四十五話 イルディア公国
公国。
それは王という一人の人間が頂点に立たず、貴族制度という複数の階位に別けられた権力者達が互いに国を指揮する法律国家。
その中でも南方一つ目に位置する、
イルディア公国。
ここは反英雄ネイシャを召還した国である。
そして昼頃の公爵領地中心部の広大な中庭で大の字に昼寝しているのは例の。
「はぁ、この国は暇だなぁ。
強い人も居ないし、良い人も居ないし。
何か一つ位魅力あれば良いのに。」
「不満ですか?
紅茶淹れてきましたよ。」
「お、ありがとー。
…………君は?」
「私、現在8月10日よりネイシャ様の付き人になりますエルメル・ブラストと言います。
宜しくお願いします。」
「ふーん、綺麗な髪だね。
うーんと何て言うんだろ、絹色?シルクカラーで珍しいから直ぐ覚えられそう!」
「ここだけの話、ハイデン王国に召還されている反英雄レインドは古い先祖に当たります。
ーーーーとは言っても10世紀当時のレインドの母方は滅亡していますから、父方の血筋にはなりますが。」
「ふーん、レインドねぇ。
…………あ!巳浦が会いに行くとか言ってた奴だ、思い出した。
どんな奴なのかなぁ、強いんだろうなぁ。」
「ーーーーーーどうしてネイシャ様は、そこまで強さに拘るのですか?
私達の様な女の身で強さに好奇心や興味を持つのはとても不思議に思うのです。」
「強さ?ーーーーーー強さを求める理由。」
それを訊かれて少し考える。
自分はいつから力に意義を見出したのか。
それに至る経緯は何であったか。
思い出したくもない記憶が溢れて来て少し考えるのを止めたが、しかし訊かれると少々難しい。
いや、元々武家や教会、貴族等全ての地位に於いて継承権を得ていた1人っ子であった私には、どんな事でも極めている人間には敬意を払ったり尊敬の念を抱く事が多かった。
なんせ自分は複数の種目を完全に極めていたせいで、どれだけその人が努力したか直ぐに理解出来るから。
だから、その顕著な例として強い人は好きだ。
後は努力する人も。
共感出来るという事はとても素敵な事だね。
その旨をエルメルに伝えると、彼女は例えばどんな事を極めたのか。
そんな事を好奇心からか訊いてきた。
試しに一つ見せる事にする。
仰向けに寝ている状態から腰を持ち上げその反動で後転する様に両手で逆立ちして立ち上がる。
それを見たエルメルは感心した様に見入っていたが、別にこの程度の事で驚かれても困る。
綺麗に両足を閉じ、目を瞑りながら視界前に両手の甲を重ねる。
左掌奥向き、右掌は手前向きの形で甲合わせ。
これは、アムザの家計が継いできた体術の基本。
「ーーーー静を以て動を制す。」
「顎震、転脚、穿撃。
以上を以て動を制す。」
片足を相手の股間下に潜り込ませ異常に低い姿勢から利き手により真上へ突き上げる掌底。
対象の刺突や薙ぎを回転した跳躍で避け、滞空から回し蹴り。
(縦回転横回転かは状況で変化。)
顎震と似た様に深く潜り込みつつ、肩から肘、手首へ捻りを加えた両掌の叩き付け。
それらを演舞としてエルメルに見せつつ、感想を言わせぬ流れで次へと移って行く。
「ーーーー威を振り邪を糾す。
奥、絶、崩にて幕を引く。」
奥技、砕対突。
地上或いは空中から対象の一部分を片肘と片膝で挟み潰す。
絶技、双連。
立ちの状態から相手に片脚の回し蹴り、畳み掛ける様に反対の足で回し蹴り。
崩技、隕襲。
直接相手の攻撃や体を踏み付け跳び上がり、真上から両膝の垂直落下。
「武の真髄即ち羅刹。
壊、焉是にて必滅無常。」
壊技、打四震弾。
対峙する者の片膝を突き蹴り、次に片脇を蹴り抜く。
片手を蹴り上げ、最後に反対の脚で顔面の顳顬を回し蹴り。
そして焉技。
これは、
「顎震、隕襲を初動として。
穿撃、打四震弾、砕対突を繋ぎとし。
転脚、双連にて締めとする。」
「…………美、しい。」
「最後のは要するに、どれかを一つだけ選択して繋げていく連携。
最初に顎震が入ったとして、相手によっては砕対突で苦しめて。
最後に転脚で蹴り飛ばす、とかね。」
「どれか一つとっても強そうなのに、三連続で入るなんて怖いですね。
聞くだけで震えてきます。」
「まぁ、近づかせてくれる相手には体術でも良いね。
