第六話 ギルド
「イジャエお前、何でおしゃれしてんだ?」
「え?駄目でしたか?」
「駄目も良いもない。ギルドってのは小綺麗な人間の集まるような場じゃねえんじゃと思ってな。
俺の考えが懐古的な物なら別に構わないんだが。」
「いえ、気遣い感謝します。
でも、別にそんな事ないと思いますよ。
私も初めて行きますが、きっと熱意のある方達が多い筈ですよ。
そうに決まってます。」
「…………だと良いけどな。」
俺達二人は今学院の水晶を使い隣街に飛んで来ている。
今朝言っていたギルドの登録を行う為に同伴している。
何で俺が必要なのかは不明だが、まぁギルドなんてのは俺の記憶じゃあ男の群れる組織だった筈。
彼女を一人で行かせるのは少々気がかりでもあったし、別段構わない。
寧ろ構ってやれて良かった、遠い娘だしな。
そんな感じで今二人は夜の街中を歩いている。
ここは中々の街並みだ、夜の街灯の雰囲気や行き交う人々の活気も良い。
俺の時代にここまで明るい夜は無かったな。
月明かりも悪くないんだが。
「あ、あれです。
見た事しかありませんが、この西街グリゼに配置されているバルト王国の代表ギルドはここ以外有りません。
今回はここで色々諸用の手続きをしますから、適当に待ってて下さい。
もしかしたら執筆して貰うかもですが、殆ど私が代筆します、ボロが出ると大変ですから。」
「おお。
俺は席で飲み物でも飲んでるぜ、落ち着いたら来い。」
そうして二人は少し外装に年季のあるそのギルドに入っていった。
「あ、あの、
「姉ちゃん綺麗だねぇ?俺ら今暇でさ!良ければ飲み相手になってよぉ、良いだろ?」
「そうそう!僕達これからギルドで仲良くするかもしれない人間なんだし、これを機に一杯飲もうよ。」
「あー、えっと。
ごめんなさい、私弱い人には興味が無くて。
喋るどころか近くに居られるのも嫌なんです、解ってください。」
扉を開けて早々絡んで来たチャラけた男達を前に彼女はきっぱりと断りを入れた。
肝が据わってる子だな、イジャエは。
何事もなかったかのように横を過ぎて行き、受付で話を始めていた。
すげぇな、あの根性。
見習えねぇわ。
俺は何かあった時仲裁に入れる距離に座り、店員に果実酒とチーズパイを頼んだ。
一目見て旨そうだと思ってつい。
注文を受けていた女は何故か顔を紅くしていたが、一体。
(あの黒い生地の上下に黒い外套、いやコート?
どう考えても似合う人間なんて居ない筈なのに、何であぁも様になるんだろう。
長い黒髪を後ろで縛っていたけど、髪も滑らかそうだった、女の人みたい。)
とか思っているのはこの人だけでは無く、周りの飲み潰れそうな人間や、若い男女の団体も全員が巳浦を見ていた。
明らかに他の人種とは違うギルドの界隈の中心にいても、異常なまでに目に付くその外見。
これは別に巳浦が目立とうとしているのではなく、魔力で創った嘗ての基本装だ。
少し前に会った凛堂も似た格好をしていたが、あれの材質も当人の魔力だ。
俺の魔力は黒色で、着ている装いが明るかったりコントラストの強い色合いだと場所が分かり易い。
迷彩の様な役割を戦闘中常に発揮させているのだが、無論俺の武器などと同じく、生前身につけていた服を昇華させそれを具現化させているだけに過ぎない。
元々の出土は、今はもう滅多に見る機会のない超凶悪な壁外の魔物から生成された物だ。
現代ではもう人界と魔物の住む下界を分ける壁は無くなっているが、当時はこの様な敵がいて当然だった。
効果は特段無いが、通気性、撥水性、頑丈さ等、全てが高水準だ。
頑丈さはどれだけかと言えば、俺の斬撃でも軽くしか切れない。
とは言え身に付けている人間にダメージが通らないなんて程都合良くは無いので勘違いはいけない。
そんなこんなで周りの人間達が内心巳浦に意識を向けている状況の中ウェイトレスが卓上に届けて来たチーズパイを一切れ、口に詰め込んだ。
え、
「旨っ。
深いまろやかさ、溶け具合も半熟に生地は分厚く、火通しもほぼ完璧。
これ、銀貨一枚だったよな、………ワンホール六切れ、もうちょい頼むか。」
果実酒を運んで来た店員に追加で二つチーズパイを頼み、早速このドロドロとしたコクのあるチーズと発酵した果実の風味を同時に流し込む。
すると。
美味い。
旨すぎる。
これだけのクオリティを常にギルドでは提供しているのか?
