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英雄までの物語  作者: ノンプロット
一年期七月下旬〜 反英雄
98/113

九十五話 歪んだ気持ち

ーーーー陽が落ち。

月明かりが弱々しく部屋を照らす。


机に置かれた画用紙に熱心な顔で筆を走らせるのは、ガイユスである。



正午過ぎ、自身の《制言》により自由を奪われたベルデーナ。

彼女は今、半分洗脳されながらガイユスに従い直ぐ右隣へ座っている。


彼に左半身を密着させながら頭を擦り寄せている。

勿論ベルデーナの顔はかなり不機嫌そうだが、ガイユスは彼女と二人きりで過ごせているこの時間に生前と今生を含め人生最大の幸福を感じていた。



今すぐに窓を割って飛び出したい気持ちが思考を埋めているのだが。


自身の思考を上塗りする様にして、

【ガイユスへの服従】【ガイユスと密着】

【魔素の使用禁止】

上記三つが現在進行形で行使されており、それに反した行動を取ろうとすると脳内の痛覚神経に電流が流されとても耐えられない痛みに襲われる。






ガイユスと共にベッドから起きた時より。

ベルデーナは彼の skillが終わる条件をずっと考えていた。

 今の所判明しているのは、【終わる指示】か【終わらない指示】の二種類がある事。


【頭を撫でろ】と言われたら、取り敢えず撫でるだけで終わる。

【従え】と言われた場合、内容が曖昧でいつ終わりかどうか分からず skillが停止しない。



(自分自身でどう思うかでなく、skillを行使するガイユス本人が送ってくる脳内の連想を現実で再現させられる、そんな感覚だ。)

(つまり、半永久的に続かせるつもりで掛けられた指示は消えない…………それは困る。)




