八十九話 堕
大分やばいの出ます。
「ーーーーてな訳で、受けてもらえますかね?」
「うーん、用心棒っすか。
まぁ1日で済むなら良いっすよ!」
「あ、おらも付いて行きますん。」
「え、青年もかい?
まぁ邪魔にならないなら良いけど。」
9月7日にバルト王城にて松薔薇達旧友と語り合い、ダンジョンは翌日の8日に東方35km地点にあるキャロ村へと帰還していた。
そして連れであるロロイと共に本格的な万屋事業を展開していたのである。
開店から少しでずっと休業であったが、ダンジョンという男の人柄の良さと恵まれた体格は人々から依頼を頼まれやすい才能を持っていたのだ。
毎日数件の依頼が来ては、それを速攻で完了する仕事の速さは評判になり。
今では魔物退治から物探し、仕事の手伝いなど幅広く手掛けている。
そんな中ロロイには簡単な薬草の採集や畑仕事などを行ってもらいその収益は本人の給料として渡していた。
ロロイは軽作業、ダンジョンは重作業で分担だ。
そんなダンジョンに舞い込んだ朝一番の依頼は、
【デルヴァ森林に自生する希少植物の採集を護衛】
以前巳浦とイジャエが虎の魔物を狩る為に赴いた地である。
何やらあの森の高濃度な魔素が条件として成長する植物が目的らしい。
確かに高いと30lv級の魔物も出ますし報酬は5金貨と来た、やりましょうかね。
ロロイには今からすぐ出かける事を伝え営業を任せる。
そうして上半身タンクトップで下半ズボンと言う涼しげな風貌のまま準備をする。
依頼人の男性は口髭を触りながらそれを心配していたが、ダンジョンはこれで問題ないと伝えそれから直ぐ馬車に乗り出発する事になった。
★
デルヴァ森林の入り口に着く。
キャロ村から東へ出発して1時間、時刻は丁度正午だろうか。
何やら道を案内するメット被りのおじさんが居たが、依頼人の男性が要件を話す。
承諾を得て森の中へと入って行く。
入り口から100mほど進むと自我なく彷徨うスライムなど低級の魔物が数匹散見できた。
男性はダンジョンに確り頼むよう告げると、注意深く森の隅々を望遠鏡などで確認し始めた。
そんなこんなで数分、十数分と時が経ち。
ふと座っていた株の周りを見るとスライムが何匹か寄って来ていた。
髭の男性はそれを不思議そうに見ていた、当然。
ダンジョンは言葉を発することすら出来ないスライム達が何か目的を持って近づいて来た事を理解していた。
足を伝い膝で停止する2体のスライムがじーっとダンジョンの顔を見つめる。
すると十秒程して縦の棒線の様な目がぱっちりと出来上がる、ダンジョンの顔を真似した。
可愛げのあるスライムを持ち上げて遊んでいると、丸い輪郭の口が作られていく。
そうしてゆっくりと自我を持っていくスライムの成長原因はダンジョンから漏れ出す自然魔素であった。
そんな過程で急激に成長しダンジョンそっくりの顔をしたスライムが二匹誕生した。
依頼人は不気味すぎて視線を逸らしていたが、ダンジョンは気に入ってこのスライム達に、
【ダン】【ジョン】と名前を付けた。
ゲジ眉の方は【ダン】太眉の方は【ジョン】だ。
二匹は『っす』『おっす』と口遊みながら近くを跳ねている。
ーーーーー館と同じ、特殊系統の魔物っすね。
ダンジョンはこの二匹のスライムが非常に稀な特殊系統の魔物であると直ぐに察知した。
自我を持つ魔物は多くいるが、人に敵対せず友好的な特性を持つ魔物は千に一程しかいない。
二匹を頭の上に乗せて特別に連れていく事にした。
恐らくこれから先かなり強力な魔物になるだろうという確信に近い勘が働いたからだ。
松薔薇にでもくれてやれば興味が尽きず育ててくれるっすかね。
そうしていると依頼人の悲鳴だろう声が少し離れた所から聞こえる。
