五十三話 万屋
8月15日。
ダイエン共和国にて天使と反英雄達の接触があった日の後日。
巳達の滞在するハイデン王国にも無論表天使達が姿を現していた。
1日違いで来ていたのは、何か別の大きな存在が顕現しており出て来れなかった為である。
(表天使組は後発世代で、先に創造された裏天使の存在を把握していない)
現在時刻、昼。
巴の前に前触れもなく突如出現したサキエル。
当然の如く巴は目を疑う。
何故彼が視界に映るのか、脳がおかしくなったのか?と。
自室で偶々休んでいる時だったので他の人間達に見られずに済んだが、下手をすれば大騒ぎになっている。
無言のサキエルに睨み付ける。
だが彼は平然と無表情を貫いていた。
昔と何も変わらない。
何の用か訊く。
「先日、西方に有るダイエン共和国にて大きな存在を認知した。
反英雄程度ではない、恐らく俺と同じ様な高位の存在。
推察だが、もう一つの世界である裏界を管理する天使達だろう、見てはいないが。」
「ふーん。
それがどういう意味か分かるの?何かしら伝えに来たんでしょう。」
「お前、今書記を集めているな。
それを集めている存在が別に居る、排除しなければ極秘情報が拡散されるぞ。
其奴は以前お前の接触した女、ネイシャだ。」
「ーーーーーー彼女が。
でも、渡して貰えばどうにかなったりしないかな。
別に倒したり、殺したりなんて必要ないでしょ?」
「向こうがそれで良ければ、な。
……………説明しなかったが、向こうは本日から既に行動を開始している様子だ。
お前がこうして穏便に暮らしている最中、敵対勢力は次々に各国へ訪れ書記を収集しようとしている。
お前、10月1日から始まる学院戦の前日まで国に滞在するつもりなのだろう。」
「俺が魔王ダンジョンに依頼を出す。
奴は今ここハイデン王国より左方75km地点にある交易村キャロにて万屋を営んでいる。
その奴に俺が依頼を出して書記を集めさせる事にする、問題ないか?」
ダンジョンが?
8月初めに出てったきり行方不明だったが、そんな事になっていたのか。
巴は、各国へは松薔薇や自身が持つ様な白銀腕章が無いと国へ入る証明ができないと伝える。
だがダンジョンは8月2日の朝8時時点にバルト王国へ訪れ【下界証明書】なる特別な身分証を発行して貰ったそうでその点は無問題らしい。
それならまぁ、暫く任せていてもいいか。
サキエルに承諾を返す。
すると何度かの瞬きの後に何もなかったかの様に目前から消えていた。
これが天使の怖い所、空間移動だ。
まぁ戦闘に於いては隙が大きく使えないのが救いだ。
そうこう考えていると、10時の稽古終わりから姿を見せていなかったレイレンがこっそりと扉を開けて覗いていた。
天使の事は一旦忘れてレイレンを部屋に入れる。
何か用かと聞く。
「…………えっと、さっきの男の人、誰?」
「え?ーーーーあぁ、私の生前の出来事を把握している訳では無いのね。
古い知り合いよ、とっても強い人。」
「へぇ、そうなの?ママより?」
……………私より強いか、か。
正直、強い。
昔戦った時も、凛堂に直前で叩き込まれた居合術が無ければどうなっていたか分からなかった。
(四刀剣は、性質上任意で1〜3本の剣を滞空させる。
その際に手元が一刀剣のみだとかなり分が悪くなるので一撃の殺傷力が高い居合を警戒させる必要があった。)
だから、レイレンには残念かも知れないけど、
「私より、強い。
4/6で不利かな。」
「そっか。
ーーーー凛堂兄ぃより、強い?」
「うん?何故彼の名前を?」
「え!?べ、別に何でも。
只、普段から手合わせしてくれる強い人が凛堂お兄ちゃんだけだから比べたらどうかな、って思ったの。」
……………この子、前から少し気になってたけど。
凛堂の事、好きよね。
それが友好心からか、恋愛心から来る物か判別が付かないけれど。
少し仄めかす様に伝える。
「凛堂が一撃でも与える事が出来れば、話は変わるだろうね。
凛堂自身が使う居合と教えられた者の使う居合には決定的に違う部分があるから。」
「違い?なぁに?」
「単純に速度、後は威力。
彼の skillは特別でね、本人が技術として使う居合と能力として使う居合は別物なんだ。」
そう。
今でも先日の事の様に頭に浮かぶ。
彼が全力を以て私に居合術を披露した時。
まず最初の2分近くは防戦一方で全く攻撃に転じられなかった。
そして幾らか動きの性質を掴んだと思ったら、以前の攻撃と間隔を変えて溜める。
それに対して対処が遅れると防御越しに10m程度吹き飛ばされる理不尽な通常攻撃。
しかも、それだけじゃなかった。
凛堂の skill《犠剣》。
あれは、威力だけ見たらどんな者の攻撃も。
ーーーーダンジョンの《迷宮大剣》
私の最大の攻撃である《刀圧剣衝》
プライモの各刀剣の斬撃。
全てを優に超える破壊力を持っている。
たった一度だけ見たその凶星を目前にしたかの様な圧力に、当時足が動かなかった。
…………third skillが無かったら、死んでいた。
突然静かに震え始める巴を見て不安そうな顔をするレイレン。
すると、またも扉を開けて入ってくる者がいた。
凛堂だ。
「おーいレイレン、暇ならレインドと俺の手合わせ見とけよ。
午後1時に三階の試合場でやるからな。」
「うん、分かった!」
「巴はどうする?久しぶりに観戦するか?」
「…………そうね、生命終記では見せなかった貴方の本気、見られるのならね。」
「お?
