九十二話 破壊の兆し
再び、奴が来ます。
10月、5日。
バルト王国にはギルドが二箇所ある。
一つは中央街より外側の西街グリゼ。
もう一つは中央街南街ゼル。
現在この両場所は実質的に松薔薇の拠点として機能しており、別国に点在するギルドに集まる情報を出来る限り収集していた。
最近分かったのは、魔王三人組が精力的にバルト王国との国交(未登録の英雄や反英雄がいればギルド登録)を締結させている様で。
既に北西100kmにあるエングゥ民主国と200km地点のデレル王国にあるギルドから情報連携する趣旨の会話を連絡水晶で受け取った。
※ガイダルには松薔薇の手元に繋がる連絡水晶を渡してあり、即各国の状況を把握可能。
そんなこんなで来たる危機への備えは順調に進んでいる。
ーーーーこれを除いて。
「おっす!」
「っす!」
「ーーーーーいや、何ですかこれ。」
「顔も語尾もダンジョンって、随分不気味なスライムですね。」
「全くもって可愛くありません。
……………………いや、意外と………………?」
ーーーー松薔薇様!
緊急の連絡があります!
一人の人間が二階の最奥にある部屋を訪れる。
人伝いに聞いた情報を松薔薇に伝えに来たのだが、何故か奇妙なスライムを2匹興味深そうに持ち上げている状況に呆けてしまう。
松薔薇は2匹に餌代りの丸薬を一粒ずつ与えて床に下ろす。
ギルドの警備員である彼はその一連をとても不気味に思っていたが、気を持ち直して話を続ける。
「本当とは言い切れないのですが、とても鳥肌の立つ話でして。
伝えておかなければと思い馳せ参じました!」
「えぇ、その内容とは。」
「バルト王国より東方35km地点のキャロ村、及び10km地点のシャリン村を謎の人物が通過したとの連絡です!」
「どうにも大きな体を、その黒の鎧で一切肌が見えない程包み込んでいるとの事。
住民達が奇怪な吐き気や頭痛といった不調を来した為不安を覚え馬車を寄越して来たのです。」
「……………こんな時に、一体誰ですか。
聞いた事もない。」
そう。
ガイダル達はダンジョンの死を松薔薇に伝えていなかった。
もしそんな話を聞けば各国の英雄や反英雄達に連絡を送り即撃退へ動くと予想したからだ。
だがまさかバルト王国に向かうとは、松薔薇も運の尽きだろう。
その人物が現在、2日前から1日25kmの速度で西に上がって来ている。
その足取りは極端に遅い、1秒に30cm進むかどうかの速度。
が、その異様な圧は地面に茂る草を枯らせ続けていると。
なんだ、その人間は?
いや恐らく人ではない。
ならば魔物、呪鎧の様な?
いやそれでもおかしい、魔物に知能があったとしても態と国へ向かってくる個体など聞いた事がない。
何なんだ、それは。
今の時刻は正午12時。
後30分ほどで検問所に到達するらしく、近くを通って来た馬車や旅人は叫び声を上げながら早く国に入れるよう懇願している、と。
それもそうだろう、奇妙だ。
ーーーー残りは、540mくらいですか。
分かりました。
「私が今から向かいます。」
「ここ中央西街ゼルの中間にあるギルドから学院まで400m、そこから中央東街関門までが800m。」
「東検問所までの直線が4kmならば、合わせて5.2km。」
銃を使い秒間20mで260秒、4分と20秒で国の外に出られる。
そしてその間その化け物が移動する距離は78m。
その時点で国まで462mの猶予を残して相手と対峙出来る。
急いでバルト学院にいる永澤に連絡を入れる。
★
「ーーーーーあれですかねっっ」
「どうだろう。
僕は急な話に付いて行けないんだけど。」
「でも松薔薇がここまで焦るなら、かなり危険なんだろ。」
「恐らく、ですが。」
「そもそも永澤、貴方から見て奴をどう思いますか?普通ではないでしょう?」