スライムを乗せたまま少し離れた位置まで行く。
現場に到着すると同時、何とも奇妙な何かがそこに座る様にあった。
………………呪鎧?いや違う。
直感であった。
何となく鳥肌が立ち飛び込んで男性を脇に抱え退く。
それはゆっくりと立ち上がると、兜の後頭部上から風に靡く赤い布をそのままに眼前の目庇を黒色に包みながらダンジョンへ向く。
反射的にスライム達をおじさんに預けると、急いでここから離れる様に急かす。
髭の男性は恐らく目当ての物だろう植物の花を採集箱に詰めたまま二匹のスライムも抱えて急ぎ離れていく。
それから20秒ほど経ち。
段々と目前にいる存在から放たれる魔素が強烈になっていくのを感じ取っていた。
既にその何かは並の英雄に匹敵する程の魔素を纏っており、ダンジョンも呼応する様に時計の目盛りを2から5まで上げ100lv相当まで力を引き上げる。
それを受けて鎧の怪物は手始めとばかりに飛び掛かってくる。
ダンジョンは右手を前に突き出し相手の左突きを止めようとした。
だが、想定よりも遥かに重い衝撃に反射で自然魔素を纏い防いでしまった。
しかも相手は拳を魔素で纏う様子すら無かった、つまり同条件であればダンジョンが力負けする程の化物。
ダンジョンは原初ぶりに久しぶりの緊張を感じていた。
ーーーーその緊張は瞬間的に恐怖心へと変わる。
鎧の男と呼称するその者は、途端に先程までの倍に相当する魔素を肉体から噴出させ始めた。
既に魔王の6割程の出力を放っており、ダンジョンも合わせて目盛りを5から7に上げる。
人間換算で200lvの相手に対し。
140lv×1.5換算で人間換算210lvへ合わせた。
そうして再度踏み込んでくる鎧の右払蹴りはダンジョンの左腕による防御を容易に吹き飛ばす。
5mほど飛ばされたと同時に、左上腕骨に亀裂が入ったのが痛みで分かった。
自然魔力を患部に集中させ、相手の攻撃を今度は躱しつつ2分程で完治させた。
「そっちばっか狡いっすよ!」
「今度は俺が攻撃しまーっす!」
「おらぁぁぁぁっとっ!!」
「ーーーーーーうわ、額で受け止めたんすか。」
「というか固っ!?痛たたたたぁっ!」
ダンジョンの力任せな右正拳を一切の防御姿勢すら見せず直接兜で受け切る。
それ所か殴った手の方が兜に食い込んで1cm程の深さがある切創を作ってしまう。
適当に自然魔力により10秒ほどで治癒させる。
それを鎧の男は静かに見ていた。
ダンジョンが繰り出す左上段蹴りに対しては流石に右腕を使い防ぐ。
ーーーーかと思ったが、腕を畳んで防ぐのではなく外側に右手の掌を向けて掴み止めてしまう。
これにはダンジョンも久しく記憶にない程の焦りを見せた。
そして掴んだ左脚をそのままにお返しの如き左上段蹴りをダンジョンへ繰り出す。
それを右腕で防いだが、それでも尚衝撃を止め切れず吹き飛ばされる。
だが左脚を掴んでいる鎧の男は微動だにせず、飛ばされる筈のダンジョンを右腕の力だけで支えていた。
そうして右脚だけで立つダンジョンの右上腕骨にまたしても亀裂が入る。
渾身の魔素を込めて治癒するが、今度は待ってくれなかった。
男が頑強な手甲越しに打ち出してくる無骨な左腕の横殴り。
そしてダンジョンはこの勝負楽ではないと判断し。
金属同士が衝突する音が森に鳴り響く。
ダンジョンが呼び出した【迷宮大剣】が鎧の男の攻撃を完全に防ぎ切った。
それを見るや否や鎧の男の気配がさらに変化し。先までは人間の200lv相当であった、今は。
「えっもしかして貴方って。」
「俺も見た事ないっすから違ったらすいません。」
「もしかして、堕天使さんっすか?」
「……………………嗚呼。」
