六十四話 第一試合
少し間が空きました。
互いに30×30mの円形舞台へ進行する。
片や右から登るブレイド。
その16歳の若さとは不釣り合いな魔力量を感じ取り、反対陣営の機関親衛隊の11人も肌で理解していた。
(エヌル、ウヌルはマイク実況係として舞台奥の壁際に設置されている部屋からお送りする。)
ブレイドは独特な緊張感のあるこの場に於いても、平常を保っていた。
いや、というより何とも思って居なかった。
俺は他の生徒の眼前で全開に泣いた経験があるからな、この程度どうって事ねぇ。
ーーーーなんか虚しいな。
そんなこんなで自前の木剣を取り右手に握る。
ブレイドに明確な構えは無い為、普段から無造作に刃先を左に向ける様に構えている。
素人同然の所作に観客が笑うと、その事で恥ずかしくなって来た。
喝を入れるつもりで魔力を全開に纏う。
ーーーーっ!?
その魔力の波動は、既に一国の軍人、騎士の上澄みに相当する力を持っていた。
笑い草にする人々を気で押し込むブレイドに、皆が自然と興味を持ち始める。
と、その時。
「ん?ーーーーーアルバ様だぁぁっ!!」
「何だと?何処に居るんだ!?」
「おいガキ!アルバファンを敵に回す様な事はするなよ!?」
「いや、何だよそれ。
具体的に何が駄目だってんだ…………」
そうしてアルバが登場する。
決まりとして中央に両者が揃い、健闘を祈り手を握るのが通例となっている。
仕来りなら仕方ないとブレイドは恥ずかしそうに右手を出す。
(同年代じゃないと気まずい………)
突き出されるブレイドの左手に左手を出す。
ーーーーかと思われた。
彼の左手を包む様に両手で上下に挟み、優しい母の様な笑顔で一言だけ、
「宜しく。」
そう言って離れていった。
ブレイドは握手の基本が分からなくなっていたが、観客席からは謎の非難が殺到していた。
ーーーー死ねぇ!
ーーーーどういう関係だぁ!?
ーーーーきゃぁぁあぁぁっ////
非常に気分が乗らない。
というか帰りたい。
そうして双方が獲物を取り、中央から10mずつ離れた位置で開始を待つ。
その際、ブレイドはアルバの武器の構え方に既視感を覚えていた。
ーーーーこの右脇に携える雰囲気、ロルナレ式の剣術によく似てる。
て事は、基本刺突系か?
一方のアルバも熱烈な視線を向けてくるブレイドに優しい顔で手を振る。
ブレイドは意味が分からず首を横に振り、そういう視線じゃないと伝える。
上手く伝わらず、後でして欲しいと解釈されるに至る。
凛堂は右の特別席から大笑いしていた。
そうして、始まる。
数秒前の時点で、まるで鷹の様に刺し殺す勢いの視線を突き付けられる。
あまりの落差に驚いたが、ブレイドもそれに応える形で向かい合い眼を合わせる。
エヌル達の5カウントが進む。
5〜!
4〜!
3〜!
2〜!
1〜!
ゼ、
「どうした?早く起きろ。」
「ーーーーーー。」
「…………何だ?まさか、この程度か?」
「私を、失望させるな。」
「ーーーーーーっ?……………な、にがっ」
絶句。
あの凛堂ですらも幾らか興味を持つ。
これは技術ではない。
恐らくは。
凛堂は席から立つと、ブレイドに全力である言葉を掛ける。
意識が薄れている中、その内容を聞き目が覚める。
「ーーーーskillだ!気抜く死ぬぞ!!」
「っ!!ま、まずぃっ。」
「ん?skill?ほぉ、この技はそうなのか。
最近覚えた技でな、とても強く気に入ってる。」
「さぁ、目も覚めたな?早く構えろ。」
「く、くそがっ」
「構えろと言ったはずだ、行くぞ。」
これだ。
この、直立した状態で右脇の細剣に手を当てがうと途端に雰囲気が変わる。
技術でも何でもない、これは能力。
あの巨人や、巳浦爺さんが使う技と同類っ。
アルバが鞘から剣を引き抜く。
すると、視界から瞬間で消える。
何だ?何が起きて、
強烈な衝撃。
たった一回の踏み込みを高次元に引き上げ、即相手に触れられる距離まで詰める。
これが、アルバの能力なのか?
基本の打ち込み自体も強力で手が付けられな、
一瞬で吹き飛ばされる。
構えと言えるかも分からない抜刀前の所作を見た時点で、次の瞬きには360°の何処かから必殺級の一撃が斬り込まれ、突き付けられる。
なんだ、何だこの人っ?