悩ましげな顔をするベルデーナへ、言い当てる様に答えを返す。







「ベルデーナ様が思うほど、この力は万能ではありませんよ。」

「ある種の条件を満たせば私から自ずと解除してしまうのです。」


「ーーーーー私がお前を満足させる、とかか?」


「はい、その通りですっ!」

「ですから、諦めて私と共に暮らして下さい。」


「ふん…………無理だな。」






「こんな、相手を力で縛り付けるだけの男なんかとは一緒に暮らせん。」

「絶対に逃げ出してやるからな、ガイユス坊。」


「…………はは、そうですか。」

「ーーーー私の skill、他にも解除の条件があるんです。

ですがそれは貴女だとしても教える訳には行きません、自分で見つけて頂こう。」


「ほう、他にもあるのか。

何だろうか、うーむ……………」







………………………なっ。

口元に半開きの右手を当て悩んでいたら、ガイユスが突然地面に倒れ込む。


四つん這いで胸の中心に両手を当て、瞼を開き切り歯を食いしばっている。

 予想外な行動だったが、その気に乗じて逃げ出す素振りは一度も見せずベルデーナは冷静に彼の左傍へ駆け寄る。


ガイユスは机の左下に何段かある引き出しを力任せに開け、薬らしき粉末を水も無しに急いで喉へ通す。



1分ほどしてやっと壁へ背中を預けられる位に体調を戻す。

ずっと心配の言葉を掛けてくるベルデーナをゆっくり見上げると、何の命令をした訳でも無いのに自ら両腕を背中に回して抱き締めてくる。


まるで子供の無事に心から安堵する母の様で、ガイユスは本当に自分の事を【可愛い子供】と認識している事に悔しさと嬉しさを二つ感じた。









今はもう治まったと伝え、作業を切り上げる。

今起こった事は何かと訊かれ、素直に答える。


生前から心臓に病を抱えており、ガイユスが圧政を敷いていた当時に若くして死した理由はその疾患が元凶だと。

 ベルデーナはそれを聞くや否や涙を薄く目に溜め、彼をベッドへと運び休ませる。



ベルデーナは本来ここまで情に振られる人間では無いのだが、子のいない自分にとって小さい頃から大人になるまでずっと見守り続けたガイユスだけは思う節があった。

 それだけ彼の父ベルバスとは日頃から交流があったのだ。



ガイユスの体温が高いのを確認すると、額に自分の額をくっ付けてお呪いを口にする。







「魔物も病気も倒してくれる。」

「帝がいればもう安心。」


「…………昔あったかも、知れない。

その子守唄………女帝本人の貴女が歌うとは。」


「喋るな、体力を使う。

今は休戦中だし、ここで逃げようとしたり闇討ちしたりなんてつもりも無い、だから休め。」

「下の階から街にでも出て介抱に役立つ物を買ってきてやるから、何とか耐えるんだぞ。」


「はは………………うん……分かった。」







ベルデーナは最後、安心させるつもりで彼の頭を胸に抱き寄せてから部屋を出ていく。

 物心ついた頃に亡くなってしまった母にも、何となくそうして貰っていた気がする。


ガイユスは、自身が彼女に取ったこれまでの行動に対して反省しなければと考え始めていた。


















「大丈夫か?粥だ、口に入るか?」

「ーーーー馬鹿者、全然元気になってないぞ。」


「私が口に運んでやる、飲み込め。」


「……………んっ……む。」

「………何だ、か、母上の様……だ。」


「……………ええっと、そのな。

あー、私も少し前に思い出したんだが。」







「お前の母親は、ガレトロの性を捨てた妹だ。

私が6歳の頃、お前のお爺に当る人に気に入られて許嫁に連れていかれたのだ。」

「偶然ガンデス爺がウグルガ公国から見聞を広げる旅に出ていたらしくてな、気紛れに寄ったガレトロ帝国内で私ではなく妹の方を気に入り引き取ったんだ。」


「当時の私の母も、病弱な妹より長女の私に後継ぎとしての期待を持っていた。

だからその日を境に妹は性も国籍も変更したそうだ。」


「イルメゥ・ウグルガと名を変えたあの子の病弱体質は、お前にも引き継がれたんだな。」





「ーーーーーそう、そうなのですか?

…………本当に。」

「つまり貴女は、私のっ」


「あぁ、母方の伯母だな。」

「どうだ?これで夢も覚めたろう。」


「………………ぅ………あ…………」







急に泣き出す。

それはどうやら嬉しさから来る涙のようで、ベッドの足側に座るベルデーナへ上半身を起こし抱き付く。


それと共に、伯母へ恋をし剰え熱い口吻も交えた事への罪悪感に奇妙な感覚を走らせる。

 しかし今は、幼少から焦がれていた母と同じ血を持つベルデーナへ母性を求める様に泣き付く。



彼女は、親になった事はなくとも自身の甥である彼を大切に思い、愛おしく思う。





未だ優れぬ体調を案じ、くっ付く形で横になる。

妙に余所余所しくなる彼の背中へ擦り寄り、最大限優しい声色で安心させる言葉を呟く。


ガイユスは少年期の頃に戻った顔で、心底安堵し眠りへと就く。

そんな彼の頭に枕代わりで左腕を差し込む。



そうして空いた右腕は彼のお腹へ回し、落ち着かせる手付きで摩りながらゆっくりと目を閉じた。

国を指揮する男とは思えない可愛げのある態度をもし公爵達が見たら驚愕するだろう。




















「ーーーー成る程、つまりバルト王国との国交を望んでいるのですか。

ベルデーナ様も大変なお立場の様だ。」


「ん、そんな事は無いぞ。

生前の頃は日々苦労していたが、今は自分が女帝として働かなくて済む分全然楽だな。」




「だが、甥であるお前という存在を知った以上個人的な感情も働くだろう。」

「だから成る可く政治家として客観的に判断して貰いたい。

どうだ?バルト王国は悪い国ではない、昔から笑ってばかりの太い国王が代を継いでいるのも不思議と憎めないしな。」


「ーーーーそう、ですね。

まぁ、今更断る気は起きませんよ。」

「貴女に、いや。」





「伯母様にお会い出来ただけで、私はもう現界した際取り付けた約束に興味も無くなってしまった。

 ウグルガ公国の最終戦力として毎日を送っているのにも飽きていたのです、そんな中貴女に再会出来ただけでと現界した価値が有ったと言える。」


「そうか?

