八十二話 ダイエンでの修行
「A地区ってここだよな。」
「うん、じゃなきゃ馬車の人殴るよ。」
「おう。
ーーーーーお、ブレイドっ!」
早朝7時。
現在9月22日時点でやっと体の負傷が抜けたフィスタとフレムは、E地区の闘技場医務室を6時頃に出て、今到着した。
丁度他の親衛隊も皆起き始めており、直接戦ったダルフ、ゲンシェルドは走って二人に声を掛ける。
体調が万全になった事を知るとこれから月末までここで修行する事を伝え一先ず顔を洗いに行った。
「良いですか二人共。
私達は三人で魔巣と呼ばれる空間に修練の為向かいます。」
「ブレイドはアルバさんと鍛錬なので来れません。本当に残念だ。」
「おい吹き飛ばすぞ。」
「毎朝起きるのも嫌になる程厳しい特訓ですからね、二人とも気を遣ってあげてください。」
「おい殴り飛ばすぞ。」
「ま、まぁ分かった。
それより、どこに行けば良いんだ?」
「僕も聞きたい。」
「えぇっとですね。
現在私はG地区の魔巣にお邪魔してるんですが、そこの地区担当であるグーミルさんが朝の9時から12時まで反英雄の方と修行していまして。」
「マジかっ!?」
「うわ、凄い日程。」
「G地区は中位地区の左下ですから、少し前まで貴方達がいたE地区までと距離は変わりませんよ。」
「12時から馬車で1時間掛けてG地区に着き、そのまま現地で手早く食事を摂り魔巣へ向かいます。」
「うーん、まぁ分かった。」
「ブレイドだけ一人なんだ。」
「ーーーーうるせぇぞっ!」
「とはいえ私達三人は暇ですからね。
朝7時に起き、8時からの食事を摂ったら12時まで自由に動けます。
ブレイドが拷問ーー鍛錬をこなす様子を見るのも良いですし、9時から始まるレイブンさんの稽古を見るのも良い刺激になりますよ。」
「それも良いけど…………何かずっとお前を恨めしそうに見てる奴が居るぞ。」
「えっと……確か、セルペアナだ。」
「あぁ、彼女は私に恨みがある様でして。
此方としては仲良くしたいのですが。」
「………フィスタは倒れてたから知らないだろうけど、あれは酷かったよ。」
「そ、そうなんだな。」
セルペアナは毎朝7時に女性寮から起きると、睨む目付きでクラスを見ていた。
9月5日の闘技場戦から22日の現在まで、ずっとである。
クラスが何用か訊くと無言で睨んだままそそくさと館に入って行く為、理由も分からず困っているとか。
フィスタはもしや?と思ったが聞いた話からすると色恋ではないのか、と疑問が尽きない。
フレムからすればあんな負け方をすれば誰だって屈辱で悶えるだろうと見当はつくが、しかししつこく纏わりつく理由までは解らなかった。
すると、セルペアナが意を決した顔で珍しく近付いてくる。
三人は静かに離れた。
「あ、どうもセルペアナさん。
話す機会が無かった物で、どう話せば良いか。」
「……………ど、どうもこうも、ない。
お前、あの時の事を忘れた訳じゃ無いでしょ?」
「えぇっとそれは、拘束した件でしょうか?
あれは勝負の流れであって別に他意はありませんが。」
「ーーーー嘘付けぇっ!」
「え?」
顔を叩かれると、そのままセルペアナは自身の顔を紅くしてクラスに訴える。
あの日以来、自身の中にある密かな被虐心が開花してお前の姿を思い出す。
でもあの姿を見せる事はあれ以降一度も無く、ずっと燻っているのだ、と。
これにはクラスも困惑するが、セルペアナは問い詰める。
私は今23歳だが、7歳も年下のお前に人生で初めて恋をした。
責任を持って対処しろ、と一連。
「え、それはあの、つまりは、」
「付き合えって言ってんの!馬鹿!」
「あ、あんなに男らしい人なんか見た事無かったんだから!」
「えぇぇえぇっ!?嫌ですっ!」
「なんでぇっ!?私の外見に不満でもあるの?」
「いやその、」
「ダイエン共和国の人と関係を持っても私の住所はバルト王国ですし、会うのが大変です。」
「それに貴女は下位地区右斜め下にあるK地区担当ですよね?