「ダンジョン、貴様と本気で闘いたい。」
「あーえっと、まぁまぁ真面目なんすけど。」
「聞きたい事が色々あるんすけど、取り敢えず左脚離してもらっても良いっすかね?」
「良い、だろう。」
特段意識はしていなかったが、よくよく考えるとこの男は相当身長が高い。
ダンジョン自身も210cmあるが、この男は実に221cmもあった。
おまけに全身を異常な強度の鎧で包んでおり、基本の筋力自体が異様に高い。
ダンジョンも魔王の中では1番力が強い。
が、天使は位の関係上では魔王よりも上だ。
初めて自身をあらゆる面で凌駕する存在と出会い久方振りに熱が込み上げてくる。
挨拶とばかりに大剣で攻撃する。
しかし人間換算で300lv相当まで上がった身体能力は、既に魔王の最大値である200lvに匹敵している。
まだ目盛りを全開にすらしていないダンジョンの右払いは、直立したまま防ぎもしない堕天使を1mmも動かせなかった。
面倒になり目盛りを10まで上げる。
そうして振るった両手で持つ大剣の振り下ろしを、堕天使は右手で掴み受け切る。
衝撃で数センチ程右腕が沈んだが、逆を言えばその程度しか効いていない。
その時、大剣を掴んだままのダンジョンごと剣と一緒に真上へ放る。
信じられない顔をするダンジョンは上空100m程まで投げられていたが、真下で待機する堕天使に一泡吹かせてやろうと空中で縦回転し続ける。
そして腕を組み棒立ちしていた堕天使へ、渾身の魔力を込めた正真正銘最大威力の大剣を叩き落とした。
それを畳んだ両手で防ぎ切る。
幾ら能天気なダンジョンでも乾いた笑い声が出てしまう。
そんなダンジョンの隙だらけな腹部へ左脚の真上蹴りを浴びせる。
それは頑強なダンジョンですら一撃で内臓を損傷するほどの破壊力を備えていた。
上空へ10m近く蹴りで打ち上げられ、受身も叶わぬまま地面へ落下、激突。
仰向けで目を見開いたまま口から血を噴き出すダンジョンを見て、堕天使は一言告げる。
私は武器すら使っていない、と。
噂に聞く最強の魔王とは、この程度かと。
………………………あぁ?
煽られたダンジョンが、珍しく怒りを見せる。
全身から迸る自然魔素の風圧は本人を軸に周囲の半径20m程まで吹き荒れていた。
それにより内臓の損傷を高速で癒す。
堕天使はそれを一言【素晴らしい】と褒める。
ここまで余裕のある相手なんか【フシューゲル】以来だと思いながら堕天へ問う。
貴方は何が目的なんだ?
何故自分を狙う?
自然な疑問である。
堕天使は単純に、強い者と闘いたいとだけ言う。
史上最悪の戦闘狂に目を付けられたと心底厄介な気持ちになりながら、ダンジョンが技の構えを取る。
堕天使もその構えからは危険を感じ、組んでいた腕を解いた。
ダンジョンが右斜め後方へ大剣を構えながら、一言呟く。
ーーーーーSpecial skill《迷宮大剣ー投擲》。
普段は絶対地上で使わないと決めている溜め無しで使用可能な破壊特化の技。
それは堕天使の胴目掛けて投げられ、直撃。
森の中を半径50mに至る翠色の極光が照らす。
そして堕天使が居た位置を中心に直径30mの爆撃に匹敵する程の衝撃波が発生する。
その中心には。
………………………え。
まじ…………っすか。
自身の白い大剣とは真逆の黒い大剣が堕天使の右手に握られていた。
そしてそれを横に構え切先の辺りを左腕で支える様にし、ダンジョンの技の一つである《投擲》を余裕を残して防いでいた。
だが後方へ2mほど後退しており、堕天使はその素晴らしい一撃に思わず賞賛を贈る。
しかしダンジョンは口を開きっ放しにしながら堕天使の無傷な姿に驚愕していた。
嘘っすよね。
吹き飛ぶ所じゃない、普通に防いでる?
