八十話 血拳の英雄、熱源の英雄
展開が色々動きます。
ーーーーーきろ、早よ起きんか。
もうそろそろじゃぞ、涼木。
そんな声が耳に響く。
そうか、案外早い感覚だな。
軽く首を鳴らし起き上がると、そこには未だ午後1時10分程を示す時計が見えた。
どう言う事だ、まだ予定の半分しか。
そうして下を見ると、明確に段違いな奴が1人いる事に気づく。
そいつは前のダイエン闘技場の一件で目立ってた奴だ。
名前は確かーーーーウォーレンだったか?
なんでこんな奴が来てる、しかもこの魔力の感じからすると最初に来た時感知した誰かの魔力はコイツのだ。
下から最上席に居る涼木へ余裕の顔を向けてくる壮年の男ウォーレンは、周辺に倒れ伏す他の99人をご丁寧にも舞台の端まで運び早く来いとばかりに構えている。
答える様に正面の窓を開け高さ20mほどから飛び降りて豪快に着地する。
陣鉄が予想外に熱い展開に喜んでいる中、両者の視線が交錯する。
時間と共に空気が重くなる中、涼木がウォーレンへ問いかける。
何故参加したのか?
「単純な理由さ。
誰か強い者が来てくれるのではという期待と、陣鉄という女性が美しくてな。」
「へぇそうかい、なら悪いが先約がいる。
今日は色々大変だよ、陣鉄とウォーレンの2人を相手にしなくちゃいけないんでね。」
「ーーーー大層な自信、だな。
私に勝つ前提とは恐れ入るな、拳の英雄。」
「いや、」
「【血拳】の涼木殿。」
「何だその格好いい渾名は。
俺そんな呼ばれ方してるのかよ。」
「はは、私も聞いただけだがね。
因みに私は【熱源】と呼ばれているそうだ。」
「まぁ何でもいいや、早くやろうぜ。
どうせ雑魚相手じゃ疲れねぇだろ?アンタ強いだろうからな。」
「ーーーーふむ、そうだな。
では最初から本気で行くぞ、私は時間を掛けて遊ぶ趣味はないんだ。」
「………………first skill《熱圧》。」
「どれどれどんな能力ーーーー熱っ!!?」
急激な熱波を放ち始めるウォーレンの半径20mに、【冷炎】と呼ばれる通常の赤炎よりは温度の低い火炎がドーム状に展開される。
しかしこれを纏っているウォーレン本人は当然自身の魔力で受ける損害は無く平然としている。
涼木は反射的に魔力を肉体に纏い、それを維持する事で火傷を防いでいた。
直接攻撃されている訳でもないのに守りに魔力を使用しなくてはならず、何と厄介な能力なんだと嫌悪の目を向ける。
ウォーレンはその状態で軽快に走り出し、秒速20m程でその範囲内に涼木を捕捉し続ける。
当然ながら距離を詰めさせまいと逃げるが、良く考えるとウォーレンに疲労の影が見えない。
もしかしたら非常に効率の良い能力である可能性がある事に勘付くと、打って変わって立ち止まる。
ウォーレンはそうして流れる様な動作で構えを取る涼木に危機を感じ立ち止まる。
右半身を前にしつつ軽く下へ肘を曲げた右手を半開きで向けてくる涼木の姿勢からは他を寄せ付けない圧が放たれていた。
しかし、行かねば始まらない。
ウォーレンは久しき好敵手に興奮が隠し切れず意気揚々と走り込んで右の横突きを振るう。
それが纏う熱魔素は当然ながら強烈な青炎を纏っており、払い方を間違えれば触れた側が一方的に火傷を被う火力を持っていた。
その右手首に対し、瞬間的に加速した己の左脚を下から蹴り付けることにより最小限の火傷で抑えつつ凄まじい痛みを与える。
そのあまりの速さに完全に反応出来ず真面に喰らったウォーレンは反動で後方に退く。
陣鉄は涼木が能力を使わずこれだけ動ける事に感心しながらも、何故か笑い出すウォーレンに視線を移す。
ウォーレンが涼木を讃える様な言葉を口にしつつもまるで効いてない様子で右手首を見せ付ける。
確かに痣の一つもない、何だ?
