三十八話 ハイデンへの入国
日付け。
7月21日、午後5時。
森でのやり取りの後、眠るイジャエをダンジョンが右肩に背負いながら巳浦と共にハイデン王国へ到着した。
名目上は虎を討伐した上での感謝としてのハイデン王への謁見である。
表面的な物に違いはないが、一応討伐証として片腕の爪を3本割って持ってきてある。
そうして巳浦はハイデン王国の検問所に三名の代表として並ぶ。
周囲には盛んに行商人など仕事関係の者達が出入りしており、ハイデン王国もバルト王国同様に活気がある事を把握する。
そうこうしていると、何やら検問所の入り口で口喧嘩の様な声が聞こえてくる。
「ーーーーだーかーら!
鉄腕章があるでしょ、ほら!?
ギルドの人間なんだから検問くらい通しなさいよこの石頭ァッ!」
「ですから、それでは入国を免除されないのです。
最低でも銅以上、鉄の二つ上からでないと入国免除の効力は無いです。
帰ってください。」
「何だこの野郎。
私はハイデン王国出身の人間なんだから別に良いだろうがよ?
そんなに入国許可証って必要なの?」
「ーーーーベイルちゃん、俺も仕事なんだ。
無責任に通すと辞職する羽目になるから、誰か入国権利を持っている人に代表として入れて貰う以外現状入国する方法は無いよ。」
「…………分かったわよ。
………ごめんね、グラウおじさん。」
何やら入国に関しての条件を満たせずとぼとぼと踵を返す女性が居た。
見た所髪は灰色、以前にバルト王国のギルド内に来ていた細身の騎士と雰囲気が良く似ていた。
真横を過ぎ去ろうとするそのベイルという女性の肩を人差し指で突く。
「何よ、誰?」
「入国したいのか?
俺が申請してやっても良いぞ。」
「…………え、本当?
でも、知らない人に突然そんな事言われても簡単に従う訳には、
「ーーーーって、イジャエ?
貴女、何でこんな所に!?」
「ん、イジャエの知り合いなのか?」
「えっと、身内の人?
バルト王国とハイデン王国は良く武家同士の交流があるから、同年代の女子同士のイジャエとは仲が良いの。
ーーーー知り合いなら、信頼出来るわよね?」
「まぁ取り敢えず一緒に付いて来い。
………にしてもギルドの人間か。」
成り行きで一人のザラデス家らしき女性を面子に加入させ、そのまま検問所の検査まで後50m近い距離があるなと適当に話題を振る。
ザラデス家の人間なのか静かに再確認を取る。
すると目を細めて途端に湿気た顔をする。
「………そうだけど、私強くないから騎士に就けなかったの。
だからギルドに入って強くなれたら騎士として働かせて貰えるって両親に言われて、それで。」
「そうか。
以前パムルスとかいう若造と面識を持ったが、そいつは騎士として働いてても自分に自信無さげな様子だったぞ。」
「お兄ちゃんと知り合いなのね。
パムルスお兄ちゃんも騎士にはなれたけど騎士だと1番弱いからバルト王国で知見を深めて来いって国から修行目的で出されちゃったんだ。」
「……なるほど。
ロルナレ家とはどのタイミングで交流を?」
そうして聞いた所、大抵は半年に一回程度の頻度で両武家同士の交流の場を設けられるそう。
今年の一度目は3月に行われていたらしく、まだその時巳浦は召還されていない。
場所は両国どちらかの王城内で開くらしく、軽い手合わせと、食事及び会話の時間を作る。
二度目は10月だそうだが、学院戦の予定が入りどうなるかは今の所未定だと。
逆にこちらのメンバーについて訊かれる。
俺はどういう人間なんだと、横の喋りたそうにしている巨人は何だ、と。
訊かれても返すのが難しい内容だ、しかし嘘を吐く気にもならない子の為語り始める。
「巳浦だ、聞いた事あっかな。
大英雄とか呼ばれてるんだけど。」
「ーーーーへ。」
「俺はダンジョンっす。
魔王やってます。」
「は?」
何を言ってるんだ、と訝しい表情になる。
けど2年と少し前に落ちこぼれの武家となっていたザラデス家を叩き上げた謎の多い凛堂という男が魔王と自称していた事を思い出す。
ベイルは普段稽古をつけてもらう事がなく深い事は知らないのだが、日頃から兄と姉を滅多打ちにしていると耳にするのもあり警戒していた。
「それに加えて5月頃から召還されたレインドとか言う人が家に居る事が多くて、中々自宅にも居にくいし。
面倒臭い面倒臭いっ!」
「レインド。
なぁ、そいつの事で知ってる事はあるか?」
「え?何であの人の事知りたい訳?