「まぁ、ダンジョンの奴をもっと危険にしたらあぁなるのかなって感じ。」
「バケモンじゃないですかっ!直ぐに止めます!」
「あぁ、そうだね。
僕も、召還されてからまともに戦えるかと思うと少し楽しみなくらいだ。」
「そんな呑気な顔してないで、もう降りますよ!」
検問所を飛び出て人々の視界に晒される空飛ぶ松薔薇とそれに捕まる永澤。
異常な空気感に人々は後ろを振り返る。
黒い塊の様な何かが少しずつ近づいて来ているのが見える。
絶対に到達させないっ。
謎の存在の真正面に降り立つ。
距離にして10mほど、そしてそれは停止する。
松薔薇は初っ端からthird skill《完全分析》使用。
それにより見えてきた情報は、10秒後に松薔薇の膝を崩れさせる。
なん、なんだ。
知らないぞ、私はこんな奴を知らない。
《名称:ルシフェル/ルシファー》
《種:天使/堕天使》《LV:300》
《系統:重力》《性別:男》
《heaven skill:天界大剣》
《collapse skill:吸魔生》
《Special skill:滅砲》
《Special skill:魔拳》
駄目だ。天使の補正は1.5倍相当。
人間換算で450lv、戦っては駄目っ。
松薔薇は正気に戻り立ち上がる。
永澤は相手が天使である事を伝えられると、一気に《first skill:黒炎》を両手に出す。
それを見たルシファーは初めて足を止める。
その初見と言える黒い熱魔力から感じる豪熱、鎧無しに触れれば致命傷になりかねない。
この二人組、人間の中で強いとされる英雄か。
面白い、軽い腕試しだ。
横幅50cm、全長2m20cmある極大の黒剣を出現させる。
永澤は、嘗ての21世紀に戦ったラファエルやルシエルが振るう異次元の強さを思い出し汗を流しっ放しにする。
あんなのは一人で倒せるはずない、英雄2、3人じゃ足りないまである。
思考を回す永澤へ、一撃が振られる。
動きは鈍重だ。
だが速度の問題じゃない、怖すぎる。
それにあの鎧から大量の魔素が滲み出てる。
普通の防具じゃない、巳浦や松薔薇の持つ【遺物】と同じ特別な装備だ。
永澤は勇気を搾り足元まで踏み込む。
ルシファーはそれを見て左手を突っ込んでくるが、皮一枚ほどで躱し。
黒炎、最大。
Special skill《熱出力》により黒炎の範囲を全開の直径50cmまで拡大させる。
その状態なら直接掌で触らず相手へ高熱を与える事が可能だ。
それにより黒炎がルシファーの外殻に触れる。
ーーーー嘘だ。
僕の黒炎が魔素に相殺されてーーー。
油断だった。
永澤はルシファーの右膝蹴りを顎に喰らい、空中へ30m近く打ち上げられる。
あまりの激突に気を失ってしまう。
そこに対してルシファーはつまらなそうに跳躍し、追撃の左蹴り上げを見舞う。
それにより永澤は30m地点から70m地点まで大きく浮き上がる。
永澤の肉体は、致命的な肋骨の粉砕による激痛と砕かれた顎の痛みの二重苦で動ける様な状態に無かった。
その彼へ、終わりと告げんばかりの大剣投げを行う。
ーーーー横から10発ほどの弾丸が当てられ、軌道を横にずらす。
松薔薇が全身に鳥肌を立てながらも逸る呼吸を無理に抑えて可能な援護をしたのだ。
だとしても、どうにもならない。
(あの永澤が、二撃で落ちた…………?)
(信じられません、そんなの私じゃ無理だッ。)
(涼木ぃーーっ!巳浦ぁぁっ!!)
「誰でもいいんだぁっ!!
私達だけでは無理なんですよォォッ!!」
「なんだ、人間とはこんな物なのか。」
「ーーーーダンジョンは、先の男の数段手強かった。」
「……………………え、ダンジョン。」
「ーーーーー何故、彼の名前がっ?」
「俺がーーーーー殺した。」
「嘘は、程々にして下さいよっ?
