四十三話 レイレン
お久しぶりです。
7月25日。
レインドは、午前八時から訓練場に足を運んでいた。
ザラデス家の人間に稽古を付ける為である。
ーーーーが、今日が初日であるので色々とやる事が解らず緊張感があった。
取り敢えず下に降りて見に行く。
「遅い遅ーい、もっと太刀筋を滑らかに。
じゃねえと横から軽く突かれただけで刀剣が弾かれちまうぞ。」
「〜〜〜ッはいっ!」
「とは言えブレイは最初に比べたら随分マシんなったか。
後の三人は……………うーんとねぇ。」
「私達には居合は無理なのだろうか。
レベルタ、どう思う?」
「うーん、難しいです。
従来教えられて来た剣技よりも生半に覚えた居合の方が強い時点で魅力は十二分なのですが。」
「……わ,私は今日から教えられたばかりでそもそも良く分かりません!」
「ベイルは今日から八時の稽古に参加することになったからね、仕様がないよ。」
「女子会終わり〜、次お前らだぞ。
早く来い。」
「随分熱心だな、凛堂。」
「ん、起きたか。
レインドも気持ち爽快になった影響で稽古付けてくれる事になったから俺の仕事が楽になるぜ。」
「おいおい、より熱が入って忙しくなるの間違いだろう?」
「ハハ!良く分かってらっしゃる!
ザラデス共、この環境がどれだけ恵まれてるかを理解して死ぬ気でやれ,解ったな?」
ーーーーーーーはい!
そんな威勢の良い声が飛び込んでくる。
活気があって良い事だ。
こうして至近戦での護身術や身を守る体捌きを教える事となった。
時間は8時から10時までの2時間であったが、その終わり頃には既に精魂尽き果て地に伏すザラデス家であった。
「お母さん!」
「……………どういう事。」
巴は前日昼頃から寝込んで居て、起きたのが稽古中の時間であった。
しかし胸側に感じる感触が随分大きかったので何かと思い起きると、もう6歳程の大きさまで成長したレイレンが居た。
理解が出来ず暫く顔を触ったり抱き締めてみて体で理解する事にした。
…………………。
「魔力量が栄養代わりだったけど、多過ぎた。
体内に有り余った私の魔力に順応して瞬く間に立派になって。」
「私お母さんからずっと出て来たかったんだよ?
でも何年も、何十年も、時にはずっと永い期間眠りに付いたりするからいつまでも産まれて来れなかったんだ。
だけど昨日お母さんが私の事を切り離してくれたからこうして一緒に居られるんだ!」
「とっても流暢に喋るわね。
そうか、私が気付いていなくても貴女は私と暮らしていた事になるのだものね、言葉も覚えてもう手が掛からない状況なのね。
…………そっか。」
「ううん?私お母さんとお父さんにずっと会いたかったのに逢えなかったから苛々してたの。
だから沢山して欲しい事して貰うよ。
良いよねお母さん?ね?」
「うん、何でも言って。
でもそれはお父さんが戻って来てからにしましょうね。
今は取り敢えず食堂に行ってご飯を頂きましょうね。」
「うん!」
そうして10時になった辺りで下に降り始める。
四階の寮にいる人間は時間帯的に誰も居なかったが、三階の訓練場に居た全員が巴の横に居る灰色の髪の女の子に気付く。
ふと誰かが声を掛けようとしたが、その可愛らしい容姿で甘え全開に抱き付いている様子を邪魔する事は出来なかった。
レインドが早足で二人の元へ寄る。
「エイレーン、この子はその。」
「レイレンよ。
物の栄養じゃなくて私の魔力を食べて育ったせいなのか急激に大きくなったみたいなの。
言葉も自然と話せるし、世話が掛からなくて良いわね。」
「あ、あぁそうだな。
えっとレイレン、私が誰だか解るか?」
「ん、お父さん、私の大切なお父さん!
お母さんと私をずっと守ってくれた、大切なお父さん!
おはよっ!」
「………っ!あぁ、おはよう。
凛堂やザラデス家の人達もまだ食事を摂っていないんだ、私達と一緒にご飯を食べても良いか?」
「良いよ、でも私お父さん………パパとママが一緒じゃないと嫌だ!」
「えっと、両隣って事よね。
勿論そのつもりよ、心配ないわ。」
「私もお前から離れたりしない。
心配無用だ。」
「わかった!早く行こ!」
そんなやり取りを見せられて、ザラデスの者等は只の親子関係というのがこうも素晴らしい物であったかと童心に返っていた。
因みに凛堂はさっさと下に降りて厨房に朝食を頼みに行っていた。
レインドは意外な気遣いに驚いたが、同時に社交的な一面を見れて少し親近感が湧いていた。
「あぁ、しょうろんぽう、だったかな。
これ好きだよ、美味しい。」
「私も私も!」
「有るでしょ。
…………もう、あーんして。」
「んあ……………おいしーい!」
「ふ、そう。
あら、どうしたのレイン?」
「いいや、何も。
ただ嬉しくて堪らないだけだ。」
「貴方からもあげてね。
私の方にあった5個の内4個全部食べちゃったから。」
「何だと。
…………レイレンは、自分の分をいつの間に食べたんだ?」
「え。
さっきまで残ってた筈じゃ。」
「もっと食べたーい!