すると彼の肉体に浮き出る血管が激しく脈打つのが見て取れた。
これは一体。
熱魔素を体内の血管に巡らせ体温を劇的に上昇。
排熱しようと激しくなる脈拍により血流が平時の3倍以上、実に200/mへ上がる。
それにより多少の負傷や出血程度であれば高速で血液が代謝され数秒程で癒える。
熱魔力使いの極致と言える魔素の応用だ。
涼木がそれを見て永澤は出来るのか?と疑問に思っていると心拍を落ち着かせたウォーレンが再び襲い来る。
「おっさんっ良い動きだよなっ!」
「そうだろうっ?私は完全な武闘派なのでねっ」
「君の様な素晴らしい拳闘家と戦ってみたいと昔から思っていたのだァっ!」
「そりゃあ光栄だなぁオイっ!
ーーー感動ついでに俺も能力使ってやるよ。」
「何っ?」
そう言いながら紅の様に明るく濃い魔素を全身に纏った涼木は、驚くべき攻撃を行う。
ウォーレンが一撃を入れんとばかりに突き出した右拳の正面突きが躱されたかと思った矢先。
10発。
たった1秒に十回の打拳を胴の各所へ打ち込む。
あまりの速度に予測し切れず激痛が全身を走る。
蹲りたい気持ちを抑えて渾身の魔力を血管に流し即回復に移る。
しかし逃げようと後方へ跳ぶウォーレンの背後へ
一瞬で回り込むと、そこから背面に対し秒間10発の蹴りを打ち込まれる。
拳とは比べ物にならない威力に焦りを覚え、後方へ左の裏拳を振り抜く。
それを目で捉え皮一枚で後方へ避けると振り向いた左半分の顔面に対して左回し蹴りを叩き込む。
しかもその際にウォーレンの顔面を支えに空中で右回転し、地に着けていた右脚を時計回りさせ踵蹴りを鼻に叩き付ける。
悍ましさすら覚える運動神経と、それを平然と実践する経験の豊富さに陣鉄は尚更惚れ込んでしまう。
涼木が考案した実践格闘術【疾】。
まるで風さながらに流麗な動作を実戦の段階まで練り上げた体術だ。
ネイシャの使う【アムザ体術】も強力だが、あれは形式的で対処出来ない状況も多い。
しかし涼木の【疾】は凡ゆる全ての状況に対応可能である。
ネイシャが【華麗な舞踏】なら、
涼木は【流麗な武闘】とでも言うべきか。
しかし弱点と言うべき箇所が一つある。
求められる技術と集中力、運動神経の基準が高過ぎる事だ。
アムザ体術はその点で言うと万人にも扱える可能性があるので後世に残せるが、涼木の疾は不可能であった為一代で消失した。
それが現代に甦り、ウォーレンと言う英雄にその牙を向ける。
治し切れない深傷を負い折れた鼻を隠すと、彼は涼木が殆ど余裕な顔であるのに気付き益々昂揚していた。
潰れた鼻に詰まっている鼻血を強引に噴射すると中々見るに堪える血液が飛び散る。
ウォーレンは自身の身に付けていた金色のロングコートとYシャツを脱ぎ端へ投げ飛ばし、ノースリーブの赤いタンクトップのみを身に付けた状態になる。
涼木と言う途方もなく素晴らしい武闘家と邂逅した事実に心底満ち溢れる喜びが顔に出てしまい、鳥肌が立ち始める。
涼木もまた、これだけの攻撃を浴びながら士気が欠片も落ちず傷も軽いウォーレンに敬意すら覚えていた。
両者が構えを取り、再び向かい合う。
ウォーレンは古典的で、両の拳を左右に広げ。
涼木は右半身を前に軽く握った右手を前に。
ーーーーー来る。
たった一回の呼吸の内に半径30mの場内を0.6秒で踏み込んでくる涼木の高速を、豊富な経験から即座に対応し。
踏み込む動作のみを確認すれば0.2秒程で動き出す事自体は可能なので反射的に両脇を締め左右と前方を守ると、涼木の左上段突き蹴りを防ぐ。
筋力と速度が十二分に乗った蹴りは、強化や重力魔力でなくてもここまで強烈な攻撃になるのか。
ウォーレンの左前腕の中央に亀裂の様な感触が響く。
全開で心肺を上げ回復をしつつ、涼木のしゃがみ下段両回し蹴りを何とか跳んで躱す。
しかしそこから地面に着地する前に無理矢理右脚で立ち上がり左突き蹴りを腹に打たれ、空中から空中へと打ち上げられる。
そのまま後方へ数m飛ばされると、直下へ瞬時に走り込んできた涼木が跳び上がりそのまま真下から右膝蹴りを背中へ叩き込んでくる。
何だこの速さはっ?