ブレイドは現在、地獄の稽古を付けられていた。
その姿を見て、親衛隊全員も戦慄する。
尋常ではない、以前から勿論強かったがこれまでの比ではない。
これが、skillと呼ばれる異能を習得した人間の力なのか?
アルマは誇らしげな顔で反対席の凛堂達へ自慢したそうな顔を見せる。
凛堂は現代では稀に見る強者に少し食指が働いていた。
自然と垂れ流れていた魔力は、現在戦闘中の両者にも届いていた。
その魔力の凶悪さには集中していた双方を硬直させる程の圧が込められていたが、アルバはレイブンの時とは違いその纏わりつく魔素を自らの剣撃で振り払い無効化した。
目覚ましい成長に、観客席のある人物が感心していた。
レイブンである。
現在はまださして急を要する依頼は無い為面白そうな催しの噂を聞き朝から待機していた。
周囲の人間の幾らかはその長身で筋肉質な黒髪の男が只者では無いと本能で悟り数席間を空けていたが、自国の反英雄である事を知る者は居なかった。
それよりも、以前とは別物の様な速度を手に入れたアルバに純粋な武人として興味を持ち始めていた。
最初に出会った時からそれなりに良い動きをしていたが、あの踏み込みの瞬間のみに限定すれば俺と同等かーーーーーそれより速い。
興味津々な様子の謎の男に逆に周囲の人々は好奇心を刺激されていた。
それより今は、当事者の問題である。
木剣が折れ掛けてる。
何なんだよ、こんなの人間から外れ掛けてるじゃねえか。
必死に魔力を込めて、【魔剣】状態に移行する事で武器の全壊と自身への負傷を防いでいた。
それを見て感心しながらも、アルバは単純な近接戦ですらブレイドの一枚、いや二枚上手であった。
学院で日頃から裏代表のガトレット達と手合わせしてたけど、それでもこの様。
以前のままなら、瞬殺。
しかし、ブレイドは必死の防御の中で薄ら笑いを浮かべていた。
それを見たアルバはまだ何か手札があるのかと用心深そうに距離を引く。
ブレイドは顔面に心底楽しそうな表情を出しながら大声で笑う。
嫌でも注目される。
アルバ。
英雄達みたいな人外ではなくても、この人はここまで強くなれたんだ。
爺さんの背中は、無限に近い距離だけど届かない訳じゃないんだ。
楽しい、面白ぇなぁ。
大声で笑い続ける。
奇怪に思いながらもアルバは再度構えを取る。
その時、ブレイドも右手のみで握っていた柄を両手で握る。
そして剣道同じく正面へ縦に構える。
警戒よりも好奇心が勝ち。
彼女は再び【瞬詰】を使う。
このskillは魔力消費も略無く常時連発も可能である。
つまり、未だ本気では無かった。
そして、鞘に手を掛けた瞬間。
ブレイドが喝を入れる様に響く一声を挙げる。
放たれる。
ーーーーーー【真空剣】。
突っ込んだ瞬間、眼前に迫る膨大な魔力の塊。
ソディア戦で見せた縦3、横1mの斬撃。
ブレイドは反応できないのを込みで持続を置ける巨大型の真空剣を撃ち、置いていた。
咄嗟に迫り来るので流石に戸惑いはしたが、即対応を切り替えて真空剣の横幅が浅い事を見抜き右から迂回する。
秒速10m程の速度で迫る攻撃を平然と見切り躱されて驚きを隠せず。
ブレイドが斬撃を放った後の隙を当然の様に突き、右手の甲を突かれた痛みで木剣を落としてしまう。
慌てて拾おうとするも、真上から両手で握った状態の真下突きを喰らい木剣が中心から割れる。
何を普通の顔で割っているのかと思ったのも束の間。
何故か自身の持つ木の細剣を遠くへ投げ飛ばす。
意味が理解できず固まるが、右手を軽く開き正面へ少し突き出す姿勢を見て把握に至る。
ーーー態々五分まで条件を落としやがった。
舐められているのに気付き、堪えられず反射的に前方の彼女へ走り出してしまう。
フィスタ程ではないが、ある程度徒手も行ける。
が。
右拳の直進を、真下から左掌で打ち上げられる。
揺らいだ姿勢にすかさず左足の突き蹴りを腹に喰らう。
吐きそうになる衝撃をギリギリで耐え、反撃に転ずる。
足元への左足による下段回し蹴りを放つが、軽く跳ばれて真上から脛の左側面を踏みつけられる。
骨に響く痛みに歯を食いしばる。
怯まずに倒れた姿勢から右足と右手を軸に起き上がり、体当たりで退け反らせようとする。
しかし、一見しては分からないだけで身に付けている軽装の長袖服の内側には頑丈な腹筋が確かに存在した。
固めた腹に頭を止められると、逆に低くなった自身の体勢を上から両手で抱えられ、女とは思えない力で背後へ投げ飛ばされる。
本能的に危険を感じ地面の煉瓦にぶつかる手前に体の右半身に魔力を全開で纏い衝突を緩和する。
偉い偉い、と言った風体でゆっくりと歩み寄ってくるアルバに初めて格上なのだと恐怖心を抱く。
何か、切り返す手段は。
ーーーーーーある、ある。
突然真後ろへ走り出す。
そこには元々アルバが後方へ投げ捨てた木の細剣が落ちており、アルバも驚いた顔をしていた。
なるほど、そういう手もあるな。
感心したぞ、ブレイド。
時折優しい顔を見せるので緊張が妙に崩れるが、改めて集中して戦いに意識を向ける。
状況だけで見れば、こっちが有利。
だけど、さっきの唐突に間合いを詰めてくるskill?
