七十九話 涼木の1人旅
9月17日、午前8時頃。
2日前に配られたトーナメント参加用紙に自身の個人情報を記載して多くの武人がペルシア皇国へ訪れていた。
珍しく賑わう検問所に検閲官たちも大忙しといった様子だ。
そこに本日の本命となる人物が遅れながらも到着する。
バルト王国の英雄、涼木だ。
以前の魔王対原初という化け物試合を見に来た際、陣鉄と思しき人物を記憶していた。
綺麗な外見で髪も赤く生前の妻に似た風貌であったからか、ふと懐かしく思っていると。
何やら小火が起きている様だ。
検問に通らない人間が出たらしく、入国拒否をされたらしい。
体格の大きさはまぁまぁだが、魔力量も技術も何もなさそうだ。
今のギルドでいう【青銅】位だな。
15、16lvって所だな。
態々長い距離を旅してきたんだぞ、と怒りを見せるがこの手の身分不詳は大概何か罪状を出されている。
まぁ、入国は難しいだろう。
涼木は赤み掛かった黒髪を耳へ流し視界を明瞭にすると、適当にその男へ声を掛けた。
すると開幕感情任せの左肘をお見舞いして来る。
手厚い歓迎に感動が止まらず受けた反動を利用して上半身を後ろへ流しそのまま逆上がり蹴りを喰らわせる。
勿論最高に威力を抑えている為歯が折れる程度で済んだ様だ、良かったな。
まぁそれで済ませる訳にはいかず元の列へ戻ろうとする涼木を呼び止め、振り返り様へ懲りぬ様子で右拳を突き出して来る。
丁寧に見切りまるで徒手の手本の如くその手首を左手で掴むと猛牛を往なす様に進行方向へ強く引っ張り転がす。
周囲からは感嘆とした声と他の冒険者らしき面子から笑う様な声が飛び交い大恥を掻く。
それが、この男の堪忍袋を切れさせた。
「て、めぇぇええぇぇっ!!」
「お、とうとう武器抜きやがったな?
そしたらもう終わりだな、お前。」
「るっせぇぞこの野郎がぁっ!!」
「……………馬鹿がよ。」
そうして猛る顔で鉄剣を涼木へ振り抜く。
その横払いを軽く両足で跳び避けると、自身の勢いに振られて体勢を崩す男の頸椎を強烈に叩き気絶させた。
あまりに見事な対処に、同じく近距離での戦闘を好む者達がその正体を見抜く。
少し前にダイエン共和国で開かれた人外の試合観戦に集まっていた内の一人がこの男だと、誰かが漏らす。
そうして徐々に涼木を見る視線が熱くなって来たのを感じて即入国を頼む。
検閲官達も先程の見事な動きからして只者では無いと悟り、手早く身分証明を確認し飛ばしで入国させる事となった。
ーーーーーなんかねぇ、【臭うな】。
ペルシア皇国に入った時点で、既に涼木だけが感じ取れる魔力の名残が漂っていた。
それはつまり、それだけの強者がもうこの西門入口付近にいるという事。
涼木は今来るのか?と疑問に思いつつ松薔薇から渡された活動資金となる金貨5枚をどう使うか悩んでいた。
100kmの馬車移動だけで本来なら4金貨は飛ぶのだから、この時代に於いての100lvとは自立した車の様な物だ。
(因みに秒速50m程の豪速を誇り、これは英雄の中で最速級である。)
たったの33分程で100kmを移動する脚に掛かれば、バルト王国から北東へ200km地点のペルシア皇国に来るまで1時間少しで済む。
そうしてお駄賃と言えるお金の使い道を取り敢えず食べ物に回す事にした。
何だか古びた外観だが、年季の入ったその木小屋の額には【肉料理のゴゼー】と書かれており自然と足を運んでいた。
店内は居酒屋といった風情で多くの冒険者が酒を飲みつまみに焼いた肉を自分好みに留めて食べている。
店主は店に入って来た涼木に気付くと適当に空いている席に座ってくれと声を掛ける。
涼木は入口側の壁際に設置された2席の向かい合う卓に着く。
店内の程々に騒がしい空気に心地良さを覚えつつ、店主へ焼肉を三人前頼む。
その瞬間周りの男達が謎の緊張感を醸し出す。
涼木はその気配に暫くしてから気付いたが、時既に遅し。
三十人前はあるのでは、という爆弾の様な量の肉が横に追加された卓上へ置かれる。
男どもは楽しげにそれを笑うが、涼木はこれの値段は5銀貨なんだよな?と再度確認する。
店主は量ではなく金額を確認して来る人間はこれで二度目だと感心しながらも、料金はその通りと伝える。
すると涼木はその肉を見て明らかに涎を垂らしながら興奮した顔で焼き始める。
周囲の男どもが何ぃ!?と声を挙げるが、楽しげに焼肉をし始める涼木に負けじと追加で一人前を頼み仲間達と共同で食べ始める。
店主的にはただ単にありがたい事だが。
煙が止まる事なく1時間ほどが経過し、肉は半分以上食べ進められていた。
既に周りは全滅しており仕舞いには酒に潰される者も出て来た。
