五十八話 魔王VS反英雄
期待に応える展開では無いかもしれません。
「綺麗なお嬢さんすね、ネイシャって言いましたっけ?
何か聞いたことある様な?ーーーーうーん。」
「5世紀の人間だよ。
魔王と会うのは初めてだけど………君は強い?」
「うーん、強さの定義は色々っすからねぇ。
まぁ、腕力だったら二番目?威力はまぁまぁ?」
「ネイシャさん、彼の言う事はあまり当てになりませんので無視して良いですよ。」
「ちょっと松薔薇ぁ!何すかその言い草!?
それじゃまるで自分ホラ吹みたいじゃ無いすか
もう!?」
「今まで貴方のその見事な記憶力にどれだけ仲間が迷惑したと思ってるんです?
ーーーまぁでも、腕力は全体で2番目という部分は凡そ当たっているでしょう。
敵に塩を贈る様ではありますが、控えめに言って人間では勝てません。
ーーーーーーそれが、魔王ですから。」
「…………ふーん、面白い。
じゃあ最初から全開で行くね、お手並み拝見。」
「えぇ、どうぞーーー
眼前。
血の槍が正面に突き抜かれる。
何の予兆も無い無動作から放たれた一撃を、ダンジョンの顔面へ。
「いやぁ、怖い怖い!
良い動きっすね、涼木もそんな感じでした。」
ーーーー掴まれた。
この男、反射神経が尋常じゃない。
一瞬でダンジョンの異常な動体視力と反射神経に警戒を強める。
血の槍を握られてしまい、僅かに奪い返そうと強化魔力を自身に全力で掛け両手で引き返す。
するとダンジョンは思ったより強い引きに驚いて腰を落とし右手に全開で力を込める。
すると瞬間的にネイシャの手元へ傾いた槍が一瞬で手に取られる。
ーーー信じられない怪力。
魔力は使っていない筈……………。
松薔薇が言う。
それが魔王、これが理不尽。
本質的に人間でない以上、人の枠に収めて戦うのは理に適っていない。
常に一歩、二歩上を想定して戦うべきです。
その助言を聞き古き記憶の中の父を思い出す。
父様が体術を指南してくれていた時、いつも細かい間違いに小煩く指摘をしてきた。
それがまさか、この歳になってまだ受けるとは。
不甲斐無いね、私。
でも、それ以上に楽しい。
こんな上の存在が、居たなんて。
「さ、ここからどうします?
武器は取られた力は負けた、挽回出来ます?」
「ーーーは、ここからだよッ!」
「おーーーーーおぉ?!」
アムザ体術奥技、砕対突。
片腕と片足の肘と膝で相手の一部を挟み打つ技。
それをダンジョンの右手首に打ち込む。
まずこれで槍は貰え、
「痛た。
女性なのに良い肘打ち?膝蹴り?っすね。
涼木に良く似てるっす、もう終わりっすか?」
「…………ま、まだ!」
唖然とする。
その様子を見てレイブンは自身が喰らった時を思い出す。
痛みに怯み体勢を崩さざるを得ず、対人であれば間違いなく強烈な二撃同時の打ち込み。
………それが、只の頑丈さだけで受け切られた。
これが、人外。
そんな両者の感心と動揺に松薔薇は頷く。
(誰だってそうなります。
私達も初めて彼に会った時ーー全員負けた。)
(魔王に限らず魔族も天使も、何だってそうだ。
人がどうこう出来る様に創られていない。)
(だからこそ巳浦は、凄いんだ。
彼だけが、魔王も、天使もーーー原初にさえ。)
そんな一種の羨望にも似た感想を抱きつつ、両者へと戻る。
ダンジョンが雑に振り下ろした左拳に対し、
フォンツォ第三刀技ー打ち返しを肘で行う。
ダンジョンの左肘に対し自身の肘打ちを真横から合わせて体勢を崩す。
ーーー筈が、驚くだけ。
何て出鱈目、普通なら肘を痛めて動けなくなる筈なのに。
ダンジョンが笑う。
もっと見せて欲しいっす、貴女は楽しい。
そう言われてネイシャにも意地が芽生える。
無造作に繰り出される左脚の中段横蹴りに対し、
フォンツォ第二刀技ー切り返しを試す。
本来なら剣の腹を合わせるのだが自身の左腕の側面で代用。
ダンジョンの左脚の真横軌道を皮一枚で躱しつつ、無防備な足首と脹脛の部分に左手首を合わせて力を込めて蹴りの進行方向へ押し飛ばす。
普通ならこれで転ける。
どう?
「おっとっと。
危うく転ける所だったぁ、良い体術っす!