彼が、あのダンジョンさんが、死ぬ訳っ」
「このバンダナ。
奴が頭に巻いていた物だ。」
ばさり、と地面に落とされる。
それは間違いなく彼の物であり、ルシファーの発言が本当である事を理解させた。
それを皮切りに、松薔薇は両手を突いて沈む。
ルシファーはそんな松薔薇の横を通り過ぎ、バルト王国へ向かう。
去り際に、ルシファーは呟いた。
ーーーー強者は、何処に。
それを聞いた松薔薇は、瞬く間に今後の凄惨な未来を想像する。
各国の反英雄や英雄達が襲われ、大敗を喫し。
先程も、永澤へ殺すつもりの大剣を投げていた。
奴がいたら未曾有の危機以前に終わるっ。
通り過ぎたルシファーの背中に、1発の弾が撃ち込まれる。
ゆっくりと後方を振り返ると、髪を掻き上げ塗料で固めた松薔薇の姿があった。
彼は、静かに右手の銃を向けながら言う。
次は、俺だ。
それを聞いた一瞬で左手に持つ大剣を雑に背後へ振り回す。
それを見るより先に跳躍していた松薔薇はルシファーと同刻に動き出し、その大剣を踏み台に頭上に跳び兜へ5発弾を撃ち込む。
《Special skill:最速装填》による秒間10発の連続射撃だ。
それによる負傷は………………欠片も無かった。
ルシファーは不可解な現象に首を傾げるが、正面へ飛び越えてきた松薔薇へ声を掛ける。
先程の動きはなんだ?
未来予知に等しい予備動作の速さ。
まるで、
「「俺の思考が分かっているかの様な」」
「………………お前今、俺と同じ事を喋ったか?」
「えぇ、貴方の考えている事は全て分かります。」
「先程撃ち込んだ弾は、Special skill《情報弾》。」
「私のfirst skill、Second skill、thirdskillの要素を全て備えた攻撃です。」
「現時点で貴方の考えている事を先に読み取り、肉体の流れから予測された動作を現実の視界に投影し。」
「なぞる様に躱して攻撃を撃ち込みました。
たったの1発も効いている様子はありませんが。」
「素晴らしい、良き能力だ。
ふむ、ならこれは読み取れるか?」
「ーーーーーな、何をしている、止めろっ!」
「Special skill……………《滅砲》。」
「止めろと言っているんだァァァっ!!」
松薔薇のskillで読んだ思考。
そして肉体から感知した行動。
縦横15m、前方150mを滅却する魔素の激流。
それは自身と後方で俯せに倒れる永澤を纏めて狙っていた。
松薔薇が銃から放つ秒速20m魔力移動を超え秒速30mで迫る死の一線。
辛うじて永澤を抱え離脱した。
なれどその際に巻き込まれた左脚は、
「ーーーーーお前、その体で動けるのか。」
「〜〜〜〜ッッッ!動けますっ動けますッッ!」
「足なんてどうでもいいっ!!
お前を止めるッ!」
「ほう、良い気迫だ。
左膝から下を失ってもまだ啖呵を切るとはな。」
「………………ま、つば、ら。
逃げ、ようよ。」
「絶対に駄目ですっ!!
ここで引いたらバルト王国がっ!」
「………………だよね。
なら、僕の、顎だけ治して。」
「痛くて、喋り、にくい。」
「え?わ、分かりましたっ。」
一旦引いて地面に降りる。
そこで永澤に最大の自然魔力を流し回復を促す。
ルシファーはそれを堂々と待ち続けている。
永澤本人は体内に熱魔力を流し心拍を上げる事で血流を早め怪我を負った部位に血を送り。
松薔薇の自然魔力による自然治癒力の底上げで。
1分ほどで顎と肋を癒着させる。
ルシファーは先日にダンジョンが見せた驚異的な回復力を思い出すが、彼は単騎であれだけの爆発的な治癒力を持っていた。
それに比べれば遅い芸当だと鼻で笑う。
それにより立ち上がり、両腕を左右に開く永澤。
右脚で直立し、左手の銃から魔素を放ち左脚の代わりとしながら眼鏡を右手で掛け直す松薔薇。
二人は覚悟を決めてルシファーに向き直る。
ルシファーもそれに応える様に大剣を再生成して右の足下に突き刺す。
その振動だけで半径10m程の大地を揺らす。
第二回戦、開始。