店主は現在この国に召還されている【陣鉄】とかいう女性が同じ様な表情で三人前(三十人前)を平らげたのを見てまさか?と思いはしたが不粋だと思って何も聞く事はなかった。
そうして1時間半程度で完食した涼木は動けなくなる程食べたのが久しぶりで凄まじい満足感に包まれていた。
すると拍手が飛び交い苦しそうな顔でそれに対し手を振る。
それと同時に店主に感謝も込めて金貨を一枚渡すと、何とか立ち上がり店から出る。
とんでもなかったな、他の奴等も誘うか。
ダンジョンの奴は平気で食うだろうが、巳浦とかは俺と同じ羽目になるだろうな。
そんな事を考えていると時間はもう10時頃になっていた。
現在地点の西門付近から東方闘技場まで25kmくらい、まぁ歩きでもいいか。
※吐きそうなので。
時速12.5kなら秒間3.5m程の速度で動けば丁度くらいだ。
(常人の走り程の速度である。)
そうして食後の運動とばかりに走り続け、二時間ほどが経ち。
「参加者は用紙を出せ!」
「列を乱すな!場内には英雄が控えて居るんだから騒ぐな!」
「もう始まってるな。」
「とりあえず後ろに並ぶか。」
既に開催されているらしく事前受付の行列が数十人〜百人近く並んでいる。
英雄とはある種の貴金属の様な物でその名だけでも価値があると言う事なのだろう。
すると静かに時を待っていた涼木の耳に何か不穏な言葉が入って来た。
「おい、お前もあの人目当てなのか?」
「馬鹿てめぇ、当たり前だろ!?
あんな綺麗な女の人初めてだったんだよ俺!」
「正直勝てないのは分かってるからどさくさに紛れて体に触りたいねぇ。」
「それは真面目に殺されそうだから辞めとけ。」
「…………確かにそういう奴もいるのか。」
「んー、アンタも陣鉄さん目当てか?」
「ん、誰だあんた。
俺は今集中したいんでね、あんまり小言は掛けるなよ。」
「まぁまぁ良いじゃねえかおい。
どうせ全員、」
「ーーーーあの人と結婚したくて来てんだ。」
「まぁな………………いや違うぞ…......?」
「ま、あんた顔も体もモテそうだしワンチャンあるんじゃないんかね?んじゃあな!」
「お、おう。
ーーーーーー結婚ってどういう事だ。」
外野の声に聞き耳を立てる。
明らかにその話題が大半だ。
俺は、松薔薇の話をちゃんと聞いた筈だ。
この配り紙にだってそんな文言は、
............ふぅん、書いてあるじゃん。
いやぁ、おかしいぞ。
それじゃ俺異性に飢えてるみたいじゃねえか。
もう子孫だっているし別に俺は、そんな………。
しかし、当時の家庭を思い出すと酷い光景しか思い浮かばない。
妻に毎日子育てで怒鳴られ、どうやら俺達は親としては屑らしい事を巳浦達と話していたっけ。
の割には子供から好かれていたが、それは逆を返せば妻が確り教育を施していた反動でもあったのだろう。
俺は少なくとも家庭的な人間じゃないからな、この際新たな結婚も有りなのか?
いや、それは駄目だよな流石に。
幾ら俺の生前の妻と良く似た髪だからといって、それが理由で好きですとはならないしな。
まぁなんだ、この件については陣鉄本人に直接謝れば行けるだろう。
よし、それで行こう。
と思い立った時、闘技場の頂上から猛烈な魔力を纏った何かが落ちて来る。
赤い魔力、赤い髪。
陣鉄・領王ご本人である。
彼女はペルシア皇国のお偉い方に叱られご丁寧にも白色混じりの赤いセーターに絹のスカートを身に付けていた。
髪も、先端で雑に縛るのではなく綺麗に梳かした上で背筋に垂らし、耳元の髪は項辺りで結び気品が漂っていた。
男性陣が見惚れ、女性陣も憧れる様な目を向ける中。
一人だけ見ないようにしている者が居る事に苛立ちを覚え陣鉄が歩み寄る。
その男に近付き不機嫌そうな顔で横から覗き込むと、最早目を瞑っている事に気付き怒りから後頭部を叩く。
しかし陣鉄はある間違いを犯した。
それは、一般の人間に間違っても魔力を纏った攻撃を振るっては行けないという事。
焦り始める陣鉄にその男は顔を上げて問題ないと告げると、陣鉄は安心してその顔を見つめる。
その顔を見るや否や、お互いに固まってしまう。
それは周りから見れば脈ありとも取れたかもしれないが、実際には違う。
お互いに気づいたのだ。
この相手は猛者だと、感じ取ったのだ。
陣鉄はそんな彼の肩を叩いて先程の事を謝ると、一見何事もなかったかのように本日のトーナメントについて説明し始める。
しかし、内心ではもうその男に夢中になっており時折横目を向けているのが全員にバレていた。
どちらにせよこんな面白い企画は滅多にないので全員勇んで参加はするが。
