三十九話 レインドと食事
久しぶりです。
ハイデン王国。
とりわけ中央都となると他所の地域とは別であり、かなりの財力や功績を残した者等上流階級の者達が住む地区となる。
現在その中央都を堂々と通過していく馬車が一台居た。
無論巳浦とイジャエを乗せた馬車である。
(成る程ねぇ。)
巳浦は過ぎていく背景を見つめながら思う。
俺が理想としていた平和の世界とは平等であれという自己満足を含んでいた訳ではない。
が、この様な不平等に近い待遇が壁一枚隔てて許されている光景は見るに堪えない。
巳浦は自身が存命だった頃に持ち合わせていた凡ゆる金銭の類、その全てを貧しい外縁の村々や寂れた街に分配していた。
大英雄というのは、自他共に、そして人外達に認められてやっと名乗ることの出来る二つ名だ。
自慢する訳ではないが、それでも自然と誇りは持つ。
そんな横顔には過去を振り返る哀愁が漂っていた。
イジャエは静かに周りの景色を流し見している巳浦に忍び寄る様に寄り添い、左座席の巳浦の右腕に抱き付いていた。
巳浦はそれを軽く見遣ると愛おしそうに優しげな視線を送り、お前は大事な子供だ、と一言声を掛ける。
「…………はい。
でも、私はそれでも、
「ん?
ーーーーーーあれは、凛堂?」
上空。
馬車の窓から覗けるギリギリまで顔を外に出し、遥か上方を見上げる。
其処には凛堂が確かに空を跳躍しているのが見て取れた。
そして同時に、此方へと視線を飛ばしてくる。
流石は魔王、【居合】の凛堂。
巳浦に対して大きく表情で薄ら笑いを浮かべ、そのまま馬車の数倍の速度で建物から建物へ飛び移っていく。
イジャエは何が起こっているのかよく分かっていなかったが、今から会いに行く事を伝えると静かに眠った。
いや、気絶した。
(奴が前に言っていた10月の学院戦。
若い頃にあいつに居合を教えてもらった時以来の手合わせになるな。
楽しみだ。)
そんな事を思いながら暫しの時間が経った。
そして。
馬車が停まり、二人に降りる様に声を掛ける。
気絶するイジャエを脇に抱え、巳浦は馬車を降りる。
其処はバルト王国とはまた違った雰囲気の王城が聳える門前であった。
城は全体的に色が薄暗い灰色になっており、夜間の現在その全容を照らす事はなく入口までの200〜300m程ある一本道を街灯が明るく映すのみであった。
そして立ち止まる巳浦の視界奥から、貫禄ある老人が灰色基調の燕尾服を身に付けて杖伝いに移動してくるのが見えた。
此方からも歩を進め、中間地点で向き合う。
老人が声をかけてくる。
「待っておったぞ、大英雄殿。」
「えーっと、ハイデン王?
態々迎えに来てくれたのか。」
「当然当然。
大した事もない依頼でここまで接待をしているのだ。
無論王である私や、
「お待ちしておりました、巳浦様。」
「私達ザラデス家が、今夜の会食及び談笑の最中近辺をお守りさせて頂きます。」
「どうかごゆるりとお過ごし下さい。
では、一旦失礼します。」
「お、おう。
………確かに、ベイルやパムルスと同じ灰色の髪の毛だったな。」
「ーーーー武家の者達も迎えに上がるという物。
威嚇という訳ではないから気にせんでな。」
「解ってるよ。
じゃ、表向きの話をしに行こうか。」
「………そうじゃな。
【待っている者】もいる故少々早足で向かうとするか。」
待ち人。
レインドか。
そうしてオールバックの灰髪を靡かせる紳士な国王と共に、煌びやかな城内へと入っていった。
ーーーーいらっしゃい、てか。
よく来たな、さっきぶり。
っ!
凛堂の声が上から響く。
周囲を見上げると、螺旋階段を降って二階から降りてくる凛堂の姿が見えた。
「お前さっき空飛んでたよな。
何してたんだよ、あれ。」
「んん?