これが、同じ英雄なのか………。
そんな思考が頭に過ぎるも、持ち前の肉体に何とか救われからがら着地する。
しかし顔面鼻骨、左前腕、腹部、背部に走る痛みが激しく回復に数十秒は掛かる。
よろつく体に喝を入れ再度両手を握り構え直すウォーレンに驚いた顔を向ける涼木だが、寧ろ驚愕しているのはウォーレンである。
skillは、恐らく途中であった10発を高速で打ち込む攻撃がそうだろう。
だが、それ以外の体術が異次元の完成度で全く手が打てん。
これでは決着が付かない事を悟ると、ウォーレンは次の能力を解放する事にした。
「ーーーーーSecond skill《熱気》。」
「ん……………高熱の蒸気か。
それが何なんだ、一体よ。」
「もう分かるさ。
ほら、」
「あぁ?ーーーーーー何だこの熱さはっ?」
「魔素による炎を撒く《熱圧》と。
魔素による蒸気を噴く《熱気》の同時使用。」
「熱くて仕方が無いだろう?舌や喉、眼球や皮膚表面全てが乾燥してきた筈だ。」
「最終的には1分で脱水になる。
その倦怠感に包まれながら私を倒さなくてはならない訳だが、思った通りに動けるかな?」
「面白いぜ真面目にっ。
良し分った、今からお前をーーー」
「1分以内に沈める。」
「ほう!見せてくれ君の真髄をっ!
私もそれに応えようッ!」
涼木が再び踏み込みにより距離を詰めると、まるで太陽その物と錯覚する程に熱を纏ったウォーレンに能力を使用する。
移動しながら連撃を放つfirst skill《連打》。
そして此方は、
全身から霧散する赤い魔素は、その濃度故に電流の様な現象を引き起こす。
そうして【完全に立ち止まる】事を前提に可能な殺傷力に全てを割り振ったのが。
ーーーーーSecond skill《猛打》。
そう脳で唱えてより1秒間。
ウォーレンの肉体に【20発】の拳が打ち込まれ。
彼の肋骨は左右合わせて4本、胸骨の中央には亀裂が入り。
鎖骨は左右共に中心から折られ。
当然ながら甚大な痛覚信号が浴びせられ、意識が飛びウォーレンはそのまま上半身を天に仰ぐ形で立ちながら気絶した。
しかし倒れる事はなく満面の笑みを浮かべているウォーレンに心から敬意を表する。
だが一見圧倒していた涼木も、実際にはかなりの手傷を負っていた。
拳周り、足首付近に重度の焦げ痕が残されており、途轍もない温度へ躊躇なく攻撃を打ち込んだ証であり代償であった。
最早手先と足先に感覚が無く自分が立っている感覚も無くなって来ている涼木は明確な脱水症状を引き起こして自身もまた左膝を突き多量の汗を噴き出す。
陣鉄の居る最上階席までは高さ20mはあるにも関わらず、そこまで《熱圧》の影響は及んでおり此方まで魔力を纏い防がなくてはならない規模で影響を及ぼすウォーレンの強さ。
それを武で圧倒して見せた涼木。
どちらも最終的には動けずに居たが今回は涼木の勝ちという事になるだろう。
両者が先の戦いから二分程して動き出す。
痣程度は治せるが骨の損傷までは治し切れない様で痛みに両膝を突くが、しかし手まで地面には着けず何とか堪える。
涼木は喉が潰れた様な枯れ声でウォーレンに握手を求める。
ウォーレンは無事な右腕を出して互いに健闘を讃える様に笑い合う。
陣鉄が上から飛び降りて双方へ賞賛を浴びせると、今は兎に角休むのが先だと言いペルシア皇国中央にある皇居へ向かう事になった。
「何と心踊る戦いじゃったか!
語るに語りきれんわぁっ!」
「まぁしかし手傷も酷い物じゃ。
今はどちらも医務室で休んでおれな。」
「「おう。」」
「ふはは、良い返事じゃ。
では遅めの三時のおやつでも持って来るの。」
今二人はペルシア皇国中央に聳える絢爛とした城にお邪魔していた。
ここは日頃陣鉄が過ごしている場所であり急遽事情を説明し二人を迎え入れる事になったのだ。
時刻は現在3時半過ぎ。
戦いが終わったのが1時20分頃でそこから馬車の手続きで30分に出発。
ゆっくりと移動して2時間程で着いたのでかなり手早く且つ安全な采配である。
二人して横並びのベッドに座り先の戦いについて語り合う。
涼木はウォーレンの独特な戦法に面喰らい今現在もその後遺症が残っている事を褒め。
ウォーレンはこの《熱圧》&《熱気》による通称【死への1分間】を破る者がいるとは思わず今もまだ衝撃が残っていると言う。
要するに二人ともthird skillは使わないまでも全力に近い戦いを楽しめた事が久しぶりで楽しかったという話である。
それを見せられた陣鉄は尚更に悶々としていたのだがそれは二人共知らない。
ウォーレンが質問する。
あの戦いの中で見せた2連撃の体術は何と言うのか?
