第十九話 オマエのモノ
「っ! ウソだろ……」
ロンは、思わず言葉を失う。
人造人間──それは万物の創造主たる神に背きし、おぞましき禁忌の造物。
今より三百年前、当時のルーンダムドで実用化され、量産されていた人造人間たちが突如反乱を起こし、のちに『ホムンクルス大戦』と呼ばれる史上最大の戦争が勃発。世界は一度滅亡しかけた、という事実は誰もが知っている。
それ故、現在でも人造人間の製造は世界中のあらゆる国で固く禁じられており、その研究に着手しただけで問答無用で死罪となる──はずなのだが。
「まさか、ふたたび実用化されていたとは……」
キヤが嘘をついているようには見えないし、何より彼女が先程みせた人外の膂力も、彼女が人造人間であるとするなら納得できる。
ロンは、眉間に深くシワを刻みながら顎を撫でた。
「君の正体を知ってしまったからにはさすがに放って置けないな。君が造られたという研究所は、どこにあるんだ?」
「言えない」
キヤは無表情のまま、首を横に振った。
「研究所と、ワタシの製造者についての情報は秘匿事項となっていて、守秘義務がかけられている。話したくても話せない。ワタシはそのように行動操作されている」
「なるほど……」
彼女を造ったのは紛れもない悪の組織だ。そのあたりはさすがに抜かりないというわけか。
「じゃあ、質問を変えよう。君が俺のもとへ送られてきた理由は何だ?」
少女は、また首を振った。
「ワタシはここへ送られてきたわけではない。ワタシはみずからの意思でここへやってきた」
「……?」
「ワタシは研究所から逃げ出してきたのだ」
「逃げた? どうして?」
「ワタシは人造人間の試作品であり、失敗作だ。研究所でワタシより完成度の高い個体が完成した時、それまでの試作品同様ワタシも処分されることが決定した。しかし……」
キヤは視線を落として、しばらく言葉を探すような素振りをみせたあと、いった。
「ワタシは、死にたくなかった。だから逃げた」
「なるほど……君にも生存本能があるわけか」
「わからない。だが、そうかもしれない」
少女はすこし不思議そうに、無垢な声音でいった。
やはり、噓をついているようには見えない。
「でも、なんで俺のところへ来ようと思ったんだ?」
「研究所にいた時、オマエの話を耳にしたことがあった。魔王ヴァロウグを単身討伐した伝説の勇者ロン・アルクワーズの話を……。研究所から追手が差し向けられてもオマエのそばにいれば安全だと考えた。最強の勇者なら、きっとこのワタシを守り抜けると」
「ふむ。いきなり闘いを挑んできたのは、俺が噂通りの実力者か確かめるためか」
「そうだ」
キヤは頷いたあと、ロンの顔を真直ぐに見つめて、いった。
「ロン・アルクワーズ。ワタシの主となれ。この要求を受け入れるのなら、只今よりワタシはこの身のすべてをオマエに捧げる」
「この身の、すべて……?」
全裸の少女が口にした言葉に、ロンは思わずゴクリと生唾を呑む。
「そうだ。さあその眼を開けて遠慮せずにワタシの裸体を存分に観賞するがいい。ワタシは相当な美人であるからオマエは間違いなく欲情するだろうが、問題ない。ワタシがこの場でオマエを満足させてやる」
「なっ……!」
「うら若き美貌の乙女とはいえ、人造人間であるワタシに人権などはないから、オマエが劣情にまかせてどのような卑猥な行為に及ぼうと、罪に問われる心配はない。目を覆いたくなるような下劣で不潔で暴力的なプレイでも、ワタシは受け入れる。苦痛には慣れているからな。さあ、ロン・アルクワーズ。ワタシの主になると言え。そうすれば、まだ穢れを知らないこの無垢なカラダは、オマエだけのモノとなる」
「まっ、待て! ちょぉっと待て!」
あまりの急展開に思考が追いつかず、ロンは慌てふためく。
「き、君が困難な状況にあることは、わかった! ウン! 話を聞いてしまった以上、俺としても君を今すぐここから追い払うようなことはしない」
「そうか。では契約成立だな。よし、下を脱げ。さっそく務めを果たす」
「まてぇいっ! だから待てぇぇいっ!」
「なんだ、ここでは嫌だというのか。仕方がない。ではオマエの寝室へ連れていけ。続きはベッドの上だ」
「ちがうっ、そうじゃない! ひとまず俺の話を聞け!」
「……」
少女がやや困惑したような顔でようやく黙り込むと、ロンは深く息を吐いたあと、落ち着いていった。
「いいかい、キヤ。君がここにいたいというなら、いてくれて構わない。今さらあとひとり増えたところで、この生活に大した違いはないしな。でも、だからといって、俺は君にその対価を求めるつもりはないよ」
「対価を、求めない……?」
「ああ。君がここにいる間は、俺が君を守る。でも、そのために君が望まぬ行為をする必要はないんだ」
「何故だ。なぜ、お前は何も求めない。ここへ来るまでに出遭った男達は皆、僅かばかりの食料や金銭と引き換えに、必ずこのカラダを求めてきたというのに……」
「……そういう男も、この世界にはいる。でも、男がみんなそいつらと同じというわけじゃない」
視線を落として恥じるような口調で呟くロンを、キヤはぼんやりと見つめた。
「ロン・アルクワーズ。オマエは──」
これまでとはちがい、人造人間の少女がどこか自信なさげに口を開いた、その時──。
「ヲォォイ、テメェ……」
突如、凄まじい殺気を放つ灰色の影がキヤの背後から迫り、彼女の肩をむんずと掴んだ。
「さっきは、よくもやってくれたなァ……」
「オリガッ!? ま、待て! 落ち着けっ!」
慌ててロンが止める暇もあらばこそ、
「今度はコッチの番だッ、オラァァアアッ!!」
怒りに我を忘れたオリガは、振り向いたキヤの顔面に全体重をのせた渾身の右ストレートを放つ。
ドゴォォオオッ!!!
大地が震撼するほどの衝撃ははしり、キヤは砲弾のように吹っ飛んで空き地の端に生えたカシの幹に激突した。
そのまま、糸の切れた人形のようにドサリと地面に落ちて、ピクリとも動かなくなった少女をみて、
「何やってんだぁあぁっ!?」
頭を抱えたロンの絶叫が、月夜の森に響き渡った。