有り得ない、こんだけ美味い飯は松薔薇の飯以外じゃ殆ど食った事………………
ん。
「そういやあいつ、ギルド全体を仕切ってるとか言ってたよな。
飯も仕切ってるとしたらどんだけ拘りあるんだよ、てか調理人も飯作んの旨すぎるだろ、相当教育してるなこれは。」
「分かりますか、相性が良いの?」
「ん?店員さん、アンタも普段食ってるのか?
これすげえ美味いな、寝かせなきゃまず出ない酸味と甘味が出てるこの酒をどう作ってるのかも気になるが、それよりもチーズパイだ。
一体どんな製法、マニュアルが有るんだ?
全員が作れるほど安価な味じゃないぜ、これ。」
「良いですよ、教えてあげます!」
そうして始まった飯作りの話は、実に20分程続いた。
周りで俺に神経を尖らせていた人間達も、俺のあまりの食事に対する姿勢に驚き、安堵している様子だった。
良かった、この人間が【敵じゃなくて】と。
もしこの人間がこの場にいるギルドの人間にとって警戒しすべき人間であったなら、即座に100人近い人間が飛びかかっていた。
それだけこの男からは、鳥肌が立つ程に濃い魔力、そして体捌きから分かる超人性が滲み出ていた。
皆が安心した。
「いやぁ、気付いたら全部食っちまってた。
恐ろしいな、美味い飯ってのはよ。
急で悪いが連れが戻って来そうだ、あんたも話切り上げて戻って良いぜ。
ありがとよ、銀髪の姉ちゃん。」
「いえ、拘りを理解しながら食べてくれる人なんて滅多に居なくて此方も嬉しくなってしまいました。
あの、お名前を聞いてもよろしいですか?
私、ベラルダって言います。」
「俺は巳…………巴だ、覚えておいてくれ。
んじゃ、また機会があれば食いに来るよ、てか結構次早いと思うぜ。」
「はい!大食漢でチーズパイ6皿も食べる人なんて初めてでした、酒と合わせて銀貨6枚と銅貨3枚、有難うございます♪」
そうして店員は奥へ戻っていった。
すぐに注文に駆り出されていたが。
イジャエが戻って来た。
「どうだった?順当に作業は終えたか?」
「はい。
私は本名そのままにイジャエで、貴方は例の偽名、巴で通しました。
それと、ギルド協会の会長である松薔薇様は今回の手続きに際し、本来与えられる初期の位ではなく、既に最上位の白銀の薔薇模様が入った腕章を発行されました。
下から鉄、青銅、銅、銀、金、白銀となります。」
「それってなんか意味あるのか。
具体的な恩恵とかは何?」
「簡単に言えば、段階として解放される難度の高い役割や仕事、業務を受けることが出来ます。
私はロルナレ家で王に仕える護衛である事を加味し鉄や青銅ではなく銅からとなりますが、頑張ってあげていければと思っています。
巳浦様、流石です。」
そうして俺の左腕に白銀繊維で縫われた薔薇の腕章が取り付けられた。
結構良いデザインだ、薔薇ってのは松薔薇から来てんのか。
多分そうだろう。
彼女も自身の右腕に銅の腕章を巻き付けてこれからのことを考えている様子だ。
そもそもの話、俺達は何の目的でギルドに入る必要があったんだ?
一言も訳を聞いてなかった。
「なぁイジャエ、俺達はなんで、
「退きたまえ有象の衆。
ザラデス家の私が通るのだ、邪魔は許さん。」
「っ!…………パムルス、ザラデス。
何故ザラデス家がバルト王国に?
巳浦様、余計な接触は避けて静かにしましょう。
彼は周りの人間を全て自身未満と見下しています、余計な関わりを持つと面倒な事になります。」
「さぁ!受付、私は今日よりここバルト王国に配属されることとなった、パムルス・ザラデスだ。
話は通っているだろう?騎士としての役目を果たす為、先当たって、
歩いて来る。
何だ、こっちって何かあったか、
「この黒装束の男を、風紀を乱した罪として断罪する。
貴様、席を立て。」
「あ?俺なんかしたか。」
「貴様の様な外見で他者を威圧する風体の者は空気を汚す、ここにいるべきではない。
同席しているそこの………イジャエじゃないか。
さぁ私の元に来なさい、その鴉の様な人間と冗談でも同席するものではない。」
「な、この人、巳浦様になんて事を。」
…………………………。
席を立った。
これが、間違いだったのかは俺にも分からない。
ただ、その厚い装いを貫通する程の異常な魔力の流れをパムルスは感じ取った。
いや、それは席で傍観していたギャラリーも全員がそうだった。
「立ったぜ。で?断罪ってのは何をしてくれるんだ?結構な発言だったからな、期待出来る。
なぁ、イジャエもそう思うよな。」
「え?」
巳浦の顔は、端からその灰色の髪をした男の顔など見ていなかった。
パムルスの正面まで歩みを進めると、そのまま唖然としている男の腰に提げられている剣を抜き取った。
綺麗な装丁が施されている。
実用性はそこまで無さそうだが、単純な剣身を形作る鉄の質量自体でそれなりの重さはある様だった。
だがこの程度の質の鉄を元に鋳造した剣など、ジョークでも笑えない。
「まさか、こんなゴミで俺の体にどうこう出来ると思ってないよな?