彼処は民度も荒く統治が大変でしょうから、中々お暇も無いでしょう。」
「よって、私と付き合うのは現状の立場から考えて推奨出来ません。
あ、セルペアナさん自体はとても魅力的だと思いますが。」
「…………………舐めんじゃないわ。」
「え。」
セルペアナは息を呑み、クラスに飛び付く。
クラスは視界一面に彼女が映り理解が遅れたが、ブレイド達や他の親衛隊達もちらほら居る中目前で堂々に、
ーーーーーキスをするとは思わず、全員が口を開けて驚愕する。
クラスは異性経験など他三人と比べて皆無で、(フレムも実質無し)怒涛の展開に反応が取れなかった。
そうしてセルペアナが強引に頭を両手で抱えてキスした後、クラスに台詞を吐いて何処かへ消える。
ーーーーお前の初めてのキスは私だから!と投げ捨てて。
クラス自身遅れながら実感が湧き急激に恥ずかしくなる。
ブレイド達はソディアやナジャがどうしているのか気になっていたが。
そんな中、アルバが起きてくる。
ブレイドが突然固い顔になるのを見てフィスタ達も自然と気が引き締まるが、アルバは軽く挨拶を掛けると今日の特訓内容をブレイドに伝え再び館に戻って行った。
ブレイドはこの後から急に顔色が悪くなり始めたが、遠くに居たダルフ&ドルフ、アルマが連動して青褪めて行くのを見て事態の深刻さを把握した。
1時間毎にブレイドが再起不能になるので、10時.11時の二度の間隔でレイブンの修行から抜け魔力を与えに行くのだ。
体力もごっそり無くなり他のメンバーとは別次元に痩けた顔で12時からの食事を摂る。
鳥肌が止まらなくなってくるが、そういや自分達は関係ない事を思い出し二人ははしゃぎだす。
そこに、ブレイドの声が掛かる。
「ーーーーえっと、お前らも参加だって。」
「よっしゃあぁぁぁ!んじゃあなブレイド!」
「僕本買ってくるから、頑張ってね。」
「私は色々調べたいので書斎に行ってきます。」
「いや、だからさ。」
「お前らも参加、今日から俺と一緒。」
「「「………………予定表を。」」」
そうして病み上がりにも関わらず9時から12時までの鍛錬へ参加する事になった三人は、爆笑するブレイドに殴り掛かっていた。
代わりにダルフ、ドルフ、アルマの三人はレイブンとの特訓に集中して良いとアルバから直接言われ喜ぼうとしたがどちらにせよ地獄である事に変わりはなくまた暗い顔になった。
◇
「早く立て。」
「寝るな。」
「休むな!」
「怯まない!」
「助けろよフィスタぁぁぁっ!!」
「俺だって助けて欲しいわぁっ!?」
「クラス、どうにかしてっ。」
「出来ませんこんなのぉぉっ!!」
「おい、今【こんなの】って言った子は誰だ。」
「あ、クラスでーす!」
「お前は昔から女を適当に扱うからなっ。」
「賢いけど、馬鹿だ。」
「良しクラス、今から五分間お前だけを狙う。
必死に足掻け。
ーーーーそれとフィスタ、私を【女】呼ばわりした罰としてクラスの後はお前を追う。」
「えっ」
「はいクラスとフィスタの馬鹿祭り開催っ!」
「情けないね、二人とも。」
「自分は関係ないとばかりの態度を取る二人。
私は逃げる男が一番嫌いでな、特別に20分ずつ稽古を付けてやる。」
「やったぁぁぁぁぁ!!ーーーーーえ。」
「うん、終わった。」
9時から始まった訓練を見ていたプライモとマリウェルは、面白い見せ物だと思いお菓子を食べながらそれを眺めていた。




