八十四話 最後の日
9月末。
翌日にはバルト王国へと出向き、それから先の予定は恐らくヴェルウェラや松薔薇に大きく左右されるだろう。
しかし今の巳浦にとっては学院戦など気にしている余裕は無く、現状の課題は如何にしてlvを140まで上げるかという点である。
今日がいられる最後というのもありしつこく抱きついて来るレインドに少し申し訳ないと思いつつ、この世界を相手にするという目標は語る訳にはいかないので黙っている。
しかし25日の昼過ぎ以降殺気立っている巴の様子が気になりレインドやレイレン、ザラデス家の人間は心配で声を掛けてくる。
適当に返すも疼く血の気が収まる事はなく、常時苛ついてる様な状態に見えた。
「なぁ巴、どうかしたのか?
少し前からずっと毛羽立ってるじゃないか。」
「えぇ、正直そうね。
ちょっと用事が出来たから、私バルト王国に向かったらすぐ旅に出ると思う。」
「そうかーーーーーーーそうなのか!?」
「ええ。
まだまだ私弱いから、もっと強くならなきゃ。」
「学院戦をゆっくり見て、その後は仲間と今後の予定を決めつつすぐに出立する。」
「わ、私はどうやってお前に会いに行けば良いんだ?何か手紙とかは送ってくれるのか?」
「うん、月一で場所と近況を教えるよ。
もし来たければ良いよ、別に。」
「毎日書いてくれ!」
「ま、毎日っ?それはちょっと大変だな。
まぁ、一週間に一回ならまだ良いけど……?」
「ならそれでも良い、頼んだぞっ!」
「え、えぇ。」
本気で安堵した顔をしながら、レインドは部屋を出て行った。
いつも自室ではなく私の部屋に来ている為部屋には彼の匂いが染みる程馴染んでいる。
流れでレイレンも自室で遊ぶ時以外はレインドと遊びたくて私の部屋に来るので家族はいつも朝と夜どちらも一緒だ。
7月21日から9月末までの略全期間をここで暮らし、随分と家族らしい生活を送った。
もう、充分だ。
後は頑張らないと、ね。
しかし、どうにも刀剣達が騒がしい。
前に世界の意思と戦った時からずっと震えっぱなしだ。
ーーーーー仕方無い。
現在は朝の7時。
下ではレイレンが早起きして6時から8時までザラデス家の騎士達と稽古をしている。
そんな状況なので、現在寮の階には特に誰も居ない。
つまり、刀剣を呼び出しても大した問題は無い。
軽く魔素を放ち、部屋のベッドに座りながら扉側に向かって刀剣の柄を四本出す。
以前に砕かれた2本は既に自身の魔素から作り出されている【神器】の為破壊されても魔王の【迷宮武器】の様に何度でも創造出来る。
そうして4本全てを順番にベッドに置き、全てを纏めて胸に抱く。
部屋一体を魔素が支配し黒霧が立ち込め。
以前姿を見せた、黒いシャツを足先まで伸ばす自身と瓜二つの女の姿を持つ【不折の黒刀】。
自身の男姿と非常に似てはいるがより精悍な顔付きをし何故だか懐かしくなる【回帰刃】。
黒人達と良く似た黒い制服を身に付ける、若く少々生意気な顔をした少年姿の【狂いの漆刀】。
先程の【狂いの漆刀】を特別な魔物により加工させた刃だからか、姿形は似ているも赤い生際、黒い髪色、青の毛先を肩上に揺らす青年。
【惰髄暁刃】
これら四人が部屋に出現し、先だって狂いの少年が怒った様子で喋り始める。
「おいテメェよォ、何だこの前の醜態はァっ!」
「俺ちょっとしか動いてねぇのに砕かれたんだけどォッ!?」
「わ、悪いと思ってる。
あんなの普通じゃあり得ないから、初見は喰らうだろっ……………?」
「うるせぇぞ糞雑魚がァっ!!
もっと上手く戦えよッ!third skill使えよッ!」
「お前の本領は四刀剣じゃねえのか!?ア!?」
「………………だってあれ、難しいんだもん。」
「臆病者が。
私達は今のお前を好きになれない、まるで牙の抜けた狼だ。」
「だ、惰髄までっ。
そんな見捨てる様な物言いは止めてくれっ。」
「third skillは、私自身あまり頼りたくはないんだ。」
「四刀剣も、意思には通用しないしっ!」
「確かにそうだが、だからと言ってそれ以上も無いだろう。
お前が唱えた1%の勝機は、四刀剣だろうに。」
「………………そう、だね。」
「俺は楽しかったよ。
他の刀と違って最後まで戦えたから。」
「でもなんで【刀圧剣衝】を撃たなかった?
