02
「あれ、手袋なんかしてたっけ」
手のひらが黒い布に包まれている。
「腕もだ、ズボンも」
手のひらだけでなく目に入る衣服は全て黒く塗られている。地面は土色で空は青いから、目がおかしいわけではなさそうだ。
「いつの間にブラックスーツに着替えた?」
漆黒の闇のような生地の素材はセーターよりもボディースーツに近い薄さだが、まるで何も着ていないように肌がスースーする。優れた涼感素材なのだろうか。
生地の素材を触って感触を確かめる。
「これ、布じゃない。肌の感触だ」
風が吹き抜けた。全身が心地よい。
「あれ、なんかスースーする。これってもしかしてボディペイント?」
どうやら自分は衣服を身につけておらず、全身を黒く塗られた状態で往来に全裸で佇んでいることに気づいた。
「そりゃ、街の人たちも逃げるわ」
彼はその時まだ勘違いしていた。人々は全裸の変質者を見つけて逃げ出したのだと思っていた。
「あわわわわ、何か着るものは」
幸いにして黒塗りされているおかげで自分のデリケートな部分も目立たない姿であった。
咄嗟に無人となった野菜販売店の敷物を引っ張った。生成りの麻らしき織物を肩からマントのように羽織る。
「これからどうしたらいいんだ」
通報されて官吏に捕まるより自分から出頭した方が良いと思ったのだが、警察署がどこにあるのかもわからない。
キョロキョロしても誰もいないし、行くあてもなし。そうして佇んで5分が経とうとした頃、一人の少女が通りの向こうから近づいてきた。
「もし」
「は?」
「お困りのようですね」
何の説明もなされずとも彼女が神官だとわかった。 だって、いかにも神官ぽい服を着ていたから。先ほど蜘蛛の子を散らすように離れていった民衆とも佇まいが違う。それにこんな不審人物に声をかけてくれるのも、宗教的信念のなせる技なのだろう。
「 ここはどこでしょうね? 俺はなぜこんなところに」
なんかファンタジーっぽいなぁとうすうすは思っていた。 先程の民衆はまだ、欧州の農民って感じでもあったんだが、その女性は彼の知るキリスト教の神父や牧師、司祭やシスターの装束とも異なって、パステルカラーっぽいというか、青と水色と白い生地のツートンカラー。 彼の知る限り家庭用ゲーム機のロールプレイングゲームに出てくる神官の衣装だった。鍔の無い背の高い帽子もかぶっている。
「ここはフィミランと言う国で、スタッドと言う町にあなたはいます」
「ご親切にどうも」
聞いたこともない国名だった。
「驚きましたでしょう? 異世界の方」
「!」