五十九話 反英雄vs英雄
松薔薇は然りげ無い身振りでスカンツの右内ポケットに手を入れる。
そこに仕舞われていたホルダーと六発装弾式のリボルバーを取り出して右腰に取り付ける。
これが基本の戦闘体制だ。
一方のレイブンも先刻口頭で伝えた口約束を確実な契約にする為ある文言を口にする。
ーーーーFirst skill《血の契り》。
そう言うと、彼は自身の親指の腹を歯で噛み切り、そこから流れる血で空中に文字を描き始める。
『血は誓う、決して違う(たがう)事はない。
彼の者を信じ、彼の者も信じ。
両者宣誓を契り、この場に儀を約める。』
『甲眼鏡の男、乙黒の血者。
甲の魔力及び乙の魔力を併せ完了とする。
此処に、絶対の書を記し残す。』
「………面白い skillですね。
その紙を私が取り込むとどうなるのですか?」
「口約束じゃなくなる。
違えれば魔力を丸一日封印される、当然待つのは一方的な展開だ。
最初からお前の魔力を甲に設定してるからどの道自動で発動する。
ーーーーー改めて、宜しく。」
「えぇ、宜しくお願いします。
そして、さようなら。」
何の前触れもなく。
銃声が響く。
その魔弾はレイブンの右脇に直撃した。
ーーーーこいつ。
想像よりも徹底してるな。
素直に強い、そう感じた。
それと同刻、嘗ての記憶を思い出す。
人界包囲戦闘組織【闇】。
そこに所属していた10人の幹部との戦い。
それはレイブンにとって人生の壁と言える存在であった。
血術使いの能力へ天敵となる skillを持つ人間が育つ様教育、管理している組織だった。
その中でも幹部十位人と呼称される上層部の人間は強かった。
明らかに此方側が噛み合いの悪い skillを持った猛者共との日々の争いが、レイブンをここまで荒ませ、強くした。
そんな、古い記憶を思い返す。
そうして前方へ即座に生成した血の槍を投擲する。
後方に軽く仰反った姿勢から右足で立て直し、最速で右円盤投げの動作で槍を投げ付ける。
軽くそれを目線だけで確認すると、右手に持っていたリボルバーの銃口を前方左から迫る槍の先端に合わせる。
そして呟く。
「………first skill《観察》。」
そう宣告したと同時。
脳内に正確な物理演算の計算結果が映る。
現状の銃口方向では弾頭が槍の先端部分に丁度当たり分断される。
であれば…………側面。
少し銃全体を右に動かし、槍の横を撃ち軌道をずらす。
そう結論を出した瞬間、実際に行動に移す。
槍は見事に左側へ弾き飛ばされて不発に終わった。
レイブンは怪訝な顔付きになるが、松薔薇が遠距離からの攻撃を得意とする以上接近戦が有利と見て直ぐに作戦を変える。
fourth skill《血の拳》。
それを両腕に嵌め、更に可能な限りの速度で体内の血流を高速化させる。
その直後からレイブンが地面へ踏み込む度に爆発的な推進力が生まれ赤黒い魔力の残像が残る。
それはネイシャ戦でも見せなかった速度を記録し、呆けていたネイシャも正気に戻り感心する速力であった。
そうして秒速30m以上の速さで松薔薇の元に飛び込み、最高まで速度の乗った右斜め下から左上に掛けてアッパーを打ち出す。
鬼気迫る様相に武人達は息を止める。
それに対して松薔薇は至って冷静であった。
涼木程では無いですね。
威力は………同じ位でしょうか。
しかし観察を行う余裕がある以上、動きは知っています。
貴方は次にーーーーーその拳を止める。
レイブンは全速力を乗せた右腕を急激に停止させる。
周囲が目を見開く動きを見せつつ、反応出来ていない様子の松薔薇に左拳から放つ魔力の砲撃を打ち込む。
これならどうだ?
予想出来ないだろ。
確実に当たったと、自信を持つ。
だが、その期待は叶わない。
飛んでくる左拳の魔弾に対し、右手に持っていた銃を真下に向ける。
そして、瞬間遅れる時に弾丸を撃つ。
そしてそれは見事血の拳による魔弾を相殺してしまった。
レイブンは、その予測能力の高さが異常である事に僅かに恐怖を感じる。
そして一瞬硬直したレイブンの左膝に向けて一発撃ち込む。
反応し切れず撃たれ、鈍い激痛と静かな出血が起こる。
ネイシャは、まさかこの眼鏡の男がここまで強いとは思いもしなかった。
確かに接近戦では二流、或いは一・五流だ。
だけど、武闘派として上級以上の実力は持っている。
そんな彼の動きに防戦どころか、容易く対処している。
おかしい、何か変だ。
経験だけでは無理な対応……………もしかして。
レイブンは何とかその後続く二発の銃撃を血の拳で弾き返す。
当然の様に左脇や顳顬など弱点ばかり狙って来る容赦の無さに、同じ英雄級でも格の差がある事を感じ取る。
そうして六発の装弾を空にした松薔薇が魔力を込めて再装填する動きに攻撃もままならず背後へと引いたレイブンは、心の中で声を掛けられる。
普段から頻繁に喋り掛けられる訳では無いのだが、こう言った命に関わる戦闘ではかなりお呼びが掛かる。
そうして今回出てきたのは、ベフマ・ノーズ。
(相手強そうだね。
レイブン一人じゃ無理じゃないかい?)