あれが、剥き身でも使えるのかが問題なん、
土煙。
あぁ、使えるんだ。
気付いた時には顎を右手の掌底で打ち上げられていた。
視界が揺らぎ、耳も遠くなる。
このまま、真面に抵抗も出来ず負ける?
嫌だな、もう恥は掻きたくない。
せめて、一発。
何か。
足掻きを。
真下を見る。
彼女が残念そうな、悲しそうな顔をしている。
まるで、もうこの戦いが終わってしまう事へ心残りがある様な。
ーーーー気にいらねぇ。
突如。
枯れたと思われたブレイドの全身に先の真空剣を放った時と同等以上の魔力が纏われる。
眼を見開き動揺するアルバに対し、不意打ちの頭突きを食らわせる。
しかしブレイドの方が痛がっており、アルバは額を摩って感動した様な顔をしていた。
親衛隊一同は、別格の存在になった彼女相手にここまで対抗出来る少年に嫉妬していた。
何故、あの若さでこれだけの力を。
自分ですらあの歳の頃は、まだ先代の見習いだったのに。
しかし、何にせよアルバの有利は動かない。
攻めた立場で何故か怯んでいるブレイドを前に一歩、一歩と静かに近寄る。
ブレイドもその気配を感じて終わりを察知する。
まぁ、そうだよな。
一国の頂点だ、強いわな。
でもさ、ありがとう。
お蔭で励まされた、上を目指せるって。
涙ぐんだ目で上を見上げる。
そこには首を少し横に傾けて腰を低く見つめてくるアルバが居た。
まるで倒す様子が無い。
意図が、分からない。
一言訊かれる。
もうこれ以上は無理か?と。
いや、まだいける。
俺はまだ、出し切ってない。
やれるんだ。
俺はまだ、
「やれるんだぁっっ!!」
「ふ、そうか。良い気合いだ。
だが今回は終わりだ、もう眠れ。」
「え、」
静かに肩から寄せられて、ゆっくりと胸元に顔を埋めさせられる。
母さんと同じ花の香料を使っているのを匂いで理解すると、不思議に力が抜けていく。
だらりと力が緩んだ体をそのまま抱き止めると、エヌル達に手を振る。
終わりの合図だ。
「お、終わりです〜〜〜!
一回戦、ブレイドVSアルバは後者の圧勝!」
「凄すぎで〜〜〜す!
でも、そのアルバ様相手にここまで抵抗した彼もまた凄かったでーーす!」
観客達も大いに盛り上がる。
あれがアルバの実力だ、と。
だが一部の戦い好きの観客はブレイドの力に注目していた。
彼は何者だ?あの年齢で抵抗出来るとは凄いと。
その時、凛堂が軽い跳躍で中央まで15m移動。
何やら察知したエヌルがマイクを投げる。
そして熱冷めぬ観客達に向けて、大声で説明する。
「あー、さっきの奴はブレイド。
かの大英雄、巳浦の直系の子孫だ。」
ーーーー何!?
ーーーー子供ぉぉぉっ!?
ーーーーお前昨日街で飛び回ってたろ!?
「ーーーーんっん。」
「フィスタは【血拳】涼木の子孫だ。」
「クラスは【賢者】松薔薇の子孫で。」
「フレムは【双炎】永澤の子孫だぞ。」
その場の一同が押し黙る。
それは本当なのか?
