21話 急変
「逃げ切ったみたいだな」
「深追いされなくてよかった」
牽制という名の攻撃をエヴァンがしてくれていたおかげで、私たちが襲われることも街に被害が及ぶこともないと思う。このまま街に帰って受付さんに報告かな。
「何か変……」
「何がだ」
「分からないけど、街を出た時とは何かが違う気がする」
街を守る壁が見えて来て、後少しでゆっくり出来るという安心と、いつもとは違うという不安が心の中で渦巻いている。言葉には出来ないけれど、この直感はいつも当たる。
「衛兵がいないな」
「それにすごい静か」
門は閉じていなかったけれど、街から出る時いた2人の衛兵さんたちがいなくなっていた。
「何が遭ったの、これ」
「わからん。とりあえず人を探そう」
異様なほどの静けさに焦慮に囚われる。
ギルドならなにか知っているのかもしれないと2人で向かってはいるが、それまでの道に露店などがあって、あれだけ賑わっていた街からいなくなっていた。人がいきなり消失したと言わんばかりに。
「なにやら騒がしいな」
ギルド前に着くと人が慌しく出入りしている。中に入って行く人のその手には、瓶入りの木箱だった。落とさないようにドアを肩で押さえながら入って行く。
「まずは俺が先に入る」
「うん」
何事かを察してエヴァンが先に入って行く。その後を付いていくように私も後に続いた。
「ああ、貴方たちは無事でしたか!」
「これは、いったい……」
ドアベルが鳴ったことで手伝いをしていた受付さんが近づいてきて、私たちの顔を見て安堵している。
中に入ると、長さの違う杖を持った人が床に横たわっている人たちに向かって何かを呟いていた。魔法というやつかな。よく耳を澄まして聞いてみると、倒れている人たちは支離滅裂な言葉を話している。よく聞き取れば言葉はわからなくもないけれど、意味はないように見える。思いつく言葉をそのまま言っているような感じ。
「襲撃に遭って、街の人たちやその対処をしていた冒険者の方々がいきなり倒れ始めたんです」
「襲撃者はどんな奴だ?」
「分かりません」
いきなり倒れた? ずっと元気にしていた人が倒れたなんて……。それに倒れている人達にしか目がいかなかったけれど、奥では暴れている人がいる。剣をもったまま暴走しているだなんて怖すぎるよ。
「殺してやる!」
「なっ!」
奥で騒いでいた男が羽交い絞めしていた男たちを振りほどき、私たちの方向に勢いよく走ってくる。
「エ、エヴァン!」
受付さんと会話していたエヴァンが私の声に気付き、向かってくる男を腕を取り、近づいてきた男の速度を利用した遠心力で床に叩きつけて、男は気絶した。一瞬過ぎて名前を呼ぶことしか出来なかったけれど、気付いてくれてよかった。心臓が止まってしまいそうなほど、相手の顔が恐ろしかった。
「あ、ありがと……」
「怪我はないようだな」
まだ心臓が激しく鼓動している。痛くなり過ぎで錠剤飲みたくなってきた。心臓病に効くやつ。
それにしても、この状況とさっきの男、ここがクトゥルフ神話TRPGの様な世界だとしたら、これはもしかしたら何かしらが原因でSAN値が減って、皆が倒れたり、狂気に陥ったってことになるよね。足元で倒れている人も、殺人癖でおかしくなっていたとしたら説明がつく。
だけど、どうやって皆を正常に戻せるのかは分からない。
そういえば、私の能力【創作キャラクター召喚】だ。そして、その中に看護師がいる。もしかしたら出来るのかも。試してみたいけれど、ここでは出来ない。
「エヴァン、ちょっと話したいことがあるんだけど、こっち来て」
「……分かった」
受付さんに離れることを伝え、外へとエヴァンを連れていく。ギルドの外に出てから誰もいないことを左右を見て確認し、建物の横にある道に入った。ここなら聞かれることも見られることもないと思う。
「いったいどうしたんだ」
「エヴァンは私の能力知ってるんだっけ?」
知らなかったら説明しながらした方が早いかな。
「知っている」
「え、知ってるの?」
「最初会った時言ったろ。『君自身のことはだいたいは理解している』と」
その時には既に知っていたなんて。もっと詳しく聞きたいけれど、ここは我慢して、召喚しなきゃ。
「じゃあ、私がこれからしようとしていることも分かるね?」
「ああ」
「誰にも見られないようにしてほしいの」
エヴァンが頷くと、体は私の方を向いているけれど、顔は時々大通りの方に向けたりしていた。エヴァンが確認してくれている間に鞄からスマホを取り出し、メモ帳を開いた。充電はエヴァンの弾補充で使って90パーセントになったまま。
召喚に充電をどれくらい使うのか分からない。けれど、ここで使わなかったらいつ使うのかってなる。