(ーーーー正直、厳しいな。)
(でも好きな子が居るから頑張って張り切ってるんでしょ?律儀だね。)
(うるせぇ。
まさか、小言言う為に態々来たのか?)
(まさかまさかっ。
血の槍の軌道読まれてるよね、きっとあの眼鏡の人は攻撃を予測する術を持っているんだ。
僕なら10本は同時に操作出来るけど、君じゃ2、3本が限度だろ?交代しようよ。)
(………………。)
実際、ベフマが本気を出した時の血の槍の危険度はレイブンが使用する場合と比べて数段危険度が増す。
何ならレイブンは瞬間的に自身と血者を入れ替えて戦うことも出来るのだが、本人が抵抗感を持っている為人生でも未だ行った事はない。
それはそれとして、仕方無く妥協の決断を下す。
レイブンは薄れる意識の中、ベフマが本気で切れている顔をしているのを見て確信する。
(ーーーーーー止めときゃよかった。)
(もう、止められねぇよ。)
ほんの数秒赤黒い靄が立ち込めたかと思えば、そこにはレイブンではなく別の人間が立っていた。
松薔薇は反射的にthird skill《完全分析》を掛ける。
すると、全く別の情報が浮かび上がってきた。
《名称:ベフマ・ノーズorブラッド・ノーズ》
《種:人間》《LV:100》《系統:流液》《性別:男》
《second skill:血の槍》
《blood skill:血の呪い》
瞬時に把握する。
彼は二人目の血術使いだと。
「ベフマさんですか。
貴方達血者は随分と面白い人間ですね、ステータスが全く別人になっている。
仕切り直しておきましょうか、こんばんは。」
「ん?僕自己紹介したかな。
君こそ随分面白い skillを持っているんだね。
うん、こんばんは。」
何やら様子が変わったレイブン?の姿を見て黙るロルナレ家達を置いて。
ネイシャは以前見たマルテス・エルムと名乗る男。
そしてロウス・マクレナと自称する女の姿を思い返す。
そして、初めてレイブンに血の契りを使われた時に見た記憶で居た頭部から流血していた男性。
彼の名前が確か、ベフマ。
「僕としては戦わずに済む結末が理想なんだけど、そうも行かないよね。
君が構える銃が僕の体から標準を外す気配が無いし。」
「当然でしょう。
負ければ条件を呑まなくてはならないのです。
よって、貴方々には負けて貰います。」
「そうか、仕方無いね。」
「ーーーーーSpecial skill《十連槍》。」
「っ!?何だっ?」
ベフマの両手に5本ずつ血の槍が生成される。
そしてそれらに対して更なる上書きを行う。
fifth skill《血の追尾》を掛け、当人の手元に全て帰還する状態となる。
現存していた当時には使えなかった能力だが、血術使いの最後の人間であるレイブンに憑依した状態でのblood skill《血の呪い》により本来は不可能な未来の血者の力を掛け合わせる事が可能となっていた。
そうして編み出されたこの力、最凶。
空中に10本全てを投げ飛ばす。
それ等は全て不自然な直線軌道で手元に戻る。
それを確認すると、無感情にも見える顔で松薔薇の眼前に槍を投擲する。
その際の大きな予備動作はなく、顔を向けると同時に指一本を軽く曲げて投げていた。
この時点で《観察》を使う予兆確認が困難となってしまった。
目前に飛ばされる血の槍。
何とか銃本体で横に殴り軌道を変えると、それは矢の如き速度で本人の手元へ飛び帰る。
そして、今度は2本の槍が両手から一つずつ射出される。
内心ではこの状況をどう乗り切るか。
その思考で一杯であった。
だが目前に迫るニ槍をどうにかせねばと前方右の槍を撃ち落とし左を何とか銃本体で叩き落とす。
この時点で対応は限界に近い。
しかし。
次はと言った顔で、右手に持つ3本の槍を川の字の様に縦向き横並びで同時に投げ付けてくる。
即座に一番上を一発で撃ち落とし、その後中央槍の棒状の持ち手部分の上側に弾を掠らせて軌道を下にし、更に下側にあった槍に衝突させる。
ベフマが軽く感心する。
しかし松薔薇はこれ以上どう返すか思考するので手一杯であった。
今度は両手から2本ずつ槍を投げる。
しかも軌道が全て外側から内へ2本、真上から楕円を描いて斜め下に2本となっており槍同士の衝突は狙えなかった。
反射的に《観察》を使う。
何か、何か突破口はっ。