無理な場合とかは護身のフォンツォ刀術でいなしてそこから体術に繋いだり、そもそも密着出来ないならインディア剣術で攻めたりとか色々あるんだ。」
「凄いですね。
まるで三人の達人が一人になったみたいです。」
「私としては基本的に体術が好きだから他は好んではいないけれどね。
最悪刀剣が無くても手足を使って同じ様な事が出来るから。
ーーーーそれが出来たのは私だけだけどね。」
軽い演舞を行った事で昔の鍛錬を思い出す。
皇国の兄に付けてもらった体術の稽古。
教会で姉に植え付けられた魔術の型。
父に叩き込まれた剣術の修行。
母に教わった刀術の授業。
全てを加味して反英雄足り得るという事なのだろう。
事実キャロ村で出会ったあの巳浦という男の底は全く見えなかった。
死後の世界の方が面白いと言うと生前を蔑ろにしている様だが、生きていた頃よりも今の方が楽しめそうではある。
そうしてエルメルと話をしていると、イルディア公国の頂点に位置する公爵。
ボロネス・アー・イルディア。
彼が豊かに伸びた白髭を撫でながらネイシャの元へと近づいて来た。
ネイシャは生前の慣習で軽い一礼を取る。
それを一目見ると、公爵は感動した様子で話しかけて来る。
「いやはや、いつ見ても綺麗な一礼ですな。
儂は貴女と会うためだけに来ているのかも知れぬ。」
「有難いお言葉です。
御用件は?」
「ふむ。
最近とある噂が耳に入ってな。」
「噂、ですか。
例えばどの様な?」
公爵は赤い羽毛の上着から一枚の写真を取り出す。
其処には、スキンヘッドで悪人面の男が写っていた。
最近風の噂で耳に入った依頼屋を自称するダンジョンとか言う男は優しい顔をしているという話だった。
少し話が違う様な。
公爵は告げる。
「この者は魔王の一角、ガイダル・ボルセス。
我が国の書庫に突如収められていた謎の書記にこの者の写真と幾らの詳細が載っておった。
何やら、【戦い】を起こそうとしているとか何とか。」
「…………戦い。」
「うむ、ここ最近各地で起こっている召還騒ぎ。
そして各国に出現している何かを示唆するが如き書物。
これは何かの前触れじゃ、間違いなく。」
ネイシャは訊く。
私に何を言いに来たのか。
するとこれまでに見て来た放蕩とした印象とは全く別の、貴族の頂点としての毅然とした顔付きになりネイシャも姿勢を改める。
ボロネスは放つ。
これより、
「ーーーーこれより、各地を巡り回り情報を集めて頂きたい。
我が国の安泰の為、各地方各国の機密書記を収集したい。
それを阻む障害があればネイシャよ。」
「は。」
「全て倒せ。
我が公国、イルディアの安泰安寧を共にしてくれるなら。
召還の恩義、返してくれるか?」
ネイシャは、嘗てキャロ村にて出会った男。
大英雄巳浦とまた会える可能性を見つけて内心喜んでいた。
何よりこの国から出られる事に開放感を得ていた。
答えは当然決まっており。
「勿論。
現界の恩、此度の使命にてお返しします。」
「ほっほー、相も変わらずお主は美しい。
容姿に限らず内面までも宝石の様じゃ。
では、頼んだぞ。」
「旅はいつから?」
「明日からで構わん。
主もここ最近は暇だったろうからの、今日中に準備をしておき給え。」
こうしてネイシャはエルメルを付人として旅に出ることとなった。
その身に付ける臍辺りまで垂れた紺色リボンと白色の半袖服、腰辺りから足首手前まで丈のある薄生地の赤いロングスカート。
全てイルディア公国から貢がれた衣服だが、以前外出した時は全て絹色の外套で隠していた為明日からは本格的に見せて行く考えだ。
肩まで伸びた薔薇色の髪はそのままに紅い宝飾の施されたヘアピンを使い前髪を両脇に夫々纏める。
少し女性らしさは減るがそれ以上にこの身だしなみは洒落と戦闘の両方に気を遣っているのだ。
あまり髪を垂らしていたり大きくおさげで編んでいると激しく動いた時に邪魔になる経験則。
そうしてネイシャは翌日からどうするか期待感で一杯になっていくのだった。
エルメルはその艶やかな面持ちとは逆に少女の様に可憐な服装を好むネイシャに興味が尽きなかった。
この見た目で出歩けば間違いなく目立つだろうと思いながら、自身も長旅に備えて様々に準備をする。