パパ、ちょうだい!」
レインドと巴は、今になって気付いた。
レイレンが産まれついての大食い気質という事。
このままでは真面に朝食を摂れずに全部食べられる可能性に。
ここで少し離れた席で覗き見ていた凛堂が気を利かせて厨房に追加を頼みに行く。
気遣うタイミングが丁度良く、且つ人間らしいその性格を垣間見る形となりその場の全員が凛堂に対しての印象を変えつつあった。
そんな事はお構いなしに巴の膝に座って食べていなかったスープやトースト、ウインナー等を次々平らげていく。
そしてお次と言わんばかりにレインドの膝に座り、レインドに抱きしめられながらも残されていた白身魚の煮物やサラダなどを完食してしまう。
他所から見ていた物達は只その食欲に驚かされているのみであったが、凛堂や巴、レインドはそれの異常性がただ生来の物というだけではない事に勘付いていた。
まず、年に不相応の顎や全身の筋力。
これは体に纏う魔力の量や質から解る通り、レベルが30〜40程度ある証明。
そして身体能力。
抱きしめて来るレインドの膝に立ち上がり、そのまま軽く跳躍してほぼ音を立てる事なく卓上に着地する。
これは重心移動や体幹の強さ、詰まる所運動能力の異常な高さを示していた。
隙間隙間に見せるその身のこなし、自然体での動きから武家や魔王含む全員に一瞬で存在を意識させる。
親が二人とも大英雄や反英雄血統とは言え、巳浦本家のブレイドや分家のロルナレ家とここまで差が有るのかと凛堂は興味が湧いていた。
序でにその大食いにも。
食後の運動と称して曲芸団の様な異常の動きを見せる。
側転から宙転、後転などは勿論。
垂直に跳躍してから空中で後方宙転や前方宙転、着地の際は衝撃を最小に抑えて指三本で逆立ち等。
この時点で、それまで可愛いと感想を抱いていたザラデス家は皆一様に鳥肌を立て始めていた。
巴やレインドも当時の自身では到底出来る筈もない動きをする娘に感心していた。
凛堂に至っては薄く笑いながらレイレンに近寄り、その将来有望な子への期待感から明日から稽古に来る様に声掛けしていた。
「ちょ、凛堂さんいくら何でも6歳の女の子にそれは!」
「お前らがこの子と同じ身のこなし出来るなら文句言って良いぞ〜、俺はレイレンちゃんに強くなった後ろ姿を既に期待しちゃってるんだよ。
この時点で体捌きは合格だし、剣術や居合に関しては母親が巴だからなぁ。」
悔しそうな顔を浮かべるベレッタ達三人姉妹であったが、そこに駆け寄って来て純粋にお姉ちゃんと呼んでくるレイレンに嫉妬心を抱く事は出来ず皆んなで可愛がり始めてしまう。
巴はレインドと一緒にその様子を見て、ハイデン王国でなら安心して暮らせるだろうと安堵した。
と同時に、レイレンが巴とレインドのどちらに付いて行きたがるかが不明な点に恐怖を感じていた。
だが、いとも容易くその答えは出される。
「あ、そうだ!
ずっとママと一緒に居たから、これからは暫くパパと居たい!
寝る時もパパと寝る!」
「え。
い、良いのか?私………パパで。」
「ママとはもうずーっと一緒だったから、今度はパパとじゃなきゃパパが可哀想。
ママもそれでいーい?」
「うん,いいわよ。
でもレイレン、ママ後2ヶ月経たないくらいでこの国から居なくなっちゃうから寂しい時は私の所にも来てね?」
「大丈夫!全然寂しくな〜い!
ご飯もお風呂も外出もパパと一緒!
もう十分ママに甘えて来たから、寂しかったらママが来てね!」
「そ、そう。
なら問題無さそうね。」
そうして、レインドとレイレンは日頃から一緒に行動する様になった。
だが寝る時や夜、食事時や外出時にレインドが会いたがる為結局大抵の時間を三人一緒に暮らす事になる。
8月1日。
朝稽古。
ザラデス家が横たわって倒れている中、レイレンは楽しそうに凛堂との模擬戦を行っていた。
「良い動きだなぁ、もう並の武人じゃ手出し出来ない強さだぜ。」
「うーん、凛堂お兄ちゃんに触れない。
私って才能無いのかな?」
「いやいや!これからずっと何回でも稽古はつけてやるぞ?
お前が俺に触れたら次の段階に入るから、それまでめげずに努力しろ。」
「っ!うん!