あぁいや、真面目に散歩してただけだ。
稽古も終わって暇だったもんでね。」
「凛堂よ、お主は今夜の談話で仲立ちをする役割だ。
くれぐれもレインドと巳浦殿との間が悪くならない様に気を付けてくれ給え。」
「はいよー。
まぁそういう事だから、喧々すんなよ巳浦。」
「お前の言種で喧々するんだよ。
ちゃんと間取り持てよ?」
イジャエはザラデス家の連中と面識がある様だったので一時的に預けておく事にした。
武家同士で付き合いもある様だし悪い様にはされない筈だ。
そうして、巳浦は二階の幾つもある部屋の中で最も外装の豪華な部屋へと連れてかれる。
談話部屋だ。
ここで、何かが起こる。
入ろうと扉の取手を掴んだ時。
左手に微かに重さを感じて反射的に手を退ける。
その瞬間、先程まで握っていた銀の取手がひしゃげて雑巾の様に絞られていく。
横で見ていた国王も目を飛び出させて驚愕している。
成る程成る程。
レインドは重力魔力の使い手だとか言ってたか。
手洗い歓迎だね。
扉の取手が弾け飛んだ勢いで勝手に扉が奥へと開いていく。
目の前には豪勢な食事を次々に一階の食堂から運んでくる料理人達の姿と、奥行き10m程ある長いテーブルの最奥席に座り込む一人の男が居た。
「待っていたぞ、大英雄。
美味い食事も用意してある、連れも呼んでくると良い。」
「そうだな。
凛堂、イジャエを連れて来てくれ。」
「おいおい、俺はこの国じゃVIPなんだぜ?
昔の友達感覚で軽く使い頼むなよ。
まぁ良いぜ、大人しくしてな。」
「悪いな。
……………んじゃあ俺は、この1番お前から遠い入口近くの席に座るわ。
別に良いだろ?」
「………あぁ。
そう言えばお前、名は巳浦だったな。」
「そうだけど、何だよ。
自己紹介って空気でも無いだろ。」
「私はレインド・ブラスト。
此方の名はお前ほど有名ではないのでな、ちゃんと紹介しておくとする。」
「………ご丁寧に。」
国王は、二人の会話が悪い方向に流れていかないか心配だった。
だが、特に無駄な会話をする事もなく両者共にパンやスープを食べ始めたのを確認して幾らか気持ちが楽になる。
すると、下からイジャエと共に凛堂が戻ってくる。
凛堂はそのまま入口側の手前左席に座る巳浦の反対側、手前右席に堂々と座る。
巳浦はおいおいと声を上げるが、凛堂が有無を言わせぬうざ絡みで話しかけて来るので何も言い返せずに撃沈した。
そんな中。
イジャエは何処に座れば良いのか分からずに最奥右側に座るレインドの向かい側、最奥左席に座る事にした。
「あ、あの。
向かい座っても宜しかったでしょうか?」
「あぁ、良いよ。
気を使わせてしまったかな、ごめんね。」
「え?いやいや。
此方こそ無知故に警戒してしまってすいません。
では失礼しますね。」
入ってくる瞬間にこの人の顔を見た時、肝が冷える様な冷たさに襲われた。
だけど私が喋りかけたタイミングから、一転してとても優しい顔になった。
表面的な物ではなくて、心から暖かさを感じる。
この男性、きっと良い人。
そんな中で、国王が自分専用の一人席に付き軽く咳き込む。
皆が口を閉じ顔を向ける。
用件はここからだ。
「今夜は、依頼報告わざわざありがとう。
足労を労う為の食事と、今夜寝泊まりする部屋も用意した。
今日はゆっくりしていってくれ。」
その言葉は実際には裏の意味が込められているのだが。
知りもしないザラデス家やイジャエ、一部の使用人達は解放されたといった様子で食事を摂り始める。
巳浦やレインド達も、取り敢えず今は良いかと気を楽にして食事を摂る。
味は流石と言ったレベルであり、巳浦が日頃食べているルーランの食事と遜色ない物であった。
一変した様子で真面目に食べ始める。
「……………あれが、大英雄?」
静かに、音を立てずに綺麗に食事を摂るレインドに対して、巳浦は大きな一口で凄まじい勢いのまま食事を平らげていく。
一枚300gはあるだろう高級な牛のクリーム煮。
豆類や芋類、風味にトマトとコンソメを入れた野菜スープ。
骨を綺麗に取り除いた状態で香ばしい胡椒や香草で風味を仕上げた魚や貝の使われた炒め物。
一人に付きそれらの一品物が合計三つは置かれていた。
が、周りがまだ一つ目を食べている段階で既に三つ全てを食べ切ってしまった巳浦は、料理人に頼んでもう一周作って来てくれと頼んでいた。
豪快かつ朗らかな様子で食事を摂り進める巳浦の姿は、性別こそ違えどレインドの妻と良く似ていた。