ーーーーーーうーん、レインドが凌げるなら構わないけどな。
流れ次第だな、取り敢えず後でなー。」
レイレンは去ろうとする凛堂の黒いタイトコートにしがみ付く。
どうやら一緒に行動したいらしい。
レインドとは父として、凛堂は師として。
尊敬しているのだろう。
その後ろ姿を見つめながら、久方振りの好カードを見られる事に動悸が治らなかった。
(凛堂とレインド。
近距離と遠距離だが、どう戦うのか。)
興味が尽きない。
正午過ぎ現在、戦いの展開を予想して期待感に躍っていた。
★
「ーーーーおー、いらっしゃいっす!
どの様なご依頼っすか………………んん?」
キャロ村の左端にて戸を構える二階建築の万屋。
その力ずくで木版を削り書き殴った店名。
【万屋ダンジョンさん】
という名前を見て柄にも無く口角を上げる。
そんなサキエルが木の両扉を押して入ってくるのを見て能天気なダンジョンにも緊張が走る。
だが、サキエルは単に用件があって訪問した事を伝える。
ダンジョンは再びその特大サイズの木製椅子。
ーーーーいや、巨大な木の株に座り込む。
一応依頼という話なので最低限の水とつまみの干し肉を大きな木机に広げる。
サキエルも向かい側の木椅子に座る。
単刀直入に訊く。
「ダンジョン。
お前に各国の書斎を訪れてもらいたい。」
「書斎っすかーーーー美味いっすねこれ!
サキエルもどうぞ!」
「………………話は聞いておけよ。」
どうにも話に取り付けないので机上の干し肉を一枚手に取る。
本来上位者や高位者に飢餓の概念は無いが、味覚が存在する以上嗜好として楽しむ事は可能だ。
その半生に乾燥させてある牛の干し肉を軽く齧り切ってみる。
ーーーーーーほう、確かに良い塩気だ。
適度な湿度の脂身もあって美味い。
思いの外集中して食べてしまう。
その様子を見てダンジョンはサキエル達天使も悪い連中じゃないと再確認した。
そして、話は始まる。
「良いかダンジョン。
先程も伝えた通りお前には図書室、書斎と言った資料の保管されている場所へ向かって欲しい。
そこに魔力の纏わり付いた書記が1つある筈だ。
それを、回収して貰いたい。」
「ふーん、なんかそれ巳浦も言ってました。
でも俺にそれを頼むって事は、向こうは今動いてないんすね?」
「あぁ、訳ありでハイデン王国に滞在してる。
だから実力もあって且つ魔王の中でも中立のお前に依頼したい。
問題ないか?」
「えぇ、大丈夫っすよ。
明日から作業に入りますか?」
「可能ならな。
ーーーー後、これは確認の為に訊くが。」
「お前は大きいせいで良く目立つ。
その関係上向かい先の国と諍いや争いになる可能性がかなり高い。
その場合間違っても相手等を殺すな。」
「まぁ、その辺りは心配無いっす。
膂力が一番ある魔王は確かに自分っすけど、それ故に力の使い方を理解してるのも自分っす。
加減すれば相手の骨折るくらいに抑えーー
「そうかなら駄目だ。」
「えぇ!?それ以上力抜いたらへにゃへにゃになって立てないっすよ?どうしたら。」
「お前は大剣は勿論、拳も使うな。
足も、肩も何も使うんじゃない。」
「お前の力に掛かれば魔力抜きでも鉄塊や大木を破壊出来るだろう?」
「まぁ、そうっすね。
そう考えると人間は脆いっすねー。」
だから、と。
サキエルは天使の権限を使い一つの装具品を生成する。
この能力は、
巳浦の所持している【不折の黒刀】
松薔薇の所持する【無限の弾銃】
これ等通常の法則を無視した特性を持つ装具品を作成する事が出来る。
基本的に世界の調和を乱す程の影響力があるので乱用は厳禁なのだが、この場合は特別である。
そうして作り出した1〜10の目盛りが刻まれた回転ダイヤル式の時計をダンジョンに渡す。
彼はそれを右手に着ける。
すると、途端に肉体から放たれる圧力が激減する。
そう、これは力を任意で開放、制限出来る時計。
ダンジョンは自身の魔力や肉体性能が自在に変化するのを感じてはしゃいでいる。
そんな彼を尻目にサキエルは一言だけ告げる。
「ーーーーもし反英雄や、
「現代を生きる【英雄候補】に出会った時。
その時は上手く時計を使い熟せ。
どの道お前の膂力と耐久力を上回る者など人間では存在しないだろうが、な。」
「おーっす。
……………現代を生きる?」
「当然の話だ。
とはいえ、今の世界環境では99や100に到達するのは至難を極めるがな。
50級はいるかも知れない、だから候補扱いだ。」
「ふーん、少しは楽しめるんすかね。」
「お前、話を忘れるなよ。
力の解放どうこうは好きにして良いが、どの道お前の攻撃を耐えられる様な奴は基本居ない。
だから跳躍で逃げるなり単に魔力を解放する勢いで圧力を掛けてそれで逃げるなりしろ。
戦闘はするな。」
「えぇぇ?戦いたいっすぅ。
駄目すか、駄目なんすか?」
「ーーーー最低、大剣は使うな。
相手に合わせて制限しろ。」
「了解っすぅぅぅっ!!」
そうして喜びと期待に興奮していると、サキエルはもう視界から消えていた。
いつ見ても面白い能力っすね。
そうしていると、村の人間達が細々と店を訪れる。
「いらっしゃいっす。
今日中に出来るものだけでお願いしますね!」