…………でも、ザラデスのお兄ちゃんやお姉ちゃんはどうするの?寝てるよ?」
「…………まぁ、仕方ねぇんだよ。
普通なんだ、あれが。
お前はまだ世間を知らないだろうから言っておくが、父さんや母さんに並ぶ才能を持っている事はとんでも無い事なんだからな。」
「………ふーん、そうなんだ。」
そうして凛堂と体術の訓練をする中、さも当然の様に会話を続ける余裕がある事にブレイやベレッタ達は驚愕していた。
…………顔だけ。
そんな時、不意な内容で凛堂の動きが止まる。
突然凛堂が止まってしまった為驚いて止まり切れず抱き着いてしまう。
勝ち?と訊くと額に爪弾きを喰らう。
レイレンは日頃から面倒見の良い凛堂に淡い憧れを感じていた。
「お前には、年上の兄がいる。
お前の母さんの血を継いだ遠い兄がな。
そいつはこの国には居ないが、西に有るバルトって王国で暮らしてる。
そいつはブレイドって言うんだが、中々才能があって俺も気に掛けてる。」
「…………私より?」
その質問は、凛堂からしても答えるのが難しかった。
巳浦とヴェルウェラの子孫ブレイドと、巴とレインドの子供レイレン。
正直成長の型が違う為何とも判断の難しい質問だが、それでも答える。
「多分、お前の方が【才能】はある。
だけど、ブレイドには【根性】がある。」
「それって、どういう違い?」
「お前は、生まれ持って強い力を持っている。
少し違うが、俺達魔王や一部の存在に近い。
だがそれ故に比肩するものが無かったり目標が無いせいでそれ以上に伸びるのが至難。」
「逆にブレイドは、一般の範疇からしたら十分な才能を持ってはいるが決して頂点に立てる力を持っていない。
だから努力して、競って、足掻く。
そうやって当然実力を伸ばす。」
「私には、もう目標があるよ。」
「へぇ、何だ?」
「凛堂お兄ちゃんより強くなる!
だから今よりもっともっと強くなるし、ママやパパにも色々教えて貰ってるんだ。」
「………………これは、凄いな。」
目前で二人の姿が重なる程精度の高い真似をする。
構え,動き、ほぼ本人の練度である。
凛堂は、ブレイドを決して折れる事の無い頑強な鋼鉄とし。
レイレンを……………金剛石と例えた。
決して傷付かず、そして輝かしい宝石に。
根本からして始発点や成長速度が違うのだ、それはもうどうしようもない。
凛堂は念を飛ばす。
(ブレイド、もっと強くなれ。
妹に先を越されるぞ、あるいはもう………………)
そうして異様な技術の呑み込みと食べ物の飲み込み見せるレイレンを、凛堂は出来の良い可愛い弟子として育てていく事に決めた。
凛堂と巳浦が最終戦を飾るつもりであった学院戦。
それは後日、ブレイド対レイレンという内容に変更する事を巳浦に伝え。
ハイデン王からバルト王、そこからロルナレ家と伝わり。
「どうしたんだよエイガ先生。」
「いや、それがな。」
………………。
「はぁ!?
学院戦に、俺が出る!?何で?」
「それが、凛堂とか言う人物が提案した内容らしくてね。」
各員が散けて四年の団体戦を鑑賞していた頃。
突然の情報に頭が混乱するブレイド。
言葉の内容を繋ぎ合わせると、どうにも俺があの化け物みたいな人と戦う話になってないか?
絶対勝てないぞ。
どうするつもりだよ、あの人。
そんな所に更なる言葉が入って来る。
何やら対戦相手は別、と。
名前は、レイレン。
聞いた事が無いぞ、誰だ?
「伝えられた情報によると、巳浦様と血縁関係があるらしいのだが。
ーーーー10世紀頃の話らしい。
俺達ロルナレ家ですら20世紀での話だと言うのに、何と古い。」
「へぇ、て事は一応俺とかエイガ先生の所のロルナレ家と巳浦じいちゃん繋がりで血縁関係って事?
少し安心した。」
「まぁ、無事に済めば良いがな。」
鼻で笑う。
ブレイドは、日頃からガトレットやグラプロなど元団体戦で知り合った一年達と毎日本気の手合わせを行なっており、以前とは明らかに変わっていた。
以前は負けたガトレットにも勝つ事が多くなり、他のフレム&ブレイズやソディア&ナジャ、フィスタ&グラプロの組達に希望を与えていた。
(そちらの方は相変わらず同じ人間が負けて同じ人間が勝っている。
ソディアはいつも汚い寝技に持ち込まれ負けているそうだ、俺も真似て勝つか?)
ブレイドは、エイガに対して言い切る。
「大丈夫、俺が勝つよ。
安心してくれ。」
「…………2点対2点で並べば、だろ。
それこそ俺、ルーラン兄、イジャエ姉、アラガン兄さんの順番で戦うんだから、最短ならイジャエ姉さんで終わるぞ。
ちょっと長引いてもアラガン兄さんで終わったりとかな。」
「じゃあエイガ先生は負けてくれ!
俺が出られる可能性上がるから!」
「な、お前!?いくら何でも調子に乗り過ぎだ!
一回俺と戦ーーーーーー待てぇ!」
どうなるかは分からない。
だが、なる様になるだけだ。
レイレンとブレイドは互いの存在を薄く意識しつつも、日常を過ごすのであった。