【疾】と呼ぶ事を伝えると感動した顔でその技術を誰かに教える気はあるのか?と訊いてくる。
誰も出来なかったから俺しか使えないまま消えたと伝えると勿体無い!とその強さを今からでも遺すべきだと説かれる。
出来る奴なんて普通居ねえよ。
ーーーまぁ【フィスタ】の奴は動き良かったからもしかするかも分からないけどな。
「もしもーし、入るぞ。
水と適当に焼いた肉じゃ、まぁ空腹のまま休むのは良くないから食べとくのじゃぞ。」
「お、気が利くなお嬢さん。」
「水か、丁度飲みたかったぜ。」
「…………儂との一件、忘れてはおらぬな?」
「zzzzz」
「水を口にしながら寝る奴がおるか!
ふざけるでないわ!」
「まぁ今回私は負けてしまった手前口出しは出来んがね。
このお嬢さんは面倒見も良いし力もある、私が認めたお前さんとくっついてくれた方が私としても気分が良いのだが。」
「……………そう、言われてもな。
約束しちまったんだ、昔に。」
「『生涯お前を守る』ってよ。
だから陣鉄、俺はやっぱりお前とは暮らせん。」
「ーーーーー五月蝿いわボケぇっ!」
「なーーーーぐぼぉっ!?」
「おいおい、涼木君になんて事をするんだ?
彼は手負なんだぞ?ーーーーぼぉっ!?」
「黙れ阿呆の呆けがっ!
普通に考えて戦いだけで済まそうとしてるのが調子良いんじゃぁ!儂を貰わんかぁぁぁっ!」
「「ぐっ」」
「まぁ良いわ。
今の鉄拳制裁で少しは気が晴れた。」
「数日後に儂と勝負じゃ、涼木よ。
儂が勝ったら儂の旦那になれ!
儂が負けたら儂の夫になるんじゃ!」
「なんだその条件!?
言っとくが俺は絶対に帰るからな。」
「…………本当に帰れると思うたか?
お主らは儂が許可を出さん限り出る事は出来ん!
部屋に窓は無いし、出入り口は一階の門番が見張っとる。」
「手を出したら暴行罪で捕らえて末永くペルシア皇国に居てもらうからの。
そうじゃな、刑期は60年くらいかの。」
「ーーー涼木君、君はとんでもない子に気に入られた様だね。
ここまで執念深いとは私も思わなんだ。」
「いやいやウォーレン、まだ遅くないぞ?
お前が行けよ。」
「素晴らしい提案だな。
だが私は元来遊び人でね、所帯を持ったりはせんのだよ。」
「クソがっ。」
そうして謎に険悪な空気が流れる中、使用人らしい給仕の女性が一人入ってくる。
陣鉄に耳打ちし何やら話をすると、ウォーレンが呼ばれる。
どうやら彼は問題ないと判断され無事に帰れるそうだ。
ーーーーいや待て。
俺は?俺はどうなんだ?
すると給仕が涼木の耳元に囁く。
ーーーーー陣鉄様を、どうぞお願いします。
いやおい、何だそれは。
給仕が静かに部屋を出る。
すると陣鉄が徐ろに同じベッドに座り込む。
涼木は少し前から狸寝入りでベッドに潜り込んでいたが、陣鉄がその毛布を軽く引っ張る。
取られまいと毛布を引き返すと、そのままでも良いと言われ突然昔話を始める。
「儂の陣鉄という名は世襲制でな。
自分が当主になる20歳までに名乗っていた実名は【赤之姫】と言うのじゃ。」
「それと、ヴァンデル帝国の帝に嫁入りか婿入りする者にしか実名を教えないと言う決まりもあってな。」
(ーーーーーは?)
「まぁなんじゃ、お主はもう逃げられんという訳じゃな。」
「そういえばお主はバルト王国出身じゃったか。お主の名称は名なのか?そんな響きには聞こえんのじゃが。」
「……………涼木、拳勢だ。
この名を教えたのは今までで妻だけだが、お前の名前を聞いた以上礼儀として名乗っただけだ!」
「む、げんけい、拳勢か。
良い名前じゃな、例えとして儂がお前に嫁ぐなら涼木赤之姫になるのじゃな、ふぅむ。」
「気持ち悪い事言うな!