城を壊す心配よりもこの世界を守る方のが優先だろ?」
「馬鹿!そんな事したらレインドやレイレン、皆んなを巻き込むでしょ!?出来ないよっ。」
「それじゃお前はその辺の英雄とどっこいだ。
遠慮せずskillを連打して押すべきだったろ?」
「う、うるさい。
そんな結果だけ見て物申すなっ!」
「俺は、お前が無事で良かったと思ってる。
俺にとって、巳浦以上に大切な事はない。」
「回帰、お前も砕かせちゃったね。
ごめん。」
「別に良いんだ、ただ可能ならアレとは戦わない方がいい。
恐らくお前でも勝てない、例え《四刀剣》や《刀圧剣衝》を撃っても止められるだけだ。」
「いや、必ず倒す方法はある。
我を倒すか、なんて言いふらしてるなら術はあるって事でしょ?諦めないッ。」
「ーーーーふん、まぁそれでも良いか。」
そんな流れで自らの刀に散々言われながら、各々が部屋の隅や化粧台、窓際に座り対策を練る。
因みに不折だけ横で一緒に寛いでいる。
だがどう考えても勝てる未来が見えない。
ーーーー強いて言えば、
「あの時、意思が使う金色の魔力に短時間だけど対抗出来た。
あの魔力の正体は良く分からないけど、質量で押されると一括処理は出来ないみたいだった。」
「ふうんまぁ、確かになァ。
ありゃあ多分だが、【消去】する性質だったんじゃねえのかと俺は思うぜ。」
「消去、どうしてそう思うの?」
「その続きは私が答えよう。
あの攻防の中、唯一戦わずに巳浦の内から静観していた私はある違和感を覚えた。」
「それは、狂いと不折にskillを纏わせて攻撃した時の大気の動きだ。」
「お前のskill《刀衝》と《剣衝》は刀身から飛ばず纏ったままだろう?
それなのに奴の左手に触れた時、その勢いで横に外れるのではなく全体が弾け飛んだ。」
「これはおかしい。
相殺ではない、まるで打ち消されている。」
「俺の性質である大気の原子を強化して生み出す衝撃波だが、あの女の手に触れる度に1秒足らずで消されていた。」
「多分だが、あの女の魔力が干渉して何か起こしているんだと思う。」
「魔力への、干渉。」
その時頭に思い浮かんだのは、表天使ミカエル。
あのオカマ男が使う《具象無象》。
あれは魔素の運動を甚大な負荷を掛けた重力魔力で停止させ、凡ゆる魔力を纏った攻撃を全て無効にするskill。
でも決して消えてはおらず、対象の魔力の源である魔素は理屈的には大気に残っているのだ。
その残滓すら、無かった。
あの金色の魔力は、一体。
「俺の予想はね、狂いと同じで消去。
ーーーーじゃなく、還元。」
「かん、げん?」
「あぁ。
推測で話すけど、有限で成り立つ世界の法則を無視する様な物ではないと思うんだ。」
「魔王ガイダルが使う《停刻》って、重力魔力を体外に大きく広げてその範囲内の物質の運動を停止させるskillだろ?」
「ーーーーそれと同じ様な事が、意思が来た時にも起きてただろ。」
「ほら、別に法則を無視してる訳じゃない。」
「……………確かに。」
「私達が体内にいた時、あの化け物女がお前の首に噛み付いて自然魔力を送っていたな。
あの様子からして、凡ゆる魔力を使う事が出来るのだろう。」
「そしてその中には、自身の生み出した存在達には持たせなかった魔力もあるのではないか。」
「その一つが、この場合は金色の魔力だな。」
「でも、不折の言う還元って話は結局どういう憶測なの?」
「ん、だから単純だ。
世の中の質量法則に従っている以上、本当に魔素が消えている訳じゃ無いはずなんだ。」
「その予想の一つが還元、つまりお前の魔素を違う何かに作り変えてるんじゃないのか?」
「作り、変える。」
「魔素を使って椅子や武器を作れるなら、魔素をその辺の空気とかにすれば無力になるだろ。
そんな理屈なんじゃないのか。」
「なるほど、そうなのかも。」
「ーーーーーえ、他人の魔力を勝手に使って無理矢理何かを作るって事?」
別に無理な事ではない。
というより似たような性質を自然魔力が持っている、【他魔素との調和】だ。
だから自然魔力使いはskillの消耗も軽く、肉体回復の際なども大気に漂う他の魔素を調和で従えて本人の魔力量以上の回復力を持つ。
だからダンジョンが回復する時は強烈な吸引力が発生して一種の竜巻の様な現象が起きるほど。
でも、それはあくまで【大気】を利用しているという事だ。
他者の魔素を利用しているという訳ではない。
元々物体や生物を構成しているのは空間に満ちている原子、魔素が集合した物だ。
元来空間には大量の元素、魔素が満ちている。
それらは何かに属している訳では無いので単に干渉してくる自然魔力に結合しているだけだ。
【空気中の魔素】と【物体の魔素】では前提が違い過ぎるのだ。
そんなの、出来る訳がない。
極端な話、人間に触れればその肉体を構成する元素や魔素を強引に分解して無機物や有機物を生み出せるという事になってーーーーー。
…………………生かされてた?