こんな、
指に力を入れる。
簡単にその刀身の腹の中心を割る。
観衆は驚愕の顔になる。
パムルスは何が起こったのか未だ処理が追い付いていない感じだったが、巳浦は無視して続ける。
「良いか?剣ってのは見た目を着飾る為に持ち歩くもんじゃねえんだ。
人を切る為、魔物を斬る為、誰かを守る為、信念を押し通す為、その身に提げる物。」
「お前程度の甘い鍛え方じゃ、不安定な体幹に振られて片手剣の重量は使い熟せない。
見栄えを張るより先に、先ずは細い剣やナイフ、短剣とかで訓練を積んでみな、絶対に今より強くなれるぞ。」
「わ、私の弱点を、何故、
「一目見れば簡単に分かる。
身長180〜1cm、体重65kg前後。
平均で考えても筋肉が少ない。
その上質も悪そうだ。微かだが、動作などに体力不足を補う為の体幹のブレを感じる。」
そうして当人も驚きを隠せないままに、解説、指摘を続ける。
「俺は身長なんて175あるかないかだが、体重は86kgはある、因みに体脂肪率は5%、4kgちょいが脂肪で、筋肉重量は82kg弱。
長時間の運動にも耐えられるだけのスタミナを持つ遅筋と、瞬発的な力を持つ速筋、両方共に鍛え込んでこの現状だ。」
そんな説明を混ぜながら、パムルスの肩を叩き、話の最後にこう言い放った。
「お前の庇った綺麗なお嬢さんは、あぁ見えて170cm、63kg、日々3時間以上の鍛錬に励み筋肉も輪郭が出る位には絞られている。
正直お前と鍔迫り合いになっても負けないだろうよ。」
「み、巳浦様………………体重はやめて下さい。」
「あ、悪い。
でもよ、自分より弱い奴嫌いなんだろ?お前の気持ちを代弁してやっただけだぜ、俺は。
ついでに強くなる為のアドバイスとかを、な。」
「私が………鍛錬不足………体幹の、ブレ………」
この場にいる全員が今、その自身より明らかに強者然としたオーラを纏った男の風化した状態を目にし目を見開き、そして同様にあの男を見つめていた。
その男は、金髪の女性を侍らせ、而もかなり慕われている。
だが、嫉妬心などは湧いて来ず、寧ろこの男になりたいと、そう思わせる存在感があった。
二人は腕章を仕舞い店を後にした。
残された者は、酒を交わし一同に大声で雑談し始める。
「何もんだアイツは!?」
「白銀の腕章だったぞ?最初から貰えるもんじゃねえ!てかまず一生取れねぇ!」
「あのパムルスが完全に組み伏せられた、口だけで。
何なんだアイツ!」
その日と夜、酒場は非常に売り上げを伸ばした。
考察、推測混じりの飽きない肴を得、酒豪は夜を明かした。
ついでに言えば。
「あ、あの姉ちゃん、僕達より体重あるんだぁ。」
「確かに俺たちじゃ勝てないわ、力も、
「…………………魅力も。素敵だぁぁぁあっ!!」
一部の人間がイジャエに送っていた眼差しは当初色の混じった物だったが、今はそれに加え諦めや羨望の視線も送られる様になった。
ロルナレ家の人間は基本金髪で、しかも美形が多い。
イジャエは実際、とても身形や造形が整っていて、街行く者を2度振り向かせる程に華やかな雰囲気を醸している。
しかもかなり強そうな話を男がしていたのもあり、
【戦乙女】と言う渾名が付けられたのは後日把握することとなる。
そして巳浦は、【黒装束】の二つ名を浸透させていった。
「私は落ちこぼれなのか、国を出て尚も!?
心機一転騎士らしくあろうとしてもこの無様、笑い物にすらならない。」
あの男は何者なんだ?
そんなパムルスの疑問は、思ったよりも近い内に晴らされる事になる。
パムルス、戦うことすらなく噛ませ。