こんな奴、居ていいんすか。
リンドウ、ガイダル、ライメス、レイバル。
俺、ちょっと危険かも知れないっすよ。
ダンジョンは大剣を消滅させ右手に再生成させる。
柄先から剣先まで込みならダンジョンの身長を超える全長の大剣を右肩に乗せながら近付いてくる堕天使を前に。
覚悟を決めて自身も同じ様に右肩へ大剣を乗せて近付く。
暗黙の了解とばかりに肩に乗せていた大剣を右手で振り下ろしてくる堕天使。
それに対し両手で握った大剣を右に向けながら左上へと薙ぎ払う。
片腕の力のみで叩き下ろされた大剣に、両手の力で迎え打ったダンジョンの大剣が大きく力負けする。
信じられないと言わんばかりの形相を浮かべるダンジョンに対し、良く潰れずに耐えていると堕天使が再度の賞賛を贈る。
「流石だ、最強の魔王。
いやダンジョンードミニオンだったか。」
「この俺の攻撃を幾度も耐え、反撃さえ見せる。」
「会った甲斐が有るな。
さぁ、お前にはまだ上がある筈だ。」
「それを、見せてみろ。」
「お褒めのっ言葉っあざっすっ。」
「間違いじゃなければっルシフェルさんっ?」
「いや、ルシファーだ。」
「その名は最初に捨てた。」
「そうっすかっ!力強くて退かせないんすけどっ」
「退かして見せろ、ダンジョン。」
「ぐっ………ウグゥゥゥオオォォオォッ!!」
脚の踏ん張り、両手首へ限界を超えた力を込める事で軽い負傷と引き換えに大剣を真上から外す。
既に尋常ではない疲労感や緊張感で今すぐ帰りたい所だが、そうも行かないらしい。
片腕でさえ途轍もない威力を誇るルシファーが、その大剣を両手で握った。
そして、真上へと突き上げる。
本能だった、それに対して恐怖を覚えた。
直ぐ様両手で大剣を握り正面へ構えると最大出力で魔力を溜める。
原初との戦闘で見せた《迷宮大剣ー極砲》だ。
ルシファーは自身の技に反応して何かしようと企んでいるダンジョンを見て思わず笑みを浮かべつつ、10秒程でその大剣を振り下ろした。
返す様に撃ち出されたダンジョンの《極砲》が映し出す翠色の極光はーーーー。
ーーー5秒で打ち消されてしまった。
そして未だ余りある勢いで向かって来る重力魔素の塊は、金属に音速で叩きつけられたと錯覚する衝撃と共にダンジョンをデルヴァ森林から追放した。
今のはルシファーのSpecial skill《滅砲》。
ダンジョンの《迷宮大剣ー極砲》を上回る破壊力を持っており、ダンジョンですら直撃していたら戦闘不能になる程の異次元的威力を誇る。
しかし自身の《滅砲》を7割ほど相殺したダンジョンの《極砲》を見て、再び賛美する。
そうしてまだ終わらないとばかりにダンジョンの飛ばされた方角へとたった一回の跳躍で到着。
軽く200m近く跳び上がり、そのまま森の入り口で飛び交う絶叫を無視して轟音と共に着地。
目下には両膝を付いて天を仰ぐ様に後方へ仰け反るダンジョンの姿があった。
だがちゃんと右手に大剣を握っているのを見ると、自然魔力は流石の継戦能力だと感心する。
そんなダンジョンの脳内では、初に近い絶望感が思考を塗りつぶしていた。
魔素も大きく消費し、全身に打ち付けられた強烈な衝撃で鎖骨や肋骨、大腿骨など各所に亀裂が入っていた。
現在最大出力で治癒を掛けているが間に合わない。
満身創痍のダンジョンへ近付く、死神。
周囲にいた旅人達は只々理解不能な化物を前に崩れ込んでいた。
人々は、息も出来ないほどの凶悪な悪意に満ちた重力魔素が原因で酸欠になっている。
近付いてくるルシファーを感知すると、ダンジョンは苦い気持ちになりながら心で呟く。
ーーーーsummon skill《狂追》。
そう告げた刹那。
全身に浮かび上がる数十の黒い斑点と、光の映らない瞳。
人形の様な印象を受けるダンジョンに対して危険を察知したルシファーは咄嗟に大剣を横に構え防御の姿勢を取る。
そこには、ルシファーの大剣へ両足を着地させながら両手持ちの大剣を剣身へ突き刺してくるダンジョンの姿があった。
そこから両足で蹴り付け上空に離れた瞬間《投擲》を放ちルシファーを後方へ退かせる。
その一撃で周囲に撒かれる光とは真逆に只管闇を顔に映すダンジョン。
《狂追》は自我を失い痛覚の一切を切断、可動域を超えた動作と耐久力を超えた速度で動き続けるダンジョンの【第二形態】。
たった一瞬で3発の攻撃を打ち込まれたルシファーの心境は、明快な喜びのみがあった。
これが最強の片鱗。
であれば、俺も力を出そう。