ーーーーー上側の到着が遅い。
右から回り込んでくる槍が一番早い、まずそれを撃ち落とす。
その後飛び上がって左から来る槍を踏み落としたら、上に跳んで右上から来る槍を撃ち落として左上の槍を銃で殴り落とす。
そしてそれを実際に行う。
仮に予測出来る能力があっても、それを活かす発想と身体能力は当人自体の力だ。
ベフマは面白い、と自然に発する。
5本。
片手から全て投擲される槍は、纏めて束の様に正面から迫ってくる。
単純ながらこの質量を防ぎ切る術は無く、松薔薇は決心して自然魔力による物体構築を実行する。
正面で緑色の魔力が霧を作る。
そして脳内で描いた巨大な筒を即席で作成する。
それを両腕で持つと左半身が前側になる姿勢で構える。
そして、目前で起こる結末にベフマは高笑いを起こす。
「いやぁ、凄いね!本当に凄いよ。
物の1秒で80m近くの速力を誇る槍を前に、咄嗟に作った筒で対応するとは。
実際強度は不足してるからさっきの衝突で壊れはしたけど、守れただけで十分過ぎる。」
「ーーーッありがとうございますっ。」
「感動次いでにーーー10本はどうかな。」
「え?」
そうして顔を見上げた時。
正面に10本の槍が投げ込まれる。
それ等は全て別角度から進行しており、単純な作戦では到底凌げる物ではなかった。
(これはーーー)
松薔薇は考える。
筒では無理、撃ち落とすにも2本程度が限界。
鎧?貫通される。
盾も強度不足。
……………………仕方無い。
銃を正面に構える。
期待の目を向けるベフマに一瞥をくれると、一呼吸置いて口にする。
「ーーーーSpecial skill《最速装填》。」
そう口にして最も接近していた槍に一撃を撃ち込む。
それまでなら0.5秒程度の間隔が空いていた。
だが、全く違う光景が広がる。
限りなく連続して鳴り響く銃声。
それはつまり、単発でなく連発。
リボルバーであるにも関わらず、秒間10発の連射速度で大量の弾丸を射出していた。
(分間600発に相当する)
それにより見境無い弾幕で槍が撃ち落とされていく。
ベフマも驚愕の表情を見せる。
おいおい、今までと全く違うじゃない。
何だ?あの異常な連射速度は。
僕の槍が悉く落とされてしまったぞ。
しかも彼の纏う魔力が先程までと違って全て右手に集中している。
ーーーーー成る程ね、魔弾の装填速度を強烈な魔力注入で加速させてる訳か。
凄いね、あの武器。
普通の武器じゃない、どういう造りだ?
ベフマは完敗といった顔で手を上げる。
松薔薇は直ぐに魔力を抑えると改めて銃口をベフマに向ける。
「その体勢は、負けで良いんですか?
条件は戦闘不能になる、でしたよね。」
「そんなの喰らったら死んじゃうよ。
ほら、今代わるから待ってて。」
「ーーーーーおっと。
いやアンタ、実力隠し過ぎだろ。」
「そういう物でしょう。
貴方にもまだ奥がありそうですしね。
…………私にもまだある様に。」
「うわ、まじかよ。
いや悪いネイシャ、勝てそうにない。」
「嘘ぉ。
松薔薇とか言う人、凄い強いじゃん。
私でも勝てないよ。」
「他の血者が出た所で多分あの連射には歯が立たなかった筈だ。
…………おっと、魔力が封印されちまった。」
「では、条件を提示します。」
二人が諦めた様子で座り込む。
無論常人からしたら化け物同士の戦いでしかないが、ネイシャ達は一大決心で国から出た割に二戦二敗しただけに大きな傷を負った。
そんな二人に出した条件。
それは。
二人に手を伸ばす。
呆然とする両者の体育座りした手を片手ずつ取って立たせると、松薔薇はこう言い放った。
「私が運営するギルドに冒険者登録をして下さい。
そこで白銀腕章を授与しますので権限を使い各国各地に飛び回り、書記を集めて下さい。」
「…………書記集め?でも、私達にも立場があるし。
どうするつもり?」
「簡単です。
バルト王国の書記はお見せしますので、それでバルト王国との仲結びをして貰いたいのです。
ネイシャさん、貴女の召還国は?」
「え、イルディア公国。」
「俺はダイエン共和国。」
「そうですか。
では両者共にこの書記をお読み下さい。
その後本国に帰還しバルト王国との協力及びギルドとの連携を取り付けて貰いたい。」
二人は疑問であった。
それはつまり、勝っても負けても見せる事に変わりはなかったと言う事なのだ。