どんどん行きますよ!」
「ッ、掛かって来い!」
通常殺し切れず転倒する筈の姿勢にも関わらず、右脚の筋力と体幹だけで独楽の様に一回転するだけに収まった。
尋常ではないその肉体性能に驚きを隠す事もなく、格上の相手と再認識して再び挑む。
ダンジョンは自身も試したいと思い猿真似の正拳突きを放つ。
それは流れの汚い正拳突きの様な唯の左腕の突き出しだったが。
そんな攻撃っ。
フォンツォ絶技ー柄踏みの応用でダンジョンの左突きの手甲部分に右肘を打ち下ろす。
(打ち返しは横、柄踏みは上。)
が、自身の打ち下ろしに怯む事なくそのまま左突きを打ち切る。
意味不明な状況に刹那動転するが、そのまま近付いてきた顔面に対し攻撃。
アムザ第一体術ー顎震により真下から突き上げる右掌底を顎へ直撃させる。
手応え有り。
瞬時に後ろへ一歩飛び退き様子を見る。
「痛ったた、良い打撃っすねぇ〜!
久し振りに首まで衝撃が来た、さぁ次!」
「え……………えぇ!」
悉く通用しない。
鉄の大木に攻撃を打ち込んでいる様な、不思議な感覚。
絶対に壊れないと分かる。
だったら、良いよね?
使っても。
ネイシャはダンジョンに挑戦状を送る。
耐える自信があるなら、黙って受けて。
それが私の最高の体術だから。
そう言われて、即答でどうぞ!と応える。
ネイシャは息を整える。
レイブンや松薔薇も、その様子の変化に気付き目線を送る。
両足を揃え目を閉じる。
無表情になり、癖付いた様子で口遊む。
「ーーーーー静を以て動を制す。」
奥に左手、手前に右手の位置で正面に手甲合わせをし、儀式的な口頭を述べる。
以前エルメルに見せた際の動きは淡々としていたが、今回は違った。
「顎震、転脚、穿撃。
以上を以て動を制す。」
そう言いながら繰り出される動きには完全なる殺意が込められており、これからダンジョンへ行われる攻撃の説明を兼ねていた。
「ーーー威を振り、邪を糾す。
奥、絶、崩にて幕を引く。」
「武の真髄即ち羅刹。
壊、焉是にて必滅無常。」
そう呟きながら、続く口頭に合わせて体術を見せる。
「顎震、隕襲を初動として。
穿撃、打四震弾、砕対突を繋ぎとし。
転脚、双連にて締めとする。」
「それを、今から俺に?」
「……………行くよ。
魔力全開で、殺す気で。」
「ーーーーーそっすか!どうぞ!」
そう軽快に言い放つ彼に一歩で踏み込む。
持っていた槍をレイブンに投げ返し自身は堂々と腕を組む。
受けて立つ、そう物語っていた。
アムザ体術崩技ー隕襲。
ダンジョンの組んでいる両腕を踏み台に強化魔力を乗せた右脚で上空数mまで跳ぶ。
そこから全身に重力魔力を帯びた状態でダンジョンの顔面へ凄まじい重量、速度で両膝蹴りを浴びせる。
流石のダンジョンでも額から血を流す。
アムザ第三体術ー穿撃。
僅かながら前方へ摺り足を行い勢いを付け、更に後方へ引いた両腕に回転を掛けながら腹部に加速魔力の乗った掌底を浴びせる。
あまりの速さに反応し切れず無抵抗に喰らってしまう。
アムザ体術絶技ー双連。
強化と加速を掛けた左回し蹴りでダンジョンの右脇腹を蹴り抜き、軽く怯み位置が低くなった頭部の左顳顬に同じく強化と加速の乗った右回し蹴りを直撃させる。
声も上げずその場で右膝を地面に突く。
効いている。
確認で訊く。
もう一周、違うのを喰らってみる?と。
それに対し、一瞬だが間が空く。
ネイシャは魔王に対しても自身の体術が効くのだと嬉しくなる。
真剣な顔でダンジョンを見つめる、その時。
松薔薇が声を掛ける。
「ダンジョン、手加減はやめなさい。
いつまで魔力と性能を隠すつもりですか。
それでは彼女も報われないでしょう。」
「ーーーーーえ。」
そう言い放ったと同時。
正面で顔を伏せていたダンジョンが顔を上げる。
その表情はとても明るい物であり、負傷など感じさせない顔付きだ。
状況が理解出来ず口が開いてしまうネイシャに対し、ダンジョンは称賛の声を掛ける。
「うん、良い攻撃だったっすよ。
100lv級になら効きそうだ。」
「なら君は何で、そんなに元気なの?」
「ん、自然魔力っすかね?」
自然魔力。
それが一体、何なの。
そうして理解出来ていない彼女に対し。
ダンジョンは手本と言う様に、自身の各所に与えられた軽傷も含む全身を余裕で包み込む程の莫大な量の自然魔力を空間へ拡大させる。
それ等は観戦していたロルナレ家達の肉体的疲労、レイブンやネイシャの精神的圧や疲労等。
それ等をいとも簡単に回復させる程の代謝を引き起こす。
だが、問題はそれに収まらなかった。