私も良くは知らないけど、日頃から王城内を彷徨いてるわ。
外から街を歩く家族とかを見て偶に優しそうな顔はするけど、突然冷たい顔もしたりするし怖い人よ。」
「うん、そうだよな。
聞いてる話だと深刻な過去を持っているし、そうもなるか。」
「あの、なんでレインドの事を聞いたの?
と言うか知っているの?」
「見た事なんか一度もないよ。
まぁ、話に聞いただけだ、強いってな。」
「え、強い。
それはおかしいわ、あの人雰囲気こそおっかないけど何時も窶れた顔や足取りで見てる周りが不安になるもの。」
何?
レインドは病弱なのか。
ベイルは続けて話す。
普段からザラデス家の人間と軽く会話をする事もあるしそんなに悪い人ではないけど、実力が分からないから皆怪しんでる、と。
それは、気掛かりだな。
万全でないなら此方としてもやる気が滅入る。
「反英雄とか言うんでしたっけ。
巳浦、君はそのレインドを倒す為に来たんすよね。」
「………松薔薇に言われたからな。
でも殺そうって訳じゃない、可能なら今回の召喚された人生を少しでも穏やかに過ごして欲しい。」
「相変わらず人想いっすね。
俺真東の監視所から100km単位で国を移動させられてるんすけど、一つ目のベイル共和国も二つ目のガレトロ帝国も、どっちも強そうな気配がありました。」
「お前は戦わなかったのか?」
「俺は戦闘狂じゃないっすし、その反英雄とか言う人も色々訳ありなんでしょ?
態々本気で戦う気もそうそう起きないんじゃないすか?」
まぁ、そうかもな。
南に居るとか言ってたネイシャも、別に戦闘に意欲的って雰囲気でもなかったし。
やっぱり反英雄ってのは全員が全員どんな奴なのか把握する必要がありそうだ。
少なくともネイシャやレインドは被害者だろうし、俺も同情しちまった。
巳浦はその後も適当な会話を続けていく。
そうして10分ほど時間が経った。
検問所に止められる。
入国人数はと訊かれ、四人と返す。
一人頭銅貨5枚の手数料を取るらしく銀貨2枚分請求される。
残っていた銀貨を2枚渡す。
次に入国に関しての許可証の提示。
イジャエの銅腕章を借りる。
それを見せてみるが、代表当人の所有する物でないと駄目だそう。
確かに。
少々嫌ではあるが、白銀腕章を灰色の外套の右ポケットから取り出す。
それを見せるが、検問官はそれでは駄目だと突っ張り返す。
疑問に思い聞いてみる。
「ギルドの白銀腕章ってあるだろ。
これがそうなんだが、駄目なのか?」
「それはギルド統括に当たる松薔薇様のみが所持している物だ。
何処の誰かも分からない男が持っている訳がない、何なら無礼として罪に問われるぞ?」
「そうか、困ったな。」
(そういや現状松薔薇と俺で二人しか持ってないとか言ってたな。
ーーーダンジョンは入れて俺は無理なのか?)