(ーーーー彼女は、長い黒髪に端正な顔立ちで街では国1番の女性と言われていた。)
当時最も国に貢献していた私は、結婚相手に誰を選ぶか王に問われ、その女性にした。
(最初こそ美しい容姿に見惚れて妻になるように頼んだが、性格が何よりも綺麗だった。
弱きを助け、強きを好み。)
私にとって最も理想とする女性像だった。
だからこそ、許せない。
レインドは、右手に持ったフォークを重力で捻り凶悪な小槍に変える。
前腕程の長さまで引き伸ばしたその槍を見つめ、嘗ての妻の死に様を思い出す。
国を壊滅させる前。
国の使いによって家を荒らされ、更には妻さえもが身籠った体を穢され序での様に首を落とされ死んでいた。
あぁ、忘れられない。
あの景色は、忘れもしない。
フォークの形状に戻る事なく、その小槍はレインドによって指先程の大きさの鉄玉に圧し潰される。
それをテーブルに置き、一先ず気持ちを落ち着けた。
レインドの向かいで食べていたイジャエは、一瞬だけレインドから漏れた尋常ではない殺気を感じ取り手が止まっていた。
だが、何事もなかったかの様に再び食べ始めるレインドに奇妙な悲しみを抱いた。
この人は、とても荒んでいる。
悲しい出来事があったのが他人の私でも分かるって相当な事態。
ふと、声を掛ける。
「あの、レインドさん。」
「ん?何だい?」
「笑ってみて下さい。」
…………この子は、何を。
レインドは思考が止まりかけたが、言われた通りに笑ってみる。
イジャエはその顔がとても優しい表情である事を伝える。
レインドは、変わった子だと思いながらこの後のことを考える。
食事が終わった後、部外者は部屋で休ませて。
ーーーー凛堂立ち会いの元、巳浦に決闘を挑む。
恐らくこの戦い、私の人生史上で1番の難所と言える戦闘になるだろう。
しかし、この世の幸福を憎む私にとって、平和の象徴である大英雄は邪魔でしかない。
巳浦がどんな人間であろうが、今回の現界は死んでもらうしか無い。
そして、世界を一抹の不安で包み込むのだ。
それでこそ、幸と不幸が両立した本来の世界になる。
今の世界は不自然だ。
異常な平和慣れに、弱くなり過ぎた人類。
この有様ではどの道大きな災害が来たら壊滅するだろう。
喝を入れてやろうと言うのだ、大義名分としては素晴らしい物だろう。
………本質は世界への復讐だが。
食べ続ける巳浦を見ながら、レインドは思う。
(奴が、もし女ならどんな容姿だったのだろうか。)
下らない妄想だが、もし巳浦が女性なら私の妻と良く似るだろう事は解る。
バルト王国を潰すと言う根底の目標は、いつしか巳浦に対しての興味にすり替わっていた。
何をと自分でも思うが、今の巳浦の姿を見ているとどうにも自分の考えが醜くて仕方がなく思えてくる。
馬鹿馬鹿しくも思える。
だが。
レインドは立ち上がる。
周りの者達が嫌な気配を感じ静寂な雰囲気に落ちていく。
そして、巳浦の位置まで歩みを進める。
「………何だ?
今は飯の時間だ、いざこざは後にしてくれ。」
「お前は大英雄なのだろう?
20世紀。
裏界の天界で眠っていた時、表界から裏界へ乗り込んでくる人間二人が居た事を思い出したんだ。」
「………へぇ。
それは凄い話だな。」
「茶化すな。
あの時天界で眠りについていた反英雄達が皆一様に起きて見たのだ、二人の男が自分達を一瞬で女に切り替える光景を。」
レインドが意味の分からない発言をし始めるので周囲は茫然としていたが、それを聞いた巳浦は途端に平静を保っていた表情を真っ赤に染めていく。
笑っていた周りも、巳浦のその顔を見ると再び顔が固まる。
レインドは顔を下に向ける巳浦にとある提案をした。
それは、周囲の人間が顔面を引き攣らせる程に突飛な内容だった。
「私は、バルト王国を破壊しようと思っていたんだ。
だけど君の姿や性格を知って思ったのだ、女性ならどんなに綺麗なのだろうか、と。」
「………………そ、それで……?」
「私の記憶通りなら君は女性になれる筈だ。
もししばらくの間私と一緒に過ごしてくれるなら、今夜執り行う予定だった決闘も、バルト王国への戦争も全て無しにする。」
「…………成る程、ね。
いや、まだ頭が理解してないが、成る程ね。」
巳浦は、真実を言うか悩んだ。
しかし、実際に見られていては誤魔化しようがない。
という事で、事が静かに終わるならと真実を口にする。
「ーーーーええっと、確かに俺は性別を切り替えられる。
何やら念じたり、指をスナップで鳴らすだけでも簡単に切り替われる。」
「え、えぇぇえ!?
