29話 VS??? 戦闘開始
とっさに目を閉じて体を丸めると、鉄と鉄のぶつかり合った甲高い音が広場に響いた。何が起きているのか分からないけど、とにかく動かない方が良さそう。
「ふぅ」
「あかりちゃん、怪我ない?」
そっと目を開けると目の前に三又の槍を持ったエヴァンと、慌てて駆け付けたゾーイが心配そうな顔で私の顔を覗き込んでいる。そしてエヴァンの近くには、なんの装飾もされていない全て銀色で出来た三又の槍が地面に刺さっていた。
「たぶん大丈夫」
「良かった……」
ホッと息を吐きながらも怪我はないかと確認するゾーイ。エヴァンが守ってくれたから平気だよと伝えると、ゾーイの目に一瞬で怒りの炎を宿った。こわ……。
「エヴァン、ちょっとその槍貸してくれる?」
「あ、ああ」
怒りに燃えるゾーイにエヴァンが少し驚いている。槍を受け取ると何かに向かって思いっきりぶん投げたけど、遠くでカランと槍の落ちた音がしただけだった。
小さく舌打ちが聞こえたような。気のせいかな?
「あかり、あの姿に見覚えは?」
「ある! 深きものって名前」
エヴァンとゾーイの間から覗き見ると、人の体を持っているけど、頭の部分が魚。皮膚は灰色で、太陽の光に反射した体はつるつるして光っていた。黄色い目は飛び出していて、人のように瞬きをしていない。それだけでもめちゃくちゃ怖いのに、何の感情も見えないからさらに怖い。
怖いけど、あの姿ある動画配信者がやっていたシナリオの敵。深きものならば、対処の仕方は知っている。
「弱点は?」
「ない。とにかく倒す。それだけ!」
「了解」
エヴァンがリー=エンフィールドを構え、2体のうち1体にめがけて撃ち、狙われた奴が回避しようとしてたみたいだけど、当たったのか後ろに倒れていく。
深きものが後ろに倒れた者を見た後、私を睨んでくる。一瞬だけ体が固まったけど、大丈夫。
私目掛けて三又の槍を投げて来たのを、バレーでボールを拾う時のスライディングみたいに避ければ。
何十年ぶりにしたからいろんなところ打っちゃったけど、怪我はいつか治るし平気!
「よくもあかりちゃんに怪我を」
ゆっくり起き上がると、ゾーイがめちゃくちゃ怒ってた。自分から飛び込んで出来た傷なのにまるで深きものがつけたみたいに怒っちゃってる。
ヒールを履いた状態で、ものすごい勢いで深きものに走って近づき、避けようと体を横にしようとする深きものだが、すぐさま体勢を変えたゾーイの足が鳩尾辺りにかかとが当たって吹っ飛んでいった。
怒りのパワーすごい。
その様子をみて、あまりないだろうけどゾーイを怒らせないようにしようと心の中で決めた。
「あかりちゃん、平気? 早く怪我の治療しないと」
「だ、大丈夫」
すりむいた肘と膝に、前自分がスマホで召喚して出した水入りペットボトルをゾーイに渡し、傷口周りの汚れを落として、ガーゼを貼ってもらった。
「すりむいた怪我だけで済んだな」
「それでも怪我は怪我よ」
「ゾーイ、これ自分で作った傷だからそんな怒らないで」
少しだけ怒りが収まらないのか、エヴァンの言葉にも突っかかり、ゾーイを宥めるために私は後ろから抱き着いた。すると上から息を呑む音が聞こえ、勢いよく私の方に振り向いた。
「少しでも痛くなったら教えるのよ?」
「うん」
ゾーイに頭を撫でられながらエヴァンの方を見ると、この状況に慣れたのか目をつぶっている。あれは諦め顔だね、きっと。
「エヴァン、そこで気絶してるのを縛っとく?」
「そうだな。紐か何か出せるか?」
「やってみる」
身動きがとりづらいけど、どうにかしてかばんからスマホを取り出して紐を召喚し、エヴァンに渡すと一匹ずつ縛り上げていくのをただただ見ていた。
「なんとか生き残って良かった」
「ギルドに戻って報告するか」
「うん。ゾーイ、移動するから少しだけ離れてくれる?」
胸に埋もれそうながらもゾーイを見上げ、しぶしぶといった感じでゾーイは離れてくれた。けど、私の横にぴったりとくっ付いている。これは怪我が完全に治るまで引っ付いてそうだな。
エヴァンが気絶した1体を担ぎ上げ、もう1体は自分が深きものの足を持って引きずりながらだけど、運ぶことにした。ギルドに近づいていくにつれ、最初は平気だったけど途中から息が苦しくなってきて、最初は嫌がってたゾーイも息切れを起こしかけてる私を見て、最終的に手伝ってくれた。