単純に実力を見た上でスカウトした様な物。
ーーーーこれが上に立つ人間か。
二人はそう思った。
が、イルディアは良しとしてダイエン共和国は別に書記の事情など知りもしない。
それを松薔薇に伝えると、こう返してくる。
「何、簡単な話です。
困窮した下位地区食糧問題を解決する代わりにレイブンをギルドに登録したい。
そういう話であれば向こうも特段不利益は無いですし受けるでしょう。
何なら私が一緒に双方ニ国に出向いて挨拶に向かいますのでご心配要りません。」
「…………分かった。
でも、何でそんな好条件なんだ?」
「私も訊きたい。
なんで?こっちには利益しかないよ?」
「そうでもありません。」
実は、松薔薇率いるギルドの根底目的が存在する。
それは様々な依頼を受ける事ではなく。
世界の安寧である。
その為に力ある存在、ましてや松薔薇と同格の英雄級が仲間になってくれれば非常に大きな戦力となる。
最近は異常に強い魔物が発生して国交が取れなくなっている国や街も点在している。
それ等の問題解決には絶対に猛者が必要なのだ。
相応の金品も支払うし、腕試しに持ってこいの魔物達も居る。
武芸者にとってはうってつけの話である。
二人は首を縦に振る。
松薔薇は反英雄という存在の危険性を見極める為にも自分の手元に拘束しておきたかった。
そういう意味でも噛み合った提案であると言える。
そうしてルーランに二階の食堂へと案内させ食事を摂ってもらう事となった。
卓上に置かれる彩豊かな野菜にネイシャが興味のある顔をする中、レイブンは美味そうに張りのあるトマトを生齧りする。
ルーランが慌ててそれは食材だと注意するも、齧ってしまった物は使えないだろ?と言ってそのまま食い続ける。
ネイシャは静かにレイブンの向かい側に座る。
横にはイジャエと名乗る金髪の女性が座っており、先程の戦いについて色々と訊いてくる。
「凄い体捌きでした、どうやったらあんな華麗に体術を使えるんですか?
武器が無い状況でもあんなに動けたら凄く便利ですよね!」
「え?うん、そうだね。
………貴女なら体も鍛えてあるしそれなりに動けそうだけど、だからって私の体術を真似できる訳ではないんだ。
軽い動かし方くらいは教えよっか?」
「はい!明日の朝5時から先程戦っていた一階の武道場で稽古なんです。
今は訳ありで私達の指南役に当る人が居ないんですけど、ネイシャさんやレイブンさんが居てくれるならとても楽しくなりそうです!」
「ふーん、分かった。
松薔薇は明日の昼に私をイルディア公国まで送るとか言ってたから、時間もあるしね。」
ルーランは巳浦に少し似たこの男が食べっぷりまで似ている事に妙な親近感を覚えつつ、簡単に作れる玉葱のスープや牛肉とトマトの煮込みをレイブンに提供する。
美味そうに食べる彼と共に他の寮の人間達が座るテーブルにも配っていく。
一部の人間は一階で起きていた事を知らない為謎の秀麗な好青年と華のある女性に興味本位で色々話を訊く。
松薔薇は何とか無事にやり過ごせた事を安堵しつつ、明日から忙しくなる予感に少々面倒を感じていた。
(最近は各地のギルドに勤務する書類整理の方々に依頼書や紙類諸々を任せてますからまだ楽ですかね。)
そんな事を考えながら持ち歩いている丸薬を一粒飲み込む。
レイブンもくれくれと言うので一粒上げる。
すると偶々それを見ていたルーランが、
「松薔薇様も、どうぞ。
腕には自信があるんです。」
「良いんですか?では頂きましょう。
以前に頂いた時のコーンスープやトーストも美味しかったですが、今夜は野菜スープに牛の煮込みですか。
美味しそうですね。」
「いえいえ、私の取り柄は料理ですから。
………先程の丸薬は一体?」
「あぁ、これですか。
ーーールーラン、貴方疲れてますね?どうぞこれを二粒飲んで下さい、栄養を取れます。」
「そうなのですか?じゃ、じゃあ。
………………美味しい、フルーティーで林檎と鳳梨の甘さと酸味が口に広がる。
どうやったら作れますか?」
「ん?あぁ、これは普通には作れないんですよ。
でも人力でも手間を掛ければ作れなくは無いかも知れません。
レシピを教えましょうか?」
「お願いします!」
そうして。
9月1日の長い1日が幕を閉じる。