少し納得が行かないが、ギルドの依頼報告の件で来ている事を伝える。
何か持っているか聞かれたので虎の爪の入った袋と依頼書を渡す。
それを小さな検問所内の資料と照らし合わせ始める。
それから10秒ほどが経ち。
「…………!?な、何?」
「何だ、それも駄目なのか?
もう何もないぞ。」
「も、申し訳ありませんでしたぁぁっ!!」
「な、何だ急に。」
検問所は4箇所ほど横並びに設置されているのだが、他所の検問官が集まって何やら複数枚の紙と俺の依頼書を見比べる。
やはりと言った様子で全員が俺の前に左右二人ずつで整列し始める。
周囲も何事かと注目する。
「大変失礼しました!
白銀腕章、【黒装】の巴様ですね、確認取れました。」
「お連れの方も全員入って頂いて結構です。
それと本日19時よりハイデン王国の使いが中央都から飛ばされますので、現在5時半から暫し時間を潰して頂いてその後またここに戻ってきて下さい。」
「それでは。
本当に申し訳ありませんでした。」
ーーーー白銀腕章?
ーーーーギルドの階級かな?
ーーーー金が1番上じゃなかったか?
ぼそぼそと会話が聞こえて来る。
面倒な噂が流れても嫌なので、三人に声を掛けてすぐに検問を潜る。
「何だか大変でしたね、巳浦。
てか巴って偽名で登録してるんすね、本名は駄目なんすか?」
「不敬とか言われた。
本人だっつーの、まぁ構わねえよ。」
「は、はく、銀。
それ本物なの?見せて見せて!」
「ん?ほら。」
子供の様に騒ぐベイルの声を聞いてイジャエが目を覚ます。
いつの間にかハイデン王国内に来ている事に気付き反射的に巳浦に謝罪するが、何故か友人のベイルが同伴している事を理解し声を掛ける。
「ベイルじゃないですか!
どうして此処に?」
「色々あったの。
入国証明が出来なかったからイジャエの身内のあの人に代表で通してもらったんだ。
巴?巳浦?良くわからないけど多分巳浦さんで良いのよね。」
「そうですよ。
あ、本物の大英雄巳浦様ですから、軽率な態度は駄目ですよ。」
「え?…………えっと、冗談よね。
20世紀の故人じゃない、召還された人なの?」
「あまり他所には言わないで下さいね。
それより、何処かでゆっくり話しませんか?」
「え、えぇ。
ーーーー大英雄って…………信じられない。」
そんな事を言われても信憑性が無いとまず受け入れられない。
明らかに異常な雰囲気の白タンクトップを身に付けている巨人。
それと仲良さそうに会話をしている黒い長髪を後頭部の根元で縛る男。
…………興味が尽きないし、底が全く解らない。
………………。
それから暫くして。
19時丁度に2頭の馬を走らせて灰色の馬車が正面に止まる。
運転手が巳浦へ本人か確認を取り、そのままイジャエを連れて乗る。
ダンジョンとベイルはギルドの依頼報告に関係のない人間なので乗る事は出来ない。
その間に近場で宿を取ろうと提案され、ベイルはダンジョンに付いて行く事にした。
次いでに色々聞いてみる事にしたが、それは此処では語らない。
煌びやかな街灯が左右で一直線に並ぶ。
馬車で1時間ほど移動し、今中央都に入った様子だ。
15km程移動した所で更に中央都へ入る為の検問所が出てきたが、巳浦達の乗っている灰色馬車が来るなり他の者の検問を中断して即座に道を譲った。
客人って訳か。
普通依頼報告で此処までしねえっての、明らかに敵陣に乗り込みに来てる形になるな。
イジャエが久しぶりだと口にする。
そう言えば交流があるんだったな。
巳浦は夜の街灯に照らされながら街を闊歩する裕福そうな身形の人間達を眺めながら、少し休む事にした。