あの時右手首を握られ、やる気なら一瞬で私を。
その事実を理解し、最初から完全に掌で踊らされていた事を知る。
遅れて実感が湧く、人生で初の完全なる手加減。
だが巳浦の強化魔力を還元するのに一定の速度以上は出せない気配だった、弱点はある。
それは、
「……………………魔素量。
少なくとも私の全開で出す魔力出力と同程度が還元の限界みたいだった。」
「いや、それは変だぜェ。」
「何がよ?」
「文字通り【世界中】を止めちまう程の魔力を持つ奴が、お前一人抑え込めない訳ないだろ。」
「その辺どう考えてんだ?」
「ーーーーーー例えばだよ?
【他者の魔力】を使役するのと【大気の魔力】を使役するので効率に差異があるとしたらどう?」
「どう考えても同じ労力では無いと思うの。」
「…………あぁ、成る程なァ。」
「お前達は何故意思が受ける前提で話す。
一番怖いのは、意思がその極大且つ膨大な魔力で攻撃してきた場合だろう。」
「あ、それはまずいね。」
「規模が近いのはプライモの《幾百の剣》だ。
半径1km以内を自在に動かせる数百本の剣が飛び交う光景は凄まじいからな。」
「しかし、恐らくそれより規模は上か。」
「…………まぁ傍観者って言ってたし、そもそも積極的には来ないんじゃないかな。」
「あくまで【意思は干渉しない】約束は守ってるみたいだしね。」
最終的な結論としては、無理という事になった。
何も出来ない訳ではないが無謀である。
気付けば数kmを移動する天使の様な性質を持っているなら尚更の事だ。
そんな議論を続けていると、扉から軋む音が聞こえた。
誰かいたの?レインドとかじゃ。
急いで扉を開けると、凛堂が立っていた。
その顔は呆然としており、明らかに話を聞いていた。
顔を叩いて目を覚まさせる。
すると先の話について真偽を問われるが、後ろの部屋にいる四人の擬人を見て目を飛び出させる。
「何だ何だぁ?こりゃあよ。」
「あぁ、凛堂だ。」
「ヨォ!久しぶりィっ!」
「私達の事を分かる道理は無いがな。」
「俺は、大魔戦記の初期だと鉄剣だった奴だ。」
「えぇ、何つーかこれはその、武器共か。」
「あーっとね………まぁ気にしないで!」
「それより、話聞いてたんでしょ?」
「あぁ。
お前が負けたってのが信じられなくて驚いちまったよ。」
「まぁ、そう言って貰えると気持ちも楽になるけど。」
「ーーーこの事はまだ内緒にしておいてね?」
「そんな話聞いても信じる奴は居ねえさ。
取り敢えずもう11時手前になるし、飯食いに行くぞー。」
「え?ーーーーうん。」
特に気に留めた様子もなく普段通りな凛堂に不可解さを感じるも、その後はいつもの食事を摂ってゆったりとした時間を過ごした。
そして。
◇
10月1日。
午前8時頃。
バルト王国東門に一台の馬車が到着する。
外にはロルナレ家の皆や松薔薇が来ていた。
ブレイド達四人組も西で降りず東まで馬車で乗ってきたそうだ。
そんな中欠伸を掻いて降りてくる凛堂にブレイド達が懐かしそうな態度を見せる。
そして最後に降りて来る巳浦は、巴の姿で降りて来たせいでブレイド達からは誰だ?という顔をされた。
「おいこら、私だ。
巴、じゃなくて巳浦だ。」
「えぇ!?いやでも言われると、うーん?」
「お前の母ちゃんに似てんな。」
「………確かに似てるね。」
「似てますねぇ。」
「あ、レイレン達も勿論来てるからね。
降りておいでー!」
そうしてレインドとレインドが降りて来る。
風格を漂わせる絹色の髪をした男。
可憐な銀髪を肩まで伸ばす少女、いや女性に声を掛けるか悩む三人を他所にブレイドが声を挙げる。
すると二人は互いの視線を交わし実力充分と分かるや否や再び視線を外す。
会話すると、大切な緊張が解けるからだ。
すると、巴の背中を突いて来る者がいた。
ヴェルウェラである。
巴の姿を見て少し凝視するが、魔力の質や雰囲気が同じなのを見切り直ぐ様男に戻る様に伝える。
レインドが抵抗するも剰りに恐ろしい視線を向けられ顔を背ける。
最近はバルト王国から右に5km程のカタ村に滞在していたので、馬車が走って来る際の魔力を感知してものの40秒で追いついて来た。
成り行きで男に戻るとブレイドが本当に巳浦だったのだと驚く。
それもそうだと思ったが、学院戦は正午からバルト北の大闘技場で開かれる。
早めに着いて色々済ませておきたい一行は、少し遅れて到着したザラデス家の人間達も連れ国へ入って行った。