したら俺は、俺はえぇっと。」
「領王拳勢、かの。」
「領王、つーんだな。
中々格好良い姓だーーーーいやそうじゃなく。」
自然と布団から出て横に座り直す。
壁越しに耳を立てていた給仕から言わせると、はっきり言ってお似合いだ。
当たり前の様に右肩へ頭を乗せてくるのにも慣れてくる。
そうして数分ぼーっとしていた。
俺は、どうしたいんだろうか。
巳浦の奴は嫁がおかしいから普通に現役で生きてるけど、俺や他の奴はもう二度と会えない。
やり直せる機会と言えばそうだが、それは妻を裏切る行為だろう。
真顔で煮詰まる涼木を陣鉄は静かに見つめていた。
それだけ確り考えてくれる良い人という証明でもあり時間が経つほど好感度が上がる。
すると涼木は暫し目を閉じ、少しして陣鉄に顔を向ける。
その顔は迷いを持たず明確な意思が宿っており、陣鉄に正面から言葉を掛ける。
給仕も壁裏で緊張している。
「俺が一生守ると誓った人はとっくの昔に大往生してる。
俺は正直良い旦那とは言えなかったろうが、俺が50で死んだ後も80過ぎまで生きたらしい。
そうして曾孫が20歳頃になるまで見届けて息を引き取ったと、後の時代で召還された時に知ったよ。」
「良き奥さんじゃな。」
「あぁ、俺もそう思う。
でだ、陣鉄。」
「……………ふむ。」
立ち上がり振り返る。
陣鉄に、最後の言葉を返す。
俺なんかで、良いのか。
甲斐性無しだぞ。
別に構わん、儂が一方的に好いておるからな。
結婚とは言っても形だけで良いぞ。
涼木は未だ悩みつつも、その提案を渋りながら受ける。
その途端人が変わった様に陣鉄が襲い掛かってくる。
仰天した様子で離そうとするが、全く動かない。
その異様な怪力に抱き締められ陣鉄からある条件を持ち掛けられる。
その内容に耳を疑ったが、顔が真面目なので冗談と笑う事もできなかった。
「儂、昔から幾つか夢があったんじゃ。
友を作る事、結婚する事。
ーーーーそれと、」
「子供を作る事。」
「段取り飛ばしすぎだろっ。
本気か?普通にお前自身それで良いのか?」
「早いに越した事は無いわ!
息子でも娘でも構わん、兎に角一人欲しい!」
「ほぉら早く脱がんかいっ!」
「いやいや待てっ!マジでふざけるなっ!
お、おいやめろ、俺は雰囲気を大切にーーー」
給仕は静かにその場から離れた。
直ぐ様給仕や召使の間に話は広まり、涼木を介してバルト王国との情報共有は無事決まり。
翌日の9月18日午前には陣鉄が公式にペルシア皇国内ギルドで冒険者登録を通した。
しかし松薔薇がペルシア皇国に出向くと何故か涼木とくっ付いて動く陣鉄の姿があり、その事情を知って困惑する事になる。
松薔薇の thirdskill《完全分析》で陣鉄の身体情報を確認した所どうやら【おめでたい】事が分かり、それも双子だと言う。
涼木は諦めた顔で陣鉄に国中を連れ回されていたが、松薔薇はそれを前向きに捉えこれからの人類の希望になる候補として産まれたらすぐ教える様にペルシア皇国の現法皇に伝えバルト王国へ帰還して行った。
こうして帰るに帰れなくなった涼木はバルト王国と友との別れを悲しむ暇もなくペルシア皇国の英雄として暫くは手厚い生活を送る事になった。
この国は法皇が務める国だけあり各国で裁くのが難しい裁判や事件を処理する役割があるらしく城内を忙しなく働き回る人々が居る。
涼木は陣鉄と共に国内の犯罪取り締まりやギルド依頼の達成を任務としてこなし過ごす事になる。
これからどうなるのか分からない不安感が強かったが、子供が産まれるまではどの道この生活だろう。
松薔薇が割と本気で産まれてくる子供の事を戦力として期待しているので、教育する立場にいた亡き妻の当時の苦労が良く分かった。
四六時中甘えてくる陣鉄へ諦めた心境で頭を撫でてやりながら、しかし悪い結果ではなかったかもと思い納得する事にした。
これで涼木は実質的な離脱になります。