巳浦様の女性姿…………気になりますっ!」
「イジャエは黙っとけ。
………………レ、レインド。」
「何だ?」
「俺はてっきり男同士で力の比べ合いをするかと思ってたんだが、お前の提案は何だ?
それはよ、もう只の恋人ってか夫婦生活したいって聞こえるんだけどよ。」
「そうだと言っている。
7月21日現在から、10月の学院戦当日まで私と一緒に暮らしてほしい、真面目に訊いている。」
「確認だが、それを承諾したらお前の反英雄としての使命は破棄してくれるんだな?」
「約束する。
書面でも何でも持ってくると良い、全てに印鑑と署名をしてやる。」
……………糞。
折角戦えると思ったのに、こいつバルト王国破壊とか言い始めたぞ。
こいつがとち狂って俺の手が届かない場所から暴れられたら地獄絵図だ。
だけど、俺が幾らか世話を見てやればそれを無しにすると言うレインドの顔は本物だった。
予定には、無かったけど。
席を立ち上がる。
一時的にレインドを呼んで談話室から出る。
国王含む他の者達は何をしているのか気になって仕様が無かったが、突然意味不明な声が廊下から聞こえて来た。
ーーーーなっうぅんっ!?こ、これはな、何て綺麗で、あ、いやそのあぁ、全然約束は守ると言うか、私で良いのか!?
『今更何を。
見た以上お前の約束は守ってもらうからな?』
『勿論。
これから巳浦、いや巴と2ヶ月以上一緒に過ごせると思うと気持ちが逸って困るな。』
『して欲しい事とか頼みとか、何でも訊きなよ。
一時的なお前のパートナーになるからには、私もお前に尽くしたいんだ。
私からの約束だぞ?』
「100回機会があれば100回守ると誓う。
……おっと、取り敢えず条件は問題ない、戻ろうか。」
「まぁ、そうだね。
…………何だよ?」
「手を、繋いで貰いたいんだ。
良いか?」
こいつ、それで部屋に戻る気か?
ふざけやがって。
でも、頼み事があれば言えと指示した手前の断れないし………………あぁもうっ。
レインドの顔は、部屋で待ち構えていた時の殺す様な顔ではなく。
既に幼馴染や家族、妻と過ごす男の顔になっていた。
まぁ辛気臭い顔より100倍良い顔だと思いながら、右手で左手を恋人握りしてやる。
ーーーーエイレーン……エイレーンッ!
レインドの螺子が外れたのか。
嘗ての女性の名前を声に上げながら全力で抱き寄せてくる。
レインドの過去は分からないが、無言で此方からも背中に腕を回してやる。
「巳浦様っ!?
大丈夫です……………………か………」
「大丈夫かね!?
…………………大丈夫だね。」
「へぇーーーーそれが巳浦の女姿か。
本当に凄い能力だな。
それに容姿ときたら、傾国の美女ってか?」
「み、見せ物じゃない。
私はこのままレインドを部屋に戻して来るから、凛堂やイジャエも今夜は自室で休んでろ。
…………私は国に戻れるか解らないけど。」
「エイレーン、エイレーンっ。
頼む、もう私から離れて行かないでくれ。」
「…………そういう訳で、またね。
ちょっと鬱陶しいぞ、離れろって。」
巳浦様は翌日からハイデン王国に長期滞在する事になりました。
私はベイルに挨拶をして朝に用意された馬車で帰りましたが、あの時見た巳浦様の姿が頭から離れませんでした。
その姿はまるで黒色に好かれた女神の様で、髪も外套も瞳も、その全てが灰色に濁るレインドさんを癒す唯一の存在なんだと理解しました。
それはそれで、
「私も、後で可愛がって貰えるのかなぁ?」
イジャエは自らの母、プレリカ・ロルナレスの今は亡き背中を巳浦に感じていた。
次からはそんなこんなで変わった話になるのだが、それはその時。