いやしかし、先のブレイドと言う少年の武力、叶わぬのは当たり前としてダイエン最強のアルバに幾らか抗っていた。
他の三人も同様に。
期待感が場内を包む。
三人は無駄な事を口にする凛堂に怒りが収まらなかった。
そして強烈な重圧が全身に掛かり始める。
どうしたものか、みっともない姿を晒したら地獄だ。
誰が次に行くのか擦り合いに発展する。
にしても妙だ、ブレイドが戻って来ない。
民衆もそう思ったのか舞台を見ると、アルバがおんぶで親衛隊側の控えに連れてっていた。
どう声にしたら良いか分からず全員無言になる中。
観客席の上階から跳んで落下してくる人間が一人いた。
その魔力の質にアルバが咄嗟に振り返り。
凛堂も自身のすぐ真左へ落ちてくる者を流れで見つめる。
フードを外套ごと外し、漆黒のラバースーツで強調される筋肉質な全身をそのままにアルバへ声を掛ける。
俺は、お前の行末を見守るぞ。
そう一言だけ告げる。
その言葉を掛けられた途端。
ブレイドを素早く仲間に預けると【瞬詰】で背を向けていた彼の正面へ移動する。
そう、レイブンである。
「レイブン。」
「どうした。」
「私は叶うなら今でもお前の事を、」
「残念ながら俺より弱い女に興味は無い。」
隠し持っていた小さな刃物を【瞬詰】で彼へ放つ。
だが。
右手首をそのまま左手で握られる。
ほぼ同速という事は、同時なら対応出来るという事だ。
刹那溢れる鮮血色の魔力が体の輪郭を型取り空中へ残る。
まだ、私の手は届かないのか。
だがその成長をレイブンが密かに褒める。
それが、アルバにとっては訣別と決意の境目となった。
耳元でネイシャと宜しくやるんだなと伝え、控えへ戻る。
そして、レイブンも同じ様にその場から離れようとしている。
だが不思議、一人だけ許さない。
凛堂だ。
182cmの自分より更に大きな190cmの長身を誇るレイブンの右手を掴み、留まらせる。
「…………俺、邪魔が嫌いなんだよ。」
「ふーん、俺もなんだね、これが。」
「「ーーーーーーー。」」
レイブンの嫌悪が、一気に殺意へ変わる。
アルバも良く知っている、彼の狂気。
だが、それ以上に危険な者がこの場には居る。
慌てて声を挙げる。
彼とは戦うな!無理だ!レイブゥゥンッ!!
鼻で笑い全力の右中段蹴りを凛堂の腹へ打ち込む。
……………左手で掴まれた?
あり得ないと驚愕するのも一時。
右手と右脚を両手で掴まれた状態で、魔力を完全に解放した凛堂に全力で空に投げられる。
高度30m程まで投げ飛ばされながら、反射で【血の拳】に【血の追尾】を重複。
滞空から真下へ振り向き落下しながら何度も魔力の砲弾を撃ち出す。
どうする?
少し考えたかと思うと、地を擦る程の長尺の黒コートの内側を翻す。
ーーーーそこに、10〜20本程度の魔力を帯びた黒刀が現れた。
危険を感じ、レイブンは【血の拳】から【血の槍】に切り替える。
ーーーー真下から、Special【居合】を打ち込まれる。
3秒程の溜めにより三魔力が集約され、幾つもの魔弾を容易く消し飛ばし、予測通りレイブン本人まで到達した。
威力を削いだお蔭で、血の槍に最大まで魔力を込め突き刺し相殺に成功する。
そして、何とか無事に着地する。
凄まじい両者の攻防。
先程までの騒ぎは何処へやら。
冷や汗を掻きながらも冷静に凛堂を視界に捉えるレイブンを他所に、当の凛堂は少し気分が晴れた様な顔で一言。
ーーーー反英雄、許してやるわ。
………………は?
レイブンは謎に戦いを挑まれた挙句軽く死に掛けたと言うのに平然と上から目線のこの男に怒りが湧いていた。
しかしレイブンも馬鹿ではない。
この男が人間ではないのを体で察知し、武器を消す。
自分にも非があったかなと思い短く謝る。
凛堂も、すぐ熱くなっちまうもんで悪いねぇ。
と一言。
数秒視線を交わすと、レイブンは普通に跳んで席へ戻って行った。
凛堂も同じく控えへ。
瞬き数回の後、大興奮に包まれる会場。
そんな熱気の中、次の対戦カードが決まる。
「おっほーん、次のカードでーす。」
「フィスタ君とダルフさん、どぞー。」
「ーーーーーーー気まずい。」
「あぁ……………当然期待外れだ。」