数分の説明が終わり先着順に戦いたい相手を指名するよう話が進むと、一斉に互いを指差し始める。
涼木はどうしたものかと思い歩き回っていると、やはり来た。
陣鉄が再びマイクを取り、追加の説明をする。
それは、この男は特別枠で最終的に残った者と戦う形にする、と。
その途端男女たちの熱意が上がり、殺すような目を向けてくる。
なんて迷惑な女だと思ったが、まぁ雑魚と戦わなくて済む点は楽で良いなとも思っていた。
そうして陣鉄に腕を組まれて騒々しい外から闘技場の最上階にある特別な観戦席へ連れ込まれた。
お主は此処で儂と一緒に観戦するのじゃぞと言われ妙な鳥肌が立ち始めたが、その悪寒は即当たる事になる。
突如涼木の身に付けている白のYシャツ越しに左手をゆっくりと当て弄って(まさぐって)来る。
幾らなんでもそれはおかしいだろと手を退けようとしたが、その手を優しく右手で掴むと自身の右頬に当てさせる。
急なスキンシップに気まずくなるが、それを気に留めず段々過激になりそうな陣鉄の両手を無理矢理退かす。
しかし陣鉄は先の手触りから金属の様に鍛え込まれた肉体である事を理解し、ゆっくりと頭を右肩に擦り寄せその右腕にしがみついて来る。
涼木も何も思わない訳ではないので静かに緊張し始めていたが、女からの行動にしては急展開過ぎるため一旦そのしがみついた身体を剥がす。
そして、すこし赤くなった顔を落ち着かせて明確に目的を告げる。
「俺は、お前と戦いに来ただけだ。
間違っても伴侶にするとかは無いからな。」
「……………な、何を言っておるのだ?
用紙に書いておるだろうが、勝った者が女なら儂の側近にし、男なら結婚じゃ!」
「儂は正直言ってお前がかなり好みじゃ!
仕草もその毅然とした態度も、そして力も何もかもがもう気に入っておる。」
「そ、そうなのか。」
「あと、その少し赤い髪が自分に似ている様で好きじゃったりもするぞ。」
「最後に実力を見せて儂に勝ったら、お前は見事儂の旦那になるのじゃ!」
「だから、それは無理なんだっての!
俺もお前の事を昔の妻と被せたりはしたけど!」
それを聞いた陣鉄は、急に顔を赤くする。
柄にもなく静かになるのを見て何か言ったか?と思ったが、確かに異性からしたら好きな人と似てますと言ってる様な物か。
不味いな、これは。
陣鉄がさっきよりも馴れ馴れしくなった。
何普通に流れで俺の右手を握ってんだよ。
こんなの巳浦達に言えねぇだろうが。
あまりの恥ずかしさに右手を引くが、異常な怪力で逆に引っ張られた。
何だこの力?
陣鉄はセーターの袖を捲る。
そこには自分と同じ様に鍛え込まれた見事な腕があった。
そうして然りげ無く涼木の袖も捲りその強靭な腕を見て照れている。
肉体的な自信はあったが、女で此処まで鍛えるのは相当だぞ。
どんだけ強いんだ?こいつ。
下手しなくても普通に負けるかも知れないと思ったが、それと同時に疑問も一つ浮かぶ。
もし俺がお前に負けたらどうなる?と訊くと、彼女は突然上から目線になる。
「それはお主、そこらの雑兵であればただ半殺しにして帰すだけだぞ?」
「んーでものぉ、お主はその辺に居ない位に強いじゃろうし?特別に夫になってもええぞ。」
「ふーん、避けられないんだ。」
「でも、それは儂が期待している通りの実力があればの話じゃ。
その程度もなければお主だろうと雑巾になって貰うだけじゃぞ。」
そう言う彼女の赤い眼は、まるで血そのものの様に美しく。
それと同時に涼木の闘争心を燃やした。
陣鉄の左手を強く握り返すと、まるで巳浦達と手合わせをするときの様な明るい顔で断言する。
「それはこっちも同じだね。
俺が照れるなんてまず無いからな、期待通り強い女であってくれよ?」
「え………そ、そうじゃな。
…………儂も同じ様に見られておるのか、こんな対等な感覚は初めてじゃのお。」
「まぁ、俺は少し休むわ。
百人は居たからな、一戦1分だとしても1時間40分は掛かる。
今が正午過ぎだから、ざっくり午後2時頃か。」
「アンタは進行があるだろうし、その辺は頑張ってくれ。
ーーーんじゃあちょっとだけおやすみー。」
「うむ、よく眠れ。」
「おうーーーーーーーーーzzz。」
陣鉄の人生に於いて、ここまで対等に喋る事の出来る人間は1人もいなかった。
ただ孤独な強さに恐れを抱かれ、畏怖の対象として崇拝されるのみであった。
そんな彼女の密かな願いである友達を作る事が、今叶った様な気持ちになった。
少なくとも彼女はもう、涼木を只の知り合いには見れなくなっていた。
そうして良い顔で眠っている涼木を時折見つめながら、司会として確実に試合を取り仕切って行くのであった。