まぁ、会いたければいつでも国においで。」

「ガレトロ帝国に来る時は手紙でも送ってくれれば良い、当日に国門まで迎えに行こう。」


「……………ベルデーナ様。」







11日。

朝日が差し込み明るい日光に照らされる3階の自室内で、窓辺に座るベルデーナに対して両膝を突き頭を下げる。


先日の非礼を詫び、ガイユスは国内ギルドに冒険者登録する話を受ける。



ベルデーナはそんな彼の前で正座すると、昨日菓子屋で貰ったオレンジ瓶を一本渡す。

そしてクッキーの袋を開封し、一つ口に咥えながらガイユスにもチョコ味らしき物を咥えさせる。


ガイユスが6歳頃、死した母イルメゥに小さい頃構って貰った貴重な記憶を想起する。

それは昼時、父が陶芸創作に勤しむ後ろで卓に座り母と一緒に菓子を食べていた時の記憶。





顔も、声も、髪も、体格も、どれもが母と酷似する双子の姉であるベルデーナに対してガイユスは奇妙な感覚を覚える。


それは真っ当な恋愛感情や家族愛ではなく、歪な恋心と母性への欲求が混ざり合った感情。

 目を閉じ少し笑みを浮かべながら窓際に腰掛け菓子を食べているベルデーナ、その彼女に母親と恋人の二つの姿を重ねてしまう。


ガイユスは初めての感情に戸惑うが、それを言葉に表現する訳に行かず黙々とクッキーを食べる。



中々に美味い、オレンジも少し果汁濃度の薄い系統特有のあっさりとした飲み口で口に優しい。

 ベルデーナはバルト王国の英雄だろう男性と水晶で会話している、そんな姿を見ているだけでも小さな嫉妬心が湧いてくる。










兎角現状はギルドへの登録手続きを優先とし、現在の朝7時時点より1階へ降りる。


食堂で朝食のシーズニングサラダと魚類の出汁を取った貝の汁物を頼む。

 主食は単なるトースト一枚にこれまた普通にバターを塗っただけの物だが、これくらいが寝覚めの胃には丁度良い。


ベルデーナはスライスチーズのトースト2枚、鶏胸肉入りのトマトスープを大盛りで頼み、食後用のショートケーキまで頼んでいた。

 頼みすぎではないかと思ったが、鋭い視線が飛んできたので直ぐにトーストを齧り逃げる。



そんな朝の食卓を目撃した家来の召使や執事、現公爵のアルボスまでもが口を開き切り驚く。

 普段女を侍らせつまらなそうにしているだけの彼が、逆に目の前の女性に対し妙に怯えている。


遅れてそれを見たヘルユスは、先日にギルド前で会った女性がガイユスと対等以上に話している光景を見て目を何度も擦る。

 それは現実であり、要らないと断っているガイユスの口に自分の頼んだ物だろうチーズトーストを一枚突っ込んでいるベルデーナの姿があった。






普通であれば大変な事態になるだろうが、それを嫌々ながらも受け入れて食べ始めるガイユスの照れた顔を見て再び一同が不可解な顔をする。

 ベルデーナは隠れている者達に指差しすると、手前に曲げ来る様に指示する。


静かに音を立てない様にお邪魔すると、厨房で食事を頼み始める。

そんな人々の流れを見ながら淡々と食事を摂る彼女の横姿を見ながら、ガイユスは自身の心境をいつか伝えようと思い至った。



しかしそれは今ではない、とやかく考えず今はご飯を食べる。

自身がゆっくりと食べ進める中次の注文を頼み始める彼女を見てガイユスはある種心配する目線を送るが、睨まれた途端に視線を外す。


そんなやり取りですら、ガイユスには楽しい内容である。

嘗ては角の取れない態度や心を持ち国政を執り行っていた、その人生に喜びは無かった。

 それが、今正に報われていく。


ふと瞼に潤みが滲み、咄嗟に袖で拭く。



ベルデーナはそれを見ずに感じていたが、特に何を言う訳でもなく静かに席を向かいから真横へ移動させる。

その後は彼にくっつく様に体を預けて、右腕へ左腕を組む。

 ガイユスはその意図が理解出来なかったが、建前上恋人という体にしたのだと察する。


そんな彼女へ頭を預け、二人は静かにゆっくりと目を瞑る。

そこにいた部外者達は物音を立てない様に気を付けて席を遠ざけていく。





ガイユスはそれ以外の印象付けも出来たはずなのに何故?と思う。

これは、ベルデーナから彼への贈り物である。


その内スプーンに掬ったスープを口まで運んだり、千切ったフランスパンを仲良く手渡し合って食べたりと仲睦まじいやり取りが行われた。







その日の夜。

彼の創作過程を見ながら翌日にガレトロ帝国へ帰る旨を伝えると、ベルデーナは夜11時の時点でベッドに入り眠った。


それで寂しさを感じる事はなく、いつでも会いに行ける事と渡された連絡水晶で任意の人物に連絡を繋げられる事実に密かに嬉しさを覚え。

 20時頃から始めていた作業を24時に終えると、彼もまたベッドで眠りへ就いた。


二人で背中を合わせる形でくっ付き、人肌を感じながら眠る。



ガイユスはその状態で《制言》を掛け【解除】を行う。

これで彼女を縛る物は、無くなった。

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