある。やがて襲来するであろう敵から己と、マスターを護るためにな。よって、ワタシも今日からマスターに鍛えてもらうことにした」
「それは、納得できかねますね。私達は皆、この方に正当な報酬を支払って剣術指南役を務めてもらっています。貴方だけ無料というのは不当です。道理に合いません」
イルマが意地悪くいうと、キヤは真顔でかぶりを振る。
「ワタシは、マスターに正当な報酬を支払う。このカラダでな」
『っ!?』
とんでもない爆弾発言に、この場にいる全員が驚愕する。
「研究所の蔵書を読み込んで、成人男性を慰安する術は完璧に学習済みだ。ワタシは、この肉体を使ってマスターに究極の快楽を提供する」
「そっ……そんな不道徳で破廉恥なこと許されませんっ! というか、貴方のいた研究所は人造人間にナニを学ばせていたんですかっ!?」
「許されない……?」
キヤは首を傾げながらオリガへと視線を移した。
「しかし昨夜、そこにいる獣人の少女もマスターに同じコトをするつもりだと──」
「わあぁぁああっ!!!」
突如、奇声を叫んだオリガは、素早くキヤに跳びかかって、彼女の口をばっと両手で塞いだ。
「んンんっ!?」
「キヤ、ちょぉっとだけ黙ってろ、な? いま、オレが話つけてやっからよ」
オリガは、当惑するキヤの口を押さえたままイルマのほうを振り向き、媚びへつらうような気弱な笑みをみせる。
「イルマよォ……そんなケチ臭ェコトいうなよ、なァ? 人類皆兄弟。困った時はお互い様だろォ? いいじゃねェか、コイツが一緒でもよォ。べつに減るモンじゃあるめェし、仲良くやろォぜェ……?」
「おおっ、オリガ。お前にしては良いコトいうじゃないか」
わざとらしく感心したロンは、機を逃さずイルマをなだめにかかる。
「まあ、そういうワケだからさ? ちなみに、俺はキヤに金以外のモノで報酬を支払わせようとか、そんなこと考えてないし。な? いいだろ? キヤだけ仲間外れってのも可哀想だしさ?」
しかし、冷酷な魔女はまだ納得しない。
「まあ、百歩譲って報酬の話はいいとしても、キヤさんはそもそも自分の剣だって持っていません。剣も無しに剣術指南を受けるなど、冗談にも──」
丸腰のキヤを睨みながら言いかけた時、ふいに、それまでつまらなそうに自分の髪を弄んでいたエロウラが口を開いた。
「剣なら、アタシがあげてもいいわよぉ」
『っ!?』
全員の視線を集めたサキュバスは、空中にまったり寝そべる姿勢のまま、おもむろに右腕をあげた。
すると──、たちまち虚空より一本の剣が召喚されて、彼女の手にすとんと納まる。
「コレ、いらないからアンタにあげるわぁ」
間延びした声でいったエロウラは、手にした剣をすぐさまキヤに向けて放り投げた。
「っ!」
驚きつつも、飛んでくる剣の柄を正確に掴んだキヤは、その風変りな細身の剣をまじまじと見つめながら、鞘から刃を引き抜く。
それは、全体が緩く湾曲した、薄く細い片刃の剣。
刃の断面構造はよく見ると扁平な五角形で、硬貨のような形の鍔は、その剣の長さに不釣り合いなほど小さい。
ひと目見てわかるのは、耐久性を捨てて切れ味に特化した超攻撃重視の剣である、ということ──。
「カタナ、か」
感嘆の声で呟いたのは、ロンだ。
「これはまた、随分珍しいモノを持っていたものだな」
「カタナ?」
不思議そうな顔をするキヤをみて、ロンは説明を加える。
「千年前に《断海》が生まれるより前、まだ地続きだった東の大陸で造られていた剣だよ。特殊な鍛冶法で製造されていて、現在でもこちらの鍛冶屋は誰ひとりその製法を再現できていない。そんなわけで、この大陸に現存するカタナはもう十本も無いといわれている」
「さすがはロンちゃん……はわぁ……物知りねぇ」
エロウラは、大きな欠伸をしながら、気怠そうにいった。
「ソレ、使えるかと思って手に入れたんだけど、全然ダメだったのよぉ。切れ味はピカイチなんだけど、刃が脆くって下手に扱うとすぐ刃毀れしちゃうし、刃が薄いから横から打たれると簡単に折れちゃうのぉ。三本手に入れたうちの二本はもうダメにして、それが最後の一本。剣を盾としても使うアタシには無用の長物だから、アンタにあげるわぁ」
「……」
キヤは、手にしたカタナとエロウラの顔を交互に見つめる。
「いいのか? さっきもいったがワタシは無一文で代金も支払えないが……」
「タダでいいわよぉ。そのかわりぃ、いつかアタシがピンチになった時にはちゃあんと助けなさいよねぇ」
「……わかった。この恩には必ず報いる」
目を輝かせながらいうキヤをみてロンはひとつ頷き、ふたたびイルマに視線を戻した。
「これで、問題はすべて解決かな?」
「……そのようですね」
イルマは言葉とは裏腹にまだ不満そうな顔で腕を組み、そっぽを向いた。
「よかったなァ、キヤ! これでオメェも一緒に修行できるぜェッ!」
満面の笑みでいったオリガは、次の瞬間、キッと真剣な表情になってキヤに素早く耳打ちをした。
「……なに?」
怪訝な顔をする人造人間に、オリガは相手にしか聴こえぬ声で必死に何かを語り続ける。
「だからァッ、ゴニョゴニョ……で、アレは、ゴニョゴニョ……なンだよ。だから誰にも、ゴニョゴニョ……な? わかったか?」
「……わかった」
やがて、キヤが頷くと、オリガはほっとしたような顔で息を吐いた。
「よぉし……約束だぞ? 約束したからなッ!」
話がまとまったらしいことを見てとると、ロンはあらためてこの場にいる全員の顔を見回した。
「よしっ! じゃあ、今日からはじめる修行の内容を伝える。君たちはちょうど七人で、一週間もちょうど七日だ。だから、これからは各曜日に一人ずつ、俺がマンツーマンで剣を教えることにする。自分の番じゃない日は、自主練をしてくれ」
「先生から剣を学ぶことができるのは、一週間のうち一日だけってことですか」
アラナが不安そうに訊くと、ロンは頷いた。
「そうだ。はっきりいって、君たちはすでに強い。そして、それぞれが使う剣術も多種多様で、これから伸ばすべき個性もまったく違う。今さら全員で仲良く剣の素振りをしたり、基本の型を一から学んだりするのは非効率というか、無意味だ。君たちを今以上に強くするためには、俺が個別に稽古をつけるのが一番だと判断した」
「なるほど……。一日かけて先生から教えてもらったことを残りの六日で自分のモノにしろ、ということですね」
「そういうことだ。他に質問はあるか?」
ロンは、イルマやオリガあたりが不満を口にするかもと覚悟していたが、意外にも、彼女たちはすんなり納得したようで、すまし顔で彼の顔を見返している。
「……よし。じゃあ今日はアラナ、君の番だ。一緒にきてくれ。他の者はここで自主練な」
ロンが言うと、アラナは怪訝な顔をした。
「ここでやらないんですか?」
「他のみんなのためだ。俺がこの場にいたら、みんなどうしたって俺の言葉や動きが気になって、己の鍛錬に集中できないだろう」
「ああ、たしかに」
納得顔のアラナとは対照的に、エロウラがロンに妖しい流し目を送る。
「とかなんとか言っちゃってぇ、どっかでアラナとふたりでイイコトしようとしてるんじゃないのぉ?」
「す、するかぁっ!」
「ねえ、エロウラ。イイコトってナニ? ウィナもせんせぇとイイコトしたい!」
無邪気に笑いながらいうウィナをみて、エロウラは頷く。
「うふっ、イイコトっていうのはぁ──」
「やめろ、バカ! ……ウィナ、イイコトっていうのはもちろん剣の修行だよ。ウィナの番になったら一緒にやろう、な?」
「ハーイッ!」
元気よく答えるエルフ少女に手を振ってみせたあと、ロンははやくも疲れを感じながらアラナとともに中庭を後にした。