彼の肉体に収束していく自然魔力は、優しい浅緑色から太陽の陽の様に鮮烈に輝き始める。
その極限まで圧縮された自然魔力を肉体に纏うと。
彼の左顳顬、額、腹部、右脇、左手首に残されていた痣が物の5秒程で完治してしまう。
ネイシャは、ここまでして与えた傷が瞬時に治癒してしまう濃度の自然魔力を初めて見た。
レイブンやレインド、ネイシャと言った反英雄からしても魔力の真髄は未だ未知であったと言う事だ。
呆然として、膝から崩れお姫様座りをしてしまう。
しかもついでと言わんばかりに松薔薇が意気揚々と情報を告げる。
「まだ教えていない事があります。
彼には武器がある、見せてあげて下さい。」
「ん、了解っす。
来いーーーーー大剣。」
強烈な引力が発生する。
それに対し松薔薇やネイシャ達は踏ん張り耐える。
ーーーロルナレ家は無様にも吸い寄せられて転倒している。
その引力の正体は、ダンジョンが正面に突き出した右手に集約される自然魔力の勢いに因る大気の動きであった。
そうして数秒程で視界を覆う量の自然魔力が全て右手に集う。
閃光が視界へ走り、全員が目を閉じる。
そうして彼の右手には、当人の身長すら越える極大の大剣が握られていた。
それを見て理解が遅れるも、武器であると言われて軽々しく空中で横に薙ぐ。
それにより発生する突風が王城一階全域を走り抜ける。
理解出来る次元では無かった。
普段沈着としたレイブンですら目を見開き口が半開きになっている。
ネイシャは自分だけでは無いのだと安心すると同時、この状態の彼がどれだけ強いのか興味が尽きなかった。
何となしに訊く。
どれぐらい違うのか、と。
それに答えたのは松薔薇であった。
「そうですね。
先程までの素手と同時に100lv相当に手加減していた彼が大体1とするなら。」
「ーーーーー200lv状態で大剣を振う彼は、大雑把に5だと考えて下さい。
冗談でも喰らったら終わりですね。」
「へ、へぇ。
さっきまでの五倍、かぁ。」
「ーーーんじゃあ、次は俺とアンタか。」
「ん、この惨状で戦う気がまだお有りで?
無謀だと思いますが。」
「馬鹿言え。
その化け物とお前とじゃ相当差があるだろ。
そんな出来試合は勘定に入らねぇ。」
「ーーーーふむ。
そうですね、これはダンジョンが強過ぎるのに問題があります…………解りました。」
呆けた様子のネイシャの事をロルナレ家に任せて、松薔薇が前に出る。
ダンジョンには後ろで観戦している様に告げて下がらせる。
先程までのはほぼ結末が見えていた試合だった為勝ちにはならない。
結局、人の争いは人しか止められないですか。
指揮役というのは、嫌な立場だ。
少し溜息を吐く松薔薇に対し、邪魔な外套を脱いで内着にしている黒の半袖コンプレッションウェア(表面に密着する生地)と同じ材質の黒半ズボンのみになる。
身軽で爽快感のある風体であり、全体的に筋肉質な上腕や背部、太腿が良く浮き出ている。
何処となく巳浦に似ている黒を基調とした色合いと本人の冷静な雰囲気や口調が、ロルナレ達に緊張感を与える。
そしてそれは、松薔薇も同様であった。
ーーーthird skill【完全分析】。
それにより告げられるレイブンの性能は、松薔薇には荷が重い情報であった。
《名称:レイブン・スペルorブラッド・スペル》
《種:人間》《LV:100》《系統:流液》《性別:?》
《six skill:血の使者》
《blood skill:血の呪い》
理解が難しい。
稀にskillが継承、後継される例はある。
だが、彼固有の能力が6番目となっている。
つまり………後五種類能力がある。
(その内のsecondskillが血の槍。
fifth skillが血の追尾、でしたか。)
(残るのはfirst、third、fourth。
ーーーどれ。)
ーーーーsecondskill【解析】。
そう心で唱える。
それと同時に見えてくるのは、レイブンの肉体情報。
《体重:95kg-89.3kg-6%》
《肉体年齢:25》
成る程。
やはり頑丈ですね。
私の攻撃が通るかどうか。
「私も私で、コートを預けましょうか。」
「………アンタ、思ってるよりはやれそうだな。
結構動けそうな体付きだ。」
「貴方達武闘派にはかなり劣りますがね。
これでも栄養管理は徹底してますから。」
「………それだけで衰えない訳ねえけどな。
まぁいいよ、やろうか。」
松薔薇はノースリーブの灰色シャツ一枚とスカート状に縦折りになっているスカンツズボンで軽装になる。
こうして正真正銘の英雄対反英雄の対決がここに始まる